第19話 失念の代償

 磨きに磨き上げられた鏡面仕様の黒い外郭に光が灯る。一つ、二つ、三つ。と、時計回りに次々と光が灯り始め、計五つの光はやがて一つに纏まり始めた。


「ゴブリンキング主砲発射体制!」


 ナビゲーターからの切迫した報告で、座していたエッダトゥが立ち上がる。


「全エネルギーをシールドに回し、艦首前方に集中せよ! 生命維持装置も何もかも全てだ!」

「しかしそれでは敵艦からの攻撃に対処出来ません!」

「構わんっ! どちらにしろこれを防がねば意味はないっ!」


 慌ただしく動く乗員。艦首には、全エネルギーを費やしたシールドが目に見える程に濃く輝く。そして、敵勢力最大の攻撃が放たれた。極大の光は漆黒の宇宙に白い軌跡を生み出し、まるで空間が真っ二つに割れたかの様だ。


「来るぞっ! 全員衝撃に備えろぉぉっ!」


 エッダトゥの叫びが艦橋に木霊すると同時に総旗艦キルシュブリューデンと光が接触した。


 全エネルギーを費やしたシールドは、辛うじて貫かれる事を防いでいる。艦首前方一キロ。という直近で、盾と矛がしのぎを削り合いその余波がプラズマと化して辺り一面に双方のエネルギーを撒き散らしていく。


 これなら持ち堪えられる。誰もがそう思い、突入の準備を進めようとする各艦の艦長達。攻撃に晒されているエッダトゥですらも突撃の号令をかけるべくその時を待っていた。その最中、レーダーを担当している男が慌てた様子でエッダトゥに向いた。


「ゴブリンジェネラル主砲発射体制っ!」

「なんだとっ!?」


 白光で覆われたスクリーンに全長五キロの体躯が映し出される。その先端には脆弱ながらも同じ光が灯っていた。そして、光が宇宙を駆けた。


「ジェネラル、主砲発射!」

「なんてこったぁぁっ!」


 エッダトゥがコンソールを力一杯叩く。ギルドの長であり、彼等ダークサイドの生態に詳しいはずの彼も失念してしまっていた。ゴブリンキングの砲撃はジェネラルの主砲を束ねたものである事を。


 ジェネラルから放たれた光は、キングから放たれた光と融合し、計六本の莫大なエネルギーと化してキルシュブリューデンに襲いかかった。


 辛うじて持ち堪えていたシールドはいとも簡単に砕け散る。幸運だったのは発射直前に束ねられたものでは無かったという事だ。鍔迫り合いの最中、横槍を入れた形になった砲撃の所為でその射線が僅かに狂った。


 それでも、極大に膨れ上がった砲撃はキルシュブリューデンの右舷を抉りながら突き進み、結果。その周囲に展開していた部隊が不運に見舞われた。


 六本に束ねられた極大の光は、装甲も乗員も想いも叫びも総てを飲み込んで塵も残さず宇宙から消し去った。あとに残ったのは、光の粒子が死者の魂の様に残滓となって漂うのみ。


「クソッ! してやられた……」


 エッダトゥは歯がゆい思いに身を焦がしながら背もたれに深く寄りかかり天井を仰ぎ見る。視界に入った側近の男に視線を移した。


「損害を報告してくれ」

「はい。船体右舷大破、航行不能。各所で火災が発生、現在消火作業を行なっています。死傷者の数は今の所不明です」

「他の部隊は……?」

「連合軍の損傷率三十八パーセント。射線上に居た部隊は消滅しました」

「そうか、彼等にはすまない事をしたな……」

「それで、今後は如何致しますか?」


 側近の男からの問いに、エッダトゥは再び正面に視線を戻す。メインスクリーンは部分的に壊れ、送られてくる映像が全く表示出来ない部分や映像が点いたり消えたりを繰り返している部分もある。


 キングとジェネラルも健在。敵艦も未だ多数残されている。半数近くにまで討ち減らされた連合軍艦隊と満身創痍で浮いているのがやっとの船だけでは勝つ見込みも到底無いと言えた。そこまで瞬時に判断してエッダトゥは最後の命令を下す。


「全艦に通信。ギルドオーダーを解除する。生き延びろ、とな。悪いがこの船は囮を務めるぞ」

「了解。全艦に通達します」

「……すまんな。力及ばずで」

「何をおっしゃいますか。今日まで貴方様のお側で働けた事を誇りに思っていますよマスター。皆もきっと同じ気持ちです」


 男が艦橋に視線を巡らすと、その場に居る者達が各々頷いた。


「支部長、『猫の目』より通信。支部長に言いたい事があるそうです」


 通信士からの報告にエッダトゥは頷く。


「分かった。回線を繋げ」

「了解です」


 通信士がボタンを押すと、スクリーンに二十歳前後の男が映し出される。同時にその男の登録データも表示された。


『猫の目のパーティーメンバー、滝谷レイジです。総司令官に作戦の提示をさせて頂きたく、ご連絡させてもらいました』


 そう言った男の目には力強い意志の力が宿っていた。


 ☆ ☆ ☆


 時は少し前に遡る。ゴブリンキングの矛とキルシュブリューデンの盾との攻防が行われ、各パーティーのリーダーは固唾を呑んでその行方を見守っていた最中、右舷後方に配置されていたレイジの背にゾクリ。と悪寒が駆け抜けた。


「マイナ! シールド出力最大っ!」

「はっ?! はいっ!」


 マイナが手の腹でボタンを叩き、計器の針がレッドゾーンへと到達したと同時に、メインスクリーンは白で覆い尽くされる。耳を劈く轟音と、パンチドランカーになる程の激しい振動がレイジ達を襲い、艦橋内に上がった悲鳴までもが掻き消された。


 一瞬のブラックアウトののち目を覚ましたレイジに、心配そうに覗き込むホログラムのマナの顔が見えた。ミーナはマイナの側に居て、起こしているというよりもイタズラしている様子だ。


「何がどうなったんですか……?」

『私達にも分からないわ』

『だが、総旗艦のシールドが保たなかったって事だけはハッキリしてるな。でなければこうまで被害は出なかっただろうし』


 ミーナの視線で指し示されてスクリーンを見たレイジの目が大きく開かれる。そこには右船体が大きく抉られた総旗艦が映っていた。至る所で小さな爆発が起き、チラチラとオレンジ色の光が見えている所を見ると火災も起こっている様だった。


「ヒデェ……」 


 A級冒険者と同レベルのタフさを備えていたはずの戦艦の惨憺たる有り様に、呆然としていたレイジはチャッピーからの通信で我に返った。


『お、おい! 大丈夫かレイジ!?』

「え、ええ。こちらは何ともありません」

『マジかよ……』


 今度はチャッピーが信じられない気持ちで唖然とする。


「一体何があったのか教えてもらえますか?」

『あ、ああ。ジェネラルが主砲を撃ちやがったのさ』

「ジェネラルが!?」

『そうだ。キングからの砲撃に何とか耐えていた所にジェネラルが主砲を撃ち込みやがった。その所為で射線が狂っちまった』

「それでこちらに砲撃が飛んできたんですね」


 そう言ってレイジはふと考え込む。


「という事は、最終的には六本分の攻撃力に膨れ上がっていた……」

『もしくはそれ以上だな』

「それ以上?」

『単純計算なら六本分のエネルギー量だ。だが、レーザー同士を重ね合わせるとどんな効果があるか分かってないんだ。だから最低値で算出しているのさ』

「なるほど。その莫大なエネルギーをこの船は耐え切った……」


 その事実にレイジは確信に至る。最強の名を冠したこの船のシールドは紛う事なく本物である事を。そしてレイジは決断する。


「マイナさん。総旗艦に通信を繋いで貰えますか?」

「総旗艦に……?」


 マイナはチラリ。と、ホログラムのマナに視線を向ける。


『どうするつもりなの?』

「アイツを倒します」

「それは無茶ですわ!」


 勢い良く立ち上がったマイナ。しかし、受けたダメージからまだ回復しきってはいなかった様で尻もちをつく形で再度座席に座った。


「無茶ではないですよ。この船のシールドはあの攻撃を防ぎ切った。つまり、ヤツラの攻撃は一切通用しないって事です。加えて言うならば、主砲を再充填している今がチャンスです」

『どうやってやるつもり? アイツにはこの船の攻撃なんか効かないわよ?』

「前にチャッピーさんに言った通り、内部に侵入してコアを叩きます。それ以外に方法はありません」


 レイジとマナ。二人は互いに見つめ合い、しばし無言の時が流れる。そしてマナの吐息と共に表情が和らいだ。


『いいわ。お手並み拝見といこうかしら』

「本気ですかお姉様!?」

『ええ。なんだかとっても面白そうだもの』

『だな』


 ノリ気のマナとミーナをよそに釈然としない表情を浮かべているマイナ。マナはレイジの側から消え失せマイナの近くに現れる。そしてマイナのその肩に手を置いた。


『レイジが言った世界最強の盾……私も初めは半信半疑だったけど、アレを見た後では流石に信じない訳にはいかなくなった。マイナはどう? あの攻撃から生き延びてもまだ信じられないかしら?』

「それは……」


 マイナは俯き口ごもる。マイナにも分かっていたのだ。しかし、その事実を受け入れてしまったら、終始それに頼ってしまわないか不安だった。そしてマイナはその先をも見通している。強すぎる力は争いの種にもなり兼ねない。この船の力を欲する欲深き者の手によって姉達や自身にも危害が及ぶだろうと。


 そしてマイナは決意する。マナはそういう事に無頓着でミーナは能天気な性格だ。得体の知れない存在であるレイジからだけではなくあらゆる存在から姉達を守るのだと。そう己に言い聞かせる。


「分かりましたわお姉様。わたくしもレイジ……いえ、この船を信じますわ」


 マイナはそう応え、総旗艦に応答を求めた。そしてスクリーンにエッダトゥが現れた。

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