第二十話 相互理解

「ちょっとあの二人になんて言ったわけ?」

 朝食を取り、馬車に戻る前にシミズに腕を掴まれた。シミズの顔には疲労感が伺えて、朝に弱いんだなと呑気に思っていると、シミズの目力が強くなった。

 ゴンは首を傾げつつ、シミズのことを見つめる。

「あの二人とは誰ですか?」

朔夜さくや精司せいじだよ。朝から捕まって超めんどかったんだけど」

 そういえば、今日は朝から二人に絡まれないとは思っていたが、どうやらシミズの方へと出張していたらしい。シミズのげっそりとした疲労は天宮あまみや兄弟が原因だったようだ。

「その二人には話してませんけど」

「じゃあ、何? 部隊長とか須賀すがとかに話したの?」

 シミズの責めるような言葉にゴンは首を振った。これはチクられたから怒っているのではなく、結果的に天宮兄弟に捕まり疲れたから怒っているのだ。

「話してませんよ」

「じゃあ、なんであの二人が知ってるわけ? ……ていうか、知っているっていうのも可笑しな内容だったけど」

「さあ。あ、でも、フーノさんとヒョウさんにはシミズさんのこと聞きました」

「フーノ班長とヒョウに?」

 思わぬ人物の名前が出てシミズは大きな瞳をまん丸くさせる。こう見ると本当に年齢が幼く見える。

「…………なんて言ったの?」

「言ったっていうか、フーノさんにはシミズさんの名前聞いたんです。ヒョウさんには部隊内に良いなぁって思う人は誰だって聞かれたので、シミズさんってお答えしました」

「は? 皮肉?」

 シミズは窺うように目を伏せつつ聞いたかと思ったら、次には昨日と同じく不機嫌そうに眉をひそめた。

 ゴンは首を横に振る。

「本当にそう思ったんです。シミズさんみたいに立派な人、中々いないんで」

「だからそれが皮肉かって言ってんの。僕が立派なわけないでしょ。立派な人は新人捕まえて嫌味とか言わないから」

「でも、それ俺と部隊どっちのことも思ってのことじゃないですか」

 シミズは一瞬動きを止めたが、すぐにゴンの方へ鋭い目線を向けてきた。

「調子に乗らないでよ。自分勝手に受け止めてくれちゃってさ」

「俺はシミズさんに会う前に敵意を一身に受けたんですよ?」

「あのね、敵意っていくらでも隠せるんだよ。僕が君に敵意を持っていないなんてどうして言い切れるの? 僕は素人じゃないんだけど」

「それならそれで俺はシミズさんを立派な人だと思います。どう転んでもシミズさんが邪な感情を抱かなかった時点で、俺の良いなはシミズさんのものです」

「……ほんと、呆れる」

 シミズは強めていた視線を緩めた。だからといって、そこに微笑みはなかった。言葉通り、呆れているのだ。

 ゴンがシミズと対話して思うのは、やはり見立て通りの人だということだった。言葉の端々にゴンの身を心配する言い回しが使われていた。それは普通に受け止めたら、意地悪をされているように感じるがゴンにはしっかり真意が伝わっていた。

 ゴンの腕を掴んでいたシミズの手から力が抜けた。

「類は友を呼ぶっていうけど、君も劣らず変な奴だよ」

「……待ってください、それ、誰のこと言ってるんですか」

「そんなの大月おおつき班に決まってるでしょ」

「待ってくださいよ!? 俺、あの人たちの類だと思われたんですか!?」

 冗談じゃない。どうしてゴンがあの濃い四人と同類だと思われなくちゃならないのだ。あの我儘集団だぞ。お坊ちゃま集団だぞ。天宮家の事情を軽く知ったとはいえ、形成された人格や価値観はゴンとはかけ離れている。

 ゴンの焦り様にシミズは「馬鹿じゃないの」と冷たく言葉を落とした。

「ヒョウのいいなに僕の名前を出した時点で変な奴だよ。っていうか、やっと謎が解けた。それであんなに目の敵にされてたわけね。いい迷惑なんだけど」

「それは、その、すみません」

「ほんとだよ。リードくらいしっかり握ってなよ」

「リード?」

「動物を散歩するときにつけるでしょ。ちゃんとしなよ、飼い主」

 ぴしゃりと言いつけるシミズにゴンは言葉が出なかった。天宮兄弟をまさか暗に犬だと言っている。こんなの天空てんくう部隊に入らなければ一生聞かない表現だっただろう。

 ゴンは放心状態から戻り、シミズの言葉を思い返した。冗談じゃないと口から漏れる。

「なんで俺が飼い主ってことに……」

「何にしたって僕はあの二人に絡まれるのは御免だからね。ちゃんと躾しておいて」

「躾って」

「君が気に入った人全員に挨拶回りに行く勢いだったけど」

 そこまで言われて、ゴンは溜息を吐いた。それは、確かに躾というか話し合う必要がありそうだ。

 ゴンが理解したことに気付いたシミズがふっと口の端を上げた。

「この後、君は朔夜と精司に拉致されるだろうから、そこで話して来たら?」

「拉致」

「グレードの高い馬車ってこと」

 最早他人事のように話すシミズにゴンは既視感を覚えて、目を据えた。ああ、これ、源志げんじみたいな人だ。


 馬車での移動は馬の休憩を挟みつつ、ずっと続いていた。夜はどこかに宿を取るのかと思ったが、馬車で眠るようだった。ゴンが乗っていた馬車の中はその場にいる全員が横になっても余裕があるものだったので、眠るのはそこまで難しくなかった。壁に寄り掛かっていたゴンは寝心地をそこまで心配していなかったけれど。

 夜中人が動けないときはどうするのかと聞いたら、馬は問題なく動けるからいいのだそうだ。それに何かあった時でも、訓練された馬なので逃げる手段がしっかりとあるとのことだった。

 ゴンが眠りから覚めて向かわされたのはどこかの定食屋だった。すっかり朝日が昇っており、脳がだんだんと覚醒しながら朝食を取った。それが先ほどの話だ。

 シミズの言う通り、あの後すぐに朔夜と精司によって手を引かれ、先ほどまで乗っていた馬車とは別の方へと案内される。

 ゴンが乗っていた馬車よりもコンパクトだが、十人は軽く乗れそうなものだ。中に入ると上に区切りがあり、そこは二段ベッドの上段のようになっていた。中で快適に過ごせるように設計されたもののようだ。

 しばらくしてガタゴトと揺れ始めた。席に座ると朔夜と精司に囲まれるように座られてしまった。

「シミズといつ仲良くなった?」

「仲良く……なんて言ったら、怒られちゃいますよ」

「そこまでシミズのことわかってるってことか」

「悪い奴じゃないけど、ゴンには少し早いんじゃないの?」

 まるで子供の交友関係に口を出す親のようだとゴンは達観していた。シミズが初心者向けではないというのは、昨日フーノとヒョウからも聞いていたことだったので、特段驚かない。

 それにしたってここまで子供のように心配されるのもあれだ。

「俺は個人的にいいと思いますけどね。シミズさん。お二人もそこまで俺に拘る必要はないと思いますよ」

「でも、シミズはゴンを止めさせようとしただろ?」

 精司の言葉にゴンは言葉を詰まらせた。誰にも言っていないのに、どうして。ゴンの心中は精司にはわかりきっていたものらしい。

「シミズはそういうやつだ」

「でも、それは」

「わかってるけどさ。ゴンにはやめてほしくないんだよ」

 ゴンの弁明もとっくに朔夜たちは理解している。当たり前だ。シミズとの付き合いは朔夜たちの方が長い。シミズの意図など朔夜たちには筒抜けなのだ。

 朔夜の言葉にゴンは首を傾げた。そんな顔をして、言う事だろうか。

「俺は、今のところやめる気はないですよ」

 ゴンの言葉に朔夜も精司も訝し気に見つめてくる。いつもは無条件に喜ぶのに、今に限って慎重だ。

 ゴンは鼻から息を吐き、肩の力を抜いた。どうやら、相当心配させてしまったらしい。

「ここまでついてきたんだから、ちょっとは信用してくれませんか」

「そーだけどさぁ。ごめん、ちょっと怖くなったんだ。別に縛りたいわけじゃなかったんだけど」

「ゴンは迷子にならないよな?」

 こんな二人の姿は珍しい。昨日、天宮家の内情を教えてくれたからだろうか。ゴンが逃げるとでも思ったのかもしれない。

 精司の質問の意図をゴンはしっかり読み解くことはできなかった。迷子がそのままの意味として答えるしかない。

「どうでしょう、知らない土地はさすがに」

「そうか。目的地がしっかりすれば、迷子にならないか?」

「ちゃんとした道じゃなくていいなら、迷子にはならないと思いますけど」

 地図が示す道とは外れた道でも目的地にしっかりと着く場合がある。そんな道を歩くことを迷子と呼ばないのであれば、迷子にはならないだろう。

 ゴンの答えに精司は表情を緩めた。

「よかった」

 それが何を意味しているのか、ゴンにはわからなかった。

「ゴン」

 短い言葉。いつもより落ち着いた声音。ゴンが朔夜の方を見ると、朔夜は笑った。

「ゴンは、何のために樫因×かしいんばつたいに入ったんだ?」

 必ず訓練生になる前に聞かれる事項だ。その理由が合否には関係することはない。

「皆さんを、守るためです」

 嘘も偽りもないゴンの本音だった。

 朔夜はゆっくり頷いた後、「ありがとう」と笑った。無理した笑みではなく、いつもの楽しそうに笑う顔でゴンは無意識に肩の力を抜いた。

 席の端では班長と須賀が黙って、そんな三人の話を聞いていた。

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