第十五話 暗く光る未知
服屋の近くに位置する店で昼食をとり、食事だけでは二時間も経たず、ゴンは班長と
遠くから見る分には気づかなかったがレンガはひび割れ風化の様子が見て取れた。それでも、手当がされ余計な汚れは一切ないことから丁寧に管理されているようだ。
内側はほの暗く、よくある田舎の建物のようだった。窓からの明かりは意図的に遮断しているようで、分厚いカーテンがかけられている。
外の見た目の割には中は人を歓迎する内装ではなく、出迎える主人も召使もいない。箱が重ねられており、歩ける道は狭い。
ある程度歩くと少し開け、それと共にキラキラと点在する光がゴンたちを迎える。宝石のように輝くものは夜に見える星のようだ。
「来たぞ」
班長の声掛けに「はいは~い」と間延びした声が聞こえる。適当に布が吊るされている奥からもっさりとした髪の男が出てきた。
「あ~、あなたたちか。今日は何? また特注?」
「新人の魔法補助道具を買いにきた。手袋の方がいい」
へらりと笑いながら、ごちゃごちゃと床に置かれたものに足が当たりながら男はこちらの空間へ体を移した。
班長は慣れた様子で言い切る。男はゴンの方を見ると、うんうんと頷いた。
「そっかそっか、あなたはどういう感じで魔法を発動するんだい?」
「手をかざす感じです」
「今出来る魔法かな?」
「できますけど」
「じゃあ、少し見せてくれる?」
ゴンはいつものように手を中心に掲げ、そこから光の塊が生まれる。暗い空間の中ではいっそうその光が強く感じる。
塊を生地のように伸ばしたり、こねたりしながら、ゴンは男の方を見る。
「こんな感じです」
「うんうん、なるほどねぇ。確かに杖はやりづらいかぁ。その魔法は手以外の場所からは出せない?」
「はい、ここだけです」
ゴンの言葉に男はふむと考え込んだ。薄い目からは緊迫感が伝わらず、ゴンは思わず気が抜けてしまう。
「じゃあ、腕が飛んだら終わりってことか」
「え、はい。そうですね」
思わぬ言葉にゴンは戸惑いつつ言葉を返す。確かにそれはそうだが、まさかそんなことを言われるとは思っていなかったのだ。
「魔法って手を掲げると放出点が定まりやすいからって理由で手の近くで魔法を発動させる人が多いんだけど、あなたは本当に手がないとダメってことだね?」
「はい。四方八方には出せないです」
「そっかそっか、じゃあ、腕の補助もあった方がいいかもねぇ。少しそれ見せてくれない?」
男がそういうのでゴンは男の方へ机を回り込んで近づいた。生地を渡すと男は「パン生地みたいだ」と感想を述べた。
「肌にべたつく感じではないね、粘着性はない」
「そうですね、俺はクッションみたいだと思ってます」
「クッション! ああ、それだよ。これの布団とかあったら気持ちいいだろうな」
男は子供のように思いついたことを何でも話す性格のようだ。楽しそうに柔軟な発想をする様子にゴンは感心して、声が漏れた。
「それでこれは永続的にあってくれるのかい?」
「いいえ。他の魔法を包んで衝撃を加えると木の実になります」
「ふむふむ、実践してみたいな。須賀さん、
男の声掛けに須賀は賽子を複数投げた。いつの間にか手の中に作っていたらしい。
男は慌てた様子で賽子を生地で受け止める。そして、零れないように包み込むとそのままその生地を床に落とした。
強い光を発し、そこには小さな木と無数に跳ねる木の実が現れた。
「うわああ、すごいな。これ、食べれる?」
「はい」
「よし、食べよ。んまぁ~~~~、いいねぇ、作業の片手間に食べたくなる美味しさだ」
行動の速さにゴンは驚いて目を見開く。男はそのあともバクバクと木の実を食べ続けている。
男が動きを止めたのは木の実や木が光の粒となって消えた後だった。
「おお、なるほど。消えちゃうのね。うん、大体わかったよ。手袋になんかこういうデザインがいいとかある? 僕考えるの苦手だからさ~、希望があれば言ってくれると嬉しいんだけど」
「シンプルなものがいいです」
「んあ~、なるほどねぇ。そういうわけだけど、お二人さんは何か希望ある?」
男はゴンの後ろにいる班長と須賀に問いかける。班長と須賀は目を合わせると、男の方を真っすぐ見つめた。
「薄めのものと厚めのものを二種類頼む」
「あと、ゴンに合う魔法道具を後で見繕ってもらいたいんだけど」
「わかったよ、じゃあ、あとでまた来るってことだね?」
須賀と班長が頷く。なるほど、移動が多いというのはこういうことだったのか。
男はへらりと笑って、「じゃあ、作ってくるね~」と再び苦戦しながら奥へと潜り込んでしまった。
「あ、時間」
「聞くだけ無駄だ。アイツは感性で生きている。時計の時間など気にしたこともない」
「でも、日が暮れるまでとかはあるでしょう」
「この朝も夜もわからない空間でそんなことを気にすると思うか?」
「……なるほど」
確かにここにいては時間間隔が狂ってしまいそうだ。一日の区切りは間違いなくわかるだろうが、大まかな時間さえも把握はできなさそうである。
ゴンが頷いたのを見て、班長は視線を外した。班長の視線につられるようにゴンも机に並べられている道具を見る。
須賀は手に取って確認もしている。須賀が持っているのは、目立つ宝石のイヤリングだ。
「ここは、宝石も売っているんですか?」
「いや、ここにあるのは宝石ではない。魔力が込められる石だ」
「でも、須賀さんが持っているのってただのイヤリングじゃ」
「ん、ああ、これ? これは通信機器だな。ピアスくらいの大きさの方が目立たなくていいんだけど、どんなものかなって」
「つうしんきき……?」
「遠い位置にいても信号が送れる道具のことだよ。手紙が瞬時に届くって感じだな」
聞き慣れない言葉に首をかしげるゴンに須賀は当然のように笑った。説明を聞いてもゴンの疑問は深まるばかりで、理解ができていない。
須賀は手に持っていた方を自身の耳につけ、対となるイヤリングをゴンの方へ渡しに来た。ゴンは戸惑いながらも耳につける。
「待て、行け、右、左」
須賀はゴンからどんどん離れていく。それなのに、須賀が何を言っているのかがざらざらとした音を含みつつ、耳にはっきりと届く。
だが、声は須賀のものとは程遠く、機械音がゴンの耳を刺激する。慣れていないゴンは驚きと不快感で顔が歪む。
そんなゴンの様子に須賀が何か口にする。ゴンは首をかしげたが、次の瞬間にイヤリングから不快な機械音が長く響いた。たまらずゴンはイヤリングを外す。
「な、なんなんだコレ!」
「ごめんな。びっくりしただろ」
思わず口走ったゴンに須賀が謝りながらイヤリングを回収しに来る。須賀もイヤリングは外していた。
「こういう感じで離れても何を言ったのかが伝わるんだけど、簡単な言葉しか拾わないんだ。文で話すとさっきみたいに変換が間に合わずに機械音だけが流れる」
「これ、切る方法とかないんですか」
「ない。だから、画期的な発明ではあるけど、誰もこれを活用しようとはしない」
須賀の説明にゴンは力強く頷いた。確かにその技術には驚くが、あの音に慣れるのは時間がかかるだろう。魔法で相手に言葉を伝えられる人もいるようだが、それが誰にでも使える道具になるのはまだ遠い未来のようだ。
「それにこれはペアのものでしかできないんだ。しかも、相手が変わっても判別がつかないから、まだまだ使えそうにないんだよな」
「そうは言っても、これが使えるようになれば格段にやりやすくはなるだろう。郵便を頼る必要が減るのはいいことだ」
確かに遠く離れたところまで音をすぐに届けられたら、ものごとは滞りなく行うことができるだろう。しかし、その技術が使われるのは繋がりが多い人のみのような気がして、ゴンはどこか他人事のように見ていた。貴重な体験はしたが、普段は絶対に使わない道具だ。
ゴンが渋い顔でイヤリングを見つめていたからか、須賀が面白いものでも見るように笑った。ゴンが顔を上げると須賀は「ゴンも未知のものは怖いんだな」と言ったのでゴンは肯定の意味も兼ねて、拗ねてふいと顔を逸らした。
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