第5話 街への帰還

「ま、まさか女性の身体で操船するなんて思わなくて……つい、あちこち触ってしまって……」


 ただ触っただけではない。何度か揉んで堪能したし、手の平に感じた固いボタンをちょっとだけグリグリと擦ってみたりもした。スラリと伸びた太ももに生唾を飲み込んでその付け根にコツンと指先を当ててみたりもした。地球では完全にアウトである。セクハラどころの騒ぎで済まされる訳がない。


「別にいいわよ。私達も最初は面食らったけれど、苗床になるよりは遥かにマシだしね」


 社会的死刑は免れた。レイジの強張った身体が、大きく吐き出した安堵の吐息と共に弛緩する。


「で、どうだった? 私達の、カ、ラ、ダ」


 レイジの耳元でミーナが囁く。ふんわりと柔らかくて手に吸い付く操縦桿、スベスベでスライドさせると艶めかしい反応をするスロットルレバー。その感触を思い出してレイジはゴキュリ。と、唾を飲み込んだ。安堵から身体の力を抜いたレイジだったがその一部が再び強張り始める。しかしマイナからの冷たい視線によってソレは瞬く間に沈静化した。


「どどど、どうしてこんな操縦方法なんですか?」


 小悪魔的な笑みを向けるミーナに装いきれていない冷静さを装って問いかける。操縦といえば普通、金属製で出来ている代物だ。それはレバーだったりボタンだったりペダルだったりするのだが、この船は特撮モノやアニメの概念を外れている。まあ、男性にとってはこの上なく嬉しい画期的な操船方法だろう。


「さあ? 私達も知らないわ。ただ一つ言える事は、この船は人体を介して操船する。という事ね」


 マナは肩をすくめながら首を傾げる。ちなみに女性でなくても操縦桿を務める事は出来る。その場合、何が操縦桿になるのかはご想像にお任せした方が良さそうだ。


「マナ姉様。説明は後にして、取り敢えず街に戻りませんか? ここでは何時また奴等に捕捉されるか分かりませんし」

「そうね。でもせっかく倒したんだし、素材を回収してからにしましょう。マイナ」

「もうやっておりますわマナ姉様。後少しで回収を終えます」

「さっすがマイナ行動が早い。五体分じゃ結構な額になりそうだし、今日は久々に飲んじゃおっかな」


 上機嫌なミーナは鼻歌を歌い出して座席に座る。程なくしてマイナの目の前に浮かぶモニターに『colecion・cmplte』の文字が表示された。


「素材の回収を終えましたわ」

「了解。それじゃとっとと街に戻りましょ。レイジもそれでいい?」

「え、あ。は、はい」

「じゃあ、席に着いて」


 マナの言う事に素直に従ったレイジ。彼が席に着いたのを確認したマナは、ビシッと真っ直ぐに指を差してマイナに対して命令する。


「発進!」


 その言葉にレイジは、『あ、このセリフ、どこかで聞いた覚えがあるな』そう思っていた。


 ☆ ☆ ☆


 映画やアニメで稀に見る、ワープの世界がソコにあった。前方の白い塊からは白から水色、そして青を経て黒へと変わっていく光が、棒の様に。或いは波の様に通り過ぎていく。その間中、レイジの目は輝きに輝きまくっていた。地球では数世紀。或いは十数世紀は必要であろうワープ航法が目の前で見れたからだ。


「もうすぐワープ空間を抜けますわ」

「抜けたらすぐ街が見えるわよ」

 

 宇宙空間で街。一体どんな街なのだろう。そして、一体どんな人々が暮らしているのか? レイジのドキワクは最高潮に達していた。


 棒や波となって流れていた星々が一瞬の内に元の状態に戻る。通常航行へと移行した宇宙船。そのメインスクリーンに、街と呼ばれる物体が拡大投影されてレイジの目が開かれる。


「こ、これが街だって……?」


 レイジが驚くのも無理はない。直径約二万キロは木星の第五衛星アマルテアとほぼ同じ大きさだ。地表には山や森、湖などがあり、陽の光が当たらぬ場所には煌々とした街の明かりがよく見えていた。


「そう。これがエグマリヌ王国星系第十一惑星街ハルデニア。ミズガルズ銀河最外縁部に位置する街よ」


 マナがそう説明をすると同時に、メインスクリーン下部に男の顔が現れる。警察官の様な様相で歳は三十代半ばだろう。その男は眉間にシワを寄せていた。


『識別不明の接近中の船に告ぐ。こちらはハルデニア防衛隊。お前達の身分を明かすと共に、貴船の目的を速やかに述べよ。返答無き場合は敵勢力とみなし、これを撃沈する』


 いささか過激だが、これも街を守る為にはやむを得ない処置である。


「ハルデニア防衛隊へ、こちらには戦闘の意思はない。目的は船のメンテナンス。今、ギルドカードを送信する。マイナ」

「了解しましたわ」

「ギルドカードって……」


 マナの指示でキーを叩き始めたマイナを見ながら、レイジは小さく呟いた。


 マニア心擽るワープ航法。惑星規模の街。離れていく数多の宇宙船。これだけSF尽くしでも肝心な所がファンタジーなのが、レイジには気に入らない様子であった。


『確認した。猫の目、貴殿らは三人組だったはずだが一人多いように見受けられるが?』

(猫の目……?)

「途中で拾い物をしたのよ。困っていた様だったから連れてきたの」

『そうか分かった。着陸後、速やかに防衛隊へ出頭させてくれ。身分を確認する』

「分かったわ」

『しかし何だ? その頭に乗っている巫山戯たモノは。それではドックに入らないぞ』

「ええ、分かっているわ。だから他に降りられる場所は無いかしら?」

『ちょっと待っていろ確認する』


 通信士の男がモニターから視線を逸らす。訪れた沈黙にレイジは気になった事をマナに聞いた。


「あの、猫の目って何ですか?」

「私達のパーティー名よ」

「パーティー名……?」

「ええ、いい名前でしょ?」

「あ、はい。そうですね」


 本人達が気に入っているのならまあ良いか。と、レイジはにこやかに返答する。


(猫の目って英語でいうと……)


 レイジはハッとして改めて彼女達を見る。美人三姉妹で宇宙服とはいえレオタード。超有名な某マンガの主人公達とものの見事に似通っていた。マナ、ミーナ、マイナという名前が違うだけである。


『猫の目、聞こえるか? 第七十二発着場が空いている。ガイドビーコンに従って着陸されたし』

「了解したわ。ありがとう」

『では、後でな』


 通信士の男がそう言うとスクリーンのモニターが閉じる。そしてマイナの目の前に浮かぶモニターに『catch・beacon』の文字が表示された。


「ビーコンを受信しましたわ」

「了解。着陸シーケンスに入ってちょうだい」

「分かりましたわ」


 マイナがキーを操作すると、メインスクリーンに大気圏突入時の予測図が表示され、宇宙船がゆっくりと動き出す。宇宙飛行士とはかけ離れたタダの一般人が、大気圏突入を体験出来るとあってレイジの心は踊りまくっていた。


「素材の選別は済んでいるの?」

「ええ、端末に送っておきましたわ」

「だったらマイナは引渡しまで待機していてちょうだい。終わったら合流しましょう」

「了解しましたわ」


 顔には出さなかったがマイナの本心では不満たらたらだった。面倒な事を押し付けられるというのは、末っ子の性であろう。


「それじゃ、行くわよ。レイジも」

「え……?」


 自身の名前を呼ばれて戸惑うレイジ。大気圏突入のワクワク度が見る間に下がっていく。


「え。じゃないわよ。私達はエアロック前で待機するわよ」

「え、あ。しかしですね……」

「しかし? 何よ」

「いや、その。着陸まで席に座っていた方が……ホラ、揺れて危ないかもですし」


 どうしても大気圏突入を見てみたい。そんな想いから出た言葉であったが、それは完全に悪手であった。


「私達にもやる事が多いのよ? クエストの報告に素材換金の手続き、それにあんたを防衛隊に連れて行かなきゃならないんだからね」

「そうでした。まだ信用されてなかったんでしたね……」


 未だ首輪を着けられたままである以上、彼女達はレイジを完全に信用していない。


「それじゃ行くわよ」

「ふぁい……」


 ガックリと項垂れながら、レイジは彼女達の後について行った。


 ☆ ☆ ☆


『大気圏突入を開始しますわ』


 マイナからの通信がエアロック前の部屋で待機するマナ達に告げられた。レイジは壁に寄り掛かりながら、「大気圏突入見たかった」と、まるで呪詛の様に呟いている。


「なんだ。だったら素直に言えばいいのに。バカだね」

「うっ……」


 ミーナの言葉に、繊細なレイジの心に棘が刺さる。そう、ミーナの言う通り素直に見たいと言えば良かったのである。しかし、艦橋で見物していたら発生すらしなかったラッキースケベが起きたのだから、彼にとって十分にプラスだろう。


「うお?!」

「きゃっ!」


 唐突に揺れた宇宙船。バランスを崩した男と女。何が起こるのかはお分かりだろう。


(何だコレ。ふわふわだ……)


 右を向けば右頬に。左を向けば左頬に。上下に振れば額と顎に。人肌に温められたマシュマロがレイジの顔面を覆い尽くしていた。


「あのさ、いつまでひとのおっぱいに顔埋めてんのよ」

「えっ?!」


 ガバッと起き上がるレイジ。同時に腕で胸を隠しながら離れるミーナ。その目は怒りに燃えている。


「いやっ! ちち違うんです! これは事故でっ!」


 バランスを崩してミーナの胸に顔から突っ込んだのは事故だろう。しかし、顔をグリグリしたのは決して事故ではない。ぱふぱふしちゃったら故意である。


「そういやアンタ、私の裸見たんだったわよね……」

「え……? はははハダカって……」

「その記憶も含めて消し飛ばしてやるっ!」


 かくして、木の枝をしならせた様な素晴らしい平手がレイジの頬に打ち据えられたのはいうまでもなく、レイジにとってプラスになるどころかむしろマイナスになったのだった。

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