第3話 迫る魔の手

 何者かの接近を知らせるアラームがけたたましく鳴り響いていた。半球状のドーム型スクリーンやや上部にある赤い帯には、『 unknown識別不明艦・approac接近中hing』の文字が流れていく。


「な、なんだ……? グッ!」


 何事かと立ち上がったレイジの顔をコンソールへと押し付けるミーナ。


「ジッとしてなさい。分かった?」

「ふぁい」

「何事なのマイナ」


 コンソールに両手を着いて乗り越える程に身を乗り出したマナ。マイナは振り返ってマナに暗い表情を見せた。


「残念ですが、補足されましたわ」


 言ってキーを操作すると、正面のスクリーンに艦影らしきモノが映し出された。


「数は五。まず間違いなく私達を追っていた奴等ですわね」

「逃げるわよ! 補機は全て推進力に回して!」

「分かりましたわお姉様。しかし、いずれは追いつかれてしまいますが、どうするおつもりですか?」


 この船は今現在、補助機関で航行していて主機関は未だ眠ったままだ。補機と主機では出力は雲泥の差ほどあり、例え全補機を全力運転させても主機一つに劣る。


「とりあえず全力で逃げて、その間に主機を稼働させるしかないわ」

「分の悪い賭けですわね……」


 惑星から脱出し、隕石帯やガス星雲などに潜んでいた時も、マナとミーナは主機関の稼働に持てる知識を注いでいた。しかし、今の今までそれが叶わなかった事を思うと見通しは暗いと言わざるを得ない。


「自爆の準備もしておいて。奴等に捕まるくらいなら死んだ方がマシだから」

「分かりましたわ、お姉様」


 マイナの表情が陰る。恐らく、十中八九必要になるだろうと思っていた。


「あ、あの……あいつ等に捕まるとどうなるんですか?」


 一連の話を聞いていたレイジが素朴な疑問を口にする。レイジの頭を押さえ付けているミーナは、口をレイジの耳に近付けた。その際、立派な果実がレイジの背中にむにゅりと触れるが、押さえ付けられた頭部の痛みで気付かない。残念である。


「あんたは間違いなく殺されるわ」

「あなた達は?」

「……私達は殺される事は無い」


 何だその男女差別は! ガッデム! と、怒りが込み上げるレイジだが、次のセリフでその怒りも萎んでいく。


「私達は奴等の子供を産まされ続けるの。つまりは苗床ね」

「苗どっ?!」


 ミーナの言葉にレイジが驚く。SF尽くしのこの状況で、ファンタジー的なセリフを聞けるとは思ってなかったのである。


「そうよ。前に攫われた女性を救出した事があったけど、全員が例外なく生命維持装置に繋がれて奴等の子供を産まされ続けていたわ。助けた殆どが今も精神治療を受けている状態よ」

「どうしてそんな事を……?」

「この世界の覇権を握りたいからに決まっているじゃない」


 そうやって爆発的に繁殖をした奴等は、数に物を言わせて支配域を広げているのだ。


「それじゃ行ってくるから、このまま逃げ続けて時間を稼いで」

「……?」

「マイナ?」


 モニターを見つめたまま、返答もしないマイナにマナは首を傾げた。


「何か……おかしいですわ」


 コンソールに投影されているキーボードを叩き始めるマイナ。唐突にその動きが止まる。


「どうしたの?」

「し、主機が稼働している……?」

「何ですって?!」


 マイナに詰め寄るマナ。マイナはモニターに映し出された船内図の、主機関室に表示されている『operation稼働中』の文字を指し示す。


「一体どうやって……」

「分かりません」


 マナの言葉にマイナは首を振る。今まで何をしても動かなかった主機関。前と今とで何が違うのか。と記憶をさらい、その違いにハッとしてマナはレイジを見つめた。


(まさか、アイツの仕業……?)


 三人の力を合わせても動かなかった主機関。レイジが来た途端にそれが稼働を始めれば、彼が何かをしたのか? と、疑うのは最もだ。もしかしたら本当は主機関を稼働させる術を知っていて、身の危険を感じた為にやむなく極秘裏に動かしてみせたのではないか? そう思っていた。だからマナはその稼働方法を聞く為にレイジの側に立った。


「ねえあなた。何かしたの?」


 コンソールに頭を押さえ付けられ、その首に銃を当てられているレイジにマナ問う。


「な、何かって……? いたたたっ!」


 宇宙服の補助機能である強化を使用して力を入れるミーナ。


「いいから答えなさいっ」

「こ、こんな状態で何が出来るって言うんですかっ!?」


 レイジの状態を一通り眺め、マナはふむ。と考える。コンソール自体はダウンしていていて操作ができない状態だ。特にそれらしいスイッチも見当たらない。


「ミーナ。彼は怪しい動きをしていた?」

「いいえ、特には」

「そうなの……」


 だったら何が要因で動き出したのか? マナは周りを見渡して思慮に耽る。そして、ある事に気が付いた。


(もしかして、人数が関係している?)


 それは彼女達の常識から外れた考えだった。コンピューターが発達しているこの銀河では、大きな貨物船ですら一人で動かす事が可能だ。それが戦闘艦であっても、三人も居れば十分に戦闘が出来る程に簡素化されている。しかし、この船はその常識から外れた船であり、彼女達の常識をいくら当てはめても主機関を稼働完全に覚醒させる事は出来ない。


「それでマナ姉ぇ、どうするの?」

「主機が稼働したのなら逃げの一手ですわよ。そうですわよね? マナ姉様」

「そうね、さっさと逃げましょう。マイナ、ワープ航法の準備を」

「分かりましたわ」


 頷き、正面に向いてキーボードを叩き始めるマイナ。小さなモニターが彼女の周りに次々と浮かび上がり閉じていく。その作業も終わろうかという所で、スクリーン上部に『emergency』の文字が流れ出た。


「何?! どうしたの!?」

「ミサイルの接近を感知! 数六十!」


 メインスクリーンに映し出された後方の艦隊。そこから幾つもの筋がこちらに向かって来るのが見える。


「シールドを展開して!」

「了解! シールド展開しますわ!」


 マイナがキーを操作すると、薄いヴェールの様な光が船体を覆う。それはスクリーンにも映し出されていた。


「何よ、コレ……」


 唖然として呟いたマナ。彼女が思っていたシールドと違っていたらしい。


「ミサイル着弾しますわ!」

「対ショック体勢!」

「え……?」


 マナ、マイナ。そしてレイジを押さえ付けていたミーナまでもが近場の座席に座り、レイジだけがボケっと突っ立っている状態だ。直後、後方を映していた映像が白に染まる。が、染まっただけだった。本来あるはずの衝撃が全く伝わってこない事に彼女達は驚きを隠せなかった。その中でただ一人、何だどうしたと疑問符を浮かべているレイジ。


「何なのこのシールドは……」

「続いて第二波射出確認!」


 追撃していた艦隊も効果なしと判断したのだろう。さらに攻撃を続けるも、その尽くが張られたシールドによって防がれる。



 ──それから三十分。後方からは断続的に攻撃を受けている。しかしそれ等は全てシールドによって防がれており、その衝撃が全く伝わってこない為に乗組員クルーは平時と何ら変わらぬ行動が出来ていた。


「これじゃあ、ワープが出来ないわ」


 主機と補機、その両方を使用するワープ航法は、安全な宙域以外での運用は非常に厳しい。なにしろ、船を護る為のシールドが機能しなくなるばかりか操船すらも出来ない。木偶人形と化すからだ。


「恐らくワープサインを感知して攻撃を始めたのでしょうね」

「ミサイルの種類タイプはスタンボルト。一発でも喰らったら全機能が停止しますわ」


 スタンボルトは爆発と共に周囲に電磁波を撒き散らすミサイルだ。地球ではEMPと呼ばれる物と酷似している。電子機器を破壊、もしくは制御不能にする事によって、車両や航空機をタダの鉄くずに変えるのだ。


「このままでも街へ行く事は可能だけど……」

「拘束されますわね」

「そうなのよねぇ」


 街へのトレイン行為はご法度だ。侵略と見られてもおかしくはなく、最悪、城壁に備え付けられた砲塔群によって撃ち落とされる危険もある。街の住人を守る為に致し方がないのだ。


「こうやったらヤるしかないわね。丁度人数も揃っている訳だし」

「お姉様、それは流石に……」

「他に方法はあるの?」

「……いえ、ありません」


 力なく首を振ったマイナに『後はお願い』と伝え、マナはレイジを見下ろした。


「ミーナ、彼を椅子に座らせて」

「了解」


 コンソールに押さえ付けていた手で今度はレイジの首を掴むミーナ。掴んだまま近場の座席にレイジを歩かせるのだが、どことなく猫が首根っこを掴まれた様な姿に見える。


「タキヤレイジとか言ったっけ?」

「あ、はい」

「あなたはここで死にたい?」


 マナに問われてレイジは即座に首を横に振る。誰だって拳を天高く上げ、『我が人生に悔いなし』と言って死にたいのだ。


「じゃあ、私達に協力をしてくれるわね?」

「協力、ですか?」


 まさか、自分を囮にするつもりでは? と、レイジに嫌な予感が駆け抜けた。


「そう。もし、無事でいられたなら、あなたを近くの街に送り届けてあげる。どうかな?」


 マナの言葉に嫌な予感は杞憂だったとホッと胸を撫で下ろすレイジ。その仕草を不思議そうに見ているマナとミーナ。


「何か問題でも?」

「ああ、いえ。囮になれとか言い出すんじゃないかって……」

「あら、その手もあったわね」


 目からウロコ的な表情をしたマナとミーナ。余計な事を言わなければ良かったとレイジは内心で大量の冷や汗をかいていた。


「まあでも、今回は全員が生き残る方法を取ろうと思っているのよ」

「今回はって……」

「そこであなたには、これを着けて貰いたいの」


 スッとマナが差し出したのは何の変哲もない首輪。チョーカーなどというファッション要素は欠片もない飼い犬に着ける様なヤツである。


「首輪?」

「これを着けて」

「ああ、はい」


 受け取ったレイジは即座に首輪をはめる。どうやら自動調節機能が付いているらしく、ブカブカだと思っていた首輪はレイジの首にピッタリと着いた。


「ところで、コレって何ですか?」


 話の筋からこれからドンパチを始める事は分かっていた。この首輪も、変形して戦闘服になるのではないかと密かに期待していたのだが、うんともすんとも言わぬ首輪にレイジは首を傾げる。


「ああ、それね。万が一のセーフティってところかしら。もし、あなたが私達を裏切ったら……」


 手の平を軽く握って、花が咲いたかの様に手の平を広げるマナ。その仕草にレイジの目が開かれた。コイツは映画で見た事がある爆発する首輪じゃねーか。レイジはそう判断した。そしてそれは大当たりだった。


「事が済んだらそれはちゃんと外すから」

(つまりはまだ疑っているって事か……)


 色々と切羽詰まっているとはいえ、身元不明者を信じてやるほど世の中は甘くはない。


「分かりました。あなた達に害意は無いって事をキッチリ働く事で示しますよ」

「ん。良い返事。これで契約は成立ね」

「それで、オレは何をすれば良いんですか?」

「あなたにはこの船を操縦して貰うわ」

「えっ?!」


 宇宙船を操縦する。いきなりそんな大役を任されてもとレイジは狼狽える。ゲームならともかく、ぶっつけ本番で宇宙船を操縦。しかも戦闘をしろ。と言われれば狼狽える以外の感情は湧いてこない。


「オレ、宇宙船なんて操縦した事ないんスけど!? マナさんが出来ないんですか?!」

「残念だけど私は操縦桿担当だから」

「……は?」


 操縦桿担当なら出来るじゃん。内心ツッコミを入れるレイジ。それ以上は、視線を逸らしているマナの、聞かないで。と言わんばかりの表情から言及する事が出来ないでいる。


「大丈夫。補佐はマイナに任せてあるから」


 視線を逸らしたまま、何処となく恥ずかしそうな表情でレイジが座る椅子の右に立つマナ。ミーナはレイジの左側に立つ。そして位置に付いた事を確認したマナはマイナに号令を下した。


「マイナ! 第一種戦闘配置に移行!」

「分かりましたわ。お姉様方その……ご無事で」


 マナとミーナはそれに頷くと、マイナは船を戦闘態勢へとシフトさせたのだった。

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