レンタル5・世界樹の杖

 オールレントに戻ったルーラー。


 早朝のパークゴルフで安田に絡まれたルーラーは、開店準備を終えると早速、店員の関川ひばりに声を掛ける。


「なあひばりさんや、今朝、なんとかゴルフに行ってきたのじゃが。何か教本のようなものは無いのか?」

「なんとかゴルフ? 今朝? あ〜、パークゴルフですね。私は興味がないので詳しくありませんけど、書店やインターネットで取り寄せることぐらいはできますよ」


 そう説明されると、ルーラーは渋い顔をする。

 こっちの世界に来て、色々な便利なものを知ってしまった反面、どうしても受け入れ難いものがいくつもある。

 その一つがインターネットと電話、そして飛行機。

 日本政府からは仕事に差し支えるということでタブレットとスマホを手渡されているものの、ここ一年ぐらいは充電ケーブル差しっぱなしで放置されている。

 そのため、重要な連絡事項はオールレント店内の黒電話もしくは関川に届くようになっている。


「まあ……仕方ないから書店に行って来る」

「あの、タブレットを使えば取り寄せられますよ? Amazonならポイント還元もありますし」

「いやいや、書店ならすぐそこにあるから、歩いてすぐじゃからな。留守番を頼むぞ」


 そう告げて、ルーラーは店を出る。

 よく営業時間中にも散歩に出掛けるぐらい、自由に生きている。

 それでもルーラーガラスの時は難しい案件はやって来ないので、直感的に大丈夫な時間帯に出かけるのだろうなぁと、ひばりは納得している。


「はぁ。今日の予約は午後ですから、それまでには戻ってきてくださいね」

「二、三冊買って来るだけじゃよ」


 手をひらひらと振りつつ、ルーラーは店を後にした。


………

……


──葛屋書店

 近所のスーパーと隣接している全国規模の大型チェーン店、【葛屋書店】。

 こっちの世界のことを知るために、ルーラーは異世界から追放されてしばらくは、ここに通ってさまざまな本を買い求めていた。


「いらっしゃいませ。ルーラーさん、お久しぶりですね?」

「そういえばそうじゃなぁ」

「今日は、何かお求めですか?」

「なんとかゴルフの本……パークゴルフか。それの専門書とか、わかりやすい漫画とかはありますかな?」


 一度興味を持ったら、とことんまで調べたくなるのは大賢者のサガ。趣味の範疇を越えないように、かつ、のめり込みすぎないように注意しつつ、ルーラーはパークゴルフについて調べたいと思ったのだが。


「指導書などはこちらのコーナーですね、あと漫画はなかったと思いますが、ゴルフ漫画でしたらありますよ」

「パークゴルフとゴルフの違いはなんじゃ?」

「そもそもゴルフから派生したものがパークゴルフですね。まあ、細かいルールとかは簡略化されていますけど」

「ふぅむ。では、お嬢さんのおすすめのゴルフ漫画も買っていくか……」


 結果として大量の書籍を購入することになったが、持ち運びはアイテムBOXで全て事足りるので、帰りも手ぶら。

 お金も全てアイテムBOXにしまってあるので、安全かつ合理的な現金主義ともいえなくはない。

 スリに取られることなく安全に、億単位の金を運べるアイテムBOX。

 個人所有したいと願い出るものが多いのも無理はない。



 そんなこんなでオールレントにルーラーが戻ってみると、店内のカウンター付近が騒がしい事に気がついた。


「……なんじゃ騒がしいな。あまり騒ぐと沈黙術式サイレンスをかけるぞ?」

「あ、お帰りなさい。こちらのお客さんが、魔法の絨毯をすぐに売れとしたないのですよ」

「……なんじゃ、朝のゴルフ場の成金さんではないか」

「安田、だ!!」

「その安田さんが、なぜに朝から営業妨害を?」


 そう問いかけるルーラーに、安田はニヤリと笑って一言。


「魔法の絨毯を買いに来た。私は客だが? 日本には古くから『お客さまは神様だ』という言葉もあるのを知らないのか?」

「お前はバカか? 神は【創造神スタルクリア】一柱と、その眷属の亜神たちしか存在しないだろうが。たかが人間が神になるなど烏滸がましいわ」

「いやいやいや!! お客さまは神様だっていうのは、お客様は神のように敬えってことを知らないのか?」

「それは違いますね。お客さまは神様だ。これは【神前で祈るときのように、雑念を払い、まっさらな心にならなければ完璧な芸を披露することはできない】という意味だっ筈ですよ?」


 安田の間違いを指摘するひばり。

 これに取り巻きの者たちも苦笑する。


「う、うるさい、そんなことは知っているわ!!」

「なんじゃ、知っていて自分を神だと叫んでいたのか。わしにすればむしろ営業妨害をするお前さんは悪神じゃが……それで、魔法の絨毯が欲しいじゃと?」

「ああ。まだ国内に20件ほどしが出回っていないそうじゃないか。それをわしにも売れ!!」

「在庫がない、予約で一杯。おかえりはあちらじゃが? それとも予約伝票を書くのか? うちでも受け付けるが審査は日本政府じゃぞ?」

「し、審査?」


 車を買う程度のノリでやってきた安田にしてみれば、国の許可申請が必要だとは思っていなかった。

 だが、取り巻きの一人が安田の近くに来て耳打ちすると、勝ち誇った顔で一言。


「私有地での未使用だ、それなら許可はいるまい!!」

「たしかにその場合は、所持登録だけじゃが……順番待ちじゃな」


 あっさりひとことで切り捨てる。

 するとやはり取り巻きの一人が、安田に耳打ちをして。


「そこ、その奥に飾ってあるのは売り物じゃないのか?」

 

 カウンター奥の壁に掛けられてある、いくつかの丸められた絨毯。

 それを指差しながら、安田が問いかけるが。


「予約済みじゃな」

「どこの誰だ? なんなら俺が話をつける、だから売れ!!」

「阿呆か。全く、あっちの世界にも強欲な領主や貴族には頭を悩まされだのじゃが。こっちに来てまで悩まされるとは思わなかったぞ」


 やれやれという顔で安田を見ると、ふと安田もルーラーの横に置かれてあるパークゴルフの指南書を見つける。


──ニイッ

 すると、安田は満面の笑みを浮かべてひとこと。


「よし、それならパークゴルフで勝負だ!! 俺が勝ったら魔法の絨毯を俺に売れ、いいな!! 勝負は三日後だ!!」

「勝手なことを……断るぞ」

「いや、お前には断る権利などない!!それじゃあ三日後を楽しみにしているぞ!!」


 高らかに笑いながら、安田たちが出て行く。

 それを見て、ひばりも溜息を一つ。


「はぁ……本当にはた迷惑な事をして、申し訳ありません」

「ん? なんでひばりが謝るんじゃ?」

「あの人……安田は、母方の祖父でして……もっと強くいえばよかったのですが、そもそも孫の顔も名前も覚えていない人に何かしてあげるつもりもなく、普通に対応したらあのような事に」


 祖父なのに孫の顔すら覚えていないとは、ルーラーもほとほと呆れ果てている。


「それで、勝負するのですか?」

「う〜む。あっちの世界じゃと、これで勝負しなかったら有る事無い事言いふらして来るに決まっているが。かと言って勝負したとしても、勝ち目があるかどうか、そもそも奴は特注の道具を使っているし、ベテランらしいからなぁ」


 パークゴルフでは勝ち目など見えない。

 かといって勝負を捨てるのも大賢者としての矜持もあるからできない。


「まあ、可能な限り試してみるか」


 そう告げると、ルーラーは重い腰を上げて、家の中庭に向かう。

 そこには、ルーラーがこの土地にやってきて植えた木が緑を蓄えて雄大に広がっている。

 そこの根元では、一人のエルフが昼寝をしているところである。


「ワーズさんや、すまないが頼みを聞いてくれるか?」

「……ん? ルーラーさん、どうしましたか?」

「じつは、カクカクシカジカということがあってな、三日後にパークゴルフで勝負をする事になってな。その道具を作りたくて手を貸して欲しいのじゃが」


 そう説明して、ルーラーはワーズと呼ばれたエルフに数冊の本を見せる。

 それはゴルフの熱血漫画やひと昔前に流行ったゴルフ漫画などであり、ワーズはパラパラと眺めて、にっこりと微笑む。


「では、この枝を使うとよろしいかと思います。私の本体、世界樹の枝で作ったパットなら、どんな強風にも負けず、見事に球を旗に当てることができるでしょう」

「うむうむ、すまないな」

「いえ、向こうの世界で枯れ果てる前だった私を助けて、この地に根付かせてくれたのはルーラーです。これぐらいは全然問題はありませんので」


──ブゥン

 世界樹の精霊・ワーズから枝を受け取ると、ルーラーは店のカウンターに戻り、のんびりと枝を削ってパークゴルフのパターを作り出す事にした。


「はぁ。あの木って世界樹なのですか。なんだか、どこなでもあるような木ですよね? 私なんて名前も知らない木ですから、興味なかったのですよ」

「まあ、魔力があれば、その木の根元にいるワーズの姿を見えるのじゃろうがな。日々これ修行じゃよ」

「はい、努力します」


 内閣府からの出向社員である関川ひばり。

 魔法使いになるための修行もしているのだが、未だに魔力が活性化しないために魔術師見習いのままである。

 そんなこんなで、ルーラーは二日でパークゴルフのパターを作り出すと、残り1日をパークゴルフの練習に当てる事にした。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯


 

──決戦当日・早朝

 豊平川河川敷にあるパークゴルフのコース。

 そこには大勢の人が集まっている。

 安田とルーラーのパークゴルフ対決、その顛末を見るために集まった者たちと、どこからともなく話を聞きつけた地元放送局の中継車。

 それが所狭しと集まり、勝負の行方を今か今かと待っていた。


──ヒュゥゥゥゥゥン

 ルーラーは飯田と朽木の二人を伴って、魔法の絨毯に乗ってやって来る。

 

「遅れずに来たか。ルールは分かっているな?」

「ルールも何も、パークゴルフ対決としか聞いてないが?」

「勝負は9ホール。公式ルールに則って行う。俺が勝った場合は魔法の絨毯を格安で俺に売る、以上だ」

「わしが勝った場合は?」

「その時は、どんな願いでも一つ叶えてやるわ!!」


 しっかりとテレビカメラを意識しながら、安田が宣言する。

 それならまぁ、とルーラーも頬をかきつつアイテムBOXからパターを取り出して。


「なんだそのパターは?」

「どんな道具が合うのかわからんから、自分で作ったのだが? 庭の木の枝を削ってな。マンガでも木の根を削ってグラブを作っていたが、問題があるか?」

「いや、構わんよ。パークゴルフは道具じゃない、腕の勝負だ。せいぜい恥をかかないようにな!!」


 高らかに笑いつつ、安田がコースに向かって歩いて行く。

 それを見て朽木たちは不安そうな顔で、ルーラーに近寄る。


「なあルーラーさん、俺の道具を貸そうか?」

「いくらなんでも、木を削って作ったってのは……」

「この漫画じゃと、普通に木を削っていたが? 市販のものはよくわからんから、手に馴染むものを用意しただけじゃよ」


 笑いながらルーラーが告げつつ、一冊の本を取り出して見せる。

 それを見た二人は、ただ苦笑いするしかなかった。


………

……


「は、はぁ?」


 安田は信じられないものを見た。

 最初の一打目、ルーラーは旗目掛けてボールを飛ばし、見事に旗に当ててからボールをカップに落とした。

 それが違反であるとクレームをつけると、そのあとはほとんど一打でカップイン。

 ルーラーの打った球は、まるでボールに魂が宿ったかの如く弧を描いて綺麗にカップに収まる。

 それでも、負けてなるものかと安田も懸命にルーラーを追撃。しかし、最終的には六打差でルーラーの勝利となって幕を閉じた。


「くそっ!! なんで俺が負けるんだ!! 俺はプロからコーチしてもらったんだぞ!!」

「道理でうまい筈じゃわ。さすがにわしは時間が足りないから、魔法を使わせてもらったぞ」

「何で汚いやつだ!! 男同士の真剣勝負に魔法を使うだなんて」

「使ってはダメというルールはなかった筈だが。そもそも、なんで魔法が卑怯なのか説明して欲しいのじゃが? 魔法はわしが長年かけて身につけたスキルで、ズルをしたという記憶はないが? それに、長年かけて身につけたスキルがズルだというのなら、プロからレクチャーしてもらったお前などもっと狡い事になる」

「そんなのは詭弁だ!!とにかく魔法を抜きで勝負だ!!」


 試合に納得がいかないのだろう、安田が再試合を申し出る。


「生憎と、まもなく開店時間でな。それじゃあ失礼するよ」

「待て、こんな試合は無効だからな!!」

「無効、大変結構。それでは」


 そう告げてから、ルーラーは朽木、飯田と共にオールレントへと戻っていく。

 その後も安田がインタビューを受けて、キレ散らかしているところまでしっかりと放送されているのが北海道の茶の間に放送されることとなった。


………

……


「それで、この試合なんですけど魔法で何をしたのですか?」


 昼休み。

 ひばりがルーラーに問いかけると、出来立てのラーメンを啜りながらルーラーが一言。


「何もしとらんよ。そもそも魔法でパークゴルフが上手くなるはずがないじゃろう? この杖にヒントがあるのじゃよ」


 ルーラーは傍に置かれている杖をチラリと見る。

 するとひばりが杖を手に取って、繁々と眺めている。


「この杖に何かヒントが?」

「世界樹の杖。まあ形はパターじゃけどな。魔力を込めて触れたものに、仮初の命を与えることができる。これで球に命を吹き込んで、あとはカップまで走ってもらっただけじゃが?」

「うわぁ。とんでもないチートですね。それで勝ったのですか」

「流石に試合では、命を吹きこんだりはしておらぬよ。練習の時に使って、球に頼み込んでカップまでの最適なコースを走ってもらってな。ラインどりというのを覚えただけじゃ。じゃから試合では、反則級な魔法は使っておらんよ」


 キッパリと言い切るルーラー。

 事実、試合中に使った魔法は【身体強化】のみ。

 それも前日の無茶なトレーニングで体を痛めたため、魔法で無理やり体を動かしていたという。


「はぁ、それならそれで構いませんが。あまり派手な事をすると、また目立ちますからね」

「それもそうじゃな。さて、この杖は返して来るとするか」


 重い腰を上げてから、ルーラーが中庭へ向かう。

 そして枝から作り出した杖をワーズに手渡すと、ワーズもそれを大切に仕舞い込んだ。

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