第20話 出撃、最強の盾
マイナが総旗艦キルシュブリューデンに通信を求めてしばし、『猫の目』からの要請に応じてエッダトゥがスクリーンに現れた。どこか疲れ切った様子のエッダトゥの背後では、ギルド員らしき人物達がしきりに動いているのが見えた。
『バタバタしていてスマンが何用かな? 出来れば手短に頼む』
「分かりました。ボクの……オレの名前は滝谷レイジといいます。総司令官に作戦の提示をしたいと思ってご連絡をしました」
『作戦……? それには及ばんぞ。今、ギルドオーダーを解除する所だ。我々が囮になっている間に余計な事はせず逃げるんだ。分かったな?』
「いいえ。この機を逃せば、ヤツラに星系を……この国を蹂躙されてしまいます。倒すのは今しかないんです」
『倒す。だと? バカも休み休み言え。我々は戦力を半数近く失ってこの船も浮いているのがやっとの状態だ。そんな満身創痍の状態で一体何が出来るというんだ? それに、次に主砲を撃たれれば最大戦力であるこの船も沈む。そうなれば逃げるどころの騒ぎではなくなるのだぞ?』
「いえ、奴等はもう主砲を撃てません。オレ達が内部に突入してヤツのコアを叩くからです」
『バカな! そんな船では近付いただけで集中砲火を浴び、消し炭にされるだけだ!』
「その心配は無用です。何故ならば、この船は先程の攻撃を耐え切ったからです」
『なんだと!? おい、確認をしろ』
分かりました。と画面外から声がする。
『データを見る限り、確かに主砲の直撃を受けている模様です』
『うーむ……にわかに信じられんな』
エッダトゥはそのデータを見ながら指で頬を叩いて思慮に耽る。そして再びレイジを見つめた。
『タキヤレイジ君といったな。キミに問おう。勝率は何パーセントだ?』
その言葉を待ってましたといわんばかりにレイジはニヤリと口角を上げる。
「百パーセントです」
そう言い切ったレイジにエッダトゥはびっくりしていた。驚愕ではない。びっくりと言った方が相応しい。年甲斐もなく可愛く驚いていた。
『ふ……ふははははっ! 若造の癖に言いよるわ! 良かろうっ! ここは一つお前に賭けてみるとしようではないかっ!』
豪快に笑ったエッダトゥの発言に隣で控えていた男が、えマジすか。という顔をする。
「ありがとうございます。それでは」
『ああ、頼んだぞ』
エッダトゥとの通信を終えたレイジは満足気に頷いた。
「よし、許しを得たぞ。早速始めよう」
『オッケー。それじゃ、ワイルドキャット発進よ!』
マナのホログラムがスクリーンに映るゴブリンキングにビシッと指を差した。
「了解、リーダー」
レイジがスロットルレバーに手を這わせる。スロットルレバーの役割を与えられているミーナの脚が内股になってモジモジし始めたのと同時に、船はゴブリンキングに向けて進み出した。
☆ ☆ ☆
レイジとの通信を終えたキルシュブリューデン内では、エッダトゥ以外の誰もが猜疑心にかられていた。自然と口数が無くなり、機器類が奏でる音だけが艦橋内に響いていた。その沈黙を破ったのは、エッダトゥの側に控えていた参謀の男だ。
「宜しいのですか?」
「ん? ああ。頭に血が昇っての発言だったなら止めはしたがな、どうやら本気で勝つ気のようだ。久々に見たなあんな目をした冒険者をよ。おい! 残っているエレメンタルを全機出せ! 『猫の目』をバックアップさせるんだ!」
エッダトゥからの号令でハッと我に返った乗員達が己が役目を果たす為に動き出す。
「了解! 残存エレメンタル全機発艦準備! 左舷ハッチ開け!」
「左舷ハッチ開きます!」
メインスクリーンに現れた小窓に、船体左舷の様子が映し出される。左舷のほぼ中央、上下の外装がそれぞれ開き、中からアームで吊られた戦闘機が十機づつ、計四十機が船外に運び出された。
「エレメンタルは全部で何機だ?」
「無事だったのは四十機ほどです。全て護衛に充てて宜しいですか?」
「うむ。猫の目に近付く輩は、船もミサイルも撃ち落とせ」
「分かりました。その様に設定します」
参謀の男は火器管制官の一人にそれを伝える。そして、準備完了との報告と同時にエッダトゥが立ち上がった。
「エレメンタル全機発進!」
「了解っ! エレメンタル発進します!」
復唱の後、火器管制官がボタンを押すと、無人のコックピットに光が灯る。推進ノズルに、始めはオレンジ色の火が入り、青色へと変化するとまるで指で弾いたかの様に出撃していった。
「ゴブリンジェネラルに高エネルギー反応っ!」
無人戦闘機を見送っていたエッダトゥに、ナビゲーターから切迫した声が上がった。それを聞いたエッダトゥの表情が僅かに曇る。彼も完全には信じきれていなかったのである。もしも、レイジの言う事がハッタリだとしたら、即座にギルドオーダーを解除する腹積りであった。
「ジェネラル、主砲発射!」
ゴブリンジェネラルから放たれた白い棒状の光は、自身達が傅く王へと向かう不貞な輩を滅すべく一直線に向かう。レイジ達が乗る船は回避行動を取る事もなく光に呑み込まれた。
「ちょ、直撃……」
ナビゲーターからの報告に、ホラ、言わんこっちゃない。と参謀の男は落胆する。その直後だった。
一本の棒であった白き光は、レイジ達の船を境に無数の流星へと変化した。
「おお……」
思わず身を乗り出して感嘆の声を上げたエッダトゥ。
「ね……猫の目、健在。無傷の模様……」
「な……」
参謀の男は顎が外れんばかりに唖然とする。たかが二百メートル程度の小型船が、主砲の一撃を拡散させるなどとは露ほどにも思ってなかったのだ。
「ふふ……参謀長。なんだかワクワクしてこないか?」
「ええ。マスター、これはイケるかもしれませんな」
「だろう? だがな……」
敵主砲を無傷で防ぎ切って、何か問題でもあるのだろうか。と参謀の男は内心で首を傾げる。
「このままあの若造だけにいいカッコさせる訳にもイカンだろ?」
ニヤリ。と笑むエッダトゥに参謀の男もまた不敵な笑みを浮かべた。
「『猫の目』、ゴブリンキング内部に突入しました!」
おお。と、艦橋内のあちこちから声が上がる。エッダトゥがクワッ。と、両目をカッ開いた。
「よし! 左舷艦首スラスター作動! 右舷回頭後、全艦斉射。光子魚雷をありったけ撃ち込んでやれいっ!」
「了解。左舷艦首スラスター作動! 魚雷発射管開け!」
キルシュブリューデンがゆっくりと右へ回頭して左腹を晒すと、幾つものミサイルがゴブリン陣営に向けて射出された。
☆ ☆ ☆
「戦闘を継続させるつもりですの!?」
無数の光子魚雷が総旗艦より射出されいくその様子をスクリーンで見ていた、金髪を縦のロールに編み込んだツインテールの女性が声を荒げた。
彼女はC級冒険者『百合の樹』のリーダーである、カトレア・ウル・ユーリスキー。貴族の出自でありながら冒険者稼業をしている、貴族界の変わり者の一人である。
「先程船が一隻でキングに突入して行きましたので、その援護ではないでしょうか?」
「その船は?」
「『猫の目』の船の様です」
「またあの女!?」
それまで優しく転がしていた指先に力が篭る。
「はぁんっ」
人差し指の第二関節を咥え、なんとか耐えていた副官の一人である女性が堪らず嬌声を上げた。
「あら、ごめんなさいね。つい……」
「い、いえ。強くしてもらうのも好きです……」
「あらあら、可愛い子猫ちゃんね。後でタップリと可愛がって差し上げますわ」
「は、はい。カトレア様……存分に可愛がって下さい」
「そこは違うでしょ?」
「す、すみません。お姉様ぁんっ」
副官は再び指を咥え、内股をピクピクさせながら声が出そうになるのを耐え始める。
「それにしても、あのポンコツにこんな力があったのかしら……?」
手元に小さなモニターを表示させ、先程のジェネラルからの砲撃を拡散させた場面を繰り返し映す。
「いえ。登録状況から、以前とは別な船みたいです」
「ふぅん……ま、こちらはこちらの仕事を致しましょうか」
「了解。全艦に砲撃強化の指示を出します」
「ええ、お願いするわ」
ユーリは部下にそう指示を出し、指先で先端を優しく転がしながら思慮に耽る。
(この船、欲しいですわね。どうにかしてあの姉妹諸共手に入れられないものかしら……)
マイナが予期した欲深き者が現れた事に、当の本人達が気付くのはずっと後の事である。
連合軍各部隊の攻撃が激しさを増す。数で優勢なゴブリン軍も反撃を開始するが、元々質で劣るが為に徐々にその数を減らし、王と将軍に頼らざるを得なくなりつつある。そんな戦況下で意気揚々とゴブリンキング内部に侵入を果たしたレイジ達の船は今、排気ダクトの中で詰まっていた。
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