第22話 エピローグ

 ゴブリンキング討伐戦より四日の時が過ぎた。巨大な恒星を背にもつ首都星エグマリヌは今も惑星を挙げた大々的な祭りが行われていた。一時避難をしていた人々も元の生活に戻り始め、祭りを益々盛り上げている。


 広場にはキングを屠った最大の功労者として、戦死者の名を刻んだ大きなプレートが置かれていた。その中に男女四名の写真も飾られ、日々訪れる人々の献花に覆われていた。



 そんな勝利に沸き立つエグマリヌから、一隻の宇宙船が飛び立った。


 C級冒険者『隻眼の鷹』。戦闘で傷付いた船の補修を終えて報酬金を受け取ったチャッピーは、以前から考えていた旅路に就いた。と、いうのは口実で、実の所毎日多くの人から感謝され、あるいは手を合わせて『ありがたや』と、お祈りまでしていく老人達に嫌気が差して逃げ出してきたのである。


 その船内では、座したチャッピーが頬杖をつきながら手元のモニターの映像を繰り返し再生させていた。


「まだ見ていたんですか?」


 プシュッ。とドアが開かれ、艦橋内に入ってきた黒ローブの男が、同じシーンを何度も繰り返し見ているモニターを覗き込む。


「ん? ああ。どうしてもコイツが気になってな」


 ゴブリンキングの爆発直前の映像を止めたチャッピーは、キングの背後の空間をズームアップさせる。そこには白く輝く小さな物体が映っていた。


 チャッピーは止めていた映像を超スローで再生させる。小さな物体はすぐにゴブリンキングの爆発によって遮られて見えなくなるが、その刹那の間に遠ざかっている様に見えなくもない。


「お前、これをどう見る?」

「どうって、コアの部品が飛んだだけでしょう?」

「オレは宇宙船だと思っているんだがな」

「やめてくださいよ。もし彼等が生きているのなら、何処かの街に寄港する筈じゃないですか。それが無いって事はギルドの調査通り、『猫の目』は爆発に巻き込まれて蒸発した。って事ですよ」


 黒ローブ男の言った通り、冒険者ギルドの正式発表には『猫の目』は死亡したとされていた。


「いや、アイツらは生きているさ」

「その根拠がその映像ですか?」


 男の言葉にチャッピーはゆっくりと大きく首を横に振る。


「オレのマイナちゃんがあれくらいでくたばる筈無ぇだろ?」


 不敵に笑んだチャッピーに黒ローブの男だけでなく、乗員全てが大きなため息を吐いた。


 ☆ ☆ ☆


「ひうっ?!」


 背筋を伸ばしお尻で飛び上がるマイナ。露わになっている肌が鳥肌と化していた。


「どうしたのマイナ?」

「い、いえ。ちょっと悪寒がしたものですから」

「風邪かしら? ちょっと待ってね」


 マナが胸の谷間から取り出したのは、例のローポーション錠剤である。


「そ、それは結構ですわお姉様っ! だだ大丈夫ですわ、問題ありませんっ!」


 手の平と首とで壮絶に拒絶のジャスチャーをするマイナ。マナは拒否するマイナに構う事なく錠剤を口に押し込んだ。


「~~っ!」

「取り敢えず飲んでおけば安心だから」


 無理やり口に放り込まれゴックンさせられたマイナは、口を押さえて地団駄を踏んだ。


 コロリン。と、胃の中に転がり込んだ錠剤は即座に吸収されて無くなり、その香り成分のみが残る。それが食道を通って鼻中に充満すると、春真っ盛りの草原の香りが感じられた。


「青クサッ!」


 訂正。春真っ盛りの草原の十倍増しの香りが感じられた。


「ところでミーナ。ここが何処だか分かった?」

「ん? ああ。分かったぜ姉貴」


 ちょっと待っててくれ。とミーナが言うと、キーボードを叩いてスクリーンに現在位置を示した。


 矢印で示されたそこは、彼女達が生活していたミズガルズ銀河より離れた場所。銀河と銀河の中間地点。とまではいかないものの、それに近い場所である。


「随分遠くまで来ちゃったわね」

「すみません。まさかあんな仕様だとは思わなくて」


 スキル『俊歩』を使用したまでは良かったが、使用前にレイジが懸念していた作動時間は一瞬でも一分でもなく、『再度ボタンを押すまで有効』な仕様であったのだ。


 加速で発生したGによって、ピン留めされた昆虫標本の様に座席に張り付け状態になっていたレイジは、その事に気付いても強烈なGで腕もまともに動かす事が出来ず、解除ボタンを押すまでに相当な時間がかかってしまったのだった。


「まあ、仕方がないわ。やらなければ全滅していただろうし」

「ゴブリンキングは破壊されたのでしょうか?」


 レイジは座席に張り付いていたのでその瞬間を見ていないが、Gに影響されなかったマナとミーナのホログラムがそれを見ていた。


「ええ。コアを破壊したのは確認しているわ。流石のゴブリンキングでもコアを破壊されたらどうしようもないでしょう」

「なら安心ですね。早いとこ戻ってチャッピーさん達を安心させてあげたい所ですけど……またあれを使う事に気乗りしないんですが」


 レイジは訝しげな表情でスキル表示欄を見る。短時間でこれだけの距離を移動したのだ。航路上に障害物がなかったのが幸いだった。もし航路上に惑星か何かがあったのなら、間違いなく貫いていただろう。


 例え同じ航路を辿って戻っても、今度は障害物が数多ある銀河系内に向けて航行する事になる為に、非常に危険と言わざるを得ない。


「まあ、いいんじゃない? 生きていればその内また会えるでしょう。ミズガルズまでの帰り道は分かっているんだし、迷子になる心配も無いわ」

「それは非常に助かったけどよ、この船は未知の部分が多過ぎるよな」

「そうですね。ミズガルズ以外の銀河系のデータなんてあるんですから」


 それはつまり、この船が数々の銀河を渡り歩いてきた事に他ならない。


「ホント、宇宙って広大だ。って、改めて感じたわ」


 マナは腰に手を当てメインスクリーンに映る星々を見つめる。赤や黄や青。といった光り輝く星々を一頻り眺めたあと、レイジ達に視線を戻した。


「さ、それじゃ戻りましょうか」


 そう言ったマナにミーナは控えめに手を挙げる。


「マナ姉ぇ、実は食料がほとんど無いんだ。あんま積んでなくて」


 遠征するならともかく、星系内での戦闘で、しかも短期決戦と見込んでいた為にそれほど準備していなかったのが仇となってしまったのだ。


「どれくらい保ちそう?」

「せいぜい三日って所かな」

「それじゃあ、何処かで調達しないといけないわね。マイナ」


 マイナは細い指でキーボードを軽やかに叩き、メインスクリーンに星系図を表示させた。


「ここが最適の様ですわ」


 スクリーンにその惑星が表示される。その星は毒々しい緑色をしているものの、生命が育めるだけの大気が有り水も有るようだった。大気圏内を拡大させると、その星が樹木に覆われている事が分かる。それで緑色に見えていたのだ。


「うん。ここなら食料が手に入りそうね」

「問題ないと思いますわ」

「それじゃ、この星に航路をセット」

「了解ですわ」


 マイナが航路を設定している間に、レイジ、マナ、ミーナはそれぞれに与えられた席に着く。そしてマナがピシッと背筋を伸ばしてスクリーンを指差した。


「ワイルドキャット、発進っ!」


 そういえばそんな名前を付けていたな。という、一同の思いと共に、宇宙船はワープ空間へと消えていった。




 タキオン。という名称がある。光速以下の物質は全て光速を超える事が出来ない。とする、アインシュタインが提唱した相対性理論から予測された、常に光速を超えた速度で移動を続ける仮想上の粒子だ。


 この粒子を発見したかつての人類は、気の遠くなる様な研究期間を経てついに実用化に成功。減速すればする程(光速以下には決してならないが)に莫大なエネルギーを発生させるこの粒子を主機関とした宇宙船を建造し、宇宙へと進出を開始する。


 幾多の内紛と数多の種族との争いを経験し、ミズガルズへとやって来た人類連合はこの地に根を下ろし文明を築き上げて現在に至る。


 その時の移民船団を率いたのがレイジ達が駆る宇宙船、第十四世代型超光速度銀河間航行戦略宇宙戦艦イージスである。


 恒星爆発に匹敵する主砲を持ち、粒子が発生する莫大なエネルギーで強固なシールドを生成し、銀河間を僅か八日で踏破する。そんな宇宙最強のチート船に乗っているという事をレイジ達はまだ知らない。

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銀河幻想 ネコヅキ @nekoha

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