レンタル3・レンタル期間終了と、契約の精霊

 日本を出発して、すでに三日。


 加賀見たち四人は、ブロードウェイを堪能した。

 肩から下げたり背中に背負った小さな鞄、これがオールレントから借りた収納ポータルバッグ。

 万が一にもホテルで盗難があったら大変だということで、貴重品や大切なものは一式、この中に収められている。

 当然ながらお土産も大量に入っており、涼子などはフリーマーケットでみつけた綺麗なタンスや装飾の施されたベッドまで購入している。

 

 買ったその場で収納ポータルバッグに荷物を収めたときは、周りの人たちの注目を集めたものであるが、すぐに日本の魔術師が作ったマジックアイテムであると説明すると、羨望の目で見られるようになった。

 当然ながら悪い輩にも目をつけられることとなったが、身から離さないようにしていたので最悪の事態は回避できていたようだ。


 そんなこんなで、最終日。

 夜にはアメリカを立つ事となったのだが。


「私、もう一泊して帰る!!」


 突然、涼子がこのようなことを言い出した。


「「「……はぁ?」」」

「だってさ、今日の夜のディナーパーティの予約しちゃったのよ。昼間、フリーマーケットで出会った男性いたでしょ? ちょいワル系のキアヌっぽい人。あの人に誘われちゃってね」


 偶然、涼子が見つけたアンティーク専門の出店者。

 そこの男性に一目惚れしてしまったらしい。

 すぐさまその店の中でも気に入ったものを次々と購入、収納ポータルバッグに放り込んでいた時に食事に誘われたらしい。


「あ〜。あの人かぁ……辞めた方がいいよ」

「そうそう。私たちも商品を見ていたけどさ、ずっと私たちの鞄を見てたよ?」

「まるで品定めしているみたいだったからさ……ね、素直に帰ろう?」

「ん〜、無理。もう飛行機の時間を変更しちゃったから。だから、レンタルショップのおじさんに、一日だけ期間を伸ばしてって頼んで貰える?」

「いや、無理だよ。レンタル期間が過ぎたら、カバンは店に戻ってしまうって話していたじゃない」


 しっかりと説明を聞いていた三人がそう告げると、涼子はニイッて笑った。


(それなら、レンタル期間が切れる直前に貴重品だけ出しておけば、これを持って帰らなくても鞄ごと店に戻るんだよね? ラッキー!!)


 そんな悪巧みする涼子だが、すぐに表情を戻して三人に向き合うと。


「それじゃあ仕方ないか。まあ、私から連絡するから大丈夫だよ、うまく対処するからさ!! じゃあ、これからデートだから、また日本でね!!」


 笑いながら手を振り、涼子はその場を離れる。

 あいも変わらず自由な性格で、残った三人はいつも振り回されている。

 

「本当に自由だわ……まあ、何かあっても涼子の責任、私たちは帰る用意をしましょう」

「仕方ないわ。日本に戻ってきたら説教だわ」

「はいはい。それよりも収納ポータルバッグ、大丈夫なのかなぁ」


 レンタル期間が切れたら、レンタル商品は自動的にオールレントに転送される。

 涼子がこの部分を自分勝手に解釈したことを、まだこの三人も知らなかった。


………

……


 夜八時半のニューヨーク国際空港発。

 日本到着は午前十時。

 そこから北海道は千歳空港に向かい、さらに札幌へ。

 なんだかんだと自宅に無事に三人がオールレントに辿り着いたのは、夕方の五時である。

 返却期間の確認の為に控えの羊皮紙を確認すると、残り時間は明日の昼までになっている。

 それで、翌朝一番でみんなで集まって戻しに行く事となったのだが。


──カランカラーン

 扉が鳴り響くと、いつものようにひばりが挨拶をする。


「いらっしゃいませ、本日はレンタル商品の返却ですね?」

「はい。どちらに持っていけばいいですか?」

「それではカウンターまでお願いします」


 すぐさまカウンターまで持っていくと、ルーラーが新聞のスポーツ欄を見て唸っている。


「うむぅ……やはり先発が弱い……いや、中継ぎを持った育成できれば……」

「はいはい、ルーラーさん。鞄をレンタルしていた方が返却にいらっしゃいましたよ」

「お、そうかそうか」


 新聞を畳んで棚に置き、目の前の三人の顔を見てルーラーの表情が曇る。

 すぐさま三人分の羊皮紙を取り出し、控えの羊皮紙を受け取って契約完了のサインをする。

 すると羊皮紙に浮かんでいた文字がす〜っと消えていく。


「はい、これで契約は完了。中身は空っぽだね?」

「はい、確認してもらっても大丈夫です」


 それならばと、ルーラーがカバンに掌をむけて魔力を注ぐ。

 彼の頭の中に、中身が空っぽな映像が浮かび上がったので、これでレンタルは終了なのだが。


「それで、もう一人は時間までに戻ってこれるのか?」

「もう一泊するって話してましたから、到着は明日じゃないかと思うんですよ」

「それでですね、彼女から契約延長の連絡が来ていますか?」


 そう問われて、ルーラーはひばりに問いかけるが。


「いえ、そもそもレンタル期間の期間内延長は、本人による追加契約が必要となりますよね? 盗難等による不慮の事態でもない限りは、エンゲージは契約を遂行すると」


 その言葉に、ルーラーはチラリと時計を見る。

 あと二時間弱で契約は終了する。


「ふぅ……まあ、本人が時間内に帰ってこれば問題はない。帰ってこれなくても、カバンは戻ってくる。それだけじゃよ」

「では、あとから追加料金を請求するのですか?」


 加賀見がルーラーに問いかけると、ルーラーは頭を左右に振った。


「いや、カバンは帰ってくるから問題はない。それだけじゃな」

「期間延長分はサービスですか? 仲間の預かり期間も発生するとか?」

「ん? 中身など帰ってこないぞ? わしが貸し出したのは鞄じゃからな……契約期間の完了と同時に、中身は外に出されるじゃろ。そして契約期間満了なので、その後のことは自己責任じゃが?」


──ザワッ

 そのルーラーの話を聞いた三人の顔色が青くなる。

 まさか、そんなことが発生するなんて、予想もしていなかった。

 すぐさま涼子に連絡を取ろうとするが、彼女とは連絡が取れない。

 恐らくはフリーマーケットで出会った青年とデート中なのだろう。

 最悪なパターンが起こらないことを、三人は祈っていた……。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯


──ニューヨーク国際空港

 フリーマーケットで出会った青年との楽しいひとときを終えて、涼子も日本に戻る為にニューヨーク国際空港にやってくる。

 すぐに搭乗手続きを行う為に列に並ぼうかと考えた時、ふとレンタル期間がどうなったか確認する為に控えの羊皮紙を取り出す。


──カチッ、カチッ

 残り時間が300を切っている。

 あと五分でレンタル期間が完了し、バッグは自動的にオールレントに返却される。


「うん、私って天才だよね。こんな裏技が思いつくなんてさ」


 すぐに貴重品など最低限のものを収納ポータルバッグから取り出しすためにロビーの椅子に座ると、小さめのポーチに荷物を移し始める。


──カチッ、カチッ

 あと10。

 どうなるのかワクワクしている涼子は、カウントがゼロになるのを心待ちしている。

 ゼロになって収納ポータルバッグが消えた時、すぐにオールレントに連絡して荷物だけを預かってもらうように頼み込む。

 

『チン……契約期間の終了をお知らせします。この鞄は十後に自動的にオールレントに返還されます。十分以内に中に収められているものを移すか出さない限り、十分には自動的に放出されます……カチッ、カチッ』


 時間になって、控えの羊皮紙が光り輝く。

 そして先ほどのメッセージが読み上げられると、さらに六十からカウントダウンがスタートした。


「……え? 自動的に放出? え? 」


 一体何を言われたのか、涼子は考え込む。

 そしてすぐさま日本のオールレントに連絡しようとスマホを取り出す。

 加賀見たちから説教されるだろうと電源を切っていたのだが、案の定、留守電が鬼のように溜まっていた。


「い、今はそれどころじゃないのよ。早くオールレントに連絡しないと」


 すぐさま電話を掛けるのだが、タイミングが悪いことに話し中で繋がらない。


「ちょ、ちょっと待って!! 追加料金なら支払うから、だから放出だけはやめて!!」


『再契約をお願いします』

「再契約するから、だから止まって!!」

『了解です。では、再契約のための羊皮紙を開いてください』


 そんなものは預かっていない。

 そういえば、万が一のために期間延長しなくていいのかとルーラーが三人に話していたことを、涼子は思い出した。


「再契約の羊皮紙なんてないわよ!!」


 もう間に合わない。

 そう考えた涼子は、すぐに収納ポータルバッグから『壊れそうなもの』を取り出してロビーに並べ始める。

 それを見ていた周りの客は、一体何事かと集まって涼子を眺めている。

 そして、慌てて荷物を取り出している時。


『ピッ……時間です。それでは失礼します』


 という声と同時に涼子の周りに光が集まり、フリーマーケットで購入した大きなタンス、ベッドなどの大型家具が次々と実体化した。

 

「あ、あああ……こんなもの、どうやって持って帰れっていうのよ!!」


 そう涼子がロビーで叫んでいるとき、空港の警備員が何事かと涼子の元に駆け寄っていった。



………

……


──ピッ

 オールレントのカウンター。

 コーヒーショップの設備も免許も取ってあるので、ひばりが三人にコーヒーを差し出している。

 ルーラーから説明を聞いてから、三人は涼子と連絡を取るのに必死であった。

 だが、スマホの電源が切れているらしく、全く連絡が取れなくなっていた。


 そして、ルーラーの目の前のカウンターに、涼子が持っていた収納ポータルバッグが姿を表す。


「時間切れじゃな。さて、どうしたものか」


 髭を撫でつつ、ルーラーが他人事のような顔で考え込む。

 すると、オールレントの電話が鳴り響いたので、ルーラーが面倒臭そうに電話に出る。


『もしもし!! 鞄が消えたのよ、空港で!! どうしてくれるのよ、どうやって持って帰ればいいのよ!!』

「ああ、お嬢さんか。わし、しっかりと説明したはずじゃが……期限を守らなかったお前さんのミスじゃな」

『今から契約するわよ、どうやって借りたらいいのか教えてちょうだい!!』

「一度契約が切れると、再契約のために来店してもらわないとならないんじゃがなぁ……まあ、どれだけの荷物があるのか知らんが、それを日本に送るための予算と、契約のための渡航代金を考えてみるといい」

『そ。そんなぁ……』


 かなり困り果てているらしい。

 それは声からも伝わってくる。

 でも、ルーラーとしてもどうしようもない。

 契約の精霊は気分屋であり、レンタル期間が遅延する場合は事情によっては勝手にカウントを止める。

 航空機などの移動手段が事故により遅延した場合や、本人が病気や怪我などで戻すのに時間がかかる場合など。

 それはそれで、ルーラーの元にも連絡が来るのだが、今回は自業自得であり、ルーラーとしで助ける気はない。


「そちらの三人さんは、どうするね?」


 彼女たちが、涼子を助けてほしいというのなら、手はある。

 だが、自業自得というのならルーラーとしても放っておく。


「まあ……かなりルーズなところがありますけど、今回で懲りたでしょうから、どうにか助けることはできませんか?」

「悪い子じゃないんだよ。ただ、己の欲望に忠実というか」

「私たちの誰かが契約して、収納ポータルバッグを持っていってあげればよろしいのですよね?」


 お人好しにも程があるといえばそれまで。

 でも、ルーラーとしてもこの子たちの気持ちを汲み取ってあげたい。

 棚に置いてある涼子の契約書を取り出すと、契約の精霊エンゲージを呼び出す。

 

「ふぅ。契約の精霊エンゲージ、救済モードで羊皮紙を届けてくれるか?」


 羊皮紙の上に座っている妖精に問いかけると、彼女も腕を組んで考えつつ、素直に頷く。

 そして新しい羊皮紙を手に取ると、スッと姿を消した。


「ありがとうございます!!」

「あとは戻ってきてから説教だね」

「もうこのようなことがないようにしますので」


 頭を下げる三人に、ルーラーは軽く笑うだけ。

 そして五分後には、涙に濡れた契約書を手にしたエンゲージが戻ってきた。

 しっかりと契約は成立しているので、エンゲージにもう一度、収納ポータルバッグを持っていってもらう。


 これで救済措置は完了。

 あとは本人が来店して頭を下げるのを待つばかり。

 

「やれやれ。ちゃんと契約内容を確認せんから、こうなるのじゃがなぁ……」


 翌日。

 呆れた声で涼子に説教する姿を見て、付き添いでやってきた三人は楽しそうに笑っていた。

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