第16話 急転

 気圧が元に戻り、重力装置も稼働させて地上と同じ状態へと戻ったエアロック内で、レイジは青褪めた表情で壁に寄りかかりながら座っていた。


「し、死ぬかと思った……」

「まあ、一旦は死んでたけどな」


 様子を見にやって来たミーナが呆れ顔で言う。


「全く、あなたは何かしらやらかしてくれるわね」

「す、すみません」

「で、マナ姉ぇの食い込み見てああなった、と?」

「ちょっ、ミーナっ!」


 両手でお尻を押さえてマナは顔を赤くする。


 レイジが死にかけた原因は先行するマナのTバックにほど近い食い込みを見た所為である。しかもドアップで。流石にモザイクが掛かるほどに食い込んではいなかったが、それでも年齢イコール彼女居ない。のレイジから見れば、相当刺激が強かったらしい。結果、吹き出した鼻血が酸素を供給する管に詰まり窒息した訳である。マッチ一本火事の元ならぬ汁一滴窒息の元である。


「すみません。あまりに魅力的だったもんでつい……」


 一応フォローのつもりで口にしたレイジだが、レイジに好意を持っているのならばともかく、全くその気がない以上セクハラにしかならない。事実、マナとの距離が更に開いた。


「もういいわ、レイジは船で休んでいて。依頼品は私とミーナで採ってくるから」

「は、はい。大人しくしています……」


 シュンとするレイジにミーナが近付き、耳打ちする。


「艦橋ならより鮮明にアップできるゼ」

「えっ」


 ミーナの言葉にドキッとするレイジ。バイザーの機能ではアップ映像はある程度劣化していたが、宇宙船に搭載されている望遠カメラは比較にならない程の高性能。今度こそモザイクが必要となるに違いなかった。


 ☆ ☆ ☆


 エグマリヌケイヴを一隻の宇宙船が王都へ向けて航行していた。それと入れ違いに船が何隻か。いや、後から後からやって来ては次々とすれ違っていく。


「一体どうしたのかしら?」

「さあ?」


 マナの疑問にコンソールに足を乗せ、両手を頭の後ろで組んで背もたれに寄りかかっているミーナが首を傾げた。


「まるで何かから逃げ出してるみたいに見えますが……」


 マナから最も離れた椅子を指定されたレイジが思った事を口にする。


 あの後、ミーナの甘言に乗って性懲りもなく望遠カメラを使って覗いていたレイジの痴態は全て船内の別のカメラに収められていた事が発覚。激怒したマナの強烈な張り手が炸裂し、宇宙船内の低重力下も相待って、トリプルアクセルを四回ほど繰り返した。という、フィギュアスケーター顔負けの回転を見せつけた。


 その所為でマナとの距離が益々離れる結果となり、『次やったらその首輪を吹っ飛ばす』とまで言われる事となった。寝取るどころか出会った頃の様に不審者扱いである。自業自得ではあるが。


「確かに。レイジの言う通り、逃げ出している様に見えるな……」


 貨物船に民間船、金ピカだったりしろがねに輝いていたり。と、やたらゴージャスなのは貴族の船であろう事は容易に想像できる。それ等が一斉に首都星から離れていくのだ。


「ん? 通信? マイナから?」

「あいよー」


 ミーナは姿勢をそのままで、コンソールに乗っけていた足の踵を使って器用に通信のボタンを押した。


『お姉様っ!』

「どあっ!?」


 メインスクリーン一杯にマイナのドアップ映像が映し出され、それに驚いたミーナが椅子ごとひっくり返る。


『あらミーナ姉様。どうされたのですか?』


 キョトンとしながらミーナを見るマイナ。向こう側からもミーナがこけたのが見えていた様だ。


「急にドアップで出てくるんじゃないっ!」

『あら、それはそちらの落ち度ではないですか?』

「クッ、後で覚えてろよ……」


 定番の捨て台詞を吐いたミーナ。その手は何やらいやらしい動きをしていた。


『そんな事よりもお姉様、今王都では大変な事態になっておりますわ』

「大量の船が飛び立っているのと何か関係があるの?」

『ええ。信じ難いでしょうけれど、ハルデニア奪還に向かった軍の艦隊が全滅しましたの』

「「「なっ!?」」」


 マナ、ミーナ、そしてレイジの驚愕の声が見事に重なる。


『王都では現在、緊急避難命令が下されたと同時にギルドオーダーも発令されましたわ』

「私達には逃げる選択肢を与えないっての?!」


 ギルドオーダーとは発令された国。つまり星系内で活動している全冒険者に対して強制発布される。これに無視し、あるいは逃亡した場合は最悪冒険者カードの抹消もあり得る。


「その軍の艦隊を全滅させた相手っていうのは分かります?」


 レイジの問いにマイナは首を横に振った。


『いいえ。今現在ギルドの偵察艦が調査に出ていますが、それを成した相手の正体の報告は未だありませんわ。分かっているのはジェネラルよりも高位の存在だろう。と、いう事だけですわ』

「そうなるとだ。チャンプかヒーロー、あるいはキングか……」

『ドラゴン。という可能性もありますわよミーナ姉様』

「ドラゴン?! そんなのも居るんですか!?」


 ファンタジー用語に慣れてきたレイジは、逆にそれがどんな姿をしているのか興味津々である。


『興味がお有りなら半月後には見れますわよ。ワイバーンの群れがちょうど近くを通りますから』

「半月どころか一週間も生き残れるのか、そっちが心配だけどな」

「そうね。まずは生き残る為にやるべき事をやりましょう。マイナ、私達はもうすぐエグマリヌに着くわ。あなたもギルドへ来て頂戴」

『分かりましたわお姉様。ではまた後で』

「ええ」


 マイナとの通信を終えるとマナ達は閉口し、エンジン音と機器類からの音だけが鳴っていた。


 ☆ ☆ ☆


 エグマリヌ王国星系王都エグマリヌ。蜘蛛の子を散らす様に王都から脱出し続ける宇宙船とは別に、未だおびただしい数の船が港に係留されていた。それ等は全て冒険者達の船であり、その数は約千隻に達している。各船の乗組員は今、王都中央に聳え立つ冒険者ギルドエグマリヌ支部の一階大ホールに集まっていた。


「あら、チャッピー。あなたも来たの?」

「仕方無ぇだろ? ったく、他所の国へ行こうとしたらコレだ。軍の無能っぷりも大概にして欲しいぜ」


 むくれるチャッピーにマナはくすくすと笑いながら『それは御愁傷様』と小声で言った。


「それにしても、王族や貴族達は早々に逃げ出しておいて私達には死んで来い。とか、冗談にも程があるわね」

「まあ、ギルドにも面子ってモンがあるからな。取り敢えず当たってみてそのまま討伐出来れば良し、出来なきゃオーダー解除するだろう。ギルドも軍より有能な冒険者をみすみす手放すはずもないさ」

「ああ、お姉様。やっと見つけましたわ」


 人混みをかき分けて、小さな頭をぴょこんと出した少女が安堵な表情を浮かべていた。


「マイナ。船の方はどう?」

「装備品に関しては木の中から見つかった箱と、ショートソードのみ適合しております。残念ながらアローの方は適合しませんでしたので、お引取り願いましたわ」

「それは厳しいわね……」


 一番欲しかった遠距離攻撃手段が使えないとあって、マナの表情が厳しいものに変わる。遠距離攻撃手段をもたぬ戦艦なぞ全くの役立たずでしかないが、この船に関しては幸いなことにカミカゼアタックという最終手段が残されている。


「へぇ、ようやく武装を取っ付けたのか」


 関心関心と頷くチャッピーに『ソードだけね』とマナは応える。


「それと、船の掌握作業は六十パーセントで頭打ちの様ですわ」

「それってブラックボックスの所為?」

「ええ。見た事もない文字で書かれたプログラム。としか分かりませんの。どこかの図書館データベースで解読できれば良いのですが……」

「その船、出撃前にちぃと見せてもらえねぇか?」

「なにか分かるの?!」


 チャッピー。と、犬の様な名前だがれっきとしたC級冒険者だ。下から二番目であるE級冒険者のマナ達とは違い、数々の依頼や討伐など比較にならないほど熟している。その過程で手に入れた情報も多く、マナが期待を寄せるのも当然と言えた。そのマナの熱い眼差しを受けてチャッピーは肩をすくめて見せる。


「知ってりゃいいな程度だよ。期待はしないでくれ」

「目一杯期待させてもらうわよ」


 マナの微笑みにやれやれ。と、チャッピーは再び肩をすくめた。



 大ホールの照明が僅かばかり暗くなる。カン、カン、カン。と、スポットライトに灯が灯り、台座に乗る人物を照らし出した。


「私がこの冒険者ギルドエグマリヌ支部支部長……エッダトゥ・ヘイ・ハーチであるっ!」


(魁○塾かよっ!)


 シン。と、静まり返るホール内でレイジのツッコミが炸裂していた。

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