レンタル7・ペットペットペット!!

 長閑な日曜日。


 オールレントは定休日のため休み。

 ひばりも出勤してこないので、ルーラーは朝の日課を終えると、庭で世界樹の精霊ワーズとのんびりとティータイムを楽しんでいる。

 すると、塀の向こうから二つのよく見る帽子が見え隠れしている。


「……朽木さん、飯田さん、何かあったのか?」

「ん?」

「おお、ルーラーさん。今日も別嬪さんとお茶して、羨ましいですね」


 飯田が返事を返すが、朽木はそれどころじゃないらしく、塀の向こう斜め下を困った顔で眺めている。


「まあ、休みぐらいはのんびりとしたいからな。それで朽木さんが困っているようじゃが、何があった?」

「いや、実はな……」


 とほとほ疲れ果てた朽木が、塀の向こうから話を始める。

 簡単に要約するならば、昨日は年に一度の狂犬病予防接種で、朽木も自宅で飼っている北海道犬のタロスケを連れて近くの公園に向かうところだったらしい。

 この近所界隈はペットを飼う家が多く、公園を使った大規模接種会場が作られているらしい。


「そういえば、ルーラーさんとのサモエドも予防接種をしないとまずいんじゃないか?」

「そうだ、どうせなら一緒に行きませんか?」


 二人が話を振ると、ルーラーも昨年のことを思い出した。

 フェンリルに予防接種が必要かどうかはわからないが、狂犬病の説明を受けてその恐ろしさを知り、万が一のためにということでフェルリルのラグナを連れていったことがある。

 その時のラグナの様子を思い出して、チラリと世界樹の根元で昼寝をしているラグナを見る。


「ワフッ!!」


 どうやらルーラーに見られていることに気がつき、目を覚まして尻尾を振っている。


「確か、狂犬病の予防接種は年に一度じゃったか?」

「ああ。狂犬病予防接種予防法というのがあってな、飼い主には年に一度の接種義務があるぞ」

「ほう、それなら行くしかないか。ちょっと着替えてから向かうから、先に行っていてくれるか?」


 そうルーラーが返事を返すが、朽木は渋い顔。


「うちのタロスケが動いてくれたら、先に向かうとするよ」

「はぁ、なるほどなぁ」


 さっきから朽木が動かない理由。

 それが、タロスケが予防接種に行くのを拒否して、その場でゴロリと腹天井のスタイルで転がっているから。

 朽木が若ければ、そのまま担ぎ上げていくところであるが六十を超えている老体ともなれば、そんなことは不可能。

 タロスケの機嫌が治るのを待っているらしい。


 そんなこんなで外出着に着替えてから、ルーラーも普通のサモエドのサイズになったラグナを連れて、公園に向かうことにした。


………

……


「いや、色々と助かったよ」


 朽木が横を歩くルーラーに頭を下げている。

 ラグナを連れて外に出た時、まだ朽木のタロスケは寝そべっていた。

 そこにラグナが近寄ってひと吠えすると、タロスケは跳ね起きてラグナに頭を下げていた。

 年功序列ではないが、何かラグナに説教されてあるように見えて、ルーラーたちも苦笑しつつ公園までやってきた。

 すぐに受付を行い、順番で呼び出されるまで公園内でのんびりと過ごす。


「ほれ、飲むか?」


 ルーラーはアイテムBOXからポットと簡単なティーセットを取り出し、コーヒーを二人にすすめる。

 

「今日は休みじゃなかったのか?」

「休みの日の、それも外でコーヒーの代金を取るような真似はせんよ。わしが趣味で入れただけだから、遠慮なく飲まんか」

「それじゃあ、遠慮なく」

「砂糖とミルクがあると助かるんだが」


 いつもは店内で。

 そして今日は近所の公園で、のんびりとティータイム。

 すると、公園の一角が何やら騒がしい。


──ザワザワザワッ

 ちょうど入り口の受付付近、犬の鳴き声と、人が避けているような光景が見えている。


「いや、申し訳ない。我が家のヘラクレスが迷惑をかけたな」


 巨大なチベタンマスティフを連れた安田が、周りの人たちをニヤニヤと笑いながらやってきた。

 本来は温厚なチベタンマスティフだが、周りの犬を威嚇し、吠え、興奮させている。

 こうなると安全な予防接種など不可能であり、どの飼い主も安田から逃げるように離れて、落ち着かせようと必死である。


「おや!!」


 そして安田がルーラーを見つけると、マスティフを連れてどんどんと近寄っていく。

 そのマスティフの威圧感にタロスケも警戒して数度吠えたのだが、マフティフのウォン!! という声で萎縮し、後ろに下がってキャンキャンと鳴いている。


「おや、誰かと思ったらルーラーさんじゃないか。こんなところで会うとはなぁ……」


 今日の予防接種は個人的な幼児であるため、取り巻きたちも同行していない。

 それでも、マフティフの

魔法の絨毯、早くならんか?」

「ならんならん。政府からの要請のあった追加生産分では、あんたのところに回る分には到底及ばんよ」


 あのゴルフ勝負の翌日。

 安田は諦めて、政府指定の魔導具取扱店に魔法の絨毯の購入申請を行った。

 その審査は通ったのだが、安田が裏から関係者に何やらやらかして、順番を100ほど飛ばそうとしたらしい。

 だが、ひばりがあっさりと見抜き、逆に100番下げられたという逸話があるが、知らぬは本人ばかりなり。


「ふん、時間が掛かるのなら、人を雇うなり機械を導入するなり、やり方があるだろうが。これだから異世界の人間は……」

 

 あいも変わらず上から目線で話す安田だが、ルーラーは気にすることなくコーヒーを飲む。

 だが、朽木がタロスケを宥めるのに必死であることに気がつくと。


「なあ安田さんや。おんたの犬があちこちに喧嘩を打っているのをやめさせてくれぬか?」

「はぁ? 動物同士のやり合いを止めろダァ? いいか、そもそも犬っていうのはだな、強者が弱者の上に立つもの。この辺りの町内の犬どもが、わしのヘラクレスよりも弱いのが悪いのではないか?」

「ふむ。たしかに自然界の動物なら一理あるが。その子はペットじゃから、人間の世界のルールを教えるのが飼い主の仕事ではないのか?」

「ふん。そんなことを言うのなら、お前が教え込んでみろ」


 堂々と宣言する安田。

 お前に俺の犬が躾けられるのかという態度が見え見えなのだが。


「ワフッ」


 ラグナがゆっくりと立ち上がり、ヘラクレスの前に歩いていく。

 するとヘラクレスも警戒したのか、臨戦態勢をとってガルルルルと威嚇してくるが。


──ペシッ

 ラグナの右前足が、ヘラクレスの頭の上に置かれる。

 その瞬間、ヘラクレスの顔から警戒心が消滅し、恐怖に怯え始めている。


「ガウ……ガウ……」


 何が叫んでいるらしいが、犬同士の会話など飼い主には理解できない。

 ただ、ルーラーは【動物意思疎通】のスキルを持っているため、会話はできなくとも感情の起伏、意志を感じることはできる。


「わっふ!!」


──ゴィッ

 ラグナがヘラクレスの頭の上に置かれていた前足に力を入れる。その瞬間、ヘラクレスの頭が地面に押しつけられてしまう。


「な、な、なんだと!!!!」


 ラグナとヘラクレスのやり取りを見ていた安田が驚愕する中、ヘラクレスは腹天の態勢を取って絶対服従の意思を示した。


「クゥ〜ン、クゥ〜ン」

「わふわっふ!!」


 何か話し合いがついたらしく、ラグナがルーラーの元に戻ってくる。

 そしてタロスケもその姿を見て落ち着いたのか、朽木の前に出てきた。


「どうやら、話し合いがついたらしいな」

「全く。飼い犬の躾ぐらい、ちゃんとしてくれよな。ほら、ルーラーさん、俺たちの順番じゃないか?」


 どうやらルーラーたちの様子を見ていたらしい獣医師たちが、予防接種を再開した。

 そしてルーラーと朽木が呼び出されたので、これ以上ここにいても仕方ないと、ティーセットを片付けて予防接種に向かう。

 そして安田とヘラクレスは、自分達の順番が来るまで静かにベンチに座っていることにした。


「く、くっそぉぉぉぉ、またしてもあのジジイにいいところを取られたではないか!! お前もだ、なんであんなクソジジイの駄犬に尻尾を振る!」

「ガルルルルルル」

「うわっ、黙れ、静まらんか!!」


 すごい剣幕でヘラクレスに怒鳴りまくる安田。

 そしてヘラクレスにも彼の言葉が理解出来たのか、ラグナを駄犬呼ばわりしたためか、安田に向かって牙を剥いて唸りまくっていた。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



「はぁ。とりあえずこれで一年間は安心だな」

「全くだ。安田のジジィが来た時は、どうなることかと思ったが。ルーラーさんとこのラグナくんが丸く収めてくれて助かったわ」


 予防接種を終えて、笑いながら歩いている飯田と朽木。

 だが、話題に出てきたルーラーは、ずっと後ろを歩いている。


「……全く。神に牙を向いたものフェン・リィルという称号を得たものが、なんで摂取針に怯えておるのやら……」


 朽木たちの少し後ろのルーラー。

 そこからさらに後ろで、尻尾を丸め耳を折りたたんでクーンクーンと泣きながら歩いてくるラグナ。

 その様子はまるで、予防接種が嫌いなサモエドそのものである。


「わかったわかった。家に戻ったらとっておきのオヤツをやるから、早く歩いてくれないか?」


 そうルーラーがラグナを元気付けるように呟くと、ようやく落ち着いたらしいラグナが少しずつ元気に歩き続けた。


「あのチベタンマスティフを黙らせたサモエドが、注射嫌いとは……」

「まあ、可愛いじゃないか。お前のとこのタロスケなんて、注射を打たれた瞬間に気絶していたじゃないか」

「それを言うなって……」

「はっはっはっ。お前さんたち、帰りに寄っていくか? とっておきの茶菓子があるんだが」


 当然、ご相伴に預かると返事を返して、ルーラーたちは真っ直ぐにオールレントへと戻っていった。

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