第八話 説教と木の実

 班長の指示により、威盧いのの後処理などは問題なく本部の方へ引き継げたようで天空てんくう部隊は本部へと戻ることになった。

 今回は大きな怪我をしたものもいないため、空間魔法を使っての移動は最小に留めるらしい。

 切り開かれた空間から自然が自由に伸びきった森の中へと天空部隊はぞろぞろと歩いていた。ゴンはどこからも視線を感じる。

「ゴン、なんであの時飛び出したんだ」

 はっきりと言い切る朔夜さくやは先ほどからゴンの隣を離れようとしない。いつものどこかやわい喋り方ではなく、ゴンをがすまいと棘を含めている。

 ゴンは遠慮がちに朔夜の方を見る。強すぎる眼光を真っすぐ受け止めるのは無理だった。

「自分でもはっきりとはわかりません。考える前に動いてました」

「俺が頼りなかった?」

「違います。おそらく、あそこにいたのが誰であろうと俺はああやって動いていたと思います」

 朔夜が頼りないわけがない。実力は見たことがないのでわからないが、少なくとも天空部隊にいる時点で十分頼れる存在だ。

 ゴンの答えは朔夜の納得には繋がるものではなかったらしく、朔夜の不機嫌顔は直らなかった。

「自分ならあの威盧に勝てると思った?」

「いいえ。全く」

「そんな相手になんで立ち向かったんだ。俺を押しのけてまで」

 あの時の恐怖は間違いなく本物だ。生存本能を通り越して、死を覚悟していた。

「誰にも死んでほしくなかったんです」

「……俺が死にそうに見えたってこと?」

「あの場面ではそう見えました」

 あの一瞬のことだから正常な判断ができたとは思っていない。それでも、ゴンと朔夜目掛けてきた魔法の塊は当たったら怪我をまぬがれないものだと瞬時に分かった。

「……まーいいや。でも、二度とあんなことしないでよ」

「……それは……」

「なに、約束できないの?」

 緩んだ朔夜の空気が一瞬で締まる。ゴンが即座に応答しなかったことに苛立っているようだ。

 確かに朔夜の気持ちもわかる。朔夜からしたら、新人にあんなことをされて安心できるわけもない。

「いつも、あんな魔法と戦っているんですか?」

「質問を質問で……。まあ、今回は全班に来るくらいだから強い方だとは思うけど、いつもとそんなに変わらないんじゃない? 威盧に弱い奴なんていないんだから」

 朔夜は不機嫌そうな表情を変えずにゴンに説明する。

 朔夜の言葉にゴンは「多分できないです」と言葉を落とした。朔夜が瞬時に「なんで」と抗議の声を上げる。

「俺、初めてだったんです」

「威盧を見るのがだろ? だったら」

「それもですけど、です」

 ゴンの答えに朔夜の言葉が止まる。まだゴンの魔法の実態を知らなかった朔夜にとっては、聞き逃せないことなのだろう。周りも一気に耳を傾ける空気になった。全員、威盧を倒したゴンの魔法を気になっていたのだ。

「俺の魔法は受動的です。相手の魔法に依存してます。だから、あれだけ大きな魔法になるってことは、それだけ威盧の魔法が強かったってことですよね。それがいつもなら……あなたたちは、いつも死にそうになってる」

 怖かったんだ。あの威盧の魔法が。死を思わせる威力に。そして、その死が自分以外に降りかかるかもしれないことに。

 耐え切れそうになかった。

 信用していないわけじゃない。天空部隊が強いことは知っている。それでも、

 あれだけ苦戦していたのだ。不安だった。怖かった。

 しかも、それがいつもだなんて。この人たちは、常に死と隣り合わせだ。

「あの魔法が、もしあなたに当たってそれが原因で死ぬのが嫌だった。ゼロではない可能性で誰かが死ぬのが怖かったんです」

 自分がいなくちゃいけないなんて思ってもいない。でも、事故はいつだってある。あの場ではその事故の確立が驚くほど上がっている。

 ゴンの心の内を知った朔夜は言葉を止めていたあと、「はぁーーーーー」と長い溜息を吐いた。

 思わずゴンは朔夜を見つめる。朔夜も顔を上げ、ゴンを見つめ返す。

「そーだな。ゴンの言う通りだよ。俺たちだって死は近いし、事故は起こりうる。ゴンは俺があの時死ぬのが嫌だった。だから、前に出た。立派だと思う」

 淡々と言うが先ほどの怒りは消えている声音だった。

「でも、俺だってゴンに死んでほしくなかったんだ」

 朔夜の言葉にゴンは目を見開く。朔夜が頭をきながら、呆れたように息を吐く。

「ゴンは無理やり入れたようなもんだし、まだ連携も出来ていないから、俺たちにとっちゃ守るべき対象だったんだよ。だから、ゴンには後ろで見守っててほしかった」

「……すみません」

「まー、結果オーライだけどな。ゴンの魔法のこと知れたし」

 カラリと笑った朔夜にゴンは何も返せなかった。ああ、お荷物の上に厚かましいことを言った。それで朔夜の気が損ねたわけではないが、なんだか恥ずかしい。

 朔夜との会話が一度区切りがつくと「魔法について聞けー」「いい感じに締めるなー」と野次が飛んできた。思わずゴンはパチパチと瞬きをする。

「うるせー! いい感じに締めようが何しようが俺の勝手だろー!」

「ゴンの魔法はみんな気になってんだよ、同班の朔夜に譲ってんだからさっさと聞けー」

「聞かねぇならオレらが聞くぞー」

「うっさいうっさい! 俺が聞くからあんたたちは黙っててくださいませんかねー!」

 言い返す朔夜も野次を飛ばす隊員たちも一気に緩んだ雰囲気になり、ゴンは肩の力が抜けた。そうか、先ほどの言葉は新人への説教だったのだ。

 他の隊員たちがわざと「ゴンの魔法ってー」と話を促そうとする。朔夜が慌てて「俺が聞くから!」と言い返し、ゴンをかくまうように手を広げる。なんだか、朔夜が子供っぽく見える。

 朔夜は周りを払いのけると、こほんと咳払いをし流れを整えた。

「ゴンの魔法って大木?」

「ああいや、あれは俺も初めてです。普段はあんな大きくないです。俺の魔法は土属性のです」

「木の実……、あ、確かに沢山跳ねてたな」

「あっちが本体、なんですよね、普段は」

 ゴン自体あれだけ大きな木を見るのは初めてだった。木の実の方は普段から見慣れていたのでゴン自身も大木の方に目が引かれていた。

「さっき受動的って言ってたけど、自分から出せないのか?」

「えーと、木の実とか木とかは他の魔法を取り込まないと出ないです。その前のこの生地みたいなやつは普通にできます」

 ゴンは白く柔く輝く魔法の塊を両手の間に出現させる。手の平の大きさになった玉を手に持つ。溶けはしないが固くはない。手につきはしないが、押した指の跡は数秒残る。

 そんな魔法の塊を朔夜が手を差し出すので渡す。朔夜は興味深そうにまじまじと見つめた後、何度か軽く握った。

「やわらか。これは消えない?」

「消えるまで待ったことがないのでわからないです」

「そーか。これが魔法を受けるとあの木の実に変わるってこと?」

「他の魔法を饅頭みたいに包んで、床に投げつけたりして衝撃を与えると木の実とか木とか、あとは草もかな。そういうのが発現します」

 ゴンが説明し終えると朔夜はさっそく右手から炎を発現させ、左手に持つ生地に押し込んだ。そのままゴンの言ったようにあんこを包むように生地を伸ばす。

 そして、朔夜はさっとあたりを見回す。しかし、投げつける良い位置が見つからなかったのか、その場で止まった。ゴンは数歩先に進んでから、朔夜を振り返る。

 朔夜がそのまま地面に生地を投げつけると、その衝撃から生地が白く光った。次の瞬間にはそこから木の実がぽんぽんと弾んでいた。その中心には細い木が出ている。

「へー、確かにさっきの小さい番だな。あ、この木も柔らかいんだ」

「木の実も柔らかいな」

「これ、食べれる?」

「食べれます」

 周りにいた隊員たちのところまで弾んだ木の実を、隊員は各々拾う。それぞれ感想を述べており、ゴンは明確な質問に答えを返す。いつの間にか隊員全員がその場で立ち止まっていた。

 ゴンの返事を聞き取った隊員が木の実を口に入れる。即行動に移した隊員にゴンは少し驚いて「はや」と呟いた。

「ん、うま」

「腹は満たされるか?」

「普通に木の実というか、フルーツ食ってる感覚。具体的な味って言われたらなんて答えていいのかわからないけど」

「じゃー、俺も」

 次々と他の隊員たちも木の実を口に運ぼうとする。それに対してゴンは「あ、でもそろそろ」と注意を促そうとする。

 しかし、その一歩前で木の実も朔夜の足元に生えていた木も光の粒子となって消えてしまう。

「あ、消えた」

「俺の魔法、すぐに消えるんです。食った木の実とかはそのままなんで大丈夫なんですけど」

「なるほど、別に胃の中に収めれば問題ないんだな」

 隊員の言葉にゴンは頷く。後処理がないので便利な魔法だとは思う。所詮他人から借りた魔法で発動したものなので持続性がないものだとゴンは判断しているが。

 前にいる隊員たちに説明するために前方を向いていたので、後ろからの衝撃にゴンは備えていなかった。

 うげ、とうめきが漏れながら前のめりになる。

「すごいな、食料に困らないじゃん」

「まあ、他の人の魔法が必要なんですけど」

「それでもいいって。しかも、これ回復魔法なんだろ?」

「そうですね」

 まだ魔法の分野までは言っていなかったのでゴンは驚いて朔夜を見る。ゴンに突進してそのまま肩を組んできた朔夜は、目をキラキラとさせていた。

 ゴンの心中を察したのか朔夜は「わかるよ」と言った。

「だって怪我していた部分が治っていたんだ。他の奴らも。それに、あの威盧も」

「……そうですね」

 威盧には血がどろどろ流れるほどの傷がついていた。しかし、横たわったときにはそれが消えていた。それは、ゴンの回復魔法が威盧の傷を治したからだろう。

「でも、あの威盧は死んだ。それも、ゴンの魔法?」

「……おそらく、としか。あんなの、俺も初めてだったんで」

「人に魔法をぶつけたことはある?」

「ありますけど、そのときは何ともありませんでした。普通に怪我を治しただけです」

「……じゃあ、あれは威盧だけってことかな。そこはあとで色々と分析する必要があるか」

 ぶつぶつと考えを固めるように呟く朔夜の声は近い位置にいるゴンには全て聞こえていた。ゴン自身もわかっていないことなので、その考えはありがたい。

 だが、肩を組まれたままでは少々歩きづらい。それを朔夜に言えるはずもなく、ゴンは黙り込む。

 ゴンの周りでは隊員たちがそれぞれ話していた。ゴンの魔法の説明から話を広げているようだ。

 ゴンの前方を歩く班長と須賀すがも何やら話し込んでいるようだった。特段話に入り込んでは来なかったが、それは朔夜にゴンの相手を任せたからだろう。

「じゃ、ゴン。今日はお疲れ様」

 突然朔夜から解放され、ゴンはバランスを正そうとする。ゴンよりも前に移動した朔夜はにこにこと笑っている。

「ゆっくりおやすみ」

 はい、と返す前にゴンの後頭部あたりに違和感が走る。痛みなどの不快感ではなく、ただ温かく包み込むような安心感。その温かさからくる眠気に抗えず、ゴンはそのまま前方へ倒れ込んだ。

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