第十一話 確認だけで覚えられるわけがない
「ゴンは寝癖を直さないのか」
ゴンは動きが止まる。挨拶よりも先に言う事か、それ。
「直してはいるつもりでしたが」
「そうか。でも、跳ねているぞ」
淡々という班長にゴンは眉をひそめそうになり、必死に止めた。この様子だと悪気があるようには見えない。
ゴンは目を閉じ鼻から息を吐きつつ、気持ちを入れ替えるように目を開けた。
「癖なんです。直してもここだけは直らないんですよ」
「そうか、本当だな。跳ねる」
ゴンの説明を聞いてすぐに班長は背伸びをしつつゴンの髪を撫でた。急な行動にゴンは驚いて反応することが出来なかった。
自分よりも背の低い班長は両手を使いひとしきり撫で終えると、満足そうに息を吐いた。
「何してんですか、班長」
「何って確認していただけだが」
「知ってますよ! なんで俺たちよりも先にやってるんですか! ずるいです!」
「俺は班長だからな。班員よりも率先して行動するのは当然だろう」
「なら、俺は先輩だからって理由になるのかな」
朔夜がそう呟いてから、ゴンの方へ手を伸ばしてきたのをゴンは腕で静止する。誰が悲しくて男になんか髪を撫でられなくちゃいけない。朔夜は諦めようとせず、ゴンの腕を両手で拘束しようとする。ゴンも負けじと対応する。
「なーんで班長にはやらせてくれたのに俺にはこんな反抗的なのかなー?」
「誰が同年代の男性に髪を触らせようとしますか。猫でも犬でもないんですよ、俺は」
「ああ、この癖毛、獣の耳みたいなんだ」
背後からかかった声にゴンは「は!?」と振り返る。動いたゴンの頭についてくるように、後ろにいた
「こう立っている耳が悲しくて垂れている犬みたいだな」
「別に分析してほしいわけじゃないんですが」
「おい、精司! お前は俺の弟の癖に何してんだ、俺が先だろ」
「
「なんだとー!」
朔夜は精司の方へ詰め寄ろうとする。精司はゴンの背後にいて、朔夜はゴンと攻防を繰り広げている。つまり、ゴンごと精司の方へ身を乗り出そうとしてきたのだ。
ゴンは押しつぶされないようにより一層朔夜への抵抗を強める。今もゴンの頭を覆うように触っている精司の手も振り払いたいというのに、なんだこの人は。
「はいはい、二人とも終わり。ゴンが潰れるだろ」
須賀の仲裁が入り、二人は渋々ゴンから離れた。ゴンは腕をぶらつかせる。ここまで全力で抵抗したのは久しぶりだ。腕がしびれそうになっている。
「髪を撫でるのはいつでもできるんだから今は置いとけ。それより魔法の確認だ」
置いておくよりもこの場限りで永遠的に話題にはならないでほしいのだが。
ゴンの願いは届かない。須賀の妥協案はどちらかというと朔夜を落ち着かせるためのような気がする。これくらい朔夜ならわかっていてやっていそうではあるが。
「ゴンに説明しておくと、俺たちは基本的にこの四人で行動していた。攻撃は全員、防御は班長と俺、回復は班長と朔夜と精司、移動は全員って感じだな」
「……えーっと、ほとんど皆さんできるって感じですか?」
一気に言われゴンは戸惑う。言われたことを頭の中で繰り返せど、ごちゃごちゃになり、誰が何を担っていたのかもう不明になってしまった。とにかく攻撃と移動が全員というのは覚えている。
須賀は「そんな認識でも大丈夫」と笑った。どうやらゴンが理解できないことを見越して話したようだ。
「できるけど、実際に使っているわけではないよ」
「そうなんですか?」
「そうだな、その全てに魔力を均等に分けられたら話は楽なんだがな」
朔夜のフォローとため息交じりに話す班長に、ゴンは首が忙しい。情報が多くて、頭が追いつきそうにない。
「攻撃魔法を使いながら、防御魔法を使う。これは理想だ。これなら自分たちに大きな損傷は起きないからな」
「実際には違うってことですか」
「攻撃魔法を使っている時に防御魔法を使う余裕などない。そんなことしているのなら、攻撃魔法に全てを捧げた方が勝機がある」
確かにそれはそうだ。ゴンは班長の説明に頷いた。あの怪物に半分の魔力で勝つのは難しそうだ。
「それに魔法が使えても得意分野は限られるからな。それはゴンもわかるだろ」
「はい。俺の得意分野は回復魔法ってことですよね」
「そういうことだ」
「みなさんの得意分野は攻撃魔法と空間魔法ですか?」
ゴンの疑問に班長は「半分あっている」と短く答えた。
「攻撃魔法が得意なのは俺と精司だよ。班長は使えるけど、得意ってわけじゃない」
「須賀さんは?」
「俺は例外ってやつだ。まあ、何が得意って言われたら攻撃魔法が一番得意なのかもしれないけど」
その言葉にゴンは首をかしげたが、そもそも
「班長は空間魔法が得意なんですか」
「違う。俺が得意なのは補助魔法だ」
「え、でも移動は全員がって……」
「できるが得意ではない。そもそも空間魔法による場所移動は難易度が高いし、魔力消費量も多い。そのあたりはゴンも知っていると思うけどな」
他人の空間魔法での移動は自身の魔力を消費せずには済むが、他人の魔力にあてられる状態になるため、魔力酔いが発生しやすい。ゴンも経験がある。
「では、昨日の移動はイレギュラーだったということですか?」
「それも違う。移動は頻繁に行う。ただし、空間魔法ではなく」
言葉の途中で班長の姿が消えた。ゴンは咄嗟にあたりを見回すが、姿は見当たらない。
「この魔法道具を使ってだがな」
背後からの声にゴンは振り返る。そこには細い瓶を持った班長が涼しい顔をして立っている。
あまりに距離が近いのでゴンは振り向きつつ距離を取った。
「魔法道具にそんな便利なものがあるんですか」
「一般的にはあまり売られていないかもしれないな。それに便利とは言い切れない。これも空間魔法の移動と同じく難易度が高い。慣れれば誰でも扱えはするが」
「俺は使ってるの班長しか見たことないけどね。慣れればっていうけど、そこまでが吐くほど大変じゃん」
「だから言っただろう。難易度が高いと」
朔夜は「俺は知ってますって」と言葉を落とした。苦々しく落とされた言葉の調子から察するに朔夜もその魔法道具を使ったことがあるようだ。
天宮家というエリートが魔法道具に触れたことがある事実にゴンは意外だと心の内で呟いた。魔法道具のイメージは魔力量の少ない人が使う物だ。それも一般的に使う杖ではない物であるため、余計に意外性が高まる。
「基本的には全員が攻撃をするが必要に応じて俺と朔夜は後手に回ることもある。須賀と精司は常に前線にいると考えていい」
「攻撃ってことなら、俺はあんまり役に立てないと思います」
「結論を急ぐな。ゴンは攻撃魔法は不得意か、それとも使えるが得意ではないか」
班長の質問にゴンは口を閉じて、少しの間言葉を止めた。しかし、すぐに口を開く。
「そもそも攻撃魔法への活用方法がわかりません」
「なるほど、確かにあれは無造作に回復魔法をかけているようなものだったな。誰かを傷つける魔法としては活用できない、と」
「昨日のあれ自体が俺にとっても理解できていないものです。……あれを攻撃魔法と捉えるのも少し違う気がします」
戦いの場において奇跡を当てにするのは危険すぎる。
「しかし、回復魔法はこの場の誰よりも優秀だっただろう。しかも、食料確保も出来る」
「しかし、食料は一瞬です」
「朔夜のあそこまで少ない魔力量であの場の全員分の木の実は余裕であった。一瞬で消えるにしても安いくらいだ」
ゴンはそれ以上反論する気はなかった。確かにそこについては認めざる得ない。自身の回復魔法と食料についてはしっかりと把握しているつもりだ。そこはゴンの誇れる部分でもある。
ただし、それが威盧への戦いにおいては強く役に立つとは思えない。班長が
「攻撃だけが戦いではない。それに、魔法だけが攻撃ではない」
「……え」
「威盧には魔法しか効かないなんて体質はない。それこそ刃物でも鈍器でも倒すことは可能だ」
でも、それは理論上だ。ゴンは無意識に目を鋭くさせていた。魔法でなくて、そんなもので威盧が倒せているのであれば、
ゴンの視線に班長は特段反応を示さなかった。
「役割としてはゴンは後衛だな。昨日の魔法も解析し活用できるなら活用したいが、すぐには無理だろう」
「実験できる威盧なんていないしなー」
「ああ。そして、魔法での連携の前にすることがある」
班長の言葉にゴンは少し首を傾げた。魔法の連携以上にするべきこととはなんだろう。
間を溜めた班長はまっすぐゴンを見つめた。
「体力測定だ」
「え?」
思わぬ言葉にゴンは疑問の声が漏れる。周りの三人は納得したように頷いた。
「そういえばゴンの運動能力はよくわかってないままだったな」
「体力面は少し心配だな。すぐ倒れてしまうようだし」
「それに速さもだな。昨日ついてくるの大変そーだっただろ?」
精司、須賀、朔夜は次々とゴンの運動能力の懸念事項を上げていく。ほぼ初めて不安事項を羅列され、ゴンは
思わず班長を見つめると、班長の目がキラリと光った気がした。あ、なんか嫌な予感がする。ゴンは息を呑んで、引きつった笑いを浮かべた。
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