第三話 ルームメイトとミカン

「それで、結局そのまんま所属することになったんだ」

 思っていたよりも平坦で、どこか呆れも含んだ声に、ゴンは項垂れるように頷いた。

 二段ベッドの下段に腰掛け、がくりと頭を垂らしているゴンに対して、相対するように床に座る人物はずずっと音を立てながら飲み物に口をつけた。

「人数が多いから見つけられなかっただけかと思ったのに、本当にいなかったなんてな。しかも、天空てんくう部隊に行ってたとか一部の人たちが聞いたら発狂しそうだけど」

「発狂したいのは俺の方なんだけど」

 変われるものならいつだって変わってやる。

 天空部隊はその優秀さと天宮あまみや家が属していることもあって、一部からはアイドルのように崇められている。アイドルなんて近すぎて良いことはない。遠目から見えてきゃあきゃあ叫ぶくらいがミーハー心をもっともくすぐるいい位置だ。心臓が爆発しそうになることもない。

 ゴンが睨むように顔を上げると、ルームメイトは「そりゃそうだ」と何事もなさそうに相槌を打った。

「じゃあ、明日からは正式に違う部隊で動くことになるんだな。同じ班じゃなくて残念とは思ってたけどさ」

「もう班とかじゃなくて俺を第一部隊に帰してくれ」

「来たこともないのに?」

「俺は本当に第一部隊所属だったの! それを勝手に変えられただけだから!」

「冗談だって。そんなの俺もわかってるよ」

 ゴンの叫びもルームメイトは簡単にあしらう。昼間に抗議したときのことを思い出す。

 どんなに抗議をしても班長は考えを改めなかったし、最終的には朔夜さくや精司せいじがゴンの意見を無視しながら押し込めるように会話をしていた。何を言っても曲がることのない三人にゴンは声が枯れそうになった。それも帰る時というか無理やり部屋に戻らされる時にはなんともなくなっていたので、誰かに回復魔法をかけられたのだろう。

「そういえば、上着はどうしたんだ? 落とした?」

「……人質」

「訓練服が? そんな価値ある?」

 上着を着ずに白い肌着一枚のゴンを見て、ルームメイトが思いついた質問にゴンは言い淀みそうにながら答える。これが表現として適切なのか自信がない。

 ルームメイトもそんな馬鹿な、みたいなトーンで言った。訓練服はほぼ訓練生全員同じような設計がなされた量産品だ。そこに特別な想いを持つものもいるかもしれないが、ゴンはそんなタイプではない。

「俺だって何やってんだこの人たちって思ったよ。だからって変に言えるか? 天宮家二人に、天空部隊の班長だぞ? 言えるか?」

「あーはいはい、わかったって。言えない言えない」

 ゴンの詰め寄るような言い方に面倒くさくなったのか急に投げやりに手を振りながら、ルームメイトは適当に言葉を返した。

 ゴンはもう訓練生ではなくなったのだから、あの上着を必ず取り返さなくてはならないわけではない。そんなこと天空部隊の三人もわかっているはずだ。

「わかりやすすぎる保険ってやつだな。もし明日ゴンが第一部隊に行ってても迎えに行ける」

「……そうなんだよなぁ」

 前へ傾けていた身体の重心を後ろの方に動かし、ゴンは天を仰ぐ。目に映るのは天井ではなく、二段ベッドの上段の腹だが。

「だからって第一部隊に来るようなことはしないだろ?」

「しねぇけどさぁ。だって正式に移動させられているんだぞ? 今日入隊した新人の下っ端がどうにかできることじゃないじゃん」

「だから、天空部隊はゴンを入れたのかもしれないけどな」

 投げやりに言ったことに、なんてことなさそうに呟いたルームメイトの言葉にゴンは顔を前へ向ける。鋭くさせた目には抗議が含まれている。

 ルームメイトはゴンの視線など気にしてなさそうに飲み物に口をつけた。

「どういうこと」

「ここで第一部隊に来て逃げたり、天空部隊だからって変に舞い上がったりしないとこに惚れたんじゃない?」

「その表現止めてくれ」

「惹かれたんじゃない? 知らないけど」

 ほぼ意味が変わっていないルームメイトの言い草にゴンは口の端をぐっと下げた。歪められた口元と対照的に眉は直線に吊り上がる。

「お前、適当すぎる。飽きただろ」

「天空部隊の考えていることなんて俺に分かるわけないし、どうせ関わることもないからな」

「お、ま、え~~!」

「逆の立場ならお前だって俺と同じ態度だったと思うけど」

「たらればで話を逸らすな!」

 ベッドから降り、ローテーブルまで詰め寄る。テーブルに身を乗り出してルームメイトに吠えるが、彼は先ほどと変わらず飲み物を飲んでいるだけだ。

「そんなこと言ってわかってるくせに。こんなの愚痴だろ愚痴。お悩み相談でもないんだから、適当に流すくらいが俺のストレスにもならなくてちょうどいいの」

「だからってそこまで適当にするのはどうなんだよ」

「もっとちゃんと愚痴を聞いてほしいなら、ミーラやイトの方に行って来いよ。一瞬で噂広まると思うけどな」

 訓練生時代に話す仲だった女子の中でもお喋りの二人の名前を出され、ゴンは押し黙る。ルームメイトの指摘もばっちり的中していたため、ゴンは負けた気になり、そのままテーブルに突っ伏した。

「あれ、もういいんだ」

「いい。そんな気じゃなくなった」

「そりゃいい。まあ、噂は遅かれ早かれ広まると思うけどな。まさか同期が天空部隊に入るなんて誰も思ってなかっただろうし」

「本人が思ってないんだからな」

 天空部隊はいつだって注目されている。例え端にいる隊員だとしても先ほどのようなファンなら一人残らず把握しているだろう。そんな人たちがゴンを捕捉するのはおそらく一週間、いや、三日もかからない。

 天空部隊内でのことでもいまだに気持ちが落ち着かないというのに、これがバレたときのことも考えてゴンはますます気持ちが落ちる。

「ゴンはそれでどの班につくことになったんだ?」

「知らん。天宮家がいない班ならもうなんでもいい。あと、班長も出来れば違う人がいい」

「まだ決まってないんだ。ていうかその班長って誰かわかってるの?」

 ゴンは机に顔をつけたまま首を横に振る。怠惰の極みだ。

 そんなゴンの目の前にオレンジ色の三日月が浮かぶ。視線をルームメイトにズラすと、彼は「ん」と促してきた。

 そのまま口を開けるとその中にミカンが投げ込まれる。甘い。

「紹介とかは全くされてない。ただその天宮家の二人が班長って呼んでた」

「じゃあ、その三人は同じ班なんだろうな。そんでさ、今日第一部隊にちょっとだけ天空部隊の部隊長が来たんだよ。それってあれなんだな。ゴンのことだったんだ」

「ん、多分」

 ミカンを口の端で嚙みながらゴンは舌足らずな感じで話す。テーブルに顔をつけたまま口を動かすのは、顔を浮かすことになるため最小限の動きでとどめたいのだ。

「てことは、ゴンの言っている班長って部隊長のことじゃないのか?」

「……え? 部隊長って班長になるもんだっけ?」

 机から顔を上げて、ルームメイトと視線を合わせる。怪訝そうにするゴンにルームメイトは首をかしげる仕草をしつつ言う。

「いや、でもそうじゃない? その人多分天空部隊のリーダーだよ」

「……あー、うん、だな」

 思い返すように曖昧に頷いたゴンを見つつ、ルームメイトはミカンを口に放り込む。「あま」と呟く声が聞こえた。

 朔夜が仕切りに班長に確認を取ろうとしていたのは、その班長こそが天空部隊での最高責任者だからだとしたら辻褄が合う。

「だから、その人がゴンの班を決めるんだよな」

「…………あー! マジかよ!」

「マジマジ」

 冗談じゃない。誰であろうゴンを天空部隊所属に変えたのは班長その人なのだ。そんな人がゴンの班を決めるとなれば、ほぼほぼ未来は決められたようなものだ。

「やったな。天宮家との繋がりは上々だ」

「いらねぇ」

「その一言でおそらく大勢の人を敵に回したぞお前」

 だって本当にいらないのだ。天宮家と繋がったところでゴンがそれを活用することはできない。

 このポジションは喉から手が出るほど欲しがられることは重々承知している。それでも正直なところ、人によっては金塊のような天宮家との繋がりがゴンには胃にダメージを与えるストレス源にしかならない。

「いや、まだわからない。まだ未来は決まってない」

「暗示し出したこの人……」

「もう俺のことはいいよ。源志げんじはどうなんだよ」

 ぶつぶつと自分に言い聞かせるように呟くゴンにルームメイトーー源志は「うわ」と枕詞でもつきそうなくらいに引いていた。

 ゴンが拗ねて睨むと源志は「あー俺ね」と言った。

「俺は八班になった。同期はえーと、見佳みかとリハ」

「その二人確か幼馴染じゃなかったっけ」

「そうそう。俺だけ蚊帳の外って感じ。ま、普通に話すんだけどな」

「その普通が羨ましい」

「明日から班での訓練なんだよ。そん時に隊服も配られるんだってさ」

 普通に状況を説明する源志にゴンはいいなぁと心の内で呟く。似たようなことは既に相槌と共に言ってしまっているが。

 源志も特段気に留めることなく普通に会話を続ける。

「俺ちょっとワクワクしてんだよ。隊服もそうだけど、先輩とか班長とかの魔法見れんの」

「そうだな、上手く連携できるといいけど」

「そこは頑張る。ゴンもこういう感じに楽しみにしとけばいいんじゃない?」

 ずっと呆れ気味だった源志が口角を上げたのを見て、ゴンは目を細める。本当に楽しみにしていたことが伝わってくる。

 それも一瞬のことで源志はまた真顔に近い表情へ戻った。ゴンへの提案はおそらく、ゴンを励ますためにずっと考えていたことだろう。

「だな。魔法なんて多分派手だし」

「そうじゃなかったとしても、間近で見れるなんて貴重だしな。そこから学んで活かせそうだったら俺にも教えろよ」

「もちろん」

 少し回りくどい励ましはゴンの気持ちが軽くなるように考えられたものだ。今朝と合わせて二度目だ、とゴンは源志を見つめ笑った。

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