レンタル8・異世界の、ものがたり
とある木曜日。
オールレントは不思議なことに、毎週木曜日は暇である。
どれぐらい暇かと言うと、近所の朽木や飯田、そして隣の町内に住んでいるらしい女子大生の加賀見美奈が、揃ってカウンターでコーヒーを飲んでいるぐらいである。
「やっぱり、今日は暇ですね」
「まあ、俺や飯田は隠居ジジイだからいつも暇だけど、美奈ちゃんは学校はないかなくて良いのか?」
「今日は臨時休講だったのですよ。だから、オールレントに何か新商品がないかと思って見にきたんです」
「ほう。そりゃどうも。でもあいにくと、新商品というのはないなぁ」
カウンターの奥で何かを焙煎していたルーラーが、美奈に聞こえるように返事をしてくる。
そして作業を終えたらしく小さな瓶を二つ持ってくると、それを棚に並べていった。
「それは新商品ですか?」
「いやいや。夢見胡桃という木の実を焙煎して、粉にしたものじゃ。寝る前にこれを煎じて飲めば、見たい夢が見られるというだけじゃがな。まあ、占いを信じている人たちがたまに買いにくるのでな」
「へぇ。夢を見せてくれるのですか……面白そうですね」
「面白そうと言えば、ルーラーさん、たまにはあんたの話を聞きたいんだけどな」
朽木が、カウンターの向こうにあるチェアに腰を下ろしたルーラーに話しかける。
ちなみにルーラーは、こっちの世界に来たとき、日本政府への説明の時ぐらいしか自分の故郷の話をしていない。
その時の報道で、【異世界の大賢者がやって来た】という説明しかされてなく、それ以上のことは政府からも秘匿するように告げられているので、あまり話してはいない。
「わしの話は、面白いものはあまりないぞ」
「それじゃあ、こっちの世界に来た理由を教えて貰えますか? 神様の気まぐれとか、いろんな理由がありそうなんですよ」
何も知らない美奈は、屈託のない笑顔で問いかける。
そして理由を知っているひばりが調合の手を止めて美奈を止めようとしたが、ルーラーが頭を左右に振ったので止めることにした。
「そうじゃな……わしは、ある世界で勇者と共に魔王を倒す旅に出ていてな……負けて、異世界に放逐されたんじゃよ」
あっさりと告げるルーラー。
その言葉が真実だろうと、朽木たちは瞬時に理解できた。
そして美奈も、聞いてはいけないことを聞いた罪悪感から、頭を深々と下げる。
「ごめんなさい。気軽に聞いていい話ではなかったのですね?」
「いやいや、過去の話じゃし。今はここでのんびりと生きている、それで十分じゃよ」
「そうか……しっかし、ルーラーじいさんでも勝てなかった魔王ってのは、どんな奴なんだ?」
「どんな奴を聞かれてものう……」
ルーラーは、ゆっくりと、自分の故郷を懐かしむように話をした。
自分の生い立ち、魔導学園に編入したこと。
卒業して冒険者となり、その腕を見込まれて宮廷魔術師団に抜擢されたこと。
そこでの功績を讃えられ、賢者の称号を手に入れたこと。
そのあたりから、世界に魔族が姿を現しはじめたらしく、同時期に聖王国の聖女が神託を得たこと。
「その聖女の神託で、異世界から勇者が召喚されることを知ったのじゃよ。そして勇者と共に、世界を滅ぼす魔王を討伐するために旅立ったのも、そのあとじゃった」
棚に置いてあるパイプを手に取り、光る粉を詰めて火をつける。
地球産のタバコではなく、味付けされた魔力結晶の粉。
ニコチンもタールもなく、体の中に魔力を浸透させるための道具。
「その旅の中で、我々はいくつものダンジョンに向かった。まず、我らがやらなくてはならないことは、ダンジョンの討伐であったからな」
ルーラーは語る。
彼らの星を滅ぼした魔王。
それは、幾つもの世界を旅し、エネルギーを集める存在。
彼らはまず最初に、目をつけた世界の大地に『ダンジョンコア』を転送する。
そして発芽したダンジョンコアはその土地の地脈に根を伸ばし、エネルギーを吸収して活性化する。
活性化したダンジョンコアは、入り口を開いて人々を呼び集める。
その中には、コア自らが生成したさまざまな魔導具、金銀財宝が眠っている。
より深く、より奥へ。
行けば行くほど、財宝のレアリティは高まる。
結果、冒険者たちは、ダンジョンに挑む。
だが、それが魔王の罠である。
ダンジョンとは、魔族が生み出した『生体兵器』。
世界の地脈から力を奪い、財宝や魔導具を囮にして人間たちを呼び寄せ、食らい、コアに力を蓄える。
そして力を蓄えたコアは孵化し、上位魔族を生み出す。
──ゴクッ
誰ともなく、息を呑む音が聞こえる。
「そ、そのことは、日本政府は?」
「知るわけがなかろう。この話をこちらの世界でするのは初めてじゃからな。まあ、他所にしても構わんし、内緒にしても構わん」
そう告げてから、パイプを強く吸う。
ルーラーの体が淡く輝き、やがて光が落ち着くと、話の続きを始めた。
「いくつかのダンジョンコアは破壊できたが、それでも数が多すぎて我々だけでは無理じゃったよ」
ダンジョンコアから生まれた上位魔族は、どんどんと数を増やしはじめた。
そして、大陸最大の帝国がダンジョンに飲み込まれ、その土地に直径60kmものクレーターが発生した時、魔王が降臨した。
そのクレーターに魔都が生み出されると、空間を超えて何百、何千もの魔族が姿を現した。
そして近隣諸国に戦争を仕掛けると、それらを滅ぼして彼らの糧とする。
やがて大陸一つが魔族の領域となった時、ルーラーは勇者と共に、最後の戦いに赴いた。
「ありゃ、戦いなんてものではない。一方的な蹂躙じゃったよ」
神の加護を得た勇者。
そして光の聖女、東方の剣豪、古の大賢者。
彼らの力によって魔王は追い詰められ、王城の謁見の間まで逃げていった。
だが、そこで勇者たちは全滅した。
「……なぜ、全滅したのですか?」
「神の加護があったのなら、光の加護があれば魔王など滅ぼせるんじゃねーのか?」
「……わしらは、思い違いをしていた。勇者を召喚した神託、それ自体が魔王の背後に存在する混沌神の言葉だったのじゃよ」
全ては、混沌神の掌の上。
魔王は混沌神の眷属であり、彼に上納するための【負のエネルギー】を集めるための存在。
目をつけた世界に送り込み、希望を与え、その希望が最高値まで高まった時。
希望を端折り、絶望に変える。
そうなると、二度と立ち上がることなどできない。
結果、勇者が神から与えられた力=混沌の力であることを知った勇者や聖女は心折れ、簡単に囚われてしまう。
最後まで抵抗を続けていた剣豪も刃折れ力尽き、ルーラーもまた魔力を失い敗北した。
魔王は、その戦闘の全てを世界中に伝えた。
そして、巨大な【異世界送りの魔術式】の中に我らを捨て、高らかに勝利を宣言した……。
最後に放逐されたルーラーは、その魔王の醜悪な顔をなどと忘れることはない。
………
……
…
「とまあ、これがわしの過去じゃな。今、こうして生きているのが奇跡だと思えるぐらいじゃよ」
パイプの火が消えたことを確認して、中に残った黒い粉を灰皿にコン、と投げると、ルーラーはパイプを棚に戻した。
「はぁ〜。凄い物語だな」
「まるで映画のようじゃが、現実なのじゃな」
朽木と飯田が感心しながら、コーヒーのおかわりを注文する。
そして加賀見もコーヒーを口をつけてから。
「もしも、もしもですよ。この私たちの世界にダンジョンコアが送り込まれたら、その時はルーラーさんはどうするのですか?」
その問いかけの答え。
朽木も飯田も、それが知りたい。
「さぁ、な。わしは真実を知った。けど、わしは敗者であり、この世界に勇者は存在しない……何をするか、それはわからんよ」
少しだけ悲しそうに、ルーラーは呟く。
失った友のことを思い出し、彼らの無事を祈りつつ。
「そう……ですか」
「なあに、加賀見ちゃん心配するなって」
「世界中の軍隊が動けば、魔族なんてすぐに倒せるって」
「はっはっはっ。意外とそうかもしれんな」
思い出したかのように笑うルーラー。
そよ言葉に、全員が興味を示す。
「それは何故ですか?」
「この世界の住人は、魔力をほとんど持たない。つまり、ダンジョンコアのエネルギーにならないんじゃよ。地脈はあるので初期活性化は可能かもしれんが……全てのものに魔力が宿る我々の世界とは違い、この星の物質には魔力がない」
魔族は対魔術耐性が高く、全てのものに魔力が存在するルーラーの世界のものでは叶うことはなかったが。
魔力を持たない物質は、魔族の脅威となる。
神託によって作り出された聖剣は、魔族にとっては竹串で叩かれる程度の痛みしか与えられなかったが、こっちの世界の木刀程度でも、勇者の奥義クラスの威力が出るかもしれない。
「へぇ。俺のパンチでも行けそうか?」
「朽木さんの身体能力なら、殴ったら手首が折れるぞ。じゃが、武術家の拳ならば、中級魔族程度なら勝てるじゃろうなぁ」
「……飯田、今から鍛えるか」
「わしはコタツでのんびりするわ。戦いは朽木に任せるよ」
「なにおう!! お前も鍛えるんだよ!!」
少し湿っぽい話をしたと、ルーラーは少しだけ反省している。
けれど、その場の全員が、ルーラーの話を真面目に聞き、共感してくれたのはありがたかった。
──カランカラーン
オールレントの扉が開く。
「あの〜。こちら、魔導具のレンタルショップで宜しいのですよね?」
「ええ。いらっしゃいませ。何をお求めでしょうか?」
ひばりがカウンターから出て接客を始めると、ようやく時間が進みはじめたような気がするがした。
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