第7話 冒険者ギルド

 防衛隊を後にしたレイジ達は、再び馬車に乗って次の目的地へと向かっていた。ミーナは相変わらず外を眺め、マナは自分の首を触っているレイジを見つめている。ひとしきり触れた後、レイジはマナへと視線を移すのだが、それを察したマナは窓の外へと目を向けた。


「次はどちらへ向かうのですか?」


 そう言ったレイジの声は疑いが晴れた事によって明るい。掛かっていた疑いがなくなって契約上ではお役御免のレイジだが、マナによって待ったがかけられて今日一日付き合う事になっていた。


「次は冒険者ギルドハルデニア支部よ」

「ぼ、冒険者ギルドっスか……?」

「その様子だと知っていそうね」

「ええ、まあ。テンプレですし」

「テンプレ?」


 マナとミーナは顔を合わせて互いに首を傾げる。


「ああ、ボクが元居た世界の話ですからお気になさらないで下さい。で、そのギルドって場所はクエストの発注と素材の換金を行う場所。で、合ってますか?」

「なんだ、よく知っているじゃないか」


 ミーナは脚を組み直し、感心した風な視線を向けていた。


「私達が受けたクエストの報告と、あなたが倒した敵の素材を売りに行くのよ」

「あの残骸を。ですか?」


 レイジの問いにマナは頷く。


「ええ。あれは加工し直して船の装甲板に使われるわ。ダークサイドの素材だからそれなりに貴重よ」

「ダークサイドって……」


 超有名監督が手掛けたSF映画の様だ。と、レイジは思っていた。


「私達と敵対している勢力をダークサイドと呼んでいるの」

「つまりは女性を苗床扱いする人達ですか」

「それだけじゃないけどそんな所ね。詳細を知りたければこの街にも図書館データバンクはあるから、そこで調べるといいわ」

「後で行ってみます」


 レイジがそう答えた所でガタゴトと動いていた馬車が止まり、ロボット馬がヒヒヒン。と、電子音で嘶いた。どうやら目的地に着いた様であった。



 冒険者ギルドハルデニア支部。一般の学校の敷地ほどもある大きな建物は地上六階建で、校門程の幅がある入り口にはドアは取り付けられてはおらず、内部で往来する人々が外からも見えていた。


「おお……」


 建物内に入ったレイジはまずその広さに驚く。校庭ほどもあるエントランスホールには大手銀行の様に窓口が幾つもあり、それぞれに受付嬢が座っている。


 次いで仰ぎ見て驚く。一階から四階までの吹き抜け構造で天井からはシャンデリア風の照明が下がっていて、一見豪奢なリゾートホテルの様だ。


 しかし一度視線を元に戻せば、大剣やボウガンの様な武器を背負った者や、背丈ほどの杖を持ってローブを纏った者。と、リゾートとはかけ離れた者達が行き交っている。まあ、ビキニアーマーなんかはリゾートっぽい。


 そして、ファンタジーにおけるテンプレであるクエスト掲示板はホログラムで壁に投影されている。それに触れる事で手持ちの端末にコピーし、受付で受領をするのである。


「ホント、妙な所だけSFなんだよなぁ……」


 呟きながらマナの後に着いて行くレイジ。二十五番と書かれた受付へと慣れた感じで歩いていく。そしてその受付嬢というのが……


「いらっしゃいませですにゃ」


 猫耳の美女だった。そして語尾は『にゃ』である。


(うお、ネコミミっ娘だ。本物だ)

「どの様なご用件ですかにゃ?」


 穴が開くほど見つめていたレイジにネコミミの受付嬢はニコリと微笑む。だが実際は先頭に立つマナに向けられた笑みである事に気付いていない。


 そしてこのネコミミっ娘。実は猫型のアンドロイドだったりする。他のイヌミミっ娘やウサミミっ娘等の受付嬢もアンドロイドだ。

 

「クエストの報告と素材の買い取りをお願いするわ」

「畏まりましたにゃ。それではギルドカードを拝見しますにゃ」


 胸の谷間に手を突っ込み、一枚のカードを取り出したマナ。横で見ていたレイジはえっ?! と思って膨よかなおっぱいを見つめる。


(谷間から物を取り出すのってアニメだけかと思ってた……)


 胸の谷間から取り出すのは何もアニメだけの話ではない。カードや鍵やマスカラ等、小物なら実際地球でもやっている猛者は存在する。


「それでは確認しますにゃ」


 カードが置かれた事を確認すると、ネコミミ受付嬢が端末を操作し始める。


「クエストはランクDの惑星調査。素材はダークアイアンの屑ですにゃ?」


 マナが頷くとネコミミ受付嬢は再び端末を操作する。すると、マナの目線程の高さに小さなモニターが表示された。


「こちらがクエストの報酬ですにゃ。よろしいですかにゃ?」

「ちょっと待って」


 宙に浮き出たモニターを見てマナは待ったをかけた。


「あそこは既に奴らのテリトリーと化していたのよ?。危うく囚われの身になる所だったわ。こんな報酬じゃ割りが合わないわよ」

「上司に問い合わせてみますにゃ…………ダメだそうですにゃ」

(返答はっや!)


 高速返答にも驚いたが、連絡する素振りも見せずに一体どうやって連絡を取ったのだろう。と不思議がるレイジ。街中で獣人を見たせいかレイジは彼女を本物のネコミミ娘だと錯覚している。が、先にも言った通り、彼女は猫型のアンドロイド。何でも収納出来るポケットは無いが、通信機能は標準装備されている。それを使って報告していたのだ。そして彼女の上司もアンドロイドである。


「ご了承頂けましたかにゃ?」


 視線を感じたレイジはふと隣の受付嬢を見る。その受付嬢は、身体は正面を向けたままで頭だけがこちらに向いていた。その隣の受付嬢も同じで、更に隣の受付嬢も頭だけがこちらに向いているのだから怖い。


「分かったわよ」


 大きくため息を吐いて頭を掻いたマナ。同時にマナ達に向けられていた頭が一斉に正面を向いた。


「では報奨金は振り込まれましたにゃ。素材については引き取りした後にお振り込みしますにゃ」

「早急にお願いね」


 少しイラついた様子で言ったマナは、踵を返しつつ受け取ったカードを再び胸の谷間に仕舞って冒険者ギルドを後にしたのだった。


 ☆ ☆ ☆


 木製の丸いテーブルに、酒樽を縮小した様な四つのジョッキが置かれていた。その内の三つは黄金色をした液体が入っており、真っ白な泡の下でしゅわしゅわと小気味の良い音を立てている。残り一つは紫色をした液体で、泡は無いがこちらもしゅわしゅわと音を立てていた。


「それじゃ……」


 言ってマナがジョッキに手を伸ばし、続く様にミーナ、マイナ、レイジがジョッキを手に取る。


 冒険者ギルドに寄ってからというもの、マナの機嫌はあまり良くはなかったが、素材の引き取り完了の連絡を受けてからその機嫌も元の状態に……いや、上機嫌になっていた。素材のダークアイアンが思いの外高額だったらしい。


「無事の帰還に……乾杯っ」

「かんぱーいっ」


 小さな酒樽ががこんっ。と、音を立てて合わせられ、その中身を瞬く間に減らしていく。


「くはぁっ!」


 ジョッキの中身を飲み干したミーナは、こりゃたまらんっ。と言わんばかりの表情をした後、身体を捻って後ろを通り掛かったウエイトレスに声をかける。


「おねーさんっ、ビエールのお代わりっ」

「はーいっ」


 呼ばれたウエイトレスがミーナの側まで来ると、人差し指を第二関節部分からスポッと外し、空洞から溢れる黄金色の液体を小さな酒樽のジョッキへと注いでいく。初めは面食らったレイジも、流石に二度目となると落ち着いていた。


 彼女は給仕型のアンドロイド。人差し指、中指、薬指、小指からはそれぞれ違うお酒が出る仕様になっている。ちなみに余談だが、試作型の彼女は股間から黄金色のビエールが出る仕様だったそうである。即座に変更されたが。


「どうしたのよレイジ。浮かない顔しちゃってさ」


 そう言ってマナは皿に盛られたエッダマメを一つ摘み、その中身をポンポンポンと口へと放り込んだ。


「なんか、申し訳ないなって思ってまして」

「何が?」

「こうして食事を頂いただけじゃなくお金まで貰っちゃって……」


 レイジのポケットの中には、直前にマナから渡されたマネーカードが入っている。その中には、ひと月は普通に暮らせるだけの金額が入っていた。


「なーに言ってんのよ」


 骨つきの肉にムシャリとかぶり付き、肉の先をレイジへと向けるミーナ。


「アンタのお陰で私達は今、こうして飲んでいられるのよ。命の恩人に礼を尽くすのは冒険者の常識よ」


 言って再び肉にかぶり付く。その隣ではマイナがウンウンと頷いていた。


「そういう事ですわ。そう重く捉えず、もっとライトな感じで構いませんのよ?」


 冒険者界隈では命を救ったからといって高額な金品の請求はしない。飯を奢り、酒を交わすだけで良いのである。巡り巡って自分に戻ってくるかもしれないからだ。


「お金についてはアンタの門出祝いも含まれているわ。探すんでしょ? 元の世界とやらに帰る方法を」


 エッダマメを口に放り込むマナにレイジは頷いた。


「ええ、何をどうすればいいのかはまだ分かりません。が、取り敢えずは図書館データバンクとやらで探してみようと思ってます」

「そう。あなたが元の世界に戻れる様、祈っているわ」


 言ってマナはジョッキを差し出す。次いでミーナとマイナも差し出し、レイジはその三つのジョッキに自身のジョッキを合わせ、その中身を飲み干した──

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