第十三話 朝の支度の急かし方
「おい、ゴン! 起きろ、……おーい、起きろって。お、き、ろー! …………」
ゴンが目を覚ましたのは冷たさからだった。顔や手がとてつもなく冷たい。
次に目が覚醒したゴンを襲ったのは全身の筋肉痛だった。冷たさも痛みへと変わっていき、ゴンは唸りながら寝返りを打ち、自身を起こした
源志は呆れた顔をしつつ、「起きたか」と若干の怒りを含んだ声を発した。
「起きた、っていうか痛い。魔法使う事ないじゃん」
「緊急事態なんだよ、はよ起きろ」
源志は凍り付いたゴンの手を掴んで引っ張り上げた。その拍子にバキバキと音を立て氷が割れて消えていく。通常の氷よりも消えやすいのは、それが源志の魔法で生み出された氷だからだろう。
焦りを醸し出す源志にゴンは意味が分からず「緊急……」と中途半端なオウム返しをする。源志は「そう、緊急」と子供をあやすように言った。
「とにかく準備しろ。そんな情けない姿見られたくないんだったらな」
「……誰に?」
「俺とかにだな」
突然の第三者の声にゴンは驚いて後ずさる。そこまで広くない二段ベッドではすぐに設置している壁に頭をぶつけ、ゴンは衝撃で前のめりになる。
顔を上げ確認すると源志の横に班長が立っている。すでに準備は整っているらしく、顔も服も整えられている。
意味がわからずゴンは源志の方を見つめる。源志も珍しく驚いた様子で隣に立つ班長を見ていた。
「な、なんで」
「ああ、勝手に上がって悪かったな。どうやら苦戦しているようだから、助太刀にきただけだ」
「そ、そういうのもあるけど……!」
「今日は予定が詰まっていてな。筋肉痛が酷いところすまないが、通常の時間で動かないと間に合わなさそうだ」
気遣ってくれているのはわかるがそこではない。
ゴンの疑問をすべて聞く気などないらしく班長は用件を簡潔に言うだけだ。
班長の隣では源志が、こうなるのが嫌だったのに、という
ふうにゴンを睨んでいた。班長よりもゴンに近い位置で立つ源志の表情は班長からは見えないのだ。
「では、俺は
そう言って班長の姿は光とともに消えた。おそらく昨日見せてくれた魔法道具を使って、場所移動をしたのだ。
光でゴンと源志は目を瞑った。班長がいなくなった後にゴンは源志の方をおそるおそる見つめる。
「……早く準備しろ」
「そうだな、悪い」
ゴンはベッドから降り、顔を洗うためにキッチンへと向かった。専用の洗面所など寮の一室にはない。
「朝から誰かがノックすると思って開けたら
ゴンの言い訳などは期待していないようで源志は準備をするゴンを見ながら、愚痴をこぼす。おそらく部隊に行ったときにしこりを残さないようにするためだろう。
「俺言ってはなかったけど、ゴンに、もうこういうことはしないでくださいって言うよう頼んだつもりだったんだけど。伝わらなかった?」
「伝わってた。ていうか前のはあの人たちわざとだって言ってたし、もうしないって言ってたから」
「……なるほどね、確かに
源志は思い切り溜息を吐いた。おそらく
ゴンはともかく源志には悪いことをしている自覚はある。完全にゴンと一緒に巻き込まれている。おそらく昨日の群衆にだってゴンの前に質問攻めにされていたはずなのだ。上手く躱して逃げてはいただろうが。
「とにかく、あの二人にも言っておいてくれよ。俺はもう、こんな気持ちになるのは嫌だ」
「悪かった。ていうか、なんで俺が謝ってんだ」
「ゴンも天空部隊の一人だからだ。身内なんだから謝っても可笑しくはないだろ」
源志の言葉にゴンは「……やめろ」と苦々しく零した。無意識にそういう言動をしていたなら、毒されているにも程がある。
源志は少しだけ口角を上げた。どうやらゴンへの意趣返しが出来て満足したらしい。
準備ができ扉を開けた先にいたのは班長と須賀だった。ゴンは「すみません」と断りを入れながら扉を閉めた。源志は騒動に巻き込まれたくないため、後から出発するそうだ。
「随分早かったな、飯は食べたか?」
「いや、まだ」
「そうか。一階の食堂から握り飯でも貰って行くとするか」
最近は朝飯を抜くことも多かったゴンは少し驚いて目を開いた。その様子に須賀が軽く笑った。
思わず見ると須賀はちらりと班長の方へ視線を送った後、ゴンへ向き直った。
「班長、育ちの良さがにじみ出ているだろ?」
「え、ええ、そうですね」
「お前たちは朝飯の大切さをわかっていない。須賀の分も貰って行くぞ」
「え、俺はもう食べたって」
「お前は朝の量が少ない。今日は移動が多いからもっと食べろ」
カツカツと大股で廊下を進む班長にゴンは少し早足でついていく。ゴンの隣を歩く須賀は足が長いためかそこまで焦った歩き方はしていない。
班長の育ちが良いという情報はゴンには特段突っかかりを覚えることもなくすとんと入ってきた。天宮兄弟と主に行動面で似ている部分が多いのも、育ちの良さ故の常識知らずで我儘なところが共通しているのだとしたら納得がいく。
常識的なところを多く持ち合わせている須賀は庶民の出世なのだろうか。
隣の須賀を見つめると、須賀は班長の言葉に驚いたふうに見せつつも、どこか慣れたように息を吐いていた。なんだか天空部隊内での将来の自分を見ているようだ。
一階につくと驚くほど人が少なかった。天空部隊の二人が来ているのに、前回の天宮兄弟との差はなんだ。
班長は慣れている手つきで食堂から握り飯を5つほど貰ってきた。一個ずつゴンと須賀に渡すと、そのまま玄関へ歩き出した。
周りからの視線は感じるが予想よりもはるかに敵意が少ないことにゴンは違和感を覚えつつ、握り飯を口に入れ、班長についていった。
少し寮から離れた位置になってから、班長はゴンと須賀に二つ目の握り飯を渡してきた。ちょうど食べ終わったところではあったので断れず、そのまま受け取った。
「ゴン、どうしてあんなに人が少ないのか不思議だっただろ?」
「え、はい。そうですね」
須賀の確信づいた言葉にゴンはそのまま素直に言葉を落とした。須賀は口に入っている握り飯を飲み込んでから、「やっぱり」と笑った。
「あれは、班長が堂々とゴンは天空部隊大月班だって言ったからだよ」
「え、それで人が少なくなるんですか?」
「朔夜の方法だとゴンに詰め寄る人が増えるだろ? だから、そのあとに班長が、ゴンに喧嘩を売るということは天空部隊に喧嘩を売ることと同義だって言ったんだよ」
「……言い過ぎでは」
「いや、わざわざ精霊に動かれてはそちらの方が面倒だからな。それに寮でゴンの身が休まらないのも問題だ」
精霊の名を出されゴンは「そういうものか」と無理やり納得した。あの後、精霊がゴンを守りに来たことはバレていたのか。
指示ではなかったようなので、本当に精霊の気まぐれなのだろう。その気まぐれで問題を起こされるのはたまったもんじゃないと判断し、班長はそういう行動をとったのだ。ゴンのための行動でもあるし、実際気持ちは楽になったのでこれ以上文句のつけようがない。
班長が足を止めた場所は昨日散々しごかれた広場だった。既に他の隊員たちは訓練しているようだ。
班長がゴンたちの方へ向き直る。あと一個残っていた握り飯が消えている。いつの間に食べきったのだ。
ゴンの疑問は握り飯があまりに自然となくなっていたことにより、口に出されることはなかった。
「今からゴンの戦闘服を考えるぞ」
「ここでですか?」
「実際に動きながらってこと。身体に合う伸縮性とかは昨日の体力測定で大体わかったから、あとは魔法に合うのはどんなのか考えような」
昨日のあれでもう測られていたのか。ゴンは瞬きを繰り返し、須賀を見つめる。
「あ、でも、この三人でなんですね」
「朔夜と精司は実家に帰っている。この隙だ。あいつらのことだとゴンに自分たちと同じところで特注した隊服を着させそうだからな」
「あ……」
班長の伏し目がちな目が更に伏せられ、ゴンは引きつった笑いを浮かべる。確かにこの隙だ。
天宮兄弟がいないことで少しは気持ちが楽になるかもしれない。ゴンは気を取り直して班長を見つめた。
「昼までの残された時間でゴンの服を考える。そのあとはそのまま服屋へ移動だ」
班長の言葉に須賀との返事が重なった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます