第十八話 天宮家ってどんなもん

 新しく買ってもらった戦闘服を着て、集合場所に着くと予想通り天宮あまみや兄弟がゴンに近寄ってきてはしゃぎだした。似合っているだの、かっこいいだの、よく恥ずかしげもなく連発できるものだ。ゴンは思わず照れてしまう。ここまで褒め言葉を浴びせられることなどこの年齢ではないと思っていた。

 ひとしきり騒いで落ち着いた二人は、ゴンの方をじっと見る。

「なんですか」

「いや、俺たちもゴンと出かけたかったなぁって思って」

「そうですか」

「しょうがないよ、朔夜兄さくやにい。昨日も本家にいなくちゃいけなかったし」

「わかってるよ、そんなの」

 拗ねた様子で言う朔夜は何かから解放されたように気が緩んでいる。少なくとも今から威盧いの討伐のために遠征に行く人の態度ではない。

 須賀すがが言っていたことが関係しているのかもしれない。どうやらこの二人は天宮家内では特段力を持っていないらしい。それなら、家だからゆっくりできる、というわけでもないのだろう。どちらかと言えば、天空てんくう部隊の方がこの二人にとってはアットホームな空間なのかもしれない。

 ゴンとしてはこの二人……いや、天空部隊の人たちとは出かけたくはない。先日の源志げんじの買い物のごとく、ゴン自体はほとんど物を買わないのだ。しかし、ここの隊でのゴンの位置づけ的にゴンが奢るなんてことは到底できそうにない。むしろ何か買い与えたくてたまらないって態度をされるに決まっている。

「あ、そういえば須賀さんが言ってたけど、ゴンって天宮家のこと恐いんだって?」

「え、えっと、まあ、そうですね」

 何言ってくれちゃってんだ、須賀さん!

 ゴンは狼狽えながら、心の中で須賀に文句を言う。本人は少し離れたところで他の隊員と話している。

 朔夜と目を合わせられないでいると、朔夜の隣にいた精司せいじが「朔夜兄」と朔夜を咎める声音で言った。

 それに対して朔夜は「あはは」と軽く笑ってみせた。なんだか面白がっているようだ。

「悪い悪い、須賀さんからは何も聞いてないよ」

「え、でも」

「俺が勝手にそう思っただけ。それに、須賀さんならゴンにフォローくらいいれるでしょ」

「鎌をかける必要なかったと思うけど」

 精司の鋭い瞳が朔夜に向けられる。お調子者の朔夜の静止役だ。

 朔夜が笑った理由はゴンが狼狽えたことよりも須賀の方へ視線を寄越したことのようだ。そこまで須賀を見た覚えはなかったが、朔夜のことだからゴンがどこを見ていたかなんてすぐに感知できるのだろう。

「冗談のわかんないやつだな。ちょっとした遊びでしょ」

「それで須賀さんを巻き込むのはどうなんだよ。まあ、事実だったみたいだけど」

「そーそー。そんでさ、ゴン」

 精司に対して辟易した表情をした朔夜だったがすぐに何でもないように笑ってゴンの方を見た。表情豊かだ。

「その感覚、忘れない方が良いよ」

「……」

「天宮家は恐いよ。絶対に喧嘩なんて売ろうって考えない方が良い」

 ゴンの方を真っすぐと見つめる朔夜の声が脳によく浸透する。先ほどまでの豊かな表情と対照的に真剣に眉を吊り上げて、真顔でいる朔夜はいっそう迫力が増していた。

 本人からの助言にゴンは黙る。そんなことは知っている。知っているというのに、重くのしかかってくる。

「ま、ゴンが喧嘩売る機会なんてないと思うけど」

「……機会なら沢山ありますよ。今とか、そうでしょう」

 相殺するように雰囲気の軽くなった朔夜とは対照的にゴンの気持ちは重くなっていく。やはり、天宮家の機嫌というものは伺わなくてはならないらしい。

 ゴンの言葉に朔夜はきょとんと目を丸くした後、何かに気付いたようにくつくつと喉を鳴らし始めた。

「なるほどねー、認識の差って誤っちゃ危険だ」

 朔夜の言葉の真意がゴンにはわからず、目で訴える。迷い子に道を教えるように朔夜は安心させるように笑った。

「天宮家って俺と精司は含まれてないよ」

「え? どういうことですか?」

「そのまんま。確かに俺は天宮に生まれたし、所属も天宮だけど、今話していた天宮家は家族全体のことを指しているわけじゃないんだ」

「俺たちが言う天宮家は当主、次期当主のみだ」

「たった二人ですか?」

「そう、たった二人」

 ゴンは目を丸くして朔夜と精司に説明を求めた。二人はゴンにもわかりやすいように言葉を崩して教えてくれた。

 まさか本人たちまでがそんなに天宮家の中でも力を持っていないことを振りかざすとは思えなかった。言葉の端々に天宮家の地位を利用しようとしていたのも合わせて、二人は力がないとはいえど、お金を自由に使ったり、喧嘩を売れば社会的に消されたりくらいはしているだろうと思っていた。

 今思えば、あれは本気ではなかったのだ。冗談で使っただけだ。それをゴンが天宮家の実情を知らないから重く受け止めただけだったのだ。

「その二人にだけ喧嘩売らなきゃ平気だよ。本当に俺たちは何の力もないから」

「でも」

「……うーん、別に隠しているわけでもないから言うけど、俺と精司は次期当主の付き人なんだ」

「付き人……、兄弟で」

「そう。加えると天宮の屋敷には部外者は当主の妻くらいしかいない」

「使用人とかは」

「全員、当主の兄弟だ」

 ゴンは違う次元の話をされているのかと思った。言葉を失ったゴンに朔夜は笑った。精司は表情を変えずにゴンを見つめている。

「珍しい話じゃない。下の子供は上の子供の雑用係になるなんてよくある話だろ?」

「でも、それは人を雇うお金がないところがやるもので……。天宮家なんてお金は有り余るほど持っているでしょう。それこそ、当主の兄弟も、もしかしたら、その兄弟の子供たちも貴族のような扱いを受けられるくらいの召使を雇うお金なんて」

「ああ、俺たちの従兄弟って話な。確かにあると思う。でも、現実は違う」

「俺たちに従兄弟はいないしな」

「従兄弟がいない」

「言っただろ、部外者は当主の妻のみだって」

 そこまで言われてゴンも気づいた。つまり、当主の兄弟は配偶者を家に入れることができないのだ。そもそも結婚さえ許されていないのかもしれない。それでも、家を出れば。そこまで考えてゴンは息を呑んだ。家を出ることも許されていないのだ。

 天宮家は徹底的に自身の血を外に出さないつもりだ。

 ゴンが行き着いた結論に朔夜も気づいた。ゴン、と優しく声をかけられる。俯いていたゴンは顔を上げる。

「ゴンがそんな顔することないよ。確かに言葉だけ聞けば悲惨に思うかもしれないけど、俺たちは特段困ったことはないんだ」

「でも、疲れていたみたいだったし……」

「疲れるなぁ、次期当主とは兄弟として話せないし」

「俺と朔夜兄は付き人でもあるから、兄として話すことはできないんだ」

 からりと笑った朔夜は珍しく眉を下げていた。精司も心なしか悲しそうに見える。どうやら、ゴンが想像していた次期当主とは違うらしい。次期当主というからには長男を真っ先に考え付いたが、少なくとも精司よりも年下の弟妹のようだ。

 深くまで関わる気はなかったのでゴンはそこに言及しなかった。

「次期当主は家を出ることないし、当主は俺たちでさえ滅多に会えない。だから、ゴンが天宮家に喧嘩を売る機会はないって言ったんだ」

「そうだったんですね」

「少しは気が楽になったか?」

 精司の言葉にゴンは迷いつつ、「はい、まあ」と曖昧に頷いた。重い話ではあったが、朔夜と精司に対する恐怖心は大分薄れた。いや、元々薄れ気味ではあったのだけれど。逆に天宮家に対する恐怖心は増した。

「それでゴン」

「なんですか?」

「名前はいつ呼んでくれるんだ?」

 精司の言葉にピシッとゴンの動きが止まった。まさかのド直球である。

 話題が180度回転したことにより、ゴンは頭が追いつかない。え、今?

 固まったゴンのことなど構わず、朔夜も精司に同意するように口を開く。

「それ、俺も思ってた。ゴンって俺たちのこと絶対名前で呼ばないよな。呼んでくれないの?」

「いや、呼ぶ……、呼びますよ」

「あと、朔夜兄はともかく俺に敬語はちょっとあれだろ」

「え」

 追い打ちをかけてくる精司にゴンは後ずさった。一気に問題を詰め込まれても、困るだけだ。

「同い年なんだから、気楽に話してもいいんじゃないのか」

「俺たち年上にももう少し砕けた敬語でもいいんだけどね。班長とかもそんなこと言ってたし」

 確かにあの人は言うだろうな。班長がそう言う姿が鮮明に思い浮かべられた。

 ゴンは言葉に迷いながらも、溜息を吐いた。一回口に出かけていた言葉を全てリセットしたかったのだ。顔を上げて、朔夜と精司の方を見る。

「時間をかけて変化させていきたいです」

 ゴンの言葉に朔夜と精司は嬉しそうに笑った。どうやら、ゴンの努力は無事に伝わったらしい。今は無理でも、この隊に所属しているうちに少しずつ打ち明けていけたらいい。

「それでなんて呼んでくれるんだ?」

 流されてはくれなかった精司にゴンはがくりと項垂れてから、息を整えて朔夜と精司を見る。

「朔夜先輩と精司先輩で」

「朔夜兄はいいとして、俺に先輩は」

「異論は認めませんから! これでも頑張った方ですからね!」

 ゴンは大声で言い切った後、その場から走った。どう見ても言い逃げたゴンに朔夜と精司は目を合わせ、それぞれ笑ったり、不満そうに眉を曲げたりした。

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