第十九話 他の隊員
移動は馬車でするらしく、本部の中に複数の馬車が停められていた。どれも複数人が乗れる大きさで、雨風にさらされる心配もない箱型のものだった。力を誇示する必要がないためか装飾は最低限のものだったが、それがむしろこの馬車の価値を高めているように見えた。
先日乗った馬車とは違い座席はついていなかった。本来は人ではなく物を運ぶために使われているのかもしれない。
内装を見て感心していたゴンはそろそろ他の馬車の方も見に行こうと体を動かす。しかし、その動きは封じられた。
「君はこっち」
そう言われて咄嗟に反応することも出来ず、ゴンはされるがままに現在覗いていた空間へと連れ込まれた。ゴンのことを引っ張るのは力強くぱっちりと開けられた瞳が印象的な男だった。年は20代前半くらい。もしかしたら、瞳が大きいせいで若く見えているかもしれないのでもっと年上かもしれない。長い黒髪を一つに縛っており、和服が似合いそうだ。実際に彼が着ているのは隊服に似た開襟型の制服のわけだが。
ゴンが何かを問いただそうとする前にゴンと男性に続くようにぞろぞろ、いやどたばたと隊員たちが乗り込んできた。あっという間にゴンは入り口から最も遠い奥へと押し込められた。
訳が分からず周りを見渡しているとゴンの近くにいる隊員たちがゴンの方を見ているのに気付いた。隊員たちは目が合うとみんなにっかりと笑い、ガシガシとゴンの頭を撫でたり、肩を叩いたりしてきた。反射的に軽く抵抗するが、隊の男の力がそんな生易しいはずもなく、ゴンの抵抗は形だけになった。
「よ、やっと話せるな!」
「ったくよー、部隊長もあいつらも独占欲強すぎるよな。ちっとくらい話させてくれっつうの」
「しかも自己紹介もさせてくれへんのよ。いや~待ち遠しかったわぁ」
隊員たちはゴンのことお構いなく楽し気に話し始める。大月班の四人についても不満を漏らしているが、どれも冗談のようだ。
隊員たちの騒動で気づかなかったがいつの間にか馬車は出発していた。ガタゴトと不規則に揺れる。
ゴンは話しかけられ答えながら周りをさっと見回す。どうやら二十名ほどが乗っているようだが、荷物が入っているのにまだまだ空間には余裕がある。ゴンが窮屈な思いをしているのは隊員たちがほとんどゴンの方へ詰め寄っているからだ。この人数の中に大月班の顔ぶれは見えなかった。別の馬車で移動しているのだろう。
隊員たちは次々にどこの班所属で名前が何なのかと紹介してくるが、最初の三人でさえ頭の中で整理しきる前に次々と言ってくるので全く覚えられなかった。ゴンが口を開く間もない。
ゴンが気付いたときには馬車は停まっており、中にはゴン以外荷物しかなかった。どうやらいつの間にか寝てしまっていたらしい。壁にもたれつつ寝ていたので、背伸びをしながら立ち上がる。ぽきぽきと体が鳴る。馬車の入り口は開けられていたので顔だけ出して、辺りを見回す。当たり前だが全く知らない場所だった。
レンガや石で作られた建物が多く見え、ゴンが過ごしてきた場所よりも固い印象を与えてきた。緑が少ないわけではないが、森の印象があった元の地域と比べると岩や石の印象が強い。
馬車から降りると少し離れたところで隊員たちが集まっているのが見えた。それぞれ軽く談笑しているようだ。いったん休憩でもしているのだろうか。
腕を上にして体を伸ばす。いつ寝たのかも気づかなかった。腕を降ろしながら、息を吐く。瞼を下げていたゴンが次に見た場所は明らかに今まで立っていた場所と違うところだった。
え、と声を上げながらゴンは後ろを振り返る。そこにはあるはずの馬車が消えていた。ゴンの左側には高い建物の壁があり、その壁によってつくられた影がゴンを覆っている。
ゴンが正面へと視線を戻すとこちらをじっと強い目力で見つめる人物が立っていた。ゴンを馬車に引き入れた人物だ。
その人物は口をへの字に曲げて、眉が吊り上がっていた。どう見ても不機嫌そうである。
「あのさ、調子に乗らないでくれる?」
「え?」
男は間抜けた言葉を発したゴンにさらに苛ついたらしく、眉間に皺がよる。
「たまたま一発で
男の言葉にゴンは困ったように眉を下げた。そんなゴンのことなどお構いなしに男は言葉を止める気がない。
「今からでも遅くないから部隊長に言ってやめさせてもらいなよ。それとも何? 傲慢にもこの部隊に居座るつもり? どうせ無駄死にするなら、
それだけ言うと男の姿は消えた。ゴンはぱちぱちと瞬きをする。
落ち着いた後にゴンの心に襲ったのは驚きによる疲れだった。
「うっわあ~~~~~~」
ため息とともに吐き出された声でゴンは肩に入っていた力を抜く。顔を上げて、先ほどまで目の前に立っていた男の姿を思い浮かべる。
真面な人もいたものだとゴンは感心していた。あれだけ周りに歓迎され、甘やかされていたのは自覚していた。それに発破をかけてくれる人物がいたことにゴンは酷く安心している。
ゴンは緊張はしたが、あの人物と相対することが苦痛ではなかった。それはあの人物には敵意が全く含まれていなかったからだ。これが寮の人々に言われていることだとしたら、ゴンだって辟易していたはずだ。そこには必ず敵意、好奇心など邪な感情が含まれているからである。しかし、あの人物にはそれが一切含まれていなかった。
あの人が居る限り、この部隊が壊れることはないとゴンは確信した。
あの人物がゴンを飛ばした場所は本来ゴンが立っているはずだった場所のすぐ近くだった。ゴンの背中側の道を歩くと少し離れたところに馬車が停まっていたのだ。
建物の物陰から出てきたゴンを見つけた一人の隊員がゴンの方へ歩いて近づいてきた。人のよさそうな男性である。
「ゴン君、そんなところでどうしたんだ?」
「少し見てただけです。えっと」
「ああ、私はフーノだ。
「フーノさん」
「そうだ」
フーノは三十代くらいの見た目で、優しそうな顔立ちをしている。ただし、太い眉と目つきから怒ったら相当怖そうだ。ゴンと変わらない身長だが、体つきはゴンよりもしっかりしている。さすが班長を任されているだけある。
頷いたフーノにゴンは不思議だと思った。フーノとの年齢差を考えれば、絶対にありえないがどこかフーノに父親らしさを感じる。
「あの、長い黒髪を一つに結んでいる人の名前って」
「シミズのことか。あいつがどうかしたか?」
「いや、知りたかっただけです」
先ほどの男の名前はシミズというらしい。彼の雰囲気によくあった名前だと思った。
ゴンが名前を聞いてきたことを不思議に思ったのかフーノが少し考え込んでから、申し訳なさそうに眉を下げた。
「何か言われたか? 悪いな、私からも言っておくよ」
「え、いいえ、そういうんじゃないです」
「そうか? シミズは天邪鬼だからな……、何かあったら言ってくれ。私から注意しておくから」
慌ててゴンが手を振って否定するとフーノは納得してはくれなかったものの深く言及はしてこなかった。シミズに文句などなかったゴンはフーノの勘違いに慌てた。
フーノの口ぶりから察するにフーノとシミズは仲が良いみたいだ。少なくとも他人行儀ということはないだろう。
「あーー! いたいた、新人君!」
突然響いた大声にゴンとフーノの意識が向けられると、手を大きく振って近づいてくる男が走って来ていた。シミズとそう変わらない年に見えるが、こちらは表情や仕草で若く見える。
「馬車で寝てなかったからびっくりしちゃった。フーノさんも一緒だったんすね」
「ああ、ついさっきからだけどね」
「覚悟しておいた方がいいっすよ~、今日の晩飯の時質問攻め間違いなしっす」
「それは困ったな」
「ま、それは俺も同じっすから。気楽に行きましょ」
軽い調子の男は見た目通りの話し方をした。刈り上げの金髪に鋭くもくるくると動く目、大きい口は喋るだけで綺麗な歯並びが見えるほどだ。犬のようだとゴンは思った。
「そんで新人君は部隊長がお呼びだったんでお知らせに来たんだ」
「そうだったんですね、わざわざありがとうございます」
「礼を言われることはしてねぇよ。っていうか、本当は部隊長直々に迎えに来るつもりだったみたいだったけど」
ぺろっと舌を出した男には悪びれた様子は一切ない。どうやら、班長に何か言われる前に即座に行動したらしい。
「新人君はさ、隊員の中でいいな~って思った人とかいる?」
「いいな~ですか?」
「そ。あ、大月班はなしね。あの人ら入れたらな~んも面白くねぇ」
部隊長が待っているという隊員たちが集まるところまで男とフーノと共に歩く。その途中で男からの質問にゴンは即座に答えた。
「シミズさんです」
「シミズ? え? マジで?」
「ダメでしたか?」
「いや、ダメじゃねぇけど。アイツ、初見でいいな~ってなるか? むしろ時間をかけていいなぁって思うタイプ」
「そうだね、私もそう思うよ」
驚いた様子の男とフーノにゴンは、なるほどと頷いた。確かに中々癖のある人物だが、ゴンの中ではトップオブトップで信頼における人物だ。
シミズの隊内での評価は悪いものではないが、二人が口を揃えて言うのは「第一印象は悪い」というものだった。
この二人に言われるって相当だな、とゴンは相槌を打ちながら思った。
「じゃ、大月班だったら?」
「
「ん~~、新人君の好み、わかるようでわからねぇ」
首を捻った男にゴンは心の中で呟く。常識人。これ一択のみだ。
「あと、俺の名前はゴンです」
「あー、知ってる知ってる。新人君って呼びたかっただけだからさ。呼べんの今だけっしょ? 新人君は俺の名前覚えてる? 馬車内で言ったけど」
その言葉にゴンは押し黙る。男は特段ショックを受けた様子でもなく、面白そうに笑った。
「こら、意地悪しない」
「へへへ、すみません。意地悪して悪かったな~。俺はヒョウ。よろしく」
「はい、よろしくお願いします」
フーノの嗜めも軽いものでヒョウはそれを同じように軽く受け止めた。
にっかりと笑ったヒョウは誰からも好かれる動物のようだった。
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