レンタル29・異世界への扉

──魔導レンタルショップ・オールレント

 相変わらず、昼の時間には常連の爺さんたちがたむろする。

 喫茶コーナーでのランチが目的というわけではなく、美味いコーヒーを飲みながらおしゃべりに夢中になっているだけ。

 この日も、朽木と飯田の常連組が、先日ルーラーが召喚したドラゴンのことで盛り上がっている。


「しかし、あれだけ大きなドラゴンを召喚できるとはなぁ。さすがはルーラーさんだよ」

「ニュースやインターネットでもかなり取り上げられていたからな。諸外国の連中なんて、ドラゴンの生態調査を行いたいとか、素材を売って欲しいって叫んでいたらしいじゃないか」


 のんびりした性格の飯田と、捲し立てるように話す朽木。

 相変わらずの迷コンビだなぁと、ルーラーは少し苦笑する。


「素材を売る気はないし、生態調査も許可するはずがないだろう。グランガオンは友人じゃからな」

「なんでも、中東の王族あたりがペットに欲しいって日本政府に裏から打診したっていう噂もあるが」

「あ、それデマですね。そんなことをしてルーラーさんの不興を買ったりしたら、魔法の絨毯がてにはいらなくなるのはわかっているはずですから」


 印刷した書類を片手に、ひびりが喫茶コーナーにやってくる。


「なんじゃ、また魔導具の追加か……」

「はい。素材が切れた時点でのキャンセル分と、もしもまた切れたら困ると言うことで、今のうちに在庫を抑えようということのようですが」


 受け取った書類をペラペラとめくり、内容を確認する。


「こりゃあ、また素材を取りに行かんとならんか。ひばりや、午後から店を任せて構わないか?」

「はい。それは問題ありませんけれど、また島牧の演習場に向かうのですか?」


 グランガオン召喚時、彼に頼み込んで別次元から錬金術素材を調達してもらった。

 今回もそうなのだろうと、ひばりは考えたのだけれど。


「いや、【黄金の円環】が無事に定着したのでな。直接、わしが採取に向かう事にするよ」


──ピクッ

 そのルーラーの言葉に、飯田と朽木の耳がピクリと動く。


「なるほど。それじゃあ用意してくるか」

「そのようですな。ルーラーさん、三十分で戻りますので、待っていてくれますか?」

「なんじゃお主ら。まさかついてくる気なのか?」

「「当然!!」」


 満面の笑みを浮かべる二人。


「はぁ……まあ、危険はないから構わんか。それじゃあ待っているから、早く用意してこんか」

「わかった。すぐに戻るからな」

「置いて行かんでくれよ!!」


 そう言い残して、二人は店から出ていく。

 その二人を目で追いかけつつ、ひばりはため息一つ。


「はぁ。羨ましいです」

「そのうちひばりにも、素材を取りに行って貰うからな。今日のところは我慢せい」

「は、はい!!」


 落ち込んだのは一瞬。

 ルーラーの弟子であるひばりだからこそ、素材の採取まで任せられる。

 そう説明を受けると、ひばりは有頂天になってレンタルカウンターへと戻っていった。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



──カルファードの地

 ルーラーの保有する『亜空間』の一つ。

 無限収納・時間停止効果を持つ『アイテムBOX』

 アイテムBOXでは納められない魔導遺物品アーティファクトが納められている『脅威の部屋ヴァンダーガンマー

 そして一つの大陸が丸々収納されてある亜空間大陸『カルファード』。


 このカルファードには、ルーラーと契約したさまざまな魔獣だけでなく、錬金術の素材となる生物や植物、魔物、鉱山などが存在する。

 その中心には小さな世界樹も生えており、常にこの世界を魔力で満たしている。


「はぁ……こんな高い島が、丸々納められているなんて。一体どれだけの力を持っているんだよ」

「いや、カルファードの扉は開くことは無いと勝手に解釈していたからなぁ。まさか黄金の連環がつながるなど、思っても見なかったのじゃよ」


 世界樹の根元に生み出された扉。

 そこを通り抜けた先が、この広い草原地帯。

 地球でいう草食恐竜のようなものが闊歩し、空には飛龍が飛び回っている。

 まるで映画のセットのようだと、朽木も飯田も考えてしまったとき。


──ブワサッブワサッ!!

 上空から、巨大な竜が降りてくる。


『おや、ルーラーさんと……イーダさん、クッキイさんじゃないですか』

「わしは飯田じゃが……異世界発音はイーダなのか?」

「なんでわしがクッキイじゃ。そんなに甘くはないぞ!!」

「はっはっはっ。グランガオンはまだ地球の発音を身につけていないからな。それよりも、眷属たちは元気なのか?」『そりゃあもう。何年も時が止まったかのように静かだったし、世界樹からの魔力供給も年々低下していたけどね。ルーラーさんがまた、黄金の連環を繋いでくれたから、全ての時が動き出したよ」


 その言葉に、ルーラーはウンウンと頷く。


「ルーラーさん、その、この前から聞いている『黄金の連環』ってなんだ?」

「そう、それって魔法陣みたいなものなのか? ドラゴンの話では、世界をつなぐとか話していたよな?」

「うむ。簡単に言うと……『黄金の連環』とは運命の鎖を意味する。地球の言葉を借りるなら『縁を繋ぐ』とでも言うのかな。つまり……」


 黄金の連環は、人の魂の結びつきを示す。

 それを力として利用する、大賢者にしか操れない『運命操作術式』。

 それを持ちいることができれば、『過ぎ去った運命すら湾曲』させ、作り変えることも不可能ではない。

 ただし、そのために必要な魔力は膨大であり、ルーラー一人の魔力ではカバーできるものではない。

 オールレントの裏庭の世界樹が地球のマナラインを結びつき、大地に魔力を活性化させることができたからこそ、カルファードの地は地球に『縁を結ぶ』ことができた。


 その代償として、大賢者の杖は砕け散ったものの、それよりも大切なものを取り戻すことができたのだから、ルーラーとしては満足であった。


「なるほどなぁ。つまりは、その黄金の連環があれば、ルーラーさんは自分の世界に帰ることもできると言うことか」

「朽木は話を聞いていなかったのか? 大量の魔力と杖がないと帰れないんだぞ?」


 そう話している朽木と飯田を見て、ルーラーは苦笑するしかない。


「流石に、今の地球の魔力では、わしの故郷までの連環を結びつけることは不可能じゃよ。もっとこう、根幹たる魔力が溢れるような土地でなく……ては……」


──フヮサッ

 風が草原を駆け抜ける。

 その言葉を終わらせる前に、ルーラーは改めてカルファードを見渡した。

 オリジナルの世界樹ではないものの、カルファードも元はルーラーの世界に存在した島。

 魔力の含有量は、地球とは桁違いである。


「まさか……わしは……戻れるのか……」


 今ならわかる。

 魔族と対抗するために、どのような手段を取ればいいのか。

 命の根幹である魔力に頼ることなく、新たな技術を身につけること。

 魔力絶対主義の世界を、その法則を捻じ曲げなくては魔族とは戦えないこと。


「……ルーラーさん。色々と考えているようだけど。今はやらないとならないことがあるんじゃないか?」

「そうそう。今日は素材を集めに来たんだろう?」


 笑いながら呟く二人を見て、ルーラーは静かに頷いた。

 もう、元の世界には戻ることを諦めていた。

 あたらしい世界で、残りの人生を紡いでいく。

 その気持ちが揺らいでいるのに、ルーラーは驚いている。


「そうじゃな。まずは、素材を集める事にしようか」

「わしらも手伝うからな」

「俺たちだって、普通の老人じゃないってことを見せつけてやるぞ」


 そして三人で素材を集め出す。

 三人がオールレントに戻ったのは、カルファードにやってきたから五時間後のことであった。

 

 

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