第21話 決着

「アンタバカですの!? アンタバカですの!? アンタバカですのっ!?」


 歳の頃は十二の少女がめくじら立てて二十歳の青年を罵倒し続けている。青年はその度に、『あんたバカァ!?』という赤いスーツを着た子生意気なパイロットの姿がオーバーラップしていた。


「こんなに狭くなっているなんて思わなかったんですから仕方ないですよっ!」


 敵勢艦隊から雨霰の様に降り注ぐレーザー兵器を涼やかにスルーし、ジェネラルからの主砲を易々と弾いて意気揚々と排気ダクトに入ったまでは良かった。コアへと至るその道程も道半ばに差し掛かる頃くらいから雲行きが怪しくなり、言ってしまった手前今更引き返す訳にもいかず強引に進んだ結果がコレである。


 コアから外まで直通だった排気ダクトを細かい管に置き換えた二代目デス○ターとは違い、ゴブリンキングの排気ダクトは出口が広く奥へ進むに連れて狭くなる。という、漏斗の様な形状をしていた。


 小さな戦闘機なら苦もなく進んで行けたに違いないだろう。しかし全長二百メートル、全幅は百に届きそうな船体は流石にデカ過ぎた。


「なぁにが『百パーセントです』よ」


 マイナはその時のレイジの真似をする。不敵な笑みを浮かべて……エアメガネはしていなかったと思うが。


「止めてっ!」


 手で顔を隠して乙女チックに恥ずかしがるレイジ。船から伝わってくるエンジンとは違う振動に顔を上げた。


「な、なんだ!?」


 マイナはキーボードを叩いて外の様子をスクリーンに映し出すと、パワードスーツを身に纏う者達と六本足の多脚戦車が手持ちの武装を船に向けて撃ちまくっていた。


「あれはゴブリンファイターですわね」

『ゴブリンブッチャーも居るわ』


 パワードスーツを着込んだ装甲陸戦兵ゴブリンファイター。六本足の多脚戦車ゴブリンブッチャー。その身一つで相対すれば非常に脅威である奴等も、シールドで護られた宇宙船ならば気にする程でもない。しかしこれでシールドを解く訳にもいかなくなった。シールドが消えた事を知れば、船に取り付かれて内部に侵入されてしまうからだ。


「どうするんですの?」


 マイナの問いにレイジは『うーん』と唸り考える。船に搭載されている武装はシールド外部に光刃を形成する近接武器のショートソードのみであり、それも一定以上の速度が出ていないと効果は期待できない。残りは木の中から出てきた装備品の『俊歩』というスキルだけだ。


「『俊歩』に賭けるしかなさそうです」

『俊歩……新しく手に入れた力ね』

「そうです。説明には瞬間的に加速する。と、書かれていて、移動中などの制限が無い事から停止状態でも発動は可能だと思ってはいるのですが……」

『なにか問題でもあるの?』

「それはまあ、色々と。速度と発動している時間の問題が一番の懸念材料でしょうか」


 スキル使用時にどれだけの速度まで加速状態になるのか? また、その時間は一瞬なのか一定時間継続されるのか? 一瞬ならば問題はほぼ無いに等しい。スキルを連続使用すれば良いだけである。


 むしろ問題なのは一定時間継続の方だ。例えその時間が一分だったとしても、光速に向かって加速し続ける物体を一分間も暴走させるという事になる。突入角度を誤れば、コアどころか味方をも巻き込みかねない危険性を孕んでいる。『ごめんなさい』では済まされないかもしれないのだ。


『いいわ。やっちゃいましょ』

「え?」


 軽い感じで言ったマナにレイジは驚く。


『どちらにしろ、今それを使わないと味方が全滅してしまうわ。今まで気付かなかったけど、船外の温度が急上昇している。マイナ、主砲の発射体制に入っていないかしら?』


 マナに言われて慌ててキーボードを叩き始めたマイナ。その手が止まるとくるり。と、マナの方を向いた。


「お姉様の言う通りですわ。現在の船外温度は千五百度、主砲の発射体制に入っているとみて間違いはなさそうですわ」

『ね? 私達はもう後戻りは出来ない。先へと進むしかないのよ』

『マナ姉ぇの言う通りさ。ここは男らしくバシッとヤッちまいな』


 ミーナが掌に拳を打ち付ける。ホログラムなのにパシン。と、音が鳴った。レイジはグッと目を閉じ、再び開けると同時に不敵な笑みを浮かべた。


「分かりました。ヤッちゃいましょうっ!」


 レイジは右手を伸ばし、操縦桿担当であるマナの右操縦桿おっぱいをガッと掴む。マナの口から発せられた短い嬌声にゴクリ。と唾を飲み込み、マシュマロの様に柔らかい操縦桿の天辺にあるボタンを押し込んだ。


「あんっ!」


 身体の反応と共に漏れ出た嬌声。直後にレイジとマイナは座席に張り付いた。


 ☆ ☆ ☆


 時は少し遡り、レイジ達がゴブリンキングへと突入したのを見届けたエッダトゥは、総旗艦キルシュブリューデンの左脇腹をゴブリンキングへと晒し、副砲のガトリングガンと光子魚雷を撃ちまくっていた。


「ヒャッハー! これでも喰らえゴブリン共っ!」


 上げた雄叫びは某世紀末のモヒカンキャラと遜色ない。参謀を務める側近の男は眉間にシワを寄せていた。


「支部長っ! 艦隊後方に重力震が発生! 何者かがワープアウトしてきます!」


 レーダー要員からの報告でハッと我に返ったエッダトゥは、難しい顔でジッと見つめる側近に気が付いて咳払いを一つする。


「やっと来たか」


 空間を裂くようにして現れたのは、涙滴型の宇宙船。全長は約二キロ。と、キルシュブリューデンの半分にも満たないサイズだ。しかしその戦闘能力は総旗艦を上回る。


 盾航艦をベースに造られたその船には強力なシールド発生装置が搭載され、艦尾に搭載されたアーススピア級曲射レーザー兵器八門を副砲とし、主砲は船体をグルリと取り囲む様にある二百あまりの魚雷発射管だ。近年の巨大化イコール高戦闘力。という、通説を逆行させた攻防共に優れる船である。


『支部長。遅れてすまない』


 キルシュブリューデンのメインスクリーンに現れたのは、金色で長髪の優男。


「よく来てくれたな、シャンディエン君。『雷光の槍』が参戦したとなればもはや負けはない」

『油断は禁物ですよ支部長。見た所、浮いているのがやっとの状態ではないですか。共闘という依頼でしたが早急に撤退する事をオススメしますよ』

「そうしたい所だがキングのコアを叩く為に船が一隻内部に入り込んでいるのだ」

『船が一隻で……?』


 訝しげな表情をしたシャンディエン。普通ならそこへ至るまでに撃沈されてもおかしくはない状況だ。しかし、エッダトゥが奇策を用いて成功させたのだろう。と思っていた。


『そうですか。ならば、目障りなジェネラルを屠るとしましょう。光子魚雷射出、目標ゴブリンジェネラル』


 船体に開いた二百あまりの発射管から筒状の物体が射出……というより放出される。その物体は少しの間宇宙空間を漂い、船との距離が十分開いた所で紫色に発光した。そしてその発光体は槍へと形状変化を起こして宇宙空間を駆けた。


 ゴブリン軍も迫り来る紫電の槍を黙って喰らう様子は無いようで、ジェネラルの周囲に展開していた艦船達は迫る槍に対して砲撃で以って抵抗を試みた。初めは両軍の中域ほどで発生してた爆発も、やがてゴブリン軍の方へと徐々に圧され、ついには盾兼護衛部隊をも突破してジェネラルへと迫る。


 そのジェネラルも光子魚雷の射線から逃れる為にスラスターを作動させてはいたものの、鈍重な体躯が災いして防衛線を突破してきた光子魚雷がその身体に突き刺さった。


 約百二十本。突き刺さった槍の一本一本から電撃が放たれ、ジェネラルの体躯を紫電が覆う。当たって爆発して終わり。と、そうならないのがこの魚雷の特徴で、槍同士が相乗効果を齎して刺さった数だけその威力が増す兵器。それがサンダージャベリン光子魚雷だ。


 苦し紛れに放ったジェネラルの主砲も強力なシールドによって阻まれ、シャンディエンには届かない。それがジェネラル最後の足掻きだった。漆黒の外壁に亀裂が走り、内側からオレンジ色の光が漏れ出す。亀裂と光が徐々に全体へと広がりそして、ゴブリンジェネラルは宇宙の藻屑と化した。高速で散らばる破片で味方の船を巻き添えにしながら。


 総旗艦キルシュブリューデンだけでなく、現存している各冒険者達からも歓声が上がる。煮え湯を飲まされたエッダトゥもホッと胸を撫で下ろした。


「ゴブリンキング主砲発射体制っ!」

「なにっ!?」


 オペレーターからの切迫した報告にエッダトゥの緩みかけた顔が引き締まる。スクリーンに拡大されたゴブリンキングに一つ目の光が灯っていた。


「将が撃たれて激昂したかっ!?」

『支部長。これは私が引き受けます。その間に撤退の準備を』

「し、しかしだな」

『この船とて耐えられるのは一回のみ。その次の砲撃には耐えられませんよ』


 シャンディエンが乗る船が持つシールドは強力ではあるものの、船自体が純盾航艦では無い為に制限がある。あらかじめシールドジェネレーターのタンクにエネルギーをチャージしておく仕様で、攻撃を受ける度にタンク内にチャージしたエネルギーは消耗していく。ジェネラルの主砲くらいなら戦闘中に再チャージも出来るが、流石にキングの主砲ともなるとそうはいかない。ほぼカラになったタンク内を満タンにする為には三時間ほど必要とする以上、今回を防いでも次は無い。


「クッ……」


 内部に侵入しているレイジ達を見捨てて逃げるか。望みを託して徹底交戦か。エッダトゥ個人だけなら後者を選んでいただろう。しかし今は全体を指揮する立場にある以上、前者を選択するしか残されてはいない。そうこうしている内に二つ目の光が灯る。


「分かった。全部隊に通達、紡錘陣形を取る様に。シャンディエン君、キミが最前に立ってくれ」

『分かりました』


 通信を終えると同時にシャンディエンが乗る船が先端部へと動き出す。総司令官からの指示を受けて各部隊もキルシュブリューデンへと集まり始めた。他部隊が主砲の標的にならない様一ヶ所に纏めるのだ。


「この船の状況は?」

「相変わらず航行不能状態です」

「そうか。ならば、総員脱出艇にて待機せよ」

「マスターは如何されます?」

「私は残る。……と、言いたい所だが、彼らに詫びる為にも生き恥を晒さねばならんからな」


 座したエッダトゥはゆっくりと立ち上がると、撤収し始めた慌ただしい艦橋から退去する。そうしてキルシュブリューデンの乗員の全ての退避準備が終わり、部隊の陣が完成する頃にはキングには四つの光が灯っていた。



 ゴブリンキングに五つ目の光が宿ると、一つの大きな塊へと光は集約されていく。そうして出来た星を貫く程の莫大なエネルギーは敵対する者にとっては脅威以外の何者でもない。


 その最大にまで膨れ上がった脅威は、漆黒の宇宙を白き光で照らし出す。しかしそれが三度放たれる事はなかった。発射されるその直前で鏡面処理を施された強固な外壁は、まるで風船の様に弾け飛んだのだ。


 その場に居た者は、暫くの間戦いが終わりを告げた事を実感できなかった。誰しもが『一体何が起こった?』と首を傾げていた。唯一、それが誰の手によるものか知っていたエッダトゥが再び艦橋へ戻った頃にようやく各冒険者が勝鬨を上げ始めていた。


「『猫の目』に繋いでくれ」

「了解しました」


 席に戻った通信士がレイジ達に呼びかける。けれども、何度呼び掛けても応答すらなく、通信士の声が大きくなっていく。


「どうした?」

「『猫の目』応答ありませんっ!」

「なんだと!? 船影は捉えているのか!?」

「いいえ。キング残骸周辺に味方船影無し!」

「もっとよく探せ!」


 キングの主砲を受けても無事だったのだ。あれしきの爆発くらい耐えられないはずがない。と、己が持つあらゆる経験を駆使して綿密な捜索活動を繰り返したものの、終ぞレイジ達の船を発見する事は叶わなかった。

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