レンタル22・忘れ物を届けにきました

 ある日。

 土曜日の昼下がり。

 いつもと同じく、喫茶コーナーで暇を潰している老人たち。

 今日の朽木たちは、ルーラーがアイテムBOXから取り出した【バルバスタン】というゲームをやっている。

 これは簡単に説明すると、『正六面体の上で行うチェス』であり、一面が8×8のボードを六面組み合わせたものの上で、キングを取り合う。

 自分の面が領土であり、そこにチェスのように駒を配置し、二十八個のコマを自在に操って戦う。

 初心者は六面のみを使うのだが、上級者はさらに複雑な512マスの立体ボードの中を、4次元のような動きで進めていく。

 ちなみに朽木と飯田は初心者モード、それでも二人とも腕を組んで唸り声を上げている。


──カランカラン

 入口の鐘が鳴り響くと、三人組の男子校生が入ってくる。

 始めてくる客なので、店内をキョロキョロと見渡しながら、レンタルカウンターまでやって来た。


「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」

「ええ。実は、こいつが記憶がないって言うので、それを探せるようなものってありますか?」

「記憶がない?」


 ひばりが問い返すと、こいつと言われた学生が、ひばりに向かって話を始める。


「あ、あのですね、笑わないで聞いてくださいね。俺、ここ一年ぐらい、記憶がない部分がありまして。いや、なんでいうか、普段の記憶はしっかりしているんですよ、学校のこととか、部活のこととか。帰りにこいつらと遊びに行ったり、休みの日に出かけたことも覚えているんですけど」


 そこまでガーッと説明してから、学生は肩を落とす。


「無いんですよ。何かこう、大切な何かを忘れているような気がして……それに、そんなことが起こった最初の日には、学校じゃなく豊平川の土手でぼーっと座っていて……学校をサボっていたらしいんですけど、何も覚えてなくて」

「う〜ん。若年性健忘症という可能性は?」

「精神科にも心療内科にも行って来ましたけど。特にこれって言うことはないそうで」

「それで、このには魔法の薬もあるんだから。こいつの勘違いをババッて証明してあげてくださいよ」


 そう説明を聞いても、ひばりではお手上げ状態。

 仕方なしに少年たちを喫茶コーナーに案内してボックス席に座らせると、ルーラーにバトンタッチ。


「その子たちがお客かな?」

「はい、実はですね……」


 ひばりから一通りの説明を聞いて、ルーラーがカウンターから出る。

 そして少年たちの元にやってくると、その中の一人、異様な雰囲気のある少年に声を掛けた。


「君が、記憶がないという少年かな?」

「あ、は、はい。噂の賢者さんとお話しできて光栄です。俺の名前は東家光瑠とうやひかるって言います」

「トウヤヒカル……はぁ、なるほどなぁ。ちょっと待っていなさい」


 冷静に話してから、ルーラーはカウンターに向かう。


(まさか、ヒカル・トウヤ本人か? それならあの戦闘ののちに、こっちの世界に戻された? いや、そうなら記憶が残っているはずだが……記憶を失ったのか?)


 ルーラーにとってヒカルは、共に戦って来た仲間。

 そして世界で唯一の勇者である。

 あの戦闘ののちに、魔王によって異界送りになったのだが、無事に生きていたのなら、これほど嬉しいことはない。


 とりあえず、失った記憶というのを探り出すため、ルーラーはエメラルドで作られた一枚のタブレットを取り出す。

 これは記憶を映し出す魔導具であり、これで本人の知らない記憶を読み出すことができるかもしれない。

 それを手に、ルーラーは少年たちの元に戻ると、テーブルの上にエメラルドタブレットを置いた。


「それじゃあ、このタブレットの左右に手を乗せて、静かに目をつぶって……」

「こう、ですか?」


 言われた通りに目を瞑ると、タブレットの表面が波打ち始める。

 学校での生活、自宅での風景。

 自分が見た光景が、次々と浮かび上がっては消えていく。

 そしてから十分ほど、コマ送りのように風景が変わった時。


『ここは、どこですか?』

『まあまあ、まずは説明をしてあげるから、ここに座りなさい』


 言葉は聞こえてこない。

 けど、そこに映し出された光景をらルーラーは知っている。

 ヒカルが召喚された時、彼に事情を説明するためにルーラーは執務室に彼を案内した。

 その時の光景が、タブレットに映し出されていた。


「うわ、ルーラーさん。光瑠と会ったことがあるのですか?」

『まあ、な……そうか。お前さんは、全てを失って、ここに戻って来たのか……』


 ルーラーの言葉は、学生たちにはわからない。

 彼の母国語でヒカルに話しかけているのだから。

 

──ガチャン

 すると、光瑠が右手をタブレットから放し、ルーラーにむけて伸ばす。


『じっちゃん……俺の旅はここまでらしいから、これは返すよ……』


 光瑠の手の中には、ルーラーが彼に渡した【青く輝くマギ・コイン】が乗せられていた。


『ヒカルか。まさかお前も、この世界にやって来ていたとはな……』

『ああ。でも、俺は異世界に召喚された時間軸に戻って来ていたんだよ。向こうの世界で五年も過ごしていたのにさ。だから、じっちゃんやねーさん達もいるんじゃないかって、記憶を眠らせたんだよ』


 今の光瑠の中には、異世界転生後の勇者ヒカルの意志と記憶も宿っている。

 だが、本体がそれらの記憶を異物として処理してしまわないように、ずっと眠っていた。

 そしてルーラーと出会って、本体がトランス状態になったので、こうして表に出て来たらしい。

 ヒカルとルーラー野言葉ほ、向こうの世界の言葉なので学整体には理解できない。 

 でも、何かが起きているのだろうと、静かに話を聞いている。


『なるほどな。それで、もう限界なのか?』

『ああ。俺自身はあの時にほとんど死んだようなものだからさ。でも、なんとかこっちに戻されて、じっちゃんに伝えたいことがあったから……』

『伝えたいこと? まさか魔王がここにも来るのか?』


 そう問いかけると、ヒカルは頭を振る。


『ちがうよ。じっちゃん、あの世界で俺を助けてくれて、ありがとうな。右も左もわからないガキに、生きることを教えてくれて……』


 そう告げてから、ヒカルがトランス状態から解除される。

 その瞳からは、なぜか涙が流れている。


「さて。光瑠くんや。気分はどうかな?」

「……ここにいるやつが、『じっちゃん、ありがとう』っていってるよ」


 涙を拭いながら、光瑠がそう告げる。

 改めて、ルーラーはタブレットを確認するが。

 もう、勇者だったヒカルの記憶も意志も、全て残っていない。


「光瑠、ルーラーさんをじっちゃんだなんて!!」

「いくらお前が大雑把でも、それはダメだろうが!! ごめんなさいルーラーさん。こいつ、基本的にアホなんで」

 

 光瑠の頭を下げさせようとする二人。

 だけど、ルーラーは頭を左右に振る。


「別に構わんよ。それで、光瑠くんの疑問は解消したかの?」

「はい……凡そ理解しました。俺の中の足りなかった記憶も。それでルーラーさん、たまにここに来て良いですか?」

「そりゃまた、別に暇な時は構わんが……」

「教えてください。ルーラーさんと一緒に旅をしていた勇者のことを!!」


 その光瑠の目を見て、ルーラーも理解した。

 勇者だった時の記憶は全て消滅し、その時の意識もない。

 けれど、なんらかの理由で、自分が勇者だったということだけは、理解したらしい。


「そうじゃなぁ……それじゃあ、これを持って行きなさい」


 そう告げながら、ルーラーは光瑠にマギ・メダルを手渡す。

 その光景をカウンターで見ていた朽木達は、ギョッとしている。

 大賢者の弟子にのみ渡されるメダル。

 それを光瑠に手渡したから。


「これ、俺じゃないあいつのものですが」

「構わんよ。まあ、のんびりと昔話に付き合ってもらうお礼じゃと思いなさい」

「はい!!」


 懐かしい友の再会、そして永遠の別れ。

 幾度となく繰り返したルーラーにとっても、今日という日は大切なものとなった。

 

 

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