第4話 戸惑いの操船

 半球状のスクリーン上部に、『missile・incoming』の文字が引っ切り無しに流れていく。


 戦闘状態に移行はしたものの、船は一向に何らの動きも出来てはいない。その船の操船をいきなり任されたレイジはというと、はーっ、はーっ。と、荒い呼吸を繰り返しながら葛藤の中に居た。


(ほほほ、本当に良いのか……?)


 レイジの手は震えていた。ぶっつけ本番の操船という重責もあるだろうが正直、それよりももっと重大な事柄がその手の平の下にあったのだ。彼にとってそれは初めての行為である。緊張しない方がおかしかった。


(後で怒られるとか引っ叩かれるとか、各方面から苦情が殺到するとかあるんじゃないのか!?)


 通常、それに触れて良いのは本人だけである。第三者がそれに触れると色々と面倒な事になるし、行く末は社会的死である事は間違いない。


「何をしているの!? 早くしなさい!」


 マイナからの叱責が飛ぶ。スクリーンに映された後方の艦隊からは、ミサイルが雨あられの様に放たれ続けている。


(ええいっ! ままよっ!)


 レイジは意を決して操縦桿を掴む。手の平から溢れる程のソレは、ビーズクッションやマシュマロなんかと比較にならない程に柔らかく、ピッタリと吸い付く様だ。ほんのりと温かくピクッピクッ。と震えてもいる。


(や、やわらけぇ……)


 つい揉んでしまうのは男の性と言えるのかもしれない。ひと揉みふた揉み。いや、出来得る事ならずっと揉んでいたくなる程だ。


 続いてレイジはスラリと伸びたスロットレバーに手を触れる。こちらも柔らかい。


(す、スベスベだ……)


 触れた事による僅かに見せた反応がたまらない。レイジはフルスロットルにしたらどうなってしまうんだろう。と、行き着く先を見て、ゴキュリ。と唾を飲んだ。そしてマイナからのジト目に気付いて内心焦りながらも冷静さを装う。


「ぶぶ武装は何があるんでしゅか?」


 ガッツリ噛みまくっていた。マイナからのジト目が更に厳しくなる。


「ありませんわ」

「……へ?」

「だから、何も無いって言ってるの。あるのはこのシールドだけですわ」

「そんなんでどうしろと……」

「それを考えるのがあなたの役目ですわよ」

「そんなぁ……」


 ともかく、結果を出さなきゃ首輪を爆破されかねない。二人が動けない今はマイナがレイジの生殺与奪の権限を握っているのだ。まずは船の状態を確かめようとレイジは思い立った。


「船の状況を見せてもらえますか?」

「いいですわ」


 マイナがキーを叩くと、レイジの目の前に船の状態が映し出されたモニターが現れる。


 主機は補機と共に稼働状態で船体にダメージは見られない。あれだけミサイルを喰らっても損傷一つ無いのは明らかに異常だ。武装は総て『offline』と表示されていて、シールドだけが『online』となっている。そのシールド部分にレイジの目が止まった。そこには『aegis・shield』と書かれていたのだ。


(えっと、えいぎす? いや、アイギス……かな? ん? アイギス? アイギスシールドってもしかしてイージスシールドの事か!?)


 それはファンタジーにおいて最強と呼ばれている盾の名である。


(もし、これがあの盾と同じだとしたら……)


 半ヒッキーのレイジはフライトシュミレーターだけでなくファンタジーゲームも嗜んでいる。ソッチ系にも強いのだ。


(それにしても……)


 レイジは辺りを見渡す。半球状のスクリーンには色取り取りの星々が映っている。後方には敵勢力の戦艦が砲撃を続け、手元に視線を落とせば様々な計器がホログラムで映し出されている。完全なSFの世界だ。


(苗床だのイージスだのと、ファンタジー感が半端無い)


 それがこの銀河ミズガルズの世界観である。


「それで、どうしますの?」

「そうですね……」


 レイジは正面スクリーンを見ながら考える。武装は無くシールドのみ。そのシールドは後方からの攻撃を何事も無く防いで揺らぎもしていない。その力が本物であるならば、打開策はこれしか無いと導き出した。


「妙案が浮かびました。恐らくこれが最善かと思います」

「どんな作戦ですの?」


 マイナはレイジの事を信用していない。それは二人の姉も同じだろう。だからこそレイジに首輪を着けさせた。そんな信用ならざる相手が考え付いた作戦を聞きたいと思うのは当然だ。しかしレイジは、『見ていて下さい』と言っただけで操縦桿とスロットルに触れた。


「あんっ」

「は……ん」


 操縦桿とスロットル。それぞれから艶かしい声が漏れる。もたげかけた自身の操縦桿を諌めてスロットルを少しばかり前へとスライドさせた。


「は。あ……」


 艶かしい声と共にビクビクッとスロットルレバーが震える。と同時に、レイジの身体はシートに押し付けられた。船が加速を始めたのである。


「んぅ……」


 今度は操縦桿から声が漏れる。操縦桿を右に倒した事により船体がゆっくりと傾き始め、赤色巨星や緑色の星。紫のガス星雲などの輝く星々が左へと流れていく。


 宇宙船は大きく弧を描き、時計回りに迂回をしていく。勿論、敵勢力もそれをただ黙って見ている訳ではない。移動こそ止まったがその砲身は絶えず船体へと向けられていて絶え間なくミサイルを撃ち続けている。射出されたミサイルは弧を描いて加速を続ける船体後部に命中していたが、それはやがて船体正面に集中し始めた。


「集中砲火ですわ! 一体何を考えていますの!?」

「シールドの出力を最大に!」

「り、了解っ!」


 コンソール上、ホログラムで表示されたボタンをマイナは叩く様に押すと、宙に浮かぶモニターに表示されていた計器類の針が全てレッドゾーンを振り切った。同時に、スクリーンに映っていたほぼ透明のシールドが若干濃くなる。


 それを見て準備が整ったと確信したレイジは、躊躇なくスロットルレバーを最大までスライドさせた。


「んあっ」


 ビクンッと若干跳ねるスロットルレバーに一瞬心奪われるも彼の身に訪れたGによってそれどころではなくなった。突き上げる様な細やかな揺れが、速度計の上昇と共により顕著になる。敵勢艦隊は目前だった。


「え、ウソ……」


 ここへきて、レイジが何をしようとしているのかマイナは気付いた。メインスクリーンに映し出された敵勢艦が大きくなるにつれて彼女の目もまた開かれていく。


「え、ウソちょっ……待って待って待って待って待ってってっ!」


 正面のスクリーン一杯に敵勢艦が迫り、マイナは顔を強張らせて目を固く閉じ、同時にレイジも奥歯を噛み締める。


「きゃあああっ!」

「クッ!」


 目も眩む閃光がスクリーンを通して船内を照らし出す。続いて訪れたのは轟音、そして衝撃波。それ等が幾つか続き、けたたましかった警報がうんともすんとも言わなくなる。その静まり返った船内でマイナは、激しい情事の後の様に惚けて荒い息を繰り返していた。


「……ふう」

「ふう。じゃありませんわ! なんていう無茶をするのですか!」


 思った通り上手くいった。座席の背もたれに深く寄りかかったレイジは、我に返ったマイナからの叱咤で姿勢を正す。


「で、でも。武装が何も無いあの状況ではこれしか方法がなかったんですよ。それに、シールドに付けられていた名前を見て、イケる事を確信してたんです」

「シールドに名前……?」


 タタタンとキーを叩き、武装の項目からシールド名を見付けた。


「これがどうかしたの?」

「イージスシールド。ボクが居た世界で最強と云われる盾の名前です」


 レイジの言葉にマイナは大きなため息を吐いた。


「あのね。こんなの誰にだって付けられるんですのよ?」

「は?」

「は。じゃないですわ。自分の愛船に名前を付ける人は大勢いらっしゃいます。あなたが知っている名前がたまたま有ったからって、それがそうとは限りませんわ」


 レイジからドッと汗が流れ出る。名前通りの性能を発揮出来たから良かったものの、もしこれが後付けされた名前であったなら宇宙の藻屑と化していたのはこちらだったろう。


「ま、まあ。兎にも角にも上手くいって良かったじゃないですか……」


 そう言ったレイジの声は震えていた。


「ええ、まずは生き残った事を喜ぶべきよね」


 操縦桿を務めていたマナがレイジの右肩に手を置いた。ビクッと姿勢を正すレイジ。


「まさかシールドをあんな使い方するとは恐れ入ったよ」


 スロットルレバーを務めていたミーナがレイジの左肩に手を置いた。そしてレイジは……


「すっませんでしたぁーっ!」


 土下座した。

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