レンタル4・魔法の絨毯と世界樹

 早朝。


 目を覚ましたルーラーは、いつも通り身支度を整えて庭に出ると、日課である体内の魔力活性化を始める。

 彼がまだ若き冒険者だった時代に、彼の師匠から教え込まれた魔力活性の呼吸法。

 これにより、大気に含まれる魔力を体内に取り込む。

 やがて体内で活性化した魔力が身体全体に浸透すると、ルーラーの体が淡く輝く。

 これで魔力の活性化は終わったので、新聞と牛乳を取りに門柱まで向かっていくと。


「お、ルーラーさん、朝から精が出ますなぁ」

「いつもの魔力活性化とかいうやつですか?」


 近所の老人会の朽木源くつぎげん飯田幸三いいだこうぞうが、格子状の門の外から声を掛けてきた。

 朽木は近所の時計屋の主人で、飯田は道路を挟んで向かいにあるコンビニエンスストアのオーナーである。

 共に隠居して息子たちに店を継がせていたのであるが、こんな朝っぱらから二人で出歩くとは珍しい。


「まあ、な。若さの秘訣じゃよ。二人もどうじゃ?」

「いやいや、わしらは不思議な力よりも、実力主義。運動で体を若返らせているんですよ」

「そうだ、ルーラーさんも軽くやってみませんか? 簡単な運動ですが楽しいですぞ?」


 ニィッと笑いながら、手に持った細長いケースを見せる。

 ルーラーはそれが何なのかわからず、頭を軽く捻っている。


「楽しい……ほう、こう見えても体力には自信がある。どれ、ワシも同行してよいかな?」

「構わん構わん。こういうのは、一人でも多い方がいい」

「道具のレンタルもしているからな」

「わかった、ちょっと待っておれ」


 急ぎ汗を拭ってから動きやすい衣服に着替えると、ルーラーほ急ぎ朽木たちに合流した。

 ちなみに朽木と飯田は共に76歳、年齢の割に元気なのはアウトドア派でよく外に出歩いているかららしい。


「それで、どこまで向かうのじゃな?」

「豊平川の河川敷だ。そこに専用のコースがあるから」

「この時間は、ワシらのように暇な老人たちが集まっているからなぁ。混み合ってないといいんだが」

「ほう。それは楽しみじゃな」


 のんびりと散策するように歩き続けること三十分。

 やがて緩い坂道を上がり橋を越えた先、河川敷に広がるパークゴルフのコースが見えてくる。


「ここが、その運動をするところか?」

「まあな。まずは申し込みをして……ルーラーさんは道具のレンタルもだな」


 ルーラーにとっては、パークゴルフなど初めての挑戦。

 そもそもゴルフすらよく理解していないのに、パークゴルフをぶっつけ本番でやるなどとは予想もしていない。

 それでも、朽木と飯田の二人とラウンドを回りつつ、少しだけコツを掴んでくる。

 そもそもルーラーの肉体は、地球人の肉体構成とは少し異なる。

 体内に魔力循環のための経絡がびっしりと詰まっており、魔力を循環させることで、常人の五倍から十倍のステータスに上昇させることできる。

 それでも、初めて挑戦したスポーツゆえ魔力を一切用いず、己の力のみで四苦八苦しつつ頑張っていたが、やはり初心者の動きは滑稽なのか周りで見ていた人たちにもクスリと笑われてしまう。

 それが侮蔑を含んだ笑いではないことを理解しているため、ルーラーも困った顔で頬をパリパリと掻いていると。


──ザッ!!

「はっはっはっ。所詮は異世界の老人、地球の叡智の結晶であるパークゴルフではわしらには敵わないとみたな」


 明らかに成金と見てわかる服装。

 派手な色ものブランドメーカーのジャケットに身を包み、特注のクラブを手に笑っている男性が一人、ルーラーたちに近寄りつつ声をかけて来る。

 彼の周囲に集まっていた取り巻きたちも、必死に男に擦り寄るように頷いている。


「……なんじゃ、あやつは」

「川向こうの町内会長で、安田という……まあ、一言で言えば土地成金だな」

「息子が議員で、色々あるって噂を聞いたが……まあ、普通のどこにでもいる嫌な親父だ」

「なるほど、領地持ちか。それで領民から私服を肥やしていると。あの装備も何もかも、領民の血税ということか」

「誰が悪徳領主だ‼︎」


 陰口ではなく、堂々と目の前でつぶやくルーラーたちに、安田も真っ赤な顔で怒鳴り返して来る。


「しかし、隣の町内の安田……聞いたことあるような、ないような」

「ないはずがないだろうが。あんたが日本に土地を買いたいという打診を政府に提案した時、うちは真っ先に土地を提供しようと準備したんだぞ」

「確か……政府の査定額の二割増じゃったな?」


 当時のことを思い出しつつ、ルーラーは指を二本立てつつ相槌を打つ。


「それでも南向き日当たり良し、近所のスーパーも近い場所だが!!」

「たかだか隣の町内で、しかも200mも違わなかった筈じゃが?」

「町内会費も初年度は半額にするって条件を提案したんだぞ!!」

「まあ、半額は助かると思ったが……町内会会費が月額3万円で半額と言われてものう」


 ルーラーがそう告げると、安田の取り巻きも少しドン引き。年間三万円ではなくて、月額三万円は明らかに暴利である。


「町内における土地所有面積区分で年間の町内会費の金額は決めているんだ!! それを、せっかく準備したものを、くだらない理由であっさりと蹴りやがった」

「くだらない理由なのか?」


 思わず飯田が問いかけると、ルーラーも頷きながら一言。


「だってなぁ……お前さんが貸してくれると言った土地、地脈から微妙に外れておるからなぁ」

「なにが地脈だ、このエセ魔術師が……どうせ手品か何かで人を騙くらかしているに決まっているわ!!」


 真っ赤な顔でキーキーと文句をいうのだが、その都度、取り巻きたちがドン引きしている。

 

「まあ、言いたければ勝手に言っておれば良い。では、わしは仕事の時間があるので失礼するぞ」


──ブゥン

 ルーラーは、アイテムBOXから魔法の絨毯を取り出して乗る。

 ふと時計を見ると、オールレントの開店準備を始めなくてはならない時間になっていた。

 本来なら帰りも歩いて帰ろうと考えていたが、早く戻ってひばりに指示を出さなくてはならないため、時間短縮のために魔法の絨毯を使うことにしたのだが。


「「「「「魔法の絨毯!!」」」」


 ルーラーが浮かんでいる絨毯に飛び乗るのを見た安田たちは、驚いた顔でルーラーと絨毯を見ている。


………

……


 魔法の絨毯については、ルーラが日本政府から注文を受けて作成している魔導具であり、使用するためには日本政府が発行している【乗用魔導具免許証】が必要となる。

 魔法の箒は小型特殊自動車扱い、魔法の絨毯は普通自動車扱いとなり、条件等の部分に【魔法の絨毯に限る】【魔法の箒に限る】という但し書きが付け加えられた免許証を所持していれば、乗用魔導具免許証は即日交付される。


 なお、【乗用魔導具免許証】は国内でも200人ほどの人が所有しているのだが、その中でも魔法の絨毯と魔法の箒を所有しているのは一割、二十人ほどしか存在しない。

 全てルーラーの手作りであり、納品までに時間が掛かるということもあるが、免許制度のルールの隙である【私有地ならば免許は必要ない】を逆手に取って購入した人も少なくはない。

 もっとも、北海道の牧場などで使われていることが殆どであり、それ以外だとアラブの富豪たちが順番待ちで魔法の絨毯を購入したがっている程度である。


 なお、魔法の絨毯、魔法の箒の取り扱いについては、各都道府県の運転免許試験場でのみ実地講習及び試験を受けることができ、【乗用魔導具免許証】を持たない人は魔法の絨毯や魔法の箒を購入することはできない。


………

……


 ゆえに、いきなりアイテムBOXから魔法の絨毯を取り出し、そこに乗ったルーラーは数少ない【選ばれた人間】であると言っているようなものである。


「そ、そ、それはアレか? 政府公認の魔導具販売店でしか購入できない、二年半先まで予約で一杯の空飛ぶ絨毯か?」

「まあ、そうともいうが……そんなに予約が入っているとは、知らなかったわ」

「なんで、お前が持っているんだ?」

「わしが作ったからだが? そもそも、うちの店でもレンタルしているわ。ではな!!」

「ちょっと待て!! 俺と勝負しないか?」

「断る、それではな!!」


 何か悪巧みをしたらしい安田は、ルーラーに勝負を持ちかける。

 だが、それをあっさりと断ると、ルーラーは真っ直ぐにオールレントへと戻っていった。

 


 

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