第6話 防衛隊
ガタゴトと車輪の音と共に、鉄製の蹄の音がリズミカルに響いている。御者は居らず、メタリックカラーの馬だけが馬車を引く無人タクシーにレイジ、マナ、ミーナが乗っていた。そのレイジは窓の外を眺めてはため息を繰り返す。
着陸前、大気圏突入が見れなかったレイジは新たな想いに胸をときめかせていた。それは、SFには必ずといっても過言ではない程に描写される街並みである。
乱立する超高層ビル群。立体映像で映し出されている広告や看板。車が空を飛び、道行く人々に混じってロボットが往来している。そんなSFチックな風景を期待して胸を躍らせていたのだ。しかし、エアロックの扉が開かれた瞬間、レイジの期待は地に落ちた。
眼前に広がるは木組で出来た北欧風の建物と、石材を加工して敷き詰めた道路。そこを荷車や幌馬車が走っている光景。建物は高くても十階程でお世辞にも高層とは言えない。通りを往来している人々も、ぱっと見エルフやドワーフの様な亜人。猫耳や犬耳を生やした獣人など、SFとはかけ離れたファンタジーな世界が広がっていたのである。辛うじてSFだったのは、馬車を引く馬がロボットだったくらいだ。
「ねぇレイジ、なんでそんなにガッカリしているのよ」
「え?」
外を眺め、ため息を吐いていたレイジはハッとしてマナを見た。
「だから、なんでそんなにガッカリしているのかって聞いているの」
若干イラついたマナが再び疑問を口にする。ミーナは窓枠に肘を付いて黙ったままだが、その目はレイジに向けられている。それがレイジを睨み付けている様にも見えた。
「ああ、いや。その……」
妙なプレッシャーにレイジは俯いて人差し指同士をくっつけ合う。
「思ってたのと違うなぁって……」
「「は?」」
ボソリ。と呟いたレイジにマナとミーナの声がハモる。
「いや、ボクが居た世界でSFっていう空想の話があってですね。その中で描かれていたのとは全く別方向な事になっているなって」
地球でのSFの世界観を話して聞かせると、マナとミーナは揃って呆れ顔でため息を吐いた。
「そりゃあんたにとってはチグハグかもしれないけど、私達にとってこれが当たり前の事だから」
マナの言葉にミーナも頷く。
「そうだぞ。お前の妄想に添おうが添うまいが、これが現実なんだよ」
窓枠に肘をつきながら手の平で外の風景を促した。
「え、ええ。分かってます。受け入れるしか無いですもんね」
「ま、それもここまでかもしれないけどね」
「え?」
馬車が止まり、ロボットの馬が電子音で嘶く。
「着いたわよ。防衛隊の本部に」
自動で開かれたドアの向こうから、立哨している兵士さん達の鋭い眼光が注がれていた。
エグマリヌ王国星系第十一惑星街ハルデニア。その防衛隊の本部も他と同じく、外見は北欧風の建物になっている。地上五階、地下四階の建造物の両翼は空港ターミナルの数倍はあり、約五千人の軍関係者と一万体のアンドロイドが就役している。
「『猫の目』よ。漂流者を連れてきたわ」
レイジを親指で差しながらマナは兵士に説明する。その兵士はチラリとレイジに視線を向け、すぐにマナに戻した。
「話は聞いている。案内しよう。……ところで」
兵士はレイジの頬にクッキリと残る見事な紅葉を指差した。
「どうしたんだソレは?」
「え? あ、ああ。ただの事故ですのでお気になさらないで下さい」
頬を隠す様に押さえて、ははは。と空笑いするレイジ。ぱふぱふしたので事故ではなく故意である。
「そうか。理不尽な暴力を受けている訳じゃ無いんだな?」
「どういう事ですか?」
「奴隷を非人道的に扱っている人が居るのよ」
「奴隷……」
再び出てきたファンタジー要素に、今度はレイジは反応しなかった。耐性が付いたわけじゃない。SFにも薄い本にも奴隷制度は存在しているからだ。
「別にそういう扱いを受けている訳じゃありませんので」
「そうか。ならば問題はないだろう。こっちだ。ついて来てくれ」
兵士は背を向けて建物の中へと入っていく。その後をレイジ達がついて行くのだが、やり取りが気に入らなかったのか、両手を後ろ頭につけたミーナが何やらぶつぶつと呟いていた。
「ここだ」
兵士に案内されたのは十畳ほどの狭い部屋。装飾品の類いは一切無く、金属製の台座に銀色をしたタブレットサイズの板が置かれているだけの簡素な部屋。しかし、壁一面に張られたガラスの向こう側は広大な空間があり、そこでは大小様々なコンテナが流れていくのが一望出来た。
「おお……」
SFっぽい。と、レイジは思わず感嘆の声を漏らした。その目は小さな子供の様に輝いている。
「そこは受け荷の検疫を行う場所でね、数十から数百の商船からの荷を検査している」
「数百ですか!?」
その数に驚くレイジだが、直径約二万キロがある惑星の人口は当然億を軽く超えている。住民プラス観光客を養う為にはそれくらいの出入りは必要だ。
「これだけのコンテナを管理するのも大変そうですね」
「なに、管理はほぼ機械任せだ。アンドロイドを多数起用しているお陰でそれ程人員は必要としていないんだ」
「へぇ、そうなんですかぁ」
食い入る様にガラス向こうを見ているレイジの背後で、マナとミーナは一体何が面白いのだろう? と、肩をすくめ合っていた。
「ちなみに、見学ツアーも組まれているから興味があるのなら後日また来るといい」
「はいっ、是非に」
「では、用事を済ませてしまおうか」
兵士はそう言って、金属製の台座に乗せられた銀色の板を手の平で指し示す。
「このプレートに手を乗せてくれ」
兵士がプレートと呼んだこの板は、触れた者の情報を読み取る装置だ。ここでは犯罪履歴や出身惑星などを調べている。
「ふむ……どうやら犯罪履歴は無い様だな」
腰のベルトから取り出したスマホサイズの端末を見ながら兵士は呟く。それを聞いたレイジは当たり前だと思いつつ嬉しそうな表情でマナに視線を向けた。
「はいはい。疑って悪かったわよ」
彼が何を言おうとしているのか察したマナは首輪を取り外すべくレイジに近付きその首に手を伸ばした。
(ああ、やっと解放される)
そう思ったのも束の間だった。レイジの首にセットされた爆弾付きの首輪に触れる直前でその動きを止めた。それを制止したのは案内の兵士だ。
「貴殿の出自が確認できんのだが?」
兵士が手にしている端末には犯罪履歴だけでなく、出身惑星やDNA情報などが表示されているのだが、それ等全て『unKnown』と表示されていた。
「それが、地球って星から来たって言ってるのよ」
マナの説明に兵士はハテ? と考える。
「そんな星など知らんぞ」
「本人は異世界だって言ってたけど?」
「ふむ……もしかしたら、精神汚染の可能性があるかもな」
兵士の話を聞いて、マナはそれだ。と言わんばかりに手の平をポンと叩いた。
「その可能性は思い付かなかったわ」
ジッと見つめる両名の視線に思わずレイジはたじろぎ、手の平を二人に向けて首を激しく横に振った。
「いやいやいやっ! 別に精神が病んでる訳じゃ無いですってっ」
「ホントにぃ?」
「ホントですって」
ぱふぱふの意趣返しとばかりに意地悪っぽく言ったミーナに対して懸命に弁解をするレイジ。
「塩基配列は人族のソレだな……闇の因子も見当たらない。まあ、問題ないだろう」
兵士のお墨付きにホッと胸を撫で下ろすレイジ。その首にマナの手が添えられ、ガチャッと首輪が外された。
「もうこれは必要ないわね」
首の圧迫感が消え、身軽になったレイジはその解放を心から喜んでいた。その所為もあって、外された首輪がマナの胸の谷間に消えた事に気付かなかった。
「君、名前は?」
「あ、はい。滝谷レイジと言います」
「ではタキヤ君。君の情報は既に登録された。今後は法に
「……はい」
兵士からの言葉を重く受け止めたレイジはゆっくりと頷いたのだった──
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