【完結】三丁目の大賢者さん〜異世界の大賢者ルーラーは、地球でのんびり過ごしたい〜

呑兵衛和尚

レンタル1・大賢者の物語のはじまり

「ふぁぁぁぁぁ」


 大賢者の朝は早い。

 日が昇り始める頃には目を覚まし、軽く身支度を整え始める。

 彼が故郷【コデックス】を放逐されてからも、未だにこの日課はかわらない。


 中庭に立ち、体内の魔力をゆっくりと循環。

 そして四大精霊との交信を行い、1日分の魔力をゆっくりと練り上げる。

 それが終わる頃には朝刊が届くので、それと配達された牛乳を片手に、【叡智の塔】へと戻っていく。

 彼がこの世界で生活するために、彼自身の魔力によって構築された【叡智の塔】。これが彼の家であり、魔力を生み出すための大切な巨大魔導具である。


「ふむ。特に変わったことはないか。最近は日本政府も余計な干渉をして来なくなったからのう……」


 塔の二階に張り出されたベランダで、牛乳を飲みつつ新聞に目を通す。


 彼が、この世界に来てすでに一年。

 故郷がどうなったのか今では知るよしもないのだが、彼は彼なりに、この日本での生活を満喫し始めていた。

 なぜ、異世界の大賢者が、このような場所で安穏とした生活を送っているかというと、事の始まりは一年前まで遡る。


………

……


── 一年前

 彼のパーティが魔王に敗れ、【異界送りの術式】によりコデックス世界から放逐されたのは、つい先日。

 そして放逐された先は、彼らの世界の神々の力の及ばない【別世界】である地球。

 当初、何が起きたのか全く分からなかった彼であるが、ゆっくりと座り込んで考えているうちに、自分達が魔王に敗れ、異世界に放逐されたと言うことを思い出す。

 そして改めて周囲を見渡すと、そこが彼の知る街並みではないことを理解した。


 見知らぬ素材で作られた巨大な塔の数々。

 綺麗に整地された大きな街道を走る、自動で走る鉄の馬車。

 みたこともない服装の人々が街を歩き、笑顔で話している。


 かつての友であった【勇者ヒカル】の話していた、彼の故郷の姿が、目の前に広がっていたのである。


「……そうか。わしらは魔王に敗れたのじゃよなぁ……皮肉なものじゃ。世界を救ったら、元の世界に帰れると信じていたヒカルが、まさか魔王の手によって故郷に送り返されているとは……」


 頭に手を当てて、ゆっくりと記憶を確認する。

 そこにある、ヒカルから聞いた異世界の話を、今一度頭の中で反芻するかのように。


『いつか、世界が平和になったら。

 ルーラー爺さんやシンディねーさんも、俺の世界に遊びに来たらいい。

 長十郎さんの好きな和酒もあるからさ。

 その時には、俺が世界を案内してやるよ。

 そうだなぁ、爺さんたちは俺たちの世界の戸籍を持ってないからなぁ。

 あまりフラフラしていると、何かあったら大変だからさ』


「そうじゃ。己の身分を証明する、そこから始めなくてはならぬと言っておったな……となると」


 スックと立ち上がり、周りを見渡す。

 異世界の言葉、異世界の文字。

 何もかもわからないのだが、これはなんとかなるだろうと、片手で空中に翻訳術式を書き出し、発動する。

 多種族とのコミュニケーションを取るために作り出された魔術であり、これにより全ての文字や言語が理解できるようになる。


「カァさはgtm1ならgot……でさ、あのお店のチーズセットが美味しかったのよ」

「それよりも見て、そこのおじいさん。魔法使いみたいな格好しているけど、映画のプロモーションかな?」


 わからなかった言葉が理解できるようになって、ようやく自分が周りの人たちに注目されていることに気がつく。

 好奇心の目で見ている人、腫れ物には触らないようにと離れる人、そして揃いの制服を着てやってくる人など。


「ふぅむ。ここが日本という世界、いや、地球という世界の日本という国であることは、間違いがないようじゃな」

「あ。ちょっとお話聞かせてもらって良いですか?」


 彼が頷きながら周りを見ていると、やってきた警官が職務質問を始めた。

 そしてようやく、自分の服装がこの世界にそぐわなすぎたことに理解する。

 つい数刻前までは、魔王との死闘を繰り返していた。

 その時の返り血や、炎によって焼け焦げたローブ。

 傍にはへし折られた【大魔導の杖】も転がっている。


「今日、大通公園で映画のプロモーションがあるっていう報告はないんですよね」

「それで、お手数ですがそちらの交番まで来てもらえますか?」

「交番……騎士団詰所のようなものか、よかろう、こちらとしても話をしたかったのでな、案内を頼む」


 こうして、コデックスの大賢者【ルーラー・バンキッシュ】は、交番まで連れて行かれることになった。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



──大通公園派出所

「じゃから、わしはコデックスと言う世界から放逐されて、ここにいるのじゃよ!!」

「そんな世界は存在しないって、何度も説明しただろうが。だから、おじいさんは入管法違反の疑いがあるんだよ、身分を証明するものかパスポート、そういった類のものを提出してくれれば、確認がとれ次第、出してあげられるんだからさ」

「じゃから、これが身分証明書だと何度説明したら理解する!! これはわしが仕えているカラマンシー帝国の国王が発行した『宮廷魔術師』をしめすミスリルプレートじゃ!! 我の世界では、これ以上の身分を示すものなどないわ!!」


 淡々と問い続ける警官と、同じように説明を繰り返すルーラー。

 すでに平行線になってから30分は経過している。

 その間にも、ルーラーの身元を確認するために様々な方面に打診を行なっているものの、どこからも彼が外国から・・・・やってきたという痕跡は残っていない。

 つまり、この時点で亡命者ではなく密入国者扱い。

 速やかに管轄が変わり、ルーラーの件は法務局へと移されることとなった。


………

……


 とにかく、ルーラーが自分自身を証明するために何ができるのかと言う質問に対して、彼はキッパリとこう告げた。


「大賢者なので、魔術が使えるが。それじゃあダメか?」


 手品ではなく魔術。

 どんなトリックが仕込まれるか判ったものじゃないということもあり、ルーラーの魔術実験は札幌市郊外にある【島牧演習場】で行われた。

 そこで、興味本位に参加していた自衛隊は、そして法務局の事務官たちは信じられないものを見た。


 何もない空間から突如姿を表した炎の塊。

 それがターゲットに直撃し蒸散する姿を。

 また、ルーラーの周囲に次々と現れた魔法陣、そこから放たれる光の槍。

 ルーラーもまた、母国の魔法演習の時と同じように持てる力を制御しつつ、かつ、自身が使える魔術でも派手なものを披露していく。

 それらが全てトリックではないことを知り、法務局の事務官たちは確信した。


 これは俺たちではどうしようもないから、上に投げ出そう。


 事務官たちの上層部への打診は、やがて法務局を大騒動に陥れ、最終的には首相官邸まで巻き込む騒動となった。

 半年後には、ルーラーは亡命者というスタイルでの日本国籍を『半ば強制的に習得』させられることとなり、日本国政府に対しての協力を行うと言う約定により、『日本国政府・一等賢者(大賢者)』という役職を持つこととなる。

 もっとも、ルーラーが自分の世界に戻るための手段を見つけたときは速やかに帰る許可を出すこと、日本政府に対して魔術についての知識を供与することを条件として、彼は日本国内においてはある程度の自由を約束された。


 なお、ルーラーの存在については彼が正式に日本国国籍を修得してから徐々に明かされることとなり、同時に魔術についての法案などを委員会を発足して検討。

 ルーラーからの助言もあり『魔術等関連法』『魔術犯罪取締法』『異世界漂浪者保護法案』『異世界特措法』と言った妙ちきりんな法案や条例が次々と施行されることとなったのは、彼が国籍を習得してから半年後のことである。


 この辺りで、日本以外の各国もルーラーの存在に気がつくが時遅し。

 日本国国民としてルーラーは保護されているため、彼の魔術を手に入れる術を失っていた。

 逆に日本国は、ルーラーから得た魔術知識を外交カードとして使用することができるようになったものの、未だ、彼の魔術知識を実践できるものは皆無であった。

 つまり、ルーラーは実質、地球で唯一の魔術使用者となり、世界中に認知されることとなる。


………

……


「……と言うのが、お師匠さまの経歴ですよね?」


 朝食後、ルーラーは仕事の準備を始める。

 敷地内にある二階建ての建物が、ルーラーの本当の仕事場。

 日本国政府からの発注のあった魔導具の作成、定期的に行われている各地の大学での魔術講習。この二つは日本国政府からの要望であり強制略はないものの、彼が生活費を稼ぐために必要な仕事。

 そしてこの二つ以外のルーラーの本業が、これである。


『魔導レンタルショップ』


 さまざまな魔導具を開発してレンタルしたり、必要に応じて『魔法付与薬』を調合。それにより対象者の望んだ【スキル】や【アビリティ】をレンタルする。

 決して譲渡するのではなく、契約魔法エンゲージメントにより貸し出されるのである。

 これについても対象者の身元が証明できないと貸し出されることはない。

 そして、この店を始めるにあたって、日本国政府の内閣府から派遣されてきたのが彼女【関川ひばり】一等書記官。

 基本的にはアルバイトのような立ち位置であるが、しっかりと日本国政府から給料も貰っている。

 派遣社員みたいなものですとルーラーは説明を受けたものの、そもそも派遣社員が理解できていない。


「なあ、ひばりさんや。わしは君を弟子として認めたわけではないのじゃが」

「はい。私はこの魔導レンタルショップ・オールレント』の店員です。弟子にしてもらえたらなあってら思っていますが」

「まあ、それについてはおいおいということで。それじゃあ、開店時間だから開けるとしますか」


 腰を上げて暖簾を外に出す。

 入口に掛けられている看板を『準備中』から『営業中』にかけ直したら、これで準備は完了。


 すぐに扉が開くと、朝イチの客が店内にやってくる。


「いらっしょいませ。ようこそ、『魔導レンタルショップ・オールレント』へ」


 関川ひばりの声が響く。

 さあ、いつもの日常が、ゆっくりと始まった。

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