第15話 宇宙の脅威

 ポーションを服用して元気を取り戻したかに見えたレイジは、ゲッソリとしてお腹を摩りながらマナ達と共に艦橋へと向かっていた。


「うう……草臭い……」


 呼吸する度鼻を抜ける青臭さを超えた青臭い草臭に、取り戻した元気も見る間に下がっていく。


「ソレさえ無ければねぇ」


 両手を頭の後ろで組んで、レイジの前を歩くミーナが言う。中には草臭さが無きゃポーションじゃねぇ。とのたまう者も居るが、そいつ等は大抵日頃から常飲している中毒患者である。


「どう? マイナ」


 艦橋に入るなり、作業をしていたマイナにマナは尋ねる。


「出てきた箱は船体にピッタリと嵌まりましたわ。接続の方は……」


 マイナがキーを操作するとメインスクリーンに船の全体図が映し出され、新たに取り付けた装備部分が赤に点滅する。そして幾度か赤く点滅した後に緑色へと変わり、『Accept』の文字が浮かび上がる。


「受け入られた様ですわ」

「やった!」


 パシッとハイタッチして喜ぶマナとミーナ。胸元のメロンと夏蜜柑がぷるるるん。と震えたが、レイジは全く別な場所を見ていた。勿体ない。


(武装のスロットが一つ埋まった……?)


 レイジが見ていたのは船の武装欄である。当初、シールド以外は『offline』と表示されていたのだが、そのうちの一つが『online』に変わっていた。


(残りの空きスロットは五つ。つまり、この船用の装備品が何処かに在るって事だな……)


 レイジは武装の項目を見ながら思っていた。


「みなさん。ちょっとこれを見てもらえますか?」


 レイジが指差すモニターをマナとミーナ。そしてマイナは背伸びしたり身体を揺らしたりして覗き込む。


「空いているこの五つの枠には何らかのパーツを取り付けられる様です」

「えっ? どういう事?」


 レイジの説明にキョトンとするミーナ。そのミーナを押し退けてマイナが前へと出る。


「つまりはあと五つ、この船専用のパーツが銀河の何処かに在るという事ですわよミーナ姉様」


 マイナの説明にレイジは頷く。


「ええ。シールドだけでも絶大な防御力があります。もし、これを全て揃えたなら、マナさんのフィアンセを救いに行く事は容易になると思います。それどころか魔王ですらも倒せるかもしれません」

「魔王……?」

「……あ」


 シールドですら強力なのだ。全パーツを揃えたならチート級の力が手に入るかもしれない。と、興奮してついRPGのノリで口が滑ったレイジ。マナ達が互いに見つめ合っているのを見て内心で冷や汗を掻いていた。


「あーレイジ。一つ言っとくぞ。アイツは誰にも倒せない」

「……へ?」


 痛い子扱いされると思っていたレイジは意外な答えに唖然とする。


「居るんですか魔王?」

「ええ居るわ。……そうね、機会があったらあなたにも見せてあげる」

「見せるって危険じゃないですか?」

「遠くから眺めるだけだから全然危険は無いわよ」

「まあ、見学ツアーも組まれている事だしな。そっちで行くってのもアリだ」

「つ、ツアー?!」


 魔王とは悪魔や魔物達の頂点であり、世界に混沌と滅びを齎らす者である事は周知の通りである。しかしその魔王が観光地化されているとなれば驚く以外の感情は出てこないはずだ。


「随分と温厚な魔王なんですね……」


 恐怖と破壊の象徴とも呼ばれ、RPGではラスボスである魔王像がレイジの中で崩れ落ちた。


「別に温厚でも何でもないぜ? 自分の領土テリトリーに侵入する者は老若男女問わず強制排除するしな」

「そ、そうなんですか……」


 この銀河の魔王も残忍さはある様である。


「ところでレイジ。今から採取クエストに行こうと思うんだけれど、その服のテストも兼ねてどうかしら?」

「テスト……そうですね。慣れておくに越した事はありませんから」


 今のレイジはマナ達と同じ素材で出来ている宇宙服を身に纏っている。某ロボットアニメのプラグ◯ーツの様に身体にピッタリとフィットする仕様で、生命維持装置や筋力強化機能も付いていた。流石に男と女で違うデザインとなっている事にレイジはホッと胸を撫で下ろしている。男のレオタード姿なぞ服を作った者ですら見たくはないからであった。


「それじゃ、私とミーナとレイジで行くわよ」

「あれ? マイナさんは連れて行かないんですか?」

「わたくしはここで船のメンテナンスですわ。少しでも時間がある時にこの船の掌握作業をしておきませんと。何かあってからでは遅いですし」

「なるほど」


 マイナはシステムエンジニアを主としている。謎だらけのこの船の事を深く知りたいと思っていた。


 ☆ ☆ ☆


『室内真空状態を確認。エアロックオープンするぜ?』


 ヘルメット内部でミーナの声が聞こえると、目の前の隔壁が外側へと開いていく。


 眼前に広がるは星々の海と濃い淡い、緑色をした雲の様な物体。それ等が層を成してまるで森の様に形作っていた。


 幾ら少し離れたからといっても巨大な恒星からの熱エネルギーは致命的になる距離。しかしこの雲の様な物体がある為にそれも随分と和らいでいる様だ。


『それじゃ、先に行くわ』


 通信で聞こえるマナの声。隔壁の縁を利用して前へと蹴り出し宇宙船から離れていく。


(うう、まさか宇宙遊泳するハメになるなんて……)


 採取クエストと聞いてレイジは当初、王都近郊の野山に行くのだと思っていた。しかし、蓋を開けてみれば宇宙船で光速航行をした先の宇宙空間での作業であった。


(こんな所で何が取れるんだよぉ……)


 辺り一面は空気の無い真空である。そんな所で何が採取出来るのかはマナもミーナも教えてくれない。ただ行けば分かると言うだけだ。


(こ、怖え……)


 宇宙は無重力。ほんの少しでも足に力を入れれば天井に衝突するのもついさっき経験した。しかし頭では分かっていても一歩を踏み出せばそのまま落下するのではないか? という、重力下での常識が脳裏から離れない。


(流石マナさんは慣れたもんだな……ッ!)


 臆する事なく宇宙空間を遊泳するマナに視線を移したレイジ。その視線がある部分で固定する。


『マナ姉ぇ、ちょっといい?』


 宇宙船内に待機していたミーナから通信が入る。


「どうしたのミーナ? 何か問題でもあった?」

『まあ、問題っちゃー問題だな。レイジのバイタリティ反応が無ぇ』

「え?!」


 目的地まで半分ほど進んでいたマナはスラスターを稼働させて止まると、そのスラスターを操作してレイジの方へ身体を向ける。


 命綱がエアロックへと伸びていくその先のエアロック内で問題のレイジがプカリと浮かんでいる。その姿はまるで溺死死体の様だ。


「ちょ、レイジ!?」


 ヘルメットに右手を当ててレイジとの通信を試みるマナ。返答がない事に慌てたマナは命綱を巻き取る装置を作動させてエアロックへと戻った。


「ミーナ、エアロック閉鎖! 気圧を元に戻して!」

『了解』


 隔壁が閉じていくのを見届けたマナは、レイジの腕を取って生命維持機能のスイッチを押す。レイジの身体がビクンッと反応したが、バイザーが血で覆われその顔は見えない。


「ミーナ、何があったか分かる?」

『あーうん。まあ……』

「分かるの? 分からないの? ハッキリして!」


 歯切れの悪いミーナに苛立つマナ。レイジの生命が懸かっている以上、原因を突き止めなければならない。


『分かったよマナ姉ぇ。レイジのカメラ映像を回す。その……ご愁傷様』

「……え?」


 ミーナの謎の言葉と同時にマナの目の前にモニターが出現する。流れているその映像はレイジ視点の様だった。


「──ツッ!」


 ゾワッと、マナの身体に嫌悪感が駆け抜けた。思わず立ち上がって腕を回し、自身の身体を抱いてレイジから離れる。


 その映像に映っていたのはお尻だった。しかもズームアップされたマナのお尻。四つん這いに近い格好のそのお尻はハイレグ気味の宇宙服の所為で中々に凄まじい食い込みを見せていた。


 ギリリ。と、奥歯を噛み締めるマナ。このまま命綱無しで宇宙遊泳でもさせてやろうかとも一瞬思ったが、レイジが居なければ船が動かない事を考えると実行する訳にもいかず、ヘルメットを思い切り殴る事に留めた。


「あっ……」


 殴られた勢いでレイジの身体がグルグルと回り出す。その遠心力でヘルメットが外れてしまう。気圧は辛うじて元通りになっていたが、もし減圧状態であったならレイジも無事では済まなかっただろう。


 止めどなく回り続けるレイジとヘルメット内から飛び散る鮮血の玉。それを一緒に付いて来ていたルン◯が、待ってましたと言わんばかりにやって来てはスラスターを噴射して器用に鮮血を吸い取っていく。このル◯バ、すっかりレイジの血の味を覚えてしまった様だった。

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