第9話 滅びへの道
星々が輝く漆黒の宇宙空間を一筋の光が突き進む。はたから見ればその光はまるで地獄に降ろされた一本の蜘蛛の糸であるかのようにも思える。しかしそれは全くの真逆。神の慈悲により彼の者を地獄から救う為の糸ではなく、触れたもの総てを地獄へと変える恐るべき光だ。
その光は衛星の陰から真っ直ぐにハルデニアへと突き進み、そして上下二つに分かたれる。その分かれた光はハルデニアから大きく離れて彼方へと飛び去っていった。
「うっく……一体、何が……」
頭を振って意識を再覚醒する。背凭れに身を預けたレイジは深く深呼吸をしてハッと我に返った。
「全員無事ですか!?」
レイジの言葉にマナとミーナの立体映像はノイズを走らせながら親指を立てる。マイナは少し辛そうだった。
「マイナさん大丈夫ですか? 顔色が悪そうですけど……」
「これくらい平気ですわ」
「そう、ですか」
本人は大丈夫と言うがレイジ内心心配していた。マイナは強烈な光を見た事による一時的な機能麻痺に陥っていた。
『どれどれ……』
「ひゃっ!?」
ミーナの立体映像がマイナの側に現れたと同時にマイナは座ったままでお尻で飛んだ。
「ちょっ、ミーナ姉様何処触って……」
『ふむふむ……』
マナ達のレオタ……宇宙服には高度な生命維持装置が付いている。リモート型の心臓マッサージ等の機能を使い、ミーナはマイナの身体に異常がないか調べているのだが、当のマイナからすれば本当に
『じゃ、最後はここね』
「えっ?! そっ、ソコはダメですっ!」
前屈みになって必死の抵抗をするマイナ。
『全くもう……』
見かねたマナはため息を吐きながら胸の谷間からハリセンを取り出し、そしてミーナの脳天目掛けて振り下ろす。スパンッ。と、立体映像なのに小気味いい音が艦橋内に響いた。
『いい加減にしなさい。戦闘中よ』
『はぁい』
ションボリするミーナ。マイナは背凭れに寄りかかって呆けている。その息は少し荒目だ。
『大丈夫? マイナ』
「……あ。はい、大丈夫ですわお姉様」
トロンとした目でマナに微笑むマイナ。マナはミーナをキッと睨みつけた。
「あ、お姉様。『隻眼の鷹』より通信が入っておりますわ」
『繋いで頂戴』
(鷹が隻眼って致命的だろ)
レイジが心の中でツッコミを入れる。指示されたマイナがキーを操作するとメインスクリーン下部に、先程マナと言い合いをしていた、片目を眼帯で隠している厨ニっぽい男が映し出された。
『おい大丈夫か?!』
『ええ、こっちに被害は……』
チラリとマイナを見たマナ。その意図を察したマイナは航行可能状態であると意を込めて頷く。
『無いわ』
『無いっておまえ。アレ喰らって何ともないとかどうなってんだ? 消し飛んだ船もいたってのによ』
『さあ?』
マナは肩をすくめて応え、石像のように固まる。
『消し飛んだ?!』
マナは慌てて味方の配置図を見て目を見開く。この船の前方にあったはずの二つの反応がその何処にもなかった。
『ああ、大破や轟沈じゃねぇ。消滅だ』
『なんて事……』
視線を落としてマナは暗然とする。
「一体何者からの攻撃なんですか?」
ゴブリン艦と一戦交えたレイジには分かっていた。あれ程の大出力の攻撃手段は奴等には無い。とすれば、別な何かが居るはずだ、と。しかし眼帯男はレイジの問いに答える事もなく、不審者を見るような目で見ているだけだった。
『誰だオマエ?』
「え? あ。ぼ、ボクですか? ボクはその。彼女達の……」
仲間? 友人? 首輪を嵌められた事もあるから奴隷? そんな言葉が頭を巡る。その中に何故か恋人というワードも混ざっていたが。
『ああ、そういえば紹介がまだだったわね。彼の名はレイジ。私達の新しい仲間よ』
「ど、ども。よろしくお願いします」
立ち上がってペコリとお辞儀するレイジ。その顔はちょっとだけ残念そうであった。
『仲間、ねぇ……』
眼帯男はレイジをジッと見つめて見定める。色白でひょろりとした外見。宇宙服には到底見えない簡素な服。恐らくは冒険者に成りたてのペーペーで、運良く彼女達に拾われたのだろうと思っていた。
『それで、誰がやったのかという話だが。お前達にも見えているだろう?』
『ええ、見えているわ』
立体映像のマナの頬を汗が流れ落ちる。一同が視線を注ぐその先に、暗がりから陽光の下へと姿を見せ始めた物体が在った。
『ゴブリンジェネラル……』
「ゴブリンジェネラルっ?! あれが!?」
マナの呟きにレイジが驚く。ファンタジーに於けるゴブリンとは妖精の一種である。緑色の肌に醜悪な外見。性格は邪悪であるのが殆どだ。初心冒険者キラーでもあり、最も人を殺したモンスター。しかしここではその外見が大きく異なるのは衛星軌道上にズラリと並ぶゴブリン達を見れば一目瞭然だ。そしてその将ともなれば更に異形なる
『直径約十キロ、長さ約五キロの岩の塊を加工して作り上げた奴等の戦闘母艦だ』
ダークサイド領に漂う漆黒の隕石をベースに武装と航行装置を取り付けただけのものだが、主砲である高出力レーザー兵器ゴブリンブラストは半径十キロを焦土と化し、全身に据え付けられた副砲は三桁を超える。くり抜いた隕石内部には約五百隻の艦船も収容が可能な隕石型戦闘母艦。それがゴブリンジェネラルである。
『ヤツめ、今の今まで星の陰に隠れてやがった。どうりで探知すら出来なかった訳だ』
「か、勝てるんですか? あんなのに……?」
『無理だな』
レイジの問いに眼帯男は即答する。
『平原でヒットアンドアウェイを繰り返せば沈められるだろうが、ここまで接近されちゃもう詰んでいる』
「じ、じゃあ、どうするんですか?」
『逃げる。しか無いだろうな。実際、街の連中は逃げ始めているが……どれだけ生き残れるか』
「そ、そんな……」
レイジ達の船の背後にある星の陰から幾つもの宇宙船が飛び立っていくのが見える。しかしハルデニアの人口は億を超えており、寄港していた貨物船だけでは到底足らない。人口の殆どが未だ惑星内に取り残されている状態だ。せめてB級
「じゅんこうかん。って何ですか?」
『は?』
レイジのセリフに眼帯男はポカンとする。
『おいおい。いくら新人だからといって盾航艦も知らねぇのか?!』
あちゃーっと額に手をあて仰ぎ見た眼帯男は『ギルドの連中、講習で何も教えてねぇのかよ』とぼやく。
『盾航艦とは盾となる船の事よ。敵の攻撃を受け止め、あるいは受け流すのが基本ね』
「それなら、この船がその盾航艦ってヤツじゃないですか!?」
『あなたが言う『イージスシールド』ってヤツ?』
ファンタジーに於ける最強の盾と称されるイージスの名を持つシールド装置。B級どころかS級……いや、それ以上だとレイジは息巻く。しかしマナ達の心象は違っていた。
『レイジ。この船は目覚めたばかりでまだ本調子じゃないのよ』
「え……?」
『こうして乗っている私達ですら船の全容を把握していないの。一度ちゃんとしたメンテナンスを受けないといつ不具合が生じるか分からない。もしそれが主砲を受ける直前に起こったら……』
レイジの脳裏にその光景が映し出される。意気揚々と前線に立ち、敵主砲を受ける直前にシールドが消失する。そして、レイジ達の存在はこの銀河から消えてなくなる。
「……何か。何か出来る事は無いんですか!?」
レイジはその目に力強い意志を宿し、マナと眼帯男を見つめる。しかし二人は視線を逸した。
『今のオレ達に出来るのは奴等を引き付けて国軍の到着を待つ事だけだが、相手がジェネラルともなれば援軍は期待できないな』
「そんな……」
ガックリと項垂れるレイジ。今頃は全戦力を首都に集中させているだろうと眼帯男は予測する。そしてその眼帯男の読み通り、ハルデニア防衛隊からの緊急通信を受けた首都星では星系にちらばる戦力を集中させつつあった。相手はゴブリンの将だ。半端な戦力では太刀打ち出来ない事を彼らは知っていた。
『今しがたギルドオーダーも解除された。つまり、逃げるか戦うかの選択はオレ達に託された。既に幾つかのパーティーが離脱している。オレ達は負けたんだ』
「クッ……」
視線を下げたままギリリと奥歯を噛みしめるレイジ。拳を血が滲み出るほど握りしめ、頭の中では何か策は無いのかと模索し続けている。
『マイナ。ワープリングへの移動を始めて』
「はい、マナ姉様」
「まっ、……て下さい」
絞り出すように待ったの声を上げたレイジにマナは鋭い眼光を放つ。
『なに? 私の決定に文句でもあるの?』
「いえ……離脱に異論はありません。だけどせめて。せめて、出来得る限りこの船に人を乗せて──『それは出来ないわ』」
言葉を遮り口を挟むマナ。その目は更に厳しいものになった。
「どうしてですか!?」
『地上に降りた途端、民衆に囲まれてしまうからよ』
『ああ。そうなったら最後、離陸もままならなくなる。強行発進でもしたならば、当然犠牲が出る事になる。盗賊ではない民間人を殺すなんてオレはゴメンだね』
「…………」
レイジは沈黙する事しか出来なかった。マナと眼帯男。二人の言い分も正しいと思ってしまったからだ。溺れるものは藁をも掴む。その言葉がレイジの中でグルグルと回り続けていた。
『分かって。私達も辛いのよ』
「………………はい」
『マイナ、出して頂戴』
「分かりましたわ」
俯いたまま船を発進させたマイナ。レイジは血が滴る拳を振り上げ、コンソールへと思い切り振り下ろした。
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