銀河幻想

ネコヅキ

第1話 遠い遠い、はるかかなたの銀河系で……

  私達が住む銀河系より何千億光年も離れた別の銀河。そこでは我々が知る空想上の姿と名をもった数多の種族が存在し、時には支え合い、或いは争い合いながら暮らしている。その銀河は名を『ミズガルズ』といった。



 巨大銀河ミズガルズの外縁部にほど近い場所を一隻の宇宙船が航行していた。全長は約二百メートルと、小型の貨物船よりは大きく戦闘艦より遥かに小さいその船は船体に不思議な文様が描かれ、あろう事かその屋根には一本の大木が生えている。樹齢はおそらく数千年は経っているだろう。その幹は太く、幾重にも伸びた根はガッチリと宇宙船を掴んで離さない。


 そんな異質な宇宙船の船内、プラネタリウムの様な半球状のスクリーンに囲まれた部屋で一人の少女が金属製のテーブルに投影されているキーボードを叩いていた。その度に彼女の目線近くの空中に文字が書かれたモニターが浮かんでは消えていく。


 歳はおそらく十二かそこら。ローズブロンドの髪を両サイドで纏めてツインテールにしていて、脇から腰骨まで伸びる青いラインが入ったレオタードを着ていた。多感な年頃の彼女は当初、体の線がハッキリと出てしまうこの服を着る事を拒んだが、それが高度な生命維持装置を備えた宇宙服であった為にしぶしぶ着ざるを得なかった。


 少女がキーボードを叩くと、目線の高さにモニターが現れた。二十インチ程のモニターに映るその場所はここではない何処か。壁はまるでプリント基板の様に導体らしき配線が複雑に絡み合い、いくつもの発光体が規則正しく明暗している場所だ。


「お姉様方、主機はまだ動きませんの?」


 少女がモニターに向かって話しかける。しばしの間なんの音沙汰もなく、チカチカと明暗している電子機器を眺めていた少女はもう一度話しかけようとして、急にドアップで映ったその顔にぶふぉっと吹いてむせ返った。


『今やっているわよ。そう急かさないで』


 ドアップである事に気付かずに、返答をする茶髪でウェーブ掛かったロングヘアの女性。その場所は温度が高いのか、顔がテラテラと輝いている。


『そうよ。短気は損気って言うじゃない』


 テラテラ顔を押し退けて、今度はボーイッシュな女性がモニターに姿を見せる。同じくドアップで、こちらも顔がテラテラと輝きを放っている。少女は再びぶふぉっと吹き出した。


『どうかしたの?』

「い、いえ。何でもありませんわマナ姉様、ミーナ姉様」


 普段から二人の姉のあられもない姿を見ている少女にとってもテラテラ顔のドアップはツボだったらしく、何事もない風を装っていても口元がヒクヒクと痙攣していた。


「と、とにかく、ガス星雲でまいたとはいえ何時また捕捉されるか分かりませんのよ? 何しろ、ひっじょーぉに目立つ物が船体に張り付いてますので」

『そんな事は分かっているわ。だからこうして汗だくになって作業しているんじゃない』

『あー、早くお風呂に入りたぁい』


 マナの後ろでパタパタと手で扇ぐミーナに、少女は僅かながらもイラリとする。何しろ、扇ぐ度にぷるんぷるん揺れているのだ。無い自分へのあてつけの如く。


「時間はどれくらいかかるかお分かりですか?」

『分からないわ。何しろ、用途不明のブラックボックスが多いのよ。慎重にやらないといけないの。ともかく、マイナは街へのルートを割り出しておいて』

「もう完了してますわ。今は街へ向けてオートパイロットが作動中で──」


 マイナと呼ばれた少女の声をかき消して緊迫したアラームが鳴り響く。


『な、何? どうしたの?!』


 つい天井を見てしまうのは何故だろうか? モニター向こうのマナとミーナはしきりに視線を天井へと向けている。マイナは即座にキーボードを操作して船内の地図を出し、赤く点滅している箇所の映像をモニターに映し出した。


「侵入者ですわ!」

『侵入者?!』

『まさか奴等が乗り込んできたっていうの?!』


 マナからの問いにモニターに顔を近づけて目を凝らすマイナ。映っている人影は奴等と呼ばれる者達とは程遠い事に気付く。奴等は緑色の肌をしていて口が耳まで裂けて常に牙をむき出しにしている存在だ。しかし映っているその存在は色白で黒い髪。ラフそうな黒い服を着た男だった。


「いいえ違いますわお姉様方。見た感じ人の様ですが……」

『人……?』

『マイナ。映像をこっちにも回して』 

「分かりましたわ」


 マイナはキーボードを操作して、マナとミーナが居る場所にもその映像を送った。


『うん。確かに人に見えるね』

『場所は?』

「居住区画の第四通路ですわ」


 モニターの右上に表示された船体の地図を見て、マナはどうするべきか考える。


『アレは私達で処理をしてくるわ。マイナは艦橋に入られない様ドアをロックしていて頂戴。そのまま監視を続けて何か動きがあったら教えて』

「分かりましたわマナ姉様。ミーナ姉様もお気を付けて」

『ええ勿論。ミーナ、捕獲するわよ』

『はーい』


 ほら。とマナが投げて寄越した銃を受け取ったミーナは端末を操作してドアを開ける。二人が通路へと消えて行くのを見届けてから、マイナはモニターの映像を侵入者側に切り替えた。


 ☆ ☆ ☆


 侵入者の名は滝谷レイジと言った。両親は共働きで家柄は普通。少し歳の離れた妹が居る、所謂勝ち組だとアニヲタ仲間からは言われるが、実際はアニメの様にはなっていない。近親相姦なんざ夢のまた夢。さらにその夢の中での出来事でしかなく、挨拶を交わすだけのサッパリとした関係である。


 滝谷家の長男であるレイジは、普通に伸び伸びと育った。義務教育を終えて高校に行き、そして今は大学に通っている。


 大学に通う様になれば何かが変わると思っていた。アニヲタからは卒業して(本人はそう思っている)普通に講義を受けに行く日々を送っていたが、特に何の変化も見られずに今に至る。


 女からアプローチの一つでもあってもいいじゃないか。ガッデム。と、そう思い続けてはや二年。常に変化を求めていたチェリーボーイの身に、信じ難い変化が今、訪れたのである。



「……は?」


 レイジは間が抜けた声をあげた。その声が少しばかり通路に木霊する。


 講義を終えて自宅に戻り、部屋のドアを開けて入室したはずだった。十畳ほどの室内に、最近では勉強に使われる事もなくなった机の上にパソコンのモニターが置かれている。棚にはハマっているネトゲの精巧なフィギュアが所狭しと置かれており、壁には二次元の美少女のポスターが少々張られている。


 そんな住み慣れた部屋は何処にも存在していなかった。


「ここは一体……」


 前も後ろもただ真っ直ぐに伸びる通路のみ。真っ白に塗装された、床、壁、天井の境目さえも分からないたまご型の通路は、グルグルバットを三回ほど行えばもれなく壁に衝突してしまいそうだ。肌寒いのは空調が効いているからと思えた。


「ああ、そうか」


 全てを悟った風な表情で、ポンと手を叩くレイジ。


「これは夢なんだな」


 講義を終えて朦朧としたまま家に戻り、そのままベッドへダイブしたのだろう。それなら今の状況も納得が出来た。


「ネトゲのイベントが始まるからそろそろ目を覚まさないとな」


 そう呟いて手を頬へと触れようとした時、何処からともなく声が聞こえた。しかも間近で。


「手をあげろ!」

「は、はひっ!」


 突然かけられた、低く、それでいて何処か柔らかな緊張した声に、驚いて飛び上がったレイジは言われた通りに手をあげる。


「え……?」


 しかしその声の主は何処にも見当たらず、困惑しながら辺りを見ていたその時、目の前の空間が揺らぎ始めた。


(な、なんだ? これは……?)


 グニャリグニャリと空間が歪み、それが収まると一人の人物が姿を見せた。バイクのフルフェイスの様なヘルメットを被って顔は見えないが、横に赤いラインが入ったレオタードが豊かに膨らむ胸部を際立たせ、そして目のやり場に困るVライン。全体的にスレンダーな肢体は女性のソレだ。


(ま、まさか。これは……)


 ゴクリ。と唾を飲むレイジ。


(光学迷彩ってヤツか!? スッゲェ)


 エロスよりも先に技術的なモノに目を奪われた。


「オマエは一体何者だ? 何処から入り込んだ?」

「え、えっと?」


 目の前の女性から銃の様なモノを突き付けられてしどろもどろになりながらも、一方でスゲェ夢だとも感心していた。


 光学迷彩に、彼女が持っているのは恐らくレーザーガン。映画やアニメでしかお目に掛かれないSF集大成のうちの二つまでもが夢に登場を果たしたのである。


「正直に答えないと、身体に風穴が開く事になるわ」

「え?」


 背後からの声に思わず振り返ったレイジ。直後、彼の身体の一部から大量の鮮血が噴き出した。

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