第九話 霊と司る者と

 次にゴンが目を覚ました場所は先ほどまで歩いていた森でも、寮の自室でも、また前に気絶したときに寝かされていたベッドでもなかった。

 そのどこにも相当はしなかったが、ゴンが寝かされていたのはベッドだった。しかし、周りの外観などから前回とは場所が違うことは明確である。

 ベッドの周りはカーテンで仕切られており、風通りが良いのか適度に揺らいでいる。柔い光は太陽のものであり、今の時間が夜ではないことを知らせる。

 ゴンはのそりと体を起こす。首を傾げ凝り固まった肩を和らげる。

 どれくらい寝ていたのか皆目見当がつかない。疲れが取れていることからして、もしかしたら一日中寝ていたという可能性もある。

「でも、なんで」

 あの眠気は自然のものとしては急すぎた気がする。しかし、無理やり眠らされたという感じもしない。

 こうして整った場所で寝かされている以上は文句も何もないが、どうにも引っかかる。

 ゴンが俯き目を閉じて唸る。

 ダメだ、わからん。

 諦めてゴンは息を吐きながら顔を上げる。目を開ける。

 目の前に妖精がいた。

「は?」

 ゴンは自分の目が疲れているのではと、何度も瞬きをした。しかし、目の前の妖精は消えない。腕で目を擦っても前にいる景色は変わらない。

 ゴンの混乱をよそに妖精は驚いているゴンを見て「にしし」と楽しそうに笑っている。笑うたびに妖精の体を構成している炎がチリチリと音を鳴らす。

「ええ、待てよ、幻覚?」

 ゴンの言葉を理解しているのか妖精は頬を膨らませる。ゴンの顔の目の前に来て抗議するように飛び回っている。幻覚と言われたのが相当頭に来たようである。

「悪かった、幻覚じゃないんだな。えっと、妖精であってる?」

 謝罪をすると妖精は満足したように笑った。炎の妖精なのか体は人間の形を元にしておきながら、炎のように燃えて流れている。容姿は人間に変えたら整っている部類に入るだろう。いたずらっこの男の子という感じだ。

 妖精かという質問については妖精は腕で丸とバツを交互に作っている。

「妖精であって、妖精ではない……あ、それは違うのか。ってことはさっきのは三角ってことか?」

 前半の内容には妖精は明確にバツ印を腕で作る。そこから推測するに先ほどの丸とバツの交互はその中間の三角……惜しいということを示していたのだろう。

 ゴンが手で三角印を作ると妖精は嬉しそうに飛び回った。どうやら合っているようだ。

 そしてそのまま三角の空間に突っ込んできた。ゴンは驚いて上半身をのけぞらせる。

「うわっ急に来るなよ」

 緩んだ手の間にいる妖精は拗ねたのか片方の頬を膨らませる。炎で構成されている身体にしては手は熱くなく、心地いい温かさがあるだけだった。

 その温かさにゴンは首をかしげる。なんだか最近感じた温度だ。

 ゴンの仕草を真似するように妖精も体ごと傾げた。

「というか、お前どこから来たんだ? 妖精……ではないにしても、町とかにはいないだろ? 森か? ついてきたのか?」

 ゴンの質問にはぶんぶんと首を振る。どうやら間違っているらしい。

 それにしたってこの小さな生き物が何故ここにいるのかわからない。ゴンが「ええー」と困って声を出すと、妖精は面白そうに「にしし」と笑う。

 そして、そのまま顔に急接近してきた。そのままの速度だと確実にぶつかってしまう。ゴンは咄嗟に目を閉じた。

 しかし、衝撃はない。目を閉じていたゴンが聞いたのはカーテンが開けられる音だった。

 目を開けるとそこには隊服に身を包む精司せいじが立っていた。

「あ、え」

「起きていたか、誰か来ていたか? 話し声が聞こえたけど」

「あ、そうだ。さっきまで妖精が……っていない」

 精司の呼びかけでゴンは周りを見渡す。先ほどまでいた妖精はすっかり姿を消していた。

 ゴンの言葉に精司は「妖精……?」と顔をしかめている。

「本当なんですって、さっきまでここらへんにいて」

「そいつはどんな姿だった?」

 このままではゴンの頭がいかれてしまったと勘違いされてしまう。手を振りながら必死に説明するゴンをよそに精司は普通に質問をする。

 それにゴンは拍子抜けしてしまう。「疲れてるのか?」など頭の心配をされると思っていたからだ。

「炎を擬人化したみたいな姿でした。いたずらが好きな男の子な感じの」

「ああ、やっぱり」

 精司は納得したように頷いた。しかめていた顔も普通の真顔に戻っている。

「やっぱりって……」

「ゴンには説明してなかったから驚かせてしまったな。おい、出てこい」

 精司の声掛けに答えるように何もない空間に炎が集まり、そこから先ほどの妖精が現れた。またしてもゴンの方を見て楽しそうに笑っている。

 対照的に精司は疲れた様子でため息を吐いた。ゴンは妖精と精司を見比べてしまう。

「これは」

「こいつは精霊だ。俺は精霊魔法を使うから」

「精霊魔法」

「聞いたことないか?」

「あるにはありますけど、馴染みがないっていうか。知り合いにも使っている人いなかったので」

「そうか。珍しい部類だから仕方ないな」

 精霊を見るのも初めてだ。人をおちょくるのが好きだったり、人と遊ぶのが好きだったりと童話などの物語では聞いたことのある存在だが現実には希少であるため、その姿を見たものは少ないらしい。

 ゴンと精司の会話を聞きながら精霊は満足そうに頷いた。ゴンが精霊のことを精霊だと認識したことが嬉しいらしい。

「名前の通り精霊魔法は精霊の魔法を借りるものだ。魔法の特徴は個人よりも精霊に寄るな」

「魔法使いの魔法ではないんですか?」

「俺の魔力を貸している代わりに魔法を使ってくれるって感じだ。精霊は精霊で個々に存在している」

「作り出された存在ってわけではないんですね」

「そうだ。だからこそ、精霊魔法は精霊の気まぐれが多い。俺たち人間には精霊を選ぶ力も、精霊を完全に従える力もない」

 つまり精霊次第ってことだ。ゴンは精霊を見つめる。精霊はゴンの視線が精司から移ったことが嬉しいのか「にしし」と笑った。

「須賀さんの魔法の運と似てますね」

「言われれば、だな。まあ、こっちは爆弾でもあるんだが。精霊と上手く連携できなければ、味方に被害を引き起こすこともあり得る」

「お前は俺たちにそんなことをするのか?」

 ゴンの不安そうな声に精霊は慌ててぶんぶんと首を振った。どうやら人間をおちょくるのが好きなだけではないらしい。

「そいつは大丈夫だ。人間好きだからな。基本的に人を傷つけることはしない」

「そうか。お前はいい精霊なんだな」

 精霊はこくこくと大きく頷いた。大きい動作は子供を想起させて可愛らしい。

 ゴンが軽く手を差し伸ばしながら笑ってみせると、精霊もつられるように笑いゴンの手に寄り添ってきた。

「いつも出ているわけではないんですか?」

「ああ、基本的には目に見えない……空気に溶けているような感じだと思っていい。時々こうして俺たちにも姿が見えるようにするんだ」

「それもこの精霊の気まぐれですか?」

「基本的にはな。あとは強い魔法を使う時なんかは姿を現すことが多い。といっても、そいつは俺の管轄外でも平気で行動をするからな。あまりしっかりと把握しているわけではないんだ」

 寄り添われた部分が温かい。撫でるように親指を動かすと精霊は満面の笑みになった。人懐っこい。

 精司にも目に見えないときが多いのだから、この精霊は姿を見せずともゴンたちの様子を見れているのだろう。そうでなかったらこうしてゴンに無防備になっているのは可笑しい。そもそもこの精霊の強さがゴンには到底かなわないからという可能性もあるが。

「だからってこうしてゴンの元に来ているとは思ってなかった。驚かせて悪いな」

「いや、大丈夫です。一瞬びっくりしたんです。この精霊があなたなのかと思って」

 精霊が消えたタイミングで出てきた精司を精霊の正体だと咄嗟に思ってしまったのは仕方ないことだろう。炎を使うとは聞いていたし、精司の赤い瞳は精霊の燃える赤色とよく似ている。

 ゴンが安心したように笑ったのを見て、精司は少し不愉快そうに眉をひそめた。

「それは……驚くだろうな。というか、お前、それを見越して姿を消したな」

「にしし」

「そうなんだな。……はあ、お前はまたそうやって」

 精司の説教兼愚痴が始まることを察知したのか精霊がゴンの後ろへと回り込む。ゴンは反応が遅れ、驚いて後ろを見返そうとする。

 精霊の笑い声が聞こえることから後ろにはいるようだが、ゴンの背中に張り付いているのか姿は見えなかった。

「それもわざとだな。悪いな、ゴン」

「あ、いや、俺は別に」

 保護者のように頭を抱える精司に、ゴンは眉を下げて笑った。どちらの味方になるのも難しい状況だ。

 このペアは友達のように対等みたいだ。

 口には出さず、困って愛想笑いをしながらゴンはそう思った。

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