第十六話 買い物の帰りは荷が重い

 箱が乱雑に置かれて、人一人通るのがやっとな廊下を抜け、ゴンたちは外に出た。外はまだまだ日が上がっていて温かい。

 先ほどの服屋に戻るようなので、班長と須賀すがの後をついていこうとする。ふと、先ほどのレンガ造りの建物を見ると、中から若い男女と小さい子供が楽しそうに出てきた。それと入れ替わるように中年の男集団が入口へ吸い込まれるように入っていった。

「あの人たち、中にいたっけ」

 ゴンが不思議に思い口にする。あの一本道の店の中にゴンたち以外に客がいた様子がなかったので、疑問に思ったのだ。あのへらへら笑う男がいた店の奥側にでもいたのだろうか。

 振り返り、首をかしげているゴンに須賀が笑い、班長は真面目な顔をしている。

「あの建物の中にはいただろうな」

「そうなんですか、気づきませんでした」

「気づくわけがない。俺たちとは別の店にいたんだから」

「あそこ一店だけじゃなくて、複数の店が入っているんですか」

「そうだ」

 班長の言葉にゴンは少々疑問が残るが、渋々納得した。ゴンが気付かなかっただけで、横に扉があったのかもしれない。あのほの暗い空間では気づかなくても可笑しくないだろう。

「ゴンの想像しているのと班長の説明がかみ合ってない」

「え?」

「ゴンは物理的にあそこに三店舗くらいの店が入ってるって思ってるだろ?」

「え? 違うんですか?」

 それ以外に何の選択肢があるのだろう。ゴンが須賀の方を不思議そうに見つめると、須賀は笑いをかみ殺すように咳払いをした。

「そうじゃなくて、あそこは本来雑貨店なんだ。魔法道具屋じゃないんだ」

「はあ……」

「あー、紛らわしいか。この際何でもいいんだけど、本来、あそこの入り口の先に待ってるのはしっかり明かりがついていて、ちゃんと客を招き入れる準備のされている商品と店員たちなんだ」

「そうなんですね、今日は休業日だったんですか?」

「俺たちはその店には入ってないよ」

 ゴンは意味がわからずますます渋い顔をして首をかしげる。傾げすぎて首が痛くなりそうになったので、元の位置に頭を戻す。

「俺たちが入ったのは空間魔法で場所が超えた魔法道具屋。つまり、あの男は実際にはあの建物内にはいなくて、他の場所にあの店ごとあったってこと」

「場所ごと、転移してきたってことですか?」

「まあ、そういうことでもいいし、どっちかと言えば、俺たちがあの店がある地域まで飛ばされたって考えてもいいかも。例にすれば、寮の扉をくぐったら、ゴンだけ自分の家に入れるとかそんな感じ」

 空間魔法での瞬間移動を人間だけでなく場所にまで施したという事だろうか。完全に理解は出来ずとも、ゴンは先ほどより混乱が解け、落ち着いて須賀に対して頷いた。

 同じ扉でも、人によって辿り着く場所が違うらしい。ゴンたちが辿り着いたのは外装だけ借りた魔法道具屋だったというわけだ。

「でも、そんなこと出来るんですか? 人を移動させるだけでも大変なのに」

「それがあの男の魔法だからだ。あいつは空間魔法が得意だからな」

 班長がなんてことなく言った内容にゴンは驚いて声を上げる。

「ええ!? あの人、ずっと魔法使っているんですか!?」

「その代わり縛りがある。アイツがずっと魔法を使えるのはあの店の中だけだ」

「店の外では魔法を使えないってことですか」

「ああ。だが、アイツは無駄に外出を避けるためにあの魔法を編み出したと言っていたし、特段不便はしていないだろう。それにアイツの魔法は俺たちにも役に立つ」

 ゴンが首をかしげる。前を歩いている班長にはゴンの動作など見えていないはずなのに、ゴンの疑問に答えるように口を開く。

「俺たちがどの地域に行こうともあの店には比較的すぐ行ける。それはあの店が空間魔法でいたるところと繋がっているからだ」

 班長の言葉にゴンは「なるほど」と頷いた。確かにそれはどの扉も自身のものにしてしまう空間魔法でないとできない利点だ。


 歩きながら話していると服屋に着いた。ゴンは時計を持っていないのではっきりとした時刻はわからないが、店員が笑って出迎えているあたり、きちんと時間は過ぎているのだろう。

 先ほどの店員に連れられて、仮だという服装に袖を通す。長袖の肌着とジャケット、長ズボンはゴンの行動を制限することなく、肌触りもよく、ゴンは腕を軽く動かす。

「すごい、動きやすい」

 着替え終わり、カーテンを開けて店員や班長たちが待っているところに出てくる。班長はゴンの頭のてっぺんから足元をさっと見、満足そうに頷いた。表情は変わらずとも、班長の機嫌というのはわかりやすい。

 須賀も「似合ってるな」と楽しそうに笑っている。

「靴の方もどうぞ」

「あ、ありがとうございます」

 いつの間にか用意されていたブーツにゴンは足を通す。初めて触れるブーツにゴンは四苦八苦する。紐の多さに困っていると店員がゴンを椅子に座るよう促した。そのまま座ると店員が「失礼します」と言いながら、紐を結んでくれた。

「すみません」

「いいえ、大変ですものね。はい、できました」

 ゴンが立ち上がり、数歩歩く。分厚いブーツはいつもより背丈が若干高くなり、景色が変わったように見える。

「足の様子はどうだ?」

「あ、全然。ブーツってもっと動きづらいと思ってました」

「それも特注だからな。合っているならよかった」

 新しい衣装というのはどうしても気持ちが舞い上がってしまうらしい。ゴンは今も腕を伸ばしたり、その場で歩いたりしてしまう。

 ゴンの隠しきれない喜びを班長は腕を組み頷きながら、須賀は足の片方に重心をかけリラックスして立ちながら見ていた。

「それとマントも用意しましたので、どうぞ」

 店員に渡されたマントは右の端を一つのボタンで留めるものになっている。丈はゴンのブーツの先が見える程度のものになっている。ゴンが羽織り、ボタンを留めると「うむ」と頷く班長と目が合った。

「似合っている。動きやすいか?」

「あ、はい。動きやすいです」

 班長に言われ、腕を伸ばしたり、その場で一回転したりする。そこには班長に言われるあまりにも真っすぐすぎる褒め言葉への照れ隠しも含まれている。この班の人間は遠回しに褒めるということを知らないのか。

 マントは見た目よりもずっと軽く作られているが、風に煽られても簡単には飛ばないようになっている。不可思議な布だが、この店は何でもできてしまいそうなので疑問は閉まっておくことにした。

「よし、なら後は本格的な調整を任せるか。ホルダーも数時間後には用意できていそうか?」

「はい、大丈夫です」

「では、ゴン。着替えて次のとこ行くぞ」

 班長のてきぱきとした言葉にゴンは頷いて、マントのボタンを外した。全身を覆っていたマントを店員に返し、ゴンは自分が元々来ていた訓練服の置いてあるカーテンの向こうへ入っていった。


 魔法道具、服、これら二つを与えられたゴンは本格的に自分が天空てんくう部隊として動くことを自覚していった。あの後、魔法道具屋で二種類の手袋を受け取り、ゴンが持ち歩く魔法道具を選んでもらった。魔法道具を使う機会が少なかったゴンにとってはどれも未知の存在で、何が何だか今もわかっていないが、これから実技で覚えていけばいいと班長や須賀に言われたので今はとにかく持つことだけにしている。

 服は仮の時とさほど変わることなく身に着けることが出来た。どうやら、大したズレがなかったらしいので大幅に時間を取られなくてすんだそうだ。太ももに巻くホルダーも出来ており、ここに魔法道具などを入れるようである。

 慣れない場所を行き来したゴンはすっかり疲れていた。午前には魔法演習をし、午後は買い物で忙しかった。班長が忙しくなると言った理由が分かった気がした。

 馬車に乗って窓の外を見る。疲れているにしても、この振動の大きい馬車で寝られるほどではない。ゴンの隣には行きと同じく班長が座っており、正面にいる須賀の隣には今日買ったゴンの買い物商品が人一人分くらいの幅を取って鎮座している。

「それにしても、一日にこんなに買うものなんですね」

 ゴンが疲れた口調で言うと、隣の班長は腕を組みながら「言ってなかったか」といつもと変わらない声音で言った。

「明後日から出張だ。ここのみやから離れるからな」

「え、あ。そうなんですね」

 ゴンは一瞬驚いたがそれは特段珍しいことでもなかった。

 威盧いのが宮という本部の近くに出現するわけではないことはゴンも知っている。それこそどこにだっているのだ。威盧討伐のために少し離れたところで宿を取り討伐することは、話しには聞いていた。

「次は天秤宮てんびんきゅうだ。その次は処女宮しょじょきゅうだな」

「え、え。他の宮のとこまで行くんですか」

 ゴンは自分たちが所属している宮とは別の名前がすらりと出され、困惑した。そこは地域を超えた場所にある。陸続きにある地域とはいえ、他の地域に行くのは旅行と同じことだ。気軽に行けるものではない。

 一生他の地域の地を踏むことはないと思っていたゴンは班長の方を目を丸くして見ている。対して班長はいつもの切れ長い目をそのままにゴンの方を横目で見ている。

「ああ。何か問題があるか?」

「え、でも、この地域でも威盧は沢山出ますよね」

「そうだな。だが、他の地域では天空部隊の力を適宜貸さねば、威盧に蹂躙じゅうりんされてしまうところもある」

「それにここには光輝こうき部隊がいるからな。そこはハリス家が属しているし、実力もある。安心できるんだ」

 須賀の言葉にゴンは渋々頷いた。ゴンとしては自分たちの地域の問題も解決していないのに、他の地域にかまっている暇があるのかという疑問が拭えなかった。しかし、そんなことは班長も須賀もわかっているのだ。ゴンを諭すように言うのは、今のゴンがあまりにも子供っぽいからだろう。

「それより、明日は休みってことになっているんだ。ゴンも誰かを誘ったりしてもいいかもよ」

「休み、ですか」

「他の部隊の奴らも俺たちが用事があるなら、そいつは休みになる。いつどうなるかわからないからな。後悔だけは残さないようにしろよ」

 班長はそういうと窓の外へ視線を投げた。毅然きぜんとして、動揺を一瞬もしない姿にゴンは息を吐いた。

 誰よりも重みのある言葉に心臓の質量が大幅に上がった気がした。

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