第8話 襲撃

 マナが用意してくれた部屋は十畳ほどの一人部屋。座れば軋み音をあげる木製のベッドと机に椅子。そしてクローゼットが置かれていた。


 漆喰を塗り込んだ壁と踏むと僅かに軋みをあげる床板だが、間に防音材が使用されており、上下左右の部屋からの物音は一切聞こえてこない作りになっている。


 ベッドにゴロリと寝転がり、見知らぬ天井を見つめながらレイジは大きくため息を吐いた。


「寝て起きたら一人ぼっちか……」


 ここまではマナ達が一緒だったが、これからは一人で行動しなければならない。SFとファンタジーが入り交じったこの奇妙な世界で、一人になってしまうのは正直寂しかった。


(とはいえ、マナさん達について行く訳にもな……)


 彼女達は冒険者だ。それは冒険者ギルドで依頼を受けていた事からも容易に分かる。思い切って言ってみようか? そんな考えがレイジの頭を過った時、室内に警報が鳴り始めた。


「な、何だ?!」


 ベッドから飛び起きたレイジは、木製の机の上に赤で表示されたモニターを注視する。そこには『emergency』と書かれていた。



 どうやら、警報はレイジの部屋だけでなく、街全体にも鳴り響いている様だった。窓を開けて市街を見ると、大通りには等間隔で浮かぶパネルに部屋と同じ文字が書かれている。そして女性の声でアナウンスが流れ始めた。


『冒険者ギルドよりギルドオーダー発令! 冒険者各位は緊急発進せよ! 繰り返す──』


 あらかじめ録音された声ではなく、緊迫した様子から直接放送している事が伺える。それが何度か繰り返された後、係船場から飛び立った幾つかの船が、雲を引きながら宇宙へと向かっていくのが見えた。


「ん? 揺れている……?」


 足の裏に感じた僅かな振動に床を見たレイジ。その振動は徐々に大きくなっていき、終いには普通に立っている事すらも出来なくなっていた。


「じ、地震……? なっ!」


 転ぶまい。と、窓枠にしがみ付いていたレイジは驚愕の表情でソレを見つめていた。


「と、塔が生えていく……」


 街のあちこちから突如として生え出した幾つもの塔。バチバチと帯電したかと思った瞬間、その先端から宇宙に向かって何かが射出されていく。その衝撃波をまともに喰らったレイジは床に尻餅をついた。


「ななな何だぁっ!?」


 塔の先端から何かが射出される度に発生する衝撃波。身体にダメージを受ける程ではないにしろ、連続して発生されればまともに見てもいられない。窓を閉めればその衝撃波も室内に届く事は無いのだが、それを知らぬレイジは腕で顔を庇いながら耐えるしかなかった。


(一体何なんだあの塔は!?)


 地上から見ればただの塔にしか見えないだろう。しかし、空から見下ろせばそれが何のかは一目瞭然。それは、直径約二百メートル。高さは千メートルにも届く巨大な砲。惑星防衛隊迎撃システムの一つである。


 装填された専用弾。あるいは物体を電磁加速させて打ち出す仕様だが、それはレールガン。というよりはマスドライバーに近く、打ち出されたモノは大気圏を抜けた時の速度のまま宇宙空間を突き進み、岩の様な物体なら質量兵器として、専用弾は爆裂や指向性クラスター爆弾が敵を粉砕するのである。


(敵を迎撃しているって事か……)


 無闇矢鱈に撃っているとしか見えない為、出撃したと思しきマナ達に当たってないだろうな。と、本気で心配をする。しかし勢いよく開けられた部屋のドアに振り向いたレイジは、その心配も杞憂である事を知った。


「マナさん!?」

「ああ、良かった。ここに居てくれて」


 汗を流し、肩で大きく息をしている事から、大慌てでここまで来たのだろう。髪は汗で身体に張り付き、頬を僅かに赤らめて荒い呼吸を繰り返すさまは、なんともいえない色気があった。


「し、出撃したはずじゃ……?」

「とにかく話は後! 一緒に来て!」


 慌てた様子でレイジの腕を取ったマナは、その問いに答える事もなく階下へと降り、入り口前に停まっていた馬車へとレイジを押し込んだ。


 ☆ ☆ ☆


 馬車は通常時よりも早い速度で石畳が敷かれた通りを走っていく。普通の時よりも若干突き上げが増しているがお尻が痛くなる程ではない。空へと向けた砲塔からは今も射出が続けられているが、その音は馬車の中までは届かない様だった。


「マナさん。一体何が起こっているんですか?」

「ゴブリンよ」

「ご、ゴブッ!?」


 マナの言葉にまたしてもファンタジーかっ。と、思わず内心ツッコミを入れるレイジ。


「今現在、この星はゴブリンの襲撃を受けているの。その数は二百」

「二百……」

「ええ。今は冒険者の艦隊と防衛システムの迎撃によってどうにか食い止めている状態よ。当然、私達も出なきゃならないんだけど、主機関が言う事を聞いてくれなくってね。動いた時のメンバーならもしかしてって思ったのよ」

「なるほどそれでボクを……」

「協力してくれないかしら?」

「ええ、いいですよ」


 即答だった。マナのエロい身体を弄れるからではなく(少しはあるかもしれない)、頼られる事が嬉しい。寂しかったのである。


「マナさんの頼みなら喜んで」


 微笑み手を差し伸ばすレイジ。マナはその手をガッチリと掴んで握手した。


「だけど、武装って無いですよね、アレ」

「ええ、後日見繕うつもりだったんだけどね。デカイ木も付いたままだし」

「じゃあ、宇宙そらに上がっても役に立たないんじゃ……?」

「そこはホラ、あの時の様にすれば良いんじゃないかしら」

「ああ、カミカゼアタックですか」


 それならば可能かとレイジは思っているが、最強の盾を持つ船だからこそできる芸当であって、荒っぽいには違いない。



 馬車が停まりロボット馬がヒヒヒンと嘶く。馬車から降りたマナとレイジは船に駆け乗り、艦橋へと入る。メインスクリーンにはこの惑星の衛星軌道より外側の簡易マップが開かれていて、左から右へと向かう青い三角と右から左へと向かう赤い三角のマーキングが表示されていた。


「マイナ、彼を連れてきたわ。状況は?」

「主機の稼働を確認しましたわ」

「やっぱりか……」


 コンソールに寄りかかっているミーナがそう呟いた。


「戦況の方は芳しくありませんわね」

「どういう事?」

「敵の増援が逐次投入されていて、一進一退を繰り返しておりますわ」

「ああ、ゴブリンの分際でナメたマネをしてやがる」


 パシッと、手のひらと拳を合わせたミーナ。少々苛立っている様だった。


「ともかく、私達も出るわよ。ミーナ」

「オッケー」


 真っ直ぐにレイジを見つめて微笑みながら、矢鱈と腰をクネクネさせてレイジが座る椅子まで歩いてくるミーナ。外国のAV女優かと思える仕草である。


 そして、マナはレイジが座る座席の右側でレイジにぷりんとしたお尻を向けて、ミーナは左側で、『どう? 私のカ・ラ・ダ』と言わんばかりにレイジに見せつける様に並び立つ。


「第一種戦闘配置!」

「了解っ」


 マイナがキーを打つと同時に、マナとミーナの足元からモノリスの様な真っ黒な板が、マナとミーナの背後に迫り上がった。


 真っ黒な板にマナとミーナが背を預けると、板はゆっくりと横になる。板の上で仰向けで寝ているマナとミーナはまるでマグロだ。女体盛りでもワカメ酒でも何でも出来そうだった。


 真っ黒な板がレイジの元へと引き寄せられる。それが完了するとマナとミーナの身体から僅かに浮いた場所に計器類が出現した。そして前回との違いは、マナとミーナの立体映像が現れた事である。それは、船で待っているマイナが暇過ぎて作った新機能だ。その立体映像のマナがビシッと指を差した。


『ワイルドキャット、発進っ!』

「り、了解、です」


 ワイルドキャット? この船の名前か? そんな疑問を抱えつつ、レイジは船を離陸させた。


 ☆ ☆ ☆


 上昇時の多大な負荷にレイジは耐えていた。彼の衣服は未だ地球に居た頃と同じであり、マナ達の様な多機能型のレオタ……宇宙服ではないが為にその負荷をキャンセルさせる事が出来ない。腕は僅かすら上げる事は出来ず、右の手の平はマナのおっぱいに埋もれていた。


 青い空がやがて星々の海へと変わる。上昇時のGから開放されたレイジは力尽きたかの様に背凭れに寄り掛かっていた。


「ゴブリン艦隊補足しましたわ」


 マイナの報告と共にメインスクリーンに映し出された艦隊。エグマリヌの衛星軌道上にずらりと並ぶ銀色の船は、レイジがカミカゼアタックを敢行したあの船と同型艦だ。


「よしそれじゃ──」


 突撃する。そう言おうとした時、メインスクリーンに小さく男の顔が映し出された。


『なんだ、戦も知らねぇバカ貴族かと思いきや、猫の目かよ。いつもの船はどうしたんだ?』


 左目を眼帯で隠し、髭面のその男が言う。


『クエストで失敗しちゃってね。今はこの船が私達の船よ』

『ハッ、そんなフザケたモン乗っけて戦闘なんざ出来るわけねぇだろ。戻ってガクブルしてな』

『あら、ガクブルしているのはそちらでしょ? ゴブリン如きに苦戦してるからわざわざ上がって来てやったのよ』

『なんだとぅ。お前等なんざ必要ねぇってトコ見せてやんよ』

『それは楽しみだわ。とっととやって頂戴』

(なにか変だな……)


 男とマナ。二人のいがみ合いも気に留めず、レイジはメインスクリーンのただ一点を見つめていた。レイジが見つめるその先は、ダークサイドと呼ばれる恒星からの光が当たらない部分。レイジはそこに違和感を感じていた。


「マイナ──っ、さん」


 呼び捨てにされて、ああん? と鋭い眼光を放ったマイナにたじろぐレイジ。


「前方の衛星の少し右側を拡大投影してもらえます?」

「え? ええ、分かったわ」


 レイジに指示された部分を拡大するマイナ。ソコには敵影らしいモノもなく、ただ真っ黒な空間があるだけだった。


「何もありませんわよ?」

「あれ? うーん……」


 気の所為だろうか? 頭の中でそう思っているが為に、レイジの瞳がその異常を捉えていた事に気付かない。キラッと光ったその輝きも、星々の輝きの一つであろうと錯覚していた。しかしレイジが持つ危機感センサーが、その光はヤバいと警告を発した。


「マイナ! シールド出力最大!」

「え、はっはいっ!」


 レイジの切迫した声にマイナは慌ててボタンを叩く。モニターに表示されている計器類がレッドゾーンを振り切った次の瞬間、レイジ達は真っ白な閃光に包まれた──

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