第五話 大月班の5人

 二人に先導され着いた先は昨日と同じ部屋だった。扉の先に待っていたのはベンチに座る班長と傍で控えるように立っている男性の二人だけだった。二人はゴンたちに気付くと班長は立ち上がった。

「来たか、予想よりも時間がかかったな」

「でも、間に合っているんで問題ないでしょう?」

「ああ、完璧だ。速すぎるのも考え物だからな」

「さすがゴンだ」

 そんなところで変に株を上げないでほしい。ゴンが口を開けないでいると班長のそばで立っている男性が「はしゃぎすぎ」と咎めた。

 ゴンが思わず見てしまうと、男性の方もゴンの視線に気づいたのか返事をするように笑った。蛇の印象を与えていた目は閉じられると印象が大きく変わった。

「悪いね、みんな楽しみにしてたんだけど、困るだけだよな」

「え、ええ、まあ……」

「なんですか、須賀すがさんは俺たちにゴンを歓迎するなって言いたいんですか」

「わかってるのにそうやってとぼけるとこだ、朔夜さくや。ゴンが困っていることもわかっているのに、質が悪いぞ」

 須賀と呼ばれた男性は息を吐きながら話す。朔夜を呆れがちに見ている。

 わざと子供っぽい言い回しをしていた朔夜が須賀の指摘にけろりと表情を変えた。世間知らずの坊ちゃんから、計算高い世の中の悪いことも知っている少年へと様変わりだ。

「そーでもしないと逃げ道防げないじゃん。はじめが肝心なんでしょ、こーいうのって」

 朔夜の言葉にゴンは言葉を失って朔夜の方を見た。はっきりとしたことは言っていないが、ゴンが思ったことと一致しているなら、この人は相当性格が悪い。

 ゴンの方を見て笑う朔夜が昨日の綺麗すぎる姿とあまりにも似通っていた。

「だから、明日からは迎えに行くのは自重するって。ま、精司せいじも一緒に行ったんだから、寮の人たちにとっては全然チャラなのかもしれないけど」

「全部、わかっててやっていたんですか!?」

「18にもなる男がわかってないわけないじゃん。それに、俺隊に入ってから割と年数経ってるし」

 全てわかっていたことだったのだ。つまり、案内図がなんとかと言っていたのは全てその場限りの言い訳に過ぎず、寮であれだけの騒動が起きたことも想定内だったのだ。ゴンに逃げ道を与えないためだけに、この人は天宮の地位を利用した。

 玄関の前で「待つとこ間違えちゃったかな」などと天然ぶっていたのも演技だ。おそらくあの場にはまだ寮の面々や近くに源志げんじがいたから、無垢なふりをしたのだ。

「だからって、わざわざ来ること……」

「ゴンの周りに知らせておかないとね。ゴンは天空部隊だって」

「案内図のことは本当だ。道に迷うことも心配していた」

 精司のフォローもゴンには意味がない。というか、驚きを通り越して呆れすら感じる。わざわざゴンごときにここまですることはないのだ。

 扉近くで話し込む三人に須賀が咳払いをした。三人の視線がそちらへ集まる。

「朔夜の素性を明かしたところで、本来の説明へ戻るぞ」

「早いうちにバラす予定だったからいいけど。あ、須賀さん、ゴンに上着返さないと」

「そうだったな」

 そう言って須賀はベンチの上に畳まれていた上着を取った。ゴンは慌てて近寄る。まさか上司に動いてもらうわけにはいかない。

 須賀はゴンよりも少し背が高く、近寄ってきたゴンに対して柔く目を細める。補正がないときの蛇の目との差は大きいはずだが、普通に受け入れられてしまう。

 手渡された訓練服は昨日とまるで肌触りが違った。綺麗に現れて皺も伸ばされている。いちいち反応していては気が持たない。

 ゴンがお礼を言うと須賀は「どういたしまして」と笑った。

「では、説明に戻るか。班長、よろしく頼みます」

「ああ。ゴン。お前は大月班に所属してもらう」

 まっすぐとゴンを見つめる班長の言葉にゴンはほぼ反射的に返事と敬礼をする。訓練生時代に叩き込まれたことだ。

 その様子に班長は表情は変えずとも満足そうに頷いた。

「班員はここにいる五人だ。俺、須賀、朔夜、精司、ゴンでこれから動く」

「はっ」

 班長以外の四人の声が重なる。部屋に響く芯の入った声にゴンは初めて蹴倒されそうになった。

 さすが、先輩たちだ。先ほどまでの気楽な声とは全く違う。

「後ほど魔法の確認、それに伴って役割も考え直す。緊急時は相手により対応を変えるが、一人はゴンと共に動いてもらう」

 再び声が響く。てきぱきとした班長の指示にゴンは唾を飲み込む。

 先ほどまでの空気が夢みたいだ。

「よほどのことでない限り他の班に今日は任せる予定だ。ゴン。他の班についてはおいおい知っていけばいい。名前でも何でも何度でも聞け」

「はっ」

 ゴンは返事をする。班長の言葉に少しだけゴンは安心した。

 第一部隊より人数が大幅に少ないとはいえ、天空部隊では気楽さの比率は逆転する。ただでさえ周りはエリートだらけなのだ。名前と顔を一気に覚える自信がとてもじゃないがなかったゴンにとって少しは安心材料になる。

 班長は話が終わったのか、息を吐いた。それを合図に周りにも緩い空気が流れる。

「そうだ、ゴンはこれから服どうする?」

 須賀の言葉にゴンは「服……」と呟いた。

「そういえば、隊服が絶対ではないんですよね」

「そうだね。訓練生はわかりやすいように指定されていたけど、隊員はそうでもないな。正式な式典とか集まりとかそういうのじゃなかったら基本的には自由な格好でいい」

 そういう須賀も隊服ではない。黒を基調とした上着にはフードらしきものがついており、レザーパンツは靴と一体化している。

 班長のズボンも須賀と同じものらしく、靴とズボンの境界線が見つけられない。

「結局は隊服も量産品だから自分の体格に完璧に合うわけじゃないしな。戦う時にそれで足引っ張られても困るし」

「でも、お二人は隊服ですよね」

 朔夜はそういうが、天宮の二人は隊服を今日も着ている。昨日は班長と須賀も着ていたが、本日も着ている天宮兄弟は普段から隊服で活動しているのだろう。

 ゴンの少し反論を含んだ言葉に朔夜はにやりと嬉しそうに笑った。

「俺らは特注だから自分に合っているんだよ。というか、量産品の方は渡されなかったからな」

「どうせ合っているし、伸縮性や頑丈さは戦いを想定されているだけあって優秀だからな。なら、そのまま使った方が有意義だってだけだ」

「なるほど」

 確かに天宮家には量産品よりも特注品の方が合っているだろう。

 頷いたゴンに朔夜が肩に手を回してくる。驚きと恐れで目を見開き身体が竦むが、そんなことを気にしていない朔夜は悪だくみをするように笑う。

「ゴンもどうせなら自分に合った隊服作ってもらったら? 俺たちのコネでも隊のコネでもいいもの作ってもらえるだろうし」

 朔夜の言葉にゴンは顔が引きつりそうになる。何を言っているんだこの人は。

 困っているゴンを見て、須賀は「ふむ」と頷く。

「それも案外ありではあるんだよな。ゴンはまだ隊服を貰っていないわけだし」

「それもそうだな。ゴンが望む方でいいとは思うが」

 須賀と班長の言葉にゴンの頭にクエスチョンマークが浮かぶ。まさか朔夜の言葉に須賀が同意するとは思っていなかったのだ。

 ゴンの困惑に気付いた須賀が「ああ、そうだな」と向き直る。

「基本的に入隊して二日目に量産品の隊服が渡されるんだ。大中小の大きさは選べるけど、それだけじゃ体に完璧に合うとは言えない。だから、それぞれ自分専用の戦闘用の服を用意することが多いんだ」

「大抵は隊と連携している服屋に頼む。身体のサイズとか自分の魔法に合ったものを特注でな」

「全員が、ですか?」

 ゴンが驚きの声を上げると精司が頷く。特注品など天宮家やエリートなどの特別な人が頼むものだと思っていたので、それが普通の隊員まですることなど予想の範囲外だ。

「費用は隊が持つからそれが頭のいいやり方というものだろ。利用できるものは利用し尽くさないとな」

「ああ、そうなんですね」

「隊服と違って好きなようにカスタマイズもできるからな。そっちの方が幅があっていいと思う人が多数だ」

 つまり正式な場では隊服でなくてはならないということは、それ以外で隊服を着る機会がないから自分好みの服を特注した方が得だということだろう。

 特注の隊服など天宮兄弟が例外であるだけで、普通は量産品の隊服が問答無用で配られるのだ。班長と須賀もその口だったのだろう。

「ゴンの隊服はまだだから特注品も頼めるけどって話。まあ、普通に考えたら自分好みの頼んだ方が賢いけどね」

「まだ考えていないならいいんだけどな。あとで外出て演習もするし、その際に考えてもいいかもしれない」

 須賀の締めの台詞にゴンは頷く。訓練服で活動してきたため、特段服に関しては考えていなかった。

 班で動くと何か考えも思いつくかもしれない。ゴンの魔法を活かすためにどんな服を採用するのかは先輩である四人に聞いた方が賢明でもある。

「じゃ、さっそく外でましょーよ。ゴンの魔法も気になるし、ゴンも班長達の魔法気になるでしょ?」

「はい、そうですね。気になります」

「そうか。これから嫌でも見ることになると思うがな」

 普通に言い切った班長にゴンは少しだけ瞼を上げる。自信が無ければ、こんな言葉は言えない。

 朔夜に回された肩の重さにも慣れ始めていた。

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