第13話 蚊帳の外

 念願の大気圏突入を生で見る事ができたレイジは、さらに期待した景色にご満悦だった。


 聳え立つビル群にその合間を縫う様に走るスカイロード。乗り物は空を飛び、ロボットがデリバリーをする。地球における近未来の姿がここに集約されていた。そんな近未来の都市でも時代錯誤も甚だしい酒場は存在する。それがここ、バー『セイブ』である。


 完全自動運転の車両が走り、ロボットが行き交う通りからドアを潜ると、それなりの広さがある空間に出る。


 店内は木製金属という、木なのか金属なのかどっちやねん。と、思わずツッコミを入れたくなる素材をふんだんに使っており、その様相はまるで西部劇のバーのよう。カウンターでは蝶ネクタイを締めたバーテンダーが六人でお客の相手をしており、フロアではネコミミ、ウサミミ、イヌミミのウエイトレスが対応をしていた。勿論、全員アンドロイドであり、尻など触ろうものなら金属骨格を人工皮膚で覆った拳が飛んでくる。文字通りの鉄拳制裁である。


「全く、困ったモノよね」


 小さな酒樽を模したジョッキの中身を飲み干し、ゴン。と力強く置くマナ。その対面には、『隻眼の鷹』のリーダーである眼帯男が座っていた。


 係船してから鍛冶屋へと向かい、絡み付いている木の取り除きを依頼したマナ達は、次いで訪れた冒険者ギルドで、戻ってきたばかりの眼帯男と再会したのだ。


「しゃーねーだろ? 軍事独裁派閥がここぞとばかりに幅を利かせたいんだろうしな」


 この国では一昔前から王党派とリベラル派(というより軍事独裁派)との歪み合いが続いており、事ある毎に対立を繰り返している。


「冒険者が負けたジェネラルを討ち取れば箔が付く、奴等にとってはまたとないチャンスって事だ」


 言って眼帯男は小さな酒樽を模したジョッキの中身を、豪快に喉を鳴らしながら飲み干す。


「だからって私達を要らない子呼ばわりはムカつくわ」


 ドン。と強くテーブルを叩くマナ。叩いた面を押さえている事から痛かったらしい。それを誤魔化すようにエダビーンズに手を伸ばした。


 ハルデニアの奪還に関しては軍のみで行うと、通達というより圧力が冒険者ギルドにあった。それにより、星系内に居る冒険者達は関与する事が出来なくなってしまったのだ。食い扶持を奪われた様な格好である。


「で、お前さんが新入りか」


 テーブルに肘をつき、身を捻って隣に座るレイジを見る眼帯男。


「は、はい。遅ればせながら、オレ……いや、自分は滝谷レイジと言います。若輩者ですがご指導ご鞭撻の程、宜しくお願いします」

「んな肩肘張らなくても良いぜ。もっと楽にしろや」

「は、はいっ」

「オレはチャッピーってんだ。一応、『隻眼の鷹』のアタマ張ってる。今後ともよろしくな」

「よろしくお願いしますぅっ?!」


 座ったまま頭を下げたレイジ。その首に逞しい腕を絡ませ眼帯男はレイジを引き寄せた。


「お前さんは誰が狙いだ?」

「へ?」


 小声で耳打ちする眼帯男。一瞬、驚いたレイジは、チラリとマナを覗き見る。その三姉妹は、フライドイーモに舌鼓を打っていた。


「こんな美人三姉妹とお近付きになれたんだ。このチャンスをモノに出来なきゃ、一生童貞のマンマだぜ?」

「そ、それは。その……」

「大人の色気あふれるマナちゃんか? それとも気兼ねなく付き合える最近色気付いてきたミーナちゃんか? おおっと、マイナちゃんはダメだぞ。ありゃオレんだからな」

「は、ハァ……」


 C級冒険者『隻眼の鷹』のパーティーリーダーチャッピー。コイツ、ロリコンだった。



 突然、フロアの空中に幾つものモニターが現れた。『ハルデニア奪還作戦開始』のタイトルの後に、四千隻の戦艦が次々とワープしていく様子が映し出されている。


「お、作戦が始まったか」

「チャッピー。軍は勝てるかしら?」

「まあ、あれで勝てなきゃバカだな」


 ゴブリンジェネラルはB級冒険者ひとパーティーで討伐が可能な難易度である。この世界ではF級冒険者パーティーは軍の船一隻分の戦闘力と同じと考えられており、E級なら十隻。D級なら百隻分。と、階級が上がるごとに十倍されていく。


 『隻眼の鷹』はC級冒険者。艦船千隻分の戦闘力を有してはいるが、ゴブリンジェネラルを討伐するとなると流石にニ、三パーティーは欲しい。三千隻もあれば討伐は十分可能だろうと考えていた。


「さて、と」


 立ち上がったチャッピーをマナは目で追う。


「もう行くの?」

「ああ。そろそろ補給も済んだだろうしな。こう見えてもオレ、忙しいんだぜ?」

「そうね。C級冒険者だものね」

「お前達はどうするんだ?」

「私達は武器屋ね。船をタダで手に入れられたまでは良かったけど、武装が全くないから」


 マナの言葉に眼帯男は口を開けてポカンとした。


「お、おい、ちょっとマテ。武装が無ぇってのに上がってきてたのか?!」


 なんてこったい。と言わんばかりに片手で頭を抱えた。


「自殺行為じゃねぇか」

「大丈夫よ。シールドだけは物凄く丈夫だから」


 ゴブリンジェネラルの主砲を逸らすくらいにはね。と、マナは付け足した。


「へぇ、そいつは興味深いな。その船、見てみたいもんだ」

「ええ勿論。是非ともあなたにも見てもらいたいわ。私達だけじゃお手上げだもの」


 現代とはまた違った内部構造にブラックボックスだらけの主機関。そうマナが説明すると眼帯男はより一層興味を持った様だ。


「じゃあな。レイジ、頑張れよ」

「は、はい。頑張ります」


 手をひらひらさせて立ち去る眼帯男。テーブルに置かれた伝票のカードをさりげなく持っていく所が大人だった。


「それじゃ私達も行きましょうか」


 ジョッキに残ったビエールを飲み干してマナが席を立つ。


「次は、武器屋でしたね」

「ええ。合うのが見つかれば良いのだけれど」


 マナを先頭にミーナ、レイジ、マイナの順に店を出る。空は陽が翳り始め僅かに薄暗い。近未来の街並みにチラホラと明かりが灯り始めてもいる。


 恒星直近であるこの星では基本的に夜は来ない。環境コントロールシステムが発生させている結界をブラインドする事で擬似的に夜を作り出しているのだ。


「合うのって、そういうのがあるんですか?」


 完全自動運転のタクシーに乗り込み、レイジはマナに聞いた。


「サイズもそうだけど、相性ってモンもあるんだよ」


 マナの代わりに答えたミーナに、レイジはなるほどと頷く。ひと昔前の自作パソコンの様なものである。



「うわ、ひっろ」


 タクシーから降りたレイジが思わず口に出しちゃうほど、その武器屋の敷地は広大だった。幅は約三百メートル、奥行きは薄暗さもあってか終わりが見えない。


「そりゃまあ、船の兵装を扱ってんだから当然さ」


 手を腰に当て、何故か自慢げにするミーナ。敷地内に置かれた物を見ていた子供がマナ達を見て、トテテテ。と走り寄って来る。


「いらっしゃいませーお客様。穿ちます? 潰します? それとも、け・し・ま・す?」


 帰宅した旦那を新妻が迎えた時の様なトーンで、新婚生活から最もかけ放れた台詞を言う子供。


 そんな物騒な台詞をマナは気にも留めずに胸の谷間からタブレットサイズの板を取り出すと、その子供に手渡した。


「それに合う武器を探しているのだけれど」

「ふむふむ」


 マナが手渡したのは船に関するデータ。といっても全てのデータではなく外観のみのデータだ。


「そうですね。これですと、アロー型。近接はショートソード型。あとはスモールシールドですかね」


 見た目でパパパと選んでいく子供。アロー系は遠距離用レーザー砲撃。ソード系はシールドの外側にブレードを展開して敵勢艦を切り裂くのである。ショートソードはシールド外部約三百メートルの場所に展開される為、敵勢艦からの集中砲火を浴びやすいのが難点である。


「それじゃ弱すぎるわ」


 マナが子供に不満を漏らす。アロー系は遠距離攻撃で最も攻撃力が低く、ショートソードもソード系では弱い部類に入り、射出が可能なダガーの方がまだ使い勝手が良かった。


「そうは言いましても、このサイズですとアロー型でないと砲塔が出ちゃいますし、長剣や斧など付けたら行動に支障が出ちゃいますよ?」


 宇宙は何もない空間ではなく、目に見えない物質で満たされている空間だ。地球での海原の様に何も無い穏やかな場所もあれば、時化しけている場所もある。そんな宇宙空間を猛スピードで飛ぶ以上、シールド外部に異物が迫り出すと大きく舵を取られる事になる。


「レイジはどう思う?」

「へあ?」


 マナから急に振られてレイジは戸惑いのあまり変な返事をする。


「操船するのはあんたなんだから意見が聞きたいわ」

「そうですね……長剣や斧を装備するとどうなります?」

「こうなっちゃいます」


 たたたん。とタブレットを叩いてその画面を見せる子供。そこには武器類が船の航行にどんな影響があるかシュミレートされていた。


「確かにこれじゃあ操縦し辛いですね」

「でしょう?」


 にぱっと笑った小さな子供。無邪気なその笑顔にレイジの心も和む。


「元々シールドが強力なんですし、これでも問題ないと思いますよ」

「そういやそうよね……」


 レイジの意見を聞いたマナは、指先で顎をリズミカルに叩きながら熟考する。


「……いいわ。アローとショートソード。二つ貰うわ」

「まいどありぃ。んじゃ、納品と取り付けに明日伺いますぅ」

「分かったわ。二十四番係船場に来て頂戴」

「あいあい」


 小さな手の平をおでこに当てて敬礼する子供。その子供に背を向けて、マナ達は次の目的地へと向かう為に歩き出した。


「それにしても、この国では子供が武器を売っているんですね……」

「あれ子供じゃないわよ?」

「え? だって背格好が……」

「彼女はドワーフ。ああ見えて私達より遥かに年上よ」

「マジか……」


 レイジは振り返り、見送りしてくれている子供に引き攣った笑顔で手を振ったのだった。

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