第2話 放り出された大学生

「ひゃっ!?」


 振り向くなり、ソコから飛び出した鮮血を年相応の可愛らしい声をあげながら身を引いて辛うじて躱したミーナ。赤いドットが付いた真っ白な床をどこからともなく現れた◯ンバの様な機械が拭き取り始め、元の白い床に戻していく。


 その鮮血を飛び散らせた男はグルリンと白目を剥いて床に倒れており、流れ出る血をも拭き取ろうとル◯バは突撃を繰り返すが、そのことごとくが失敗に終わっていた。


「ミーナ、撃ったの?」


 床に転がる男に銃を向けながら、マナはミーナに聞いた。そのミーナは首を大きく横に振る。


「いやいやいや。そもそもエネルギーが空でどうやって撃てるっていうの?」


 銃のエネルギーは惑星での撤退戦と遺跡での攻防で全て使い果たしている。それを知っているのは彼女達だけで、知らぬ者には撃てなくても非常に脅威的だ。


 例えそれを知られて取っ組み合いになったとしても、レオター……宇宙服の補助機能を使って格闘戦を行う事が出来る。見た所、相手の服は何処をどう見ても強化服には見えない為にそれで十分に対応出来るとマナはふんでいた。


「そうよね……(それにしても随分と嬉しそうな顔をしているわね……)」


 マナが思った通り、気を失っている男の顔は気持ち悪い程の満面の笑み。他に考えられる原因を探す為に視線を男から上げると、その原因はアッサリと見つかった。


「ミーナ、あんた服……」

「え? ……あ」


 マナに促されて自分の格好を見直して固まるミーナ。


 彼女達が着ている服は宇宙服であり強化服でもあるが、その生地はレオタードの様に薄い。汗だくになって作業をしていたミーナはその事に気付かないまま光学迷彩をオンにしてしまったが為に、その内に秘めているWやXどころかYまでもが白日の下に晒されてしまっていたのだ。


 ほぼ全裸に近い状態を見知らぬ男に見られとあって、ミーナに怒りが込み上げる。


「マナ姉ぇ、コイツの記憶消していい?」

「聞きたい事を聞いてからね」


 言ってマナは倒れたままの男の足を掴んでズルズルと引き摺り、一筋に伸びる血を掃除すべくルン◯が後を追いかけていった。


 ☆ ☆ ☆


「ここは何処だ……?」


 青く澄んだ雲ひとつ無い空の下。赤や紫や黄色の花が地平まで咲き乱れた不思議な場所。レイジの直ぐ側には一本の女体の木が生えていて、胸の部分には先がピンク色をした大きなモモが生っていた。


 ぷるるんぷるるん。そのモモは揺れていた。


 ぷるるんぷるるん。誘う様に揺れていた。


「おおお……」


 誘われるがままに手を伸ばそうとするレイジ。しかしその手は持ち上がる事も出来ずにまるで固定されているかの様に身体の横から動かせない。レイジは仕方なくそれに顔を埋める事にした。

 

「柔らかい……」


 マシュマロともビーズクッションとも違う、極上の触り心地を顔面で大いに楽しんでいた。と、限界まで引き絞った枝がレイジの頬を打ち付ける。


「ぶふぉっ」


 バッチーン。と、実にいい音が響き、後頭部からの激痛と頬の芯から熱くなる様なジンジンとした痛みによってレイジは目を覚ました。覚ましてからちょっとガッカリしていた。そんなレイジを、マナは胸を隠しながら蔑んだ視線を向けていた。



 現状を説明すると、気絶したレイジを艦橋まで運んだマナ達は、彼の手足を拘束して長椅子に寝かせていた。そろそろ起こして聴取を行おうとマナが近付いた所、彼が突然起き上がってマナの胸に顔を埋めたのである。しかも顔を動かして堪能し始める始末。バッチーンとはマナが遠心力を効かせて平手打ちをした音であり、後頭部がズキズキ痛むのはゴロゴロ転がって鋼鉄製のコンソールに打ち付けたからである。そして服に着いた血を拭き取ろうと、◯ンバがスネに特攻を繰り返している。それが地味に痛い。


「お目覚めかしら?」


 蔑んだ目を継続しつつ、赤いラインが入ったレオタードの女性がそう言った。未だ胸は腕で隠されているが、逆にむぎゅと寄せられてしまいちょっとしたグラドルの写真集の様になってしまっている。


「あ、えっと。あなた達は……?」


 隣に並んでいた黄色いラインが入ったレオタードの女性がツカツカと近付き、後ろ手に隠し持っていた銃でレイジのこめかみをゴリゴリし始める。


「質問はコッチがするの。あんたはただ素直に答えれば良いのよ」

「ひゃ、ひゃいっ」


 レイジにとってそれは地獄だった。銃によってこめかみが痛み、死への恐怖心によって脳内物質が分泌される。一方で、行動する度に眼の前にある柔らかそうなモノがふるふると揺れ動き、床に着いたヒザの付け根のVラインが嫌でも視界に入ってしまう。嬉しいのか怖いのか。怖いのか嬉しいのか。レイジにもよく分からなくなっていた。


「あんたは一体何者なの? どこからこの船に入ったの?」


 赤いラインの女性がレイジに質問をする。その女性の言葉の一片にレイジは首を傾げた。


「船……? そんなものには……」


 乗った覚えはない。とそう言いかけて、彼女達の背後に映る色とりどりの星々にレイジの目が開かれた。


「な、なんだここは……」


 幾つもの紅炎プロミネンスを吐き出す巨大な恒星。まるで花の様に揺蕩うガス星雲。土星の環の様な隕石帯がまるで原子のイメージイラストのように囲んでいる惑星までもある。それが半球状のスクリーンに映し出され、そのどれもがレイジが知るモノとはかけ離れていた。


「あ、あの。ここは何処なんですカッ!?」


 質問をしようとしたレイジは黄色いラインの女性に蹴り飛ばされて床に転がり、その胸を足で踏まれて頭へ銃を向けられる。足を乗せている為にレイジからはVラインが丸見えではあるのだが、残念ながら彼の意識は銃に向けられていた。


「いいから答えなさいっ! オマエは誰だ!? 何処から入った!?」

「おおオレは滝谷レイジッ! 大学生だっ! 何処から入ったかなんて知らないっ! 気付いたらここに居たんだっ!」


 本当に殺される。危機を感じたレイジは半ばヤケになって吐露するが、足の踏み付けが益々強くなってグエ。と変な声が漏れ出る。


「ウソを吐くな!」

「ううウソじゃない! 本当だっ!」


 一連の行為を少し離れた場所で見ていたマナは、ミーナに止めるように手をあげる。


「ねぇ、あなた。ダイガクセイって何処にある星なの?」

「……へ? 星?」

「そう。ダイガク星って星から来たんでしょ?」


 レイジは一瞬、何を言っているんだこの女。クスリがキマって頭おかしくなってんじゃないのか? よく見れば痴女っぽいし。などと思っていたが、マナの真剣な表情でそれは違うと気が付いた。


「大学生っていうのは星じゃなくて、大学っていう……その、勉強をする場所の生徒って意味で」

「ふーん、そうなの。じゃあ、あなたは何処の星から来たの?」


 レイジの目線に近付く為に床にヒザを落として優しく問うマナ。その際、立派なものがふるるるんと揺れた。


「ほ、星って……ち、地球ですけど」


 人類発祥の地、地球。その地で生きる者にとっては常識だ。だが、レイジの目の前に居る二人の女性は、その事が分かってはいない様に見えた。


「マイナ」

「そんな惑星ありませんわ」


 マイナはマナに言われる前に検索を終えていたらしく、マイナの正面に映し出された銀河図に、『UKnwn』の文字が浮かんでいた。


「そんな馬鹿な……も、もしよければ教えて下さい。ここは銀河系じゃないんですか?」

「銀河系よ」


 即答したマナの言葉にレイジはえ? と、疑問符を浮かべた。


「あ、天の川銀河ってのは……?」

「そんなもん知るわけないでしょ」


 レイジの問にぶっきらぼうに答えるミーナ。


「ほ、ほら。こう、星が重なって川のように見えるから天の川って呼ばれてるんだけど……」

「それなら外縁部に行けばいくらでも見れますわ」


 天の川とは、太陽系から銀河系の外周円盤方向を見ると多数の恒星が重なって川に見える事からつけられた名だ。もし、私達が住む太陽系がもっと内側に存在していたとしたら、川ではなくて床に見えている事だろう。なのでマイナの言う通り、何処の銀河系に行っても天の川は存在するのだ。ちなみに、恒星を有する星系は総て太陽系である。


「ここはミズガルズ銀河外縁部。あと少しでエグマリヌ王国星系に入るわ」

「へ?」


 マナの言葉にレイジは我が耳を疑った。ミズガルズ……は聞いた事があるなーと思っていたが、星系の名がエグマリヌ王国。と、聞いた事のない名前に、マンガやラノベでよく目にするあの言葉が浮かびあがり項垂れた。


「おれ、異世界に来ちまったぁ……」


 ため息を吐く様に絞り出した答えではあるが、半分当たりで半分ハズレである。


 正確には、別の銀河に飛ばされた。というのが正しく、ラノベやマンガの様に完全に違う次元に転移された訳ではない。この次元に天の川銀河も太陽系も存在しているのだ。ただ、遠いだけで。


 ガックリと項垂れるレイジの頭を眺めながら、マナとミーナはどうしたものかと考えを巡らせている。と、突然。船から接近物を知らせるアラームが鳴り響いた──

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