第18話 開戦

 ──エグマリヌ王国星系第四惑星公転軌道付近。煌びやかに光り輝く星の海に、オレンジ色の光が生まれては消えるを繰り返していた。


 エグマリヌ王国星系軍及び冒険者部隊の連合軍三千。対するはゴブリンキング及びその配下の一万五千。数における戦力差は五分の一。しかしながら質においてはゴブリンジェネラルとゴブリンキングを除けば優位に立っている。連合軍側はC級冒険者を中心に三つの部隊に別れてジェネラルとキングを除いた艦隊を削り取ろうとしていた。


「ゴブリンライダーの発進を確認っ! 数二千っ!」

「副砲斉射! 蹴散らせっ!」


 連合軍艦隊の中でも特に巨大な戦艦からスコールの様なレーザーが放たれて、目も眩むほどのオレンジの光が漆黒の空間に発生する。それを成したのは、エグマリヌ王国星系連合軍の臨時総旗艦キルシュブリューデンだ。


 全長は約五キロ。と、ゴブリンジェネラルとほぼ同じ長さのこの船は、二等辺三角形と三角錐の中間あたりの容姿をしている。まあ、スーパー◯ターデストロイヤーと思ってもらってほぼ間違いない。


 主砲はフレアジャベリン級荷電粒子砲が艦首左右に二門。副砲としてライトニングアロー級ガトリングガンが二百門据え付けられ、フレアボム光子魚雷発射管を二十門持つ、冒険者ギルドの戦艦である。街が二つに割れ、この船が地中から姿を見せた時にはレイジも大層興奮したものだ。


「ゴブリンライダーの増援を確認ですにゃ」


 ネコミミの受付嬢がそう報告すると、エッダトゥの側に控える男が一歩前に出る。


「こちらもエレメンタルを発艦させますか?」

「いや、このまま砲での対応をしようと思う。わざわざ撃ちにくくしても仕方ないからな」


 エレメンタルとはライトサイド側の無人攻撃機である。ゴブリンライダーよりは余程優秀ではあるものの出撃させれば艦砲射撃の頻度が下がり、結果として敵艦の撃破が鈍る事につながる。


「味方の損害は?」

「全体のおよそ五パーセント。損傷艦は即座に下がらせ、後衛補給艦回復補修と補充を行っております」


 腕を組み、今まで戦局を見つめていたエッダトゥが目を閉じた。


「ジェネラルを仕留め損なったのが痛かったか。意図せずして消耗戦になってしまった」


 呟くように言ったエッダトゥに男は『ええ』と頷いた。


 当初の予定では、エッダトゥが突出して(総旗艦なのに)ゴブリンジェネラルに光子魚雷の斉射を行い撃滅した後にキングの背後へと回る予定であったのだが、ゴブリンキングからの砲撃によって出鼻をくじかれた上に、こちらも主砲を損傷してしまった。


 配下の艦船を殲滅する事は出来るが、一番の大物であるゴブリンキングに対する切り札を今は失ったままだ。そのゴブリンキングの砲撃如何いかんによっては全滅の危機すら生まれ始めていた。


ヒーラー技術班の作業状況は?」

「現在復旧率七十五パーセント。完了までに一時間は必要との事です」

「急ぐように伝えろ」

「分かりました。ですが……」

「なにか問題でも?」

「いえ、作業自体は問題ありませんが次の射出までには間に合わないでしょう」


 男はメインスクリーンに映る巨大な楕円形に近い球体をみる。その球体からは無数のレーザーが放たれてはいるが主砲であるスーパーゴブリンブラスターは沈黙を守ったままだ。


「射出可能予想時刻は?」

「およそ二十分後かと」

「その時は全エネルギーをシールドに回して凌ぐしかないか」

「盾航艦ならともかく、この船で耐えきれるか少々不安ですが」


 キルシュブリューデンは冒険者でいうところのA級相当ではあるが、タンクではなくアタッカーDPSである為に守勢に弱いという弱点がある。格下であるゴブリンジェネラルの主砲程度なら問題なく防ぎ切るが、それを五本束ねたエネルギー量となるといささか厳しい。


「よし、各指揮官に伝達。次の主砲を凌いだのちに全面攻勢に移る、とな。それまで各艦は各個撃破に専念せよ」

「畏まりました」


 その判断を良しとしたエッダトゥは、運命の天秤が傾きかけている事など知る由もなかった。


 ☆ ☆ ☆


 連合軍艦隊右翼。約八百隻の右翼部隊を率いるのは、C級冒険者である隻眼の鷹リーダーのチャッピーだ。


 そのチャッピーは、官民混成部隊の身勝手な行動を制限する為に終始奔走していた。


「いいから下がれ! 死にてぇのか!?」


 スクリーンに映るビシッと制服を着こなした人物に吠える。


『しかし! 同胞の仇を!』

「仇とっても死んじまったら意味がねぇだろうが! 上位命令だ!」

『……分かりました』


 言葉では納得していた彼の顔はまるでそうは見えない。通信が切れるとチャッピーは盛大にため息を吐いた。


「ったく、どいつもこいつも……」

「軍がこれじゃぁ、勝てる戦も勝てませんね」


 ナビゲーターの女性の言葉にチャッピーは『全くだ』と頷いた。


「ボス。司令部から入電がありました。なんでも次の敵主砲を凌いだのちに攻勢に転じるそうです」

「主砲を凌ぐ、ねぇ……。耐えきれんのかね」


 そばに控える男に視線を投げて言うと、男は首を傾げた。


「さあ? イケるって判断したんじゃないですか?」

「流石に厳しいでしょ。一発目を見た限りじゃ」


 ソナーを務めている女性がレーダーを見ながら反論する。


「で、司令部からはそれだけか?」

「ああ、いえ。それまでは各個撃破に務めるようにと」

「そうか。んじゃ、敵視ヘイトを取りすぎない様に頑張りますかね。……って事で、全艦攻撃を強化。次の砲撃までに出来るだけ減らしておくぞ」

「「「了解っ、ボス!」」」


 チャッピーからの司令によって右翼部隊からの攻撃が更に激しくなり、ゴブリン艦隊の左翼部隊は徐々に削られていった。


 ☆ ☆ ☆


 連合軍主力艦隊。総旗艦キルシュブリューデン右舷後方を守る部隊にレイジ達の船が配属されていた。


 この部隊は艦船にとって弱点となる推進ノズルの防衛が主な任務であり、時に遠距離砲撃を行う。とはいえ、ちょこまか動いて脅威になる単座型地宙戦闘機ゴブリンファイターは旗艦の副砲と右翼部隊の砲撃によって撃墜されていて、遠距離攻撃手段を持たないレイジ達はE級、F級冒険者の盾としてしか役に立っていない。


『暇ねぇ……』


 宙に寝そべるマナのホログラムが脚をパタパタとさせながら頬杖をついていた。それをレイジはマジかわええ。とほっこりしながら眺めている。

 

『こんな後ろに配置されたんじゃねぇ』


 逆立ちするような格好で腕で腰を支えて空中で自転車漕ぎをしているミーナ。女性がダイエットの為によくやる行為だが、ホログラムの状態でダイエット効果があるとは思えない。


『そういえば、新しく着けた装備の性能ってどんななの?』

「えっとですね……」


 レイジは宙に浮かんでいるモニターを操作し、『スキル一覧』と書かれた項目を呼び出す。そこには、『俊歩しゅんぽ』と表示されていた。


「『俊歩』ですね。効果は『瞬時の加速が可能』とあります」

『……微妙だな』


 ミーナはそう言うが瞬時に加速された物体はその質量が飛躍的に増大して立派な質量兵器に変わる。強力なシールドを持つこの船にとってピッタリな装備である。現時点では役立たずだが。


「お姉様。指揮を執っている百合の樹のユーリから入電がありましたわ」

『なんて?』

「司令部より通達。次弾敵主砲を凌いだのち、全艦攻勢に転ずる。それまで、各個撃破に専念せよ。……だ、そうですわ」


 百合の樹はチャッピーと同じC級冒険者だ。総旗艦キルシュブリューデンの上下に部隊を配置し、角度を付けてゴブリン艦を撃破し続けている。


 この部隊を攻撃する為に上、もしくは下に船を傾ければ、上下いずれかの部隊から死角攻撃を受ける事になる。総旗艦を除けば部隊中最も敵艦を葬っている部隊である。そして名前の通り、パーティーメンバーは全て女性だ。


「あれって凌げるモノなんですか?」

タンクなら問題ないそうだけど……』

『あれ、アタッカーDPSだからなぁ。ま、なんか対策でもあんだろ?』


 初弾は艦首を掠めただけだが、張っていたシールドはたいして保たずに抜かれている。それを目の当たりにしただけにレイジの中では悪い予感しかなかった。


「ゴブリンキングに高エネルギー反応! 主砲の発射体制に入りましたわ!」


 マイナからの報告に、マナとミーナ。そしてレイジの表情が強張る。鬼が出るか蛇が出るか。運命の天秤の傾きには誰も気付かないが、この一撃で戦局が大きく変わる事だけは誰もが知っていた。

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