レンタル9・マウンドの勝者

 プロ野球・日本シリーズも終わった秋。


 魔導レンタルショップ・オールレントの喫茶コーナーでも、日本シリーズの話で盛り上がっていたのだが。


「なんといっても、セ・リーグ覇者の東京ヘラクレスが勝利したのは、抑えの切り札『真行寺誠』がいたからこそ。あの最終戦最終回。最後の三人全てをスライダーのみで抑え切ったあの剛腕こそ、日本プロ野球史上最高のピッチャーといえよう」

「朽木!! それは違う。ヘラクレスを勝利に導いたのは、強打者『神田建人』がいたからこそ。年間ホームラン数85は、かつてバレンティノが築き上げたシーズン60をはるかにうわまったじゃないか。しかも、日本シリーズでも8本、彼いなくてはヘラクレスは存在しない!!」


 二人とも『東京ヘラクレス』のファンである。

 それゆえ、どの選手が年度代表選手として選ばれるか、その一点に話が集中している。


「「なあ、ルーラーさんはどう思う!!」」

「わし、北海道スノーフェアリーズの高遠選手が好きなんじゃが……弾丸超速列車の異名を持つ俊足、雨天のグランドでも高速で駆け抜けるラッセル走法。今年の盗塁王なんじゃが」

「盗塁じゃ年度代表選手にはならんわ!!」

「ヘラクレスの選手こそ至高!!」

「勝手にせい!」


 昨年はオールレントの立ち上げで忙しく、野球というものを知らなかったルーラー。

 今年は朽木と飯田に誘われてオープン戦を見に行ったのがきっかけで、北海道をホームとする『北海道スノーフェアリーズ』の応援をすることになった。

 シマエナガをモチーフにしたユニフォームがかわいらしく、マスコットキャラクターの『シーマ』『エナガー』の二人の人気もあって球場を訪れる女性ファンも増えたらしい。

 今年の成績はパッとしなく、リーグ五位という結果になってしまったが、地元の球団ということもあってルーラーはご贔屓にしたらしい。


「いいか飯田、真行寺の凄さを一から教えてやる。あれは俺が三十の時……」

「まだ生まれとらんわ!! せめて高校球児の時代からにせい!!」


 そんなやりとりに呆れつつ、ルーラーは手元に届けられた発注書を確認する。

 政府指定病院に卸すための『中回復ポーション』『大回復ポーション』の本数を数え、必要な素材を棚から取り出す。

 店内で販売している『小回復ポーション』は弟子の関川ひばりに任せても問題ないのだが、こればかりはまだ任せるわけにはいかない。

 

 小回復ポーションは切り傷や打身、捻挫、軽い火傷などを瞬時に修復する働きがあるものに対して、中回復ポーションは骨折レベルの瞬時修復を可能とする。

 病気を癒す『治癒ポーション』とは違い、外傷を治すのが『回復ポーション』。

 その違いがどこにあるのかと問われると、ルーラー曰く『治るならなんでもいいじゃろ、ごちゃごちゃ言わんと飲め!!』と一言。

 なお、今回の注文では大回復ポーションは二本のみ。

 失った四肢すら再生する効果があるため、使い所が限られているとのこと。

 噂では対外交戦略に使われているとか、他国との話し合いの折に引き合いに出されているとかさまざまな噂が跡を立たないが、ルーラーにしてみれば勝手にしろというレベル。

 人を治すポーションなのだから、大切に取っておいても仕方がない。それに、発注分は納品先も決まっている。

 

「さて、それじゃあ中回復ポーションから作るとするか」

「ルーラーさん、コーヒーのおかわりだ!!」

「わしはトーストも頼む。こいつと話して疲れてきたわ」

「やれやれ……ちょっと待っておれ」


 ひばりはレンタルカウンターで接客中。

 仕方ないので、ルーラーがコーヒーとトーストの準備をしていると。


──ブハッ!!

 スマホを眺めていた飯田が突然吹き出す。

 

「真行寺が、事故に巻き込まれた!! 重体だって」

「なんじゃとぉぉおおぉおぉぉぉ!!」


 慌ててスマホを手に、ニュースサイトを検索する朽木。

 そして記事を見かけるたびに、顔色がどんどん悪くなっていく。


「おおお……右から追突……右肘から挫滅状態……」


 綺麗に切断されていたなら、まだ接合手術が可能。

 だが、今回は事故により右肘が圧迫され、さらにちぎれ飛んだらしい。

 記事でも生きているのが奇跡であるが、投手としては引退を余儀なくされると書かれていた。

 また、搬送先でも未だ意識不明であり、予断を許さない状況であるとも。


「何故じゃ……なんでこんな事が……」

「朽木さんや。ファンのわしらは祈るしかない。そうじゃろ……」


 肩を落とす朽木の背を叩きつつ、飯田が諭すように告げている。

 すると、朽木がカウンターの向こうで調合をしているルーラーに話しかける。


「なあ、ルーラーさんや。お前さんのポーションで、真行寺選手の腕を治すことはできないのか?」

「ん? そうじゃなぁ……状態を見ないことにはわからぬが、大回復ポーションなら失われた四肢すら完全に再生できるが?」

「それだ、それを調合してくれ!! それで真行寺選手の腕を直してくれ!!」


 カウンターを乗り越える勢いで、朽木がルーラーに頭を下げる。

 だが、ルーラーは淡々とひとことだけ。


「入院先の病院からの要請がないと、わしは調合できぬぞ。中回復ポーションと大回復ポーションは、年間での調合本数に制限があるからな」


 魔法治療に頼りすぎることがないようにと、政府からの調合本数制限が通達されている。

 それを違反しないようにと、関川も監視という名目でここで働いているということもある。

 

「そこをなんとか頼む!! まだ若い選手で、未来があるんだ!!」

「ルーラーさん、わしからも頼む。どうにかできないのか?」


 朽木に続いて、飯田も頭を下げると。

 レンタルカウンターからひばりがやってくる。


「ルーラーさん、政府からの依頼で、真行寺選手の回復用に『中治癒ポーション』の調合依頼が届きましたが」

「「よっしゃぁ!!」」

 

 小躍りしそうな朽木と飯田だが。

 ルーラーは渋い顔をしている。


「それが、政府からの依頼とはなぁ」

「真行寺選手は国民的ヒーローです。生命の危険を逸するためにもという事です」

「おいおい、何を渋い顔をしているんだ?」

「これで真行寺選手の腕が治るんだろ?」


 明るい顔でルーラーに話しかける朽木たちに、ルーラーはため息混じりで説明を始める。


「政府からの依頼は『中治癒ポーション』。彼の腕ではなく命を救うためのポーションで、それを摂取することで意識は戻るじゃろうし生命の危険も脱することができる」

「それじゃあ、腕は治らないのか?」

「そのあとで腕を再生することぐらいはできるんだろ?」

「政府との取り決めで、一度でもポーションによる治療行為を行なったものに対しては、二本目の使用は一年以上の待機期間を設けなくてはならない。そして、中治癒ポーションは、ほかのポーションの効果を中和する」


 正確には、中治癒ポーションの副作用による『他の回復効果の遮断』。

 ルーラーの世界でも、魔法薬生成や神聖魔法による回復は難易度が高く、誰でも簡単にできるものではない。

 小回復ポーションや小治癒ポーションは教会の聖職者たちが修行の一環で作るものであり、それらが市井に広まることはある。

 また、神聖魔法は神の御技、上位聖職者しか行うことができない。

 けれど、効果の高いポーションは他のポーションの効果を妨げる。

 

 今回の依頼では、日本政府は真行寺選手の命を救うことを依頼してきたのである。


「……そ、そんな……」

「それじゃあ、先に腕を治すっていうのはどうなんだ?」

「生きるか死ぬかという時に、腕を残すという選択はせんじゃろ……そもそも、体力がないものに回復ポーションを飲ませた場合、再生力に体力が追いつかなくなるわ」


 そう説明すると、朽木たちが肩を落とす。

 ゆっくりと椅子に座り直すと、カウンターで沈黙してしまった。


「……師匠、これが内閣府からの依頼書です」


 ひばりが印刷した書類を手渡すと、ルーラーは内容を確認して頷く。


「ふぅ。全く仕方がないわ」


 目の前に並べてある素材を横にずらし、ルーラーが別のポーションを作り始める。

 関川の知らない素材が次々と並べられ、しかもアイテムボックスから見たことのない小瓶を取り出した。


「師匠、政府からの依頼とは違うポーションを作るのですか?」

「なぁに、見た目には同じじゃから問題はない。それよりも、他のポーションとは入れ替わらないような頼むぞ」


 つまり、ひばりが責任を持って真行寺の元に届けろと言っているのである。

 これは明らかに規約違反なのだが、ルーラーが考えて行ったことだからと、ひばりも黙認するしかない。

 そして、ルーラーは調合を始める。


 ひばりも見たことのない、真剣な表情。

 いくつもの素材を魔術処理して合成し、粉末にしてから小瓶の中に収めていく。

 そこに別の調合薬を加えて軽く振ると、薄い水色が突然濃い青色に変化する。


「師匠……その調合も素材も知りません。そのポーションは、なんなのですか?」

「エリクサー。死以外の全てを癒す、【神の奇跡の雫】といわれておる。今となっては、その神すら信じる気はないが、素材は嘘をつかないからな」


──コン

 カウンターに置かれたポーションの瓶には、しっかりと手書きで【真行寺用調合】と記されている。

 もっとも、日本政府では薬の差異など調べようもないので、疑う余地もないというのが実状だが。


「急いで持っていってくれるか? 効果時間が十二時間しかなくてな。とにかく時間との勝負じゃから」

「は、はい、急ぎ行ってきます!!」


 ひばりはエプロンを外して着替えに向かう。

 その様子を見て、朽木と飯田が顔を見合わせてから、ルーラーのに問い掛けた。


「治るのか?」

「これっきりにしてくると助かるのじゃがな。何分、向こうの世界でしか手に入らない素材を使うからな……」

「「済まない!!」」

「いや、構わんよ。このお礼は、直接本人から貰うとするからな」


 そう笑いながら呟くルーラー。

 そしてひばりが収納ポータルバッグにポーションを納めると、オールレントを飛び出していった。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



──翌日

 新聞の見出しは、真行寺選手の意識が戻ったことを大々的に伝えている。

 記事によると、体力の回復が認められだ次第、失われた腕の再建手術も行われると記されているのだが、ひばりからの電話によると、すでに真行寺選手は心身共に回復している。

 エリクサーの効果はすざましいらしく、規約により医師立ち会いの元で投薬されたのだが、その瞬間からバイタルが回復し、失われた腕の再生も始まったらしい。

 それでも、完全に再生するには一ヶ月は必要なため、真行寺選手は当面は病院の特別室に軟禁状態となる。


 それでも、一ヶ月の不自由な生活と引き換えに、選手として続けられるのだからと笑顔で受け入れてくれた。


………

……


──数日後・オールレント

 カランカラン。

 入口の鐘が鳴り、ひばりが入ってくる。

 今回の依頼について、ひばりは全てを上司に報告。

 厳重注意を受けて戻ってきた。

 

「よお、ひばりちゃん。今回はありがとうな」

「これで来季の東京ヘラクレスも安泰だよ」


 嬉しそうに告げる朽木と飯田。

 カウンターの向こうでは、笑顔でコーヒーを淹れているルーラー。


「まあ、私としても選手生命が断たれなくなったというのは喜ばしいと思いますけど。はい、こちらが内閣府からの手紙です。そしてこれが、お土産です」

「まあ、また苦言じゃろうなぁ……と、エリクサーの納品についてか。不可能じゃからお断りするとして、こっちのお土産は?」


 ガサゴソと包みを開く。

 そこには、真行寺の背番号14の入ったユニフォームが入っていた。

 表と裏には、東京ヘラクレスの全ての選手のサインと、お礼の言葉が書き込まれている。


──ブハッ!!

 これには朽木と飯田もコーヒーを噴き出す!!


「おいおい、せっかく貰ったものにコーヒーの染みをつけないでくれ」

「い、いや、だってよ」

「全選手の直筆サイン入りなんて、ファンにとっては垂涎の逸品じゃないか!!」

「知らんわ。これはわしの宝物庫に収蔵するのじゃ」


──ブォン

 右手で印を組み、アイテムボックスを開く。

 だが、それは普段のアイテムボックスとは違う。

 ルーラーお気に入りのアイテムのみが収蔵されており、内部に入ることも可能。

 術式名は『驚異の博物館ヴンダーカンマー』。

内部には管理者であるゴーレムが待機しており、常に内部は清潔に保たれている。


 そこにサイン入りユニフォームを収めると、ルーラーはガッカリ顔の二人に、もう一つ同封されたものを見せる。


「まあ、わしが欲しかったのはこっちじゃからな。来季は、最高の席で野球を見ることにしようかの?」


 東京ヘラクレスからの贈り物。

 それは北海道にあるドーム球場の、バックネット裏指定席四席分のシーズンチケット。

 真行寺選手を助けてくれたお礼ということで、球団が北海道フェアリーズ本拠地のドーム球場のチケットを四枚、手配してくれたらしい。


「「「おおおおお!!」」」


 これには朽木や飯田だけではなく、ひばりも声を上げてしまった。

 そして、四人は来季の話で盛り上がった。

 娯楽の少ない世界から、娯楽の溢れる世界に来たルーラーにとっては、野球のような娯楽で話が弾むのが楽しいのであろう。

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