第六話 きみの魔法は?

 外に連れられ、ゴンは広がる光景に息を呑む。今まで訓練生と教官の魔法しか見てこなかったゴンには、バチバチと弾ける魔法も、それに対応して俊敏に動く姿も、全てが輝いて見えた。

 ゴンの感動に大月おおつき班の四人はそれぞれ温かく見守るように表情を変えた。班長と精司せいじは目を細める程度だが、須賀すがは微笑み、朔夜さくやは嬉しそうに笑う。目の前の光景に目を奪われているゴンは気づけなかったが。

「集合!」

 班長の張り上げた声に一斉に動きが止まる。ゴンも現実へと引き戻された。

 その一瞬でゴンたちの目の前に先ほどまで散り散りに訓練をしていた面々が整列していた。ゴンは思わず瞬きを繰り返す。

「知っているとは思うが、本日より天空てんくう部隊大月班に所属することになったゴンだ」

「ゴンです! よろしくお願いします」

 班長の声に促されるようにゴンは意思表示をするために声を出す。深くお辞儀をすると、パチパチと拍手が聞こえてきた。

 顔を上げたゴンの背中に軽い衝撃がある。思わず衝撃があった方を振り返ると横で朔夜が軽く笑っていた。思わず肩の力が抜ける。

「話などは訓練が終わってからいくらでもしろ。以上、解散」

 了解の応答が響く。それから綺麗にそれぞれの持ち場へと戻っていく。

 ゴンは思わず息を吐く。圧巻だった。整列時は魔法や体術など見せられていないのに、思わず息を止めてしまっていた。

「では、さっそく確認していくか」

 班長がくるりとゴンの方へ向きを変える。ゴンよりも背が低いが、貫禄がある。

「まずは魔法の種類だな。今覚える必要はないが、片隅には入れておけ」

「はい」

 ゴンが返事すると班長は頷くように瞬きをする。

「俺の魔法は土属性のかわらだ。さほど重要な魔法ではないから覚えなくてもいい」

「え、ええ、っと」

「班長、まだゴンには荷が重いよ。その言い方」

「そうか。だが、事実だ。ゴンが先に覚えるべきは朔夜と精司の魔法だ」

 覚えなくてもいい、と言われてはっきりと返事ができるわけがなくゴンは言葉に詰まる。朔夜がすかさずフォローを入れるが、班長はそこまで気にした様子ではない。

「俺、トリは嫌だから先に言うね。俺の魔法は土属性のさい

「賽?」

「こういう立方体に一から六の役割が割り振られているやつ。これを振って出た数によって魔法の強さとか正確さとかが左右されるんだ」

 須賀の手にはいつの間にか須賀が言ったとおりの木でできた立方体が握られている。須賀が促すままにゴンが手の受け皿を作るとそこへ賽子さいころが転がされる。

 触ってみると側面にはそれぞれ一個から六個のくぼみがあった。これがその役割というものだろう。

「自分で魔法の強さを決められないんですか?」

「そうだね。運だ」

「運……」

「ちょっと珍しいだろ? 毎回俺の強さは変わるから、俺を基準に作戦とかは考えないんだ」

 ゴンは須賀から手の平の賽子へと視線を移動させる。それってすごく虚しくないだろうか。自分の努力が反映されない魔法なんて。

 口を閉じたゴンに須賀は少しだけ目を見開いた後「あはは」と笑った。

「気にしなくていいよ、むしろこれは強みでもあるんだ」

「須賀さんの魔法はデメリットがほとんどないからな。しかも、運っていうのは須賀さんの状態に依存しない」

「えっと、どういうことですか?」

「俺が死にそうになったって魔法は発動させられるってことだ」

 ゴンは息を呑む。いきなり突き付けられた言葉に認識の差異を感じる。

 しかも、それをゴン以外は特段気にしていなかった。たとえ話でも死の概念を出すだなんて。そういう戦いをこの人たちはしてきたのだ。

「運が最低でも魔法は一応発動するし、それは俺たちの害にはならない。強さとかを決められない代わりにしてはメリットの方が大きいだろ?」

「そう、なんですかね」

「そうそう。そうだ、ゴン。その賽子振ってくれない?」

 まだ須賀の魔法の実態を上手く把握できていないゴンは曖昧な返事しかできない。

 須賀の提案にゴンは少し戸惑う。賽子を見るのも触るのも初めてで、それを振るとはどういうことなのだろうか。

「一般的にはそれで大きい数字が出た方が運がいいんだ。ゴンの運はどうかなって」

「そういうことですか」

 納得し、ゴンは賽子を振ろうとするが、どこに投げるのかわからず動きが止まってしまう。須賀が地面に投げつけていい旨を伝えたので、そのまま地面へと軽く投げる。

 コロコロと転がり動きが止まった賽子の目は二だった。

「二か、そこまでいいわけではないな」

「一じゃなかっただけいいって」

 賽子の目を覗き込むように体を傾け精司と朔夜が話す。ゴンとしてはなんとも微妙だ。これから上手くいくのか少し不安になってしまう。

「それでどうだったんだ」

「んー、俺は五だったんだよな。ゴンとはあんまかも」

 天宮兄弟とは別に班長が須賀の手を覗くように傍に立つ。須賀はあんまり釈然しゃくぜんとしない顔をし、眉をひそめる。

 須賀の言葉にゴンは不安を覚える。なんだかあんまりよくないことを話している気がする。

「お前とゴンは運が遠いんだな。相変わらず一番近いのが俺とか」

「そうだなぁ……、ま、しょうがないけどさ。あ、ごめん。何の話かわからないよな」

 不安げにするゴンに気付いた須賀がゴンの方を向く。それにつられるように班長もゴンを見つめる。

「俺と運が近いと強く発動するっていう魔法があったんだけど……、俺とゴンの運は遠いみたいだからあんま意味なかったって話」

「運が近いって何ですか?」

「例を出すとすれば……、朔夜と精司は同時に賽子を振ると大抵同じ数字を出すことが多いんだ。同じじゃなくても近い数字。朔夜が三だったら精司は四とか。でも、俺と朔夜だとそうはいかない。大体俺が二だったら朔夜は六。逆もまた然り。この場合、朔夜にとって運が近いのは精司になって、俺は運が遠いってことになるんだ」

 理解し、ゴンは頷いた。運がいいではなく、運が近いとはそういうことを指していたのか。運に左右されるとは言っていたが、こうして運が近い人と魔法を発動させられるのであれば、安定性は増す。須賀の魔法の幅を垣間見た気がした。

「俺と班長の魔法は主力にはなっても、そこまで安定性とかがあるわけじゃないから、覚える必要が無いってこと。じゃ、朔夜と精司に渡そうかな」

「そうは言っても俺たちの魔法は説明が必要なもんじゃないけどな」

「だな」

 須賀に話を投げられた朔夜は精司に目配せをする。精司も頷く。

 ゴンが朔夜と精司を見ていると、朔夜もゴンの方を見る。

「俺と精司の魔法は火属性の炎だ。一番想像がつきやすいだろ?」

「そうですね、結構、シンプルというか」

「得意分野は違うんだけどな。そこは実際に魔法を使いながらの方がわかりやすいだろ」

「そーだな。ってことで、班長」

 朔夜が班長の方へと振り向くのと同じタイミングで班長の元へ知らせが届く。風属性の魔法を介した音信号に班長は眉をひそめる。

 班長の様子に朔夜も口をつぐむ。雰囲気も引き締まる。

 班長の耳元から空気の渦が消える。班長はさっと周りを見渡す。訓練をしていた他の班も異変に気付いたのか動きを止め、班長に注目している。

「緊急だ。天空部隊全班に出動が要請された」

 ゴンは目を見開く。もちろん覚悟はしていたが、まだ班で魔法の確認も取れ切れていない。不安が残る。

「場所は菊月きくづき班が先導しろ。指揮はフーノに一任する」

「はっ」

 フーノらしき人物が返事をし、五人がこの場から去った。班長はそちらに一瞬だけ視線を向けた後、続けて指示を出す。

「残りの班は菊月班に続け。現場に着き次第、対象を迅速に狩れ。大月班は今回援護を中心とする。他の班は通常と変わらず対処しろ。以上」

 了解の声が重なった後、瞬時に人が散らばっていく。ゴンは見送るしかできなかった。

「ゴン、急なことで悪いが任務だ。覚悟しろ」

 ゴンを置いていく気はないらしい。覚悟はいいか、などの猶予は与えてくれない。ゴンは班長の目を真っすぐと見つめ返す。

「はい」

 どうせ引き返せないのだ。天空部隊はさておき任務については訓練生時代から覚悟していたことだ。部隊が変わったからと言ってその覚悟は変わらない。

「一瞬の油断が命取りになる。動揺するな、冷静でいろ」

「はい」

 班長の命令口調はゴンを案じているからこそだ。迷いを持ち込ませない班長の指示にゴンは答える。

 ゴンの返事を聞き取った班長がズボンのポケットから手の平で包める大きさの瓶を取り出した。

「これより対象の近くまで移動する。酔うなよ」

 班長が瓶の頭を押すと、そこから光があふれ出てきた。

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