第10話 捲土重来
ハルデニアの衛星軌道より離れた場所に、直径二十キロを超える装置が設置されている。ワープリング。又はポータルと呼ばれるこの巨大な装置は、宇宙を漂う隕石群や彗星。嵐など、危険宙域を避けて安全な航行が出来るようにと設置されたものだ。
主にワープ航法の手段を持たない民間船、貨物船の航行手段として用いられ、首都星から各惑星街へと繋ぐこの装置はあくまで星系内に限っての使用のみであり、星系外への移動は当然の事ながら出来ない。
敵勢力が星系内に侵入を果たした今、これを放置しておく事はすなわち敵を首都へと呼び込む事と同じであり、奪還作戦の準備中である軍の不意をつく事にも繋がってしまう。その装置が今、破壊されようとしていた。
『お前達は先に行ってくれ。オレ達が殿を務める』
「あなたはどうするの?」
第一種戦闘配置を解除し、操縦桿としての役目から開放された生身のマナが席に座したまま項垂れているレイジの肩に手を添えながら眼帯男に言った。
『まあ、ソイツの言う事も一理あってな、出来得る限り留まって脱出者を待ってみるつもりだ』
「あなた、まさか……」
『おいおい、そんな顔をすんな。別に死ぬつもりはこれっぽっちも無いんだからよ。タイミングを計り間違えるほど耄碌しちゃいねぇよ。リングはキッチリ破壊すっから安心しな』
「分かったわ。必ず戻ってきてね」
『ああ、首都星で会おう』
眼帯男との通信を終えたレイジ達はリングの中へと突入していく。それを見届けた眼帯男は一瞬塞ぎ込んだ。
「さて、と。状況はどうだ?」
眼帯男は現在の戦況を確認する為にパーティーメンバーである索敵担当の女性に尋ねる。
惑星からの砲撃と冒険者艦との攻撃でその総数が減っているとはいえ、残っているゴブリン艦が大挙として押し寄せれば如何な眼帯男の船でもひとたまりもない。パーティーリーダーとしての役目を果たす為に状況更新は必須だった。
「ゴブリンジェネラルはハルデニアの静止衛星軌道上に取り付きました。恐らく揚陸作戦を展開中と思われます。配下のゴブリン艦は半数が大気圏内に降下済み、もう半数はゴブリンジェネラルの護衛として残っていますね」
「こちらに向かってくる脱出船はあるか?」
眼帯男の問いにオペレーターの女性は首をゆっくりと横に振る。
「……いえ、探知範囲に味方船影なし」
「そうか……」
恐らくは宇宙港を掌握されたのだろうと眼帯男は読んでいた。
プシュッと音を立て、眼帯男の座席の後ろにある扉が横にスライドする。その扉を開けたのは真っ黒なローブを着た男だった。
「ボス」
「おう、指向性爆薬の設置は済んだのか?」
「ええ、滞りなく。動作確認するも問題なし」
「そうか。しかし……何度見ても気持ちのいいモノじゃねぇな……」
メインスクリーンに映し出されたあの星で今何が起こっているのか分かっているだけに、より一層不快になる。
「そうですね。残された者の半数近くは奴等の苗床にされるのですからね。美女の二、三人くらいは分けて欲しいもんですが……っと」
艦橋に居る女性陣からその男に冷たい視線が飛び、男は冗談ですよと肩をすくめた。
不潔な。そう思いつつ自身に与えられた役に戻ったオペレーターの女性が、慌てた様子で身を捻る。
「ゴブリンライダーの発艦を確認っ! 真っ直ぐこちらに向かってきます!」
「チッ、ここまでだな。おい、タイマーを作動させろ! オレ達も脱出するぞ!」
「「「了解っ、ボス!」」」
急速反転した眼帯男の船がリングへと消えた直後、元よりワープリングに備えられていた機能の一つである自爆と、眼帯男が仕掛けた指向性爆薬によって殺到するゴブリンライダー達を派手に巻き込んで辺境星域へのワープリングは爆破された。
☆ ☆ ☆
光流れる空間内をレイジ達の船が進んで行く。首都星までは十二時間程度かかる道程と、空間内は襲撃の心配が無いとあって、マナ、ミーナ、マイナの張り詰めた気は緩んでいる。ただレイジだけは座席に座ったまま俯いていた。
「んー……」
組んだ手の平を上へと伸ばし、爪先立ちになって背筋を伸ばすミーナ。膨よかなおっぱいが前へと押し出され、姿勢を元に戻すと同時にふるるんと揺れた。
「さて、シャワーでも浴びてさっぱりしてこようっと」
手をひらひらさせて艦橋から出ていくミーナ。それを見送ったマナはレイジの手を取った。
「レイジも、部屋を用意しているからそこで休んだ方が良いわ」
俯いたままで身じろぎ一つしないレイジを強引に立たせたマナは、背を押して部屋へと連れ出した。
「私は私の判断を間違っていたなんて思ってないから」
部屋へと向かう途中で呟くように言ったマナの言葉に、やっとの事で歩いていたレイジの歩みが完全に止まる。
「……それは分かってます。でも……頭では分かっているのに、心が納得していないんです。前も上手くいったんだ、今回だって大丈夫だったって思ってしまっているんです」
レイジのその考えは非常に危険なモノだった。某アニメの初心冒険者がゴブリン退治に行って返り討ちに遭ったのと同じ考えだからだ。ベテランの域に近づきつつあるマナ達に拾われたレイジは運が良かったと言わざるを得ない。
「それは幻想だから」
「幻想……?」
「前回上手くいったからって次も上手くいくとは限らない。入念に準備をしていても、ね」
イレギュラーは常につきまとう。安全だったはずの惑星が敵勢力に堕ちていた事もそうだ。クエストを受けた時点でマナ達の天秤は過酷な運命側へと傾き始めていたがそれが天秤の台座ごとひっくり返ったのもイレギュラーであろう。
マナはレイジの背に耳を当て、未だきつく握りしめるレイジ両拳に手を添えた。
「少なくとも、私達三人はあなたに救われたのは確かだから。それを忘れないでいてね」
マナの囁きにレイジの拳が僅かに緩む。彼の心にかかる重りが少しは軽くなったと感じたマナはレイジの背から離れた。
「着いたら着いたで忙しくなるわ。今のうちにゆっくりと休んで」
「……分かりました」
前を見たまま返答をしたレイジの背中に微笑んだマナは、回れ右をして艦橋へと戻って行った。
☆ ☆ ☆
──街が燃えていた。昨日までの平穏な日々はその何処にもなく、見渡す限り阿鼻叫喚の地獄絵図が広がっている。
人族、亜人族、獣人族。数多の死体が分け隔てなく道端に転がり、男は大人も老人も子供も降伏の意を示した者も、目に宿っていた意思の光を消して血の海に沈んでいる。女は大人も老婆も子供も妊婦も等しく凌辱され、いずれは赤き海に加わっていく未来しか見えない。
単座型地宙戦闘機ゴブリンライダーによって空は支配され、パワードスーツを着込んだ揚陸部隊ゴブリンファイターが我が物顔で闊歩し、隠れ潜む住人達に更なる絶望を撒き散らす。それでも、人々の心は未だ挫けてはいない。
「これでも喰らえ!」
ローブを着た人族の男が、肩に担いだ四連装ロケットランチャー、フレアアローをぶっ放す。放たれた四つのミサイルは弧を描いて十体で行動していたゴブリンファイター達へと向かい、うち一つは直撃を受けて爆砕し、残りは直撃しなかったものの爆発の余波でバランスを崩して転がる。撃った男はワザとらしく大きなガッツポーズを取った。
男の大袈裟なジェスチャーもゲリラ隊による作戦の一つ。攻撃を仕掛け、頭に血を昇らせて広く分散しているゴブリンファイターを集める。そしてその目論見通り、残ったゴブリンファイターが男を殺すべく脚に付けられたバーナーに火を入れた。
土煙を上げながら銃を構えて突進してくるゴブリンファイター。陣形が扇型からほぼ直列になった頃合いを見計らい、ゲリラ隊を指揮している男が号令を下す。
「撃て!」
号令と同時にライフルスコープを覗いていたネコミミの女性が引き金を引く。普段、ギルド受付嬢である彼女は緊急時には戦闘に参加する。アンドロイドというその特性を生かして人には持てない重火器を取り扱っているのだ。その彼女が担当をする武器、直径十五センチの銃身内部が青白い輝きを放ち、収束された光となってゴブリンファイターへと放たれる。そしてその光は着弾と同時にプラズマを発生させ、範囲内に居たゴブリンファイター達がバタバタと倒れていった。
サンダースピア狙撃ライフル。全長二メートル、直径十五センチの銃身内に在る芯棒と呼ばれる装置にプラズマを装填し、高圧縮させて撃ち出す銃だ。撃ち出されたプラズマは着弾から半径五十メートルに局地型EMPを発生させ、電装系を破壊して行動不能状態に至らしめる。
「直接攻撃に移れ」
『了解っ!』
通信機から待ってましたと言わんばかりの声が届くと、周囲に潜んでいた近接攻撃部隊が一斉に立ち上がった。ライトサーベルに似た光剣、ロングソードや斧状の光戦斧、バトルアックスをその手に携え、機能不全に陥ったゴブリンファイター目掛けて突撃して行った。
戦闘は拍子抜けするくらい呆気なく終わった。ゲリラ部隊を指揮していた男が即座に撤退を指示する。派手にドンパチをしたのだ。増援が来る事を見越しての指示だ。いくら質で勝っていても、数倍、数十倍もの敵に囲まれれば勝つ見込みはなくなるからだ。
(フン。勝った気になっているのも今のうちだぜゴブリン共め)
陽光に照らされ、静止衛星軌道上にクッキリと浮かんでいるゴブリンジェネラルを睨めつけたゲリラ部隊を指揮していた男は、退却を始めた仲間達と共に本拠地へと戻って行った。
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