第12話 王都

 船は変わる事なくワープ空間を進んでいる。先程との違いはマナ、ミーナ、マイナ。そしてレイジがそれぞれの座席に就いている事だ。ただ、戦闘態勢には移行していないのでレイジが操稈している訳ではなく、マナもミーナも生身のままで腰掛けていた。


「間も無くワープを抜けますわ」

「レイジストフレイムを展開して」

「了解、レイジストフレイム展開しますわ」


 マイナがキーボードを操作すると、メインスクリーン下部に完了の旨を示す文が表示された。


「レイジストフレイムって耐火ですか?」

「ええそうよ。理由は……ま、見てもらった方が早いかな」


 レイジのその疑問はワープを抜けた直後に解消される事となる。


 メインスクリーン前面を覆い尽くすほどの巨大な恒星は太陽の十倍以上の大きさを有している。しかし、寿命間近の赤色巨星ではなくむしろ太陽の様に若々しい恒星で、紅炎こうえんと呼ばれる炎の柱が頻繁に噴き上がっていた。その最大サイズより少し離れた位置に惑星が一つ存在しているのが見える。


 エグマリヌ王国星系第一惑星、王都エグマリヌ。


 通常、これだけ恒星に近ければ地表は焼けて生命どころか水の一滴も存在が許されない。しかし、青々とした水を湛えているそのさまはまるで地球と同じ。それを可能にしているのは、惑星内部にその本体を置き、地表に迫り出しているアンテナによって環境をコントロールしている為である。


 直径約十万キロ。と、太陽系第六惑星の土星とほぼ同じ大きさの割には人口は約百億人と少なく、地表の三割程は恒星からの熱エネルギーを変換する為の施設になっている。そのエネルギーは環境コントロールシステムや人々の生活エネルギーに役立てられている。


 この様な場所を王都に選んだ理由として、主な理由は侵略し辛い点だ。後背に恒星がある事によって進行コースが決められてしまい、例え耐熱シールドレジストフレイムを用いても惑星に到達する前に融解してしまう。唯一航行出来る安全なルートは惑星の陰だけとなり、そのルートも防衛機構の砲撃によって塞がれる。天体を利用した難攻不落の要塞都市ではあるものの、逆に外へ脱出する事が出来なくなるというリスクも抱えている。


「すごい……」


 レイジが感嘆の言葉を呟く。


「あれが王都なんですね……」

「ええ。エグマリヌ王国星系第一惑星、王都エグマリヌよ」

「他の星系もこうなんですか?」

「いいえ、これだけ恒星に近い首都星はここだけよ」


 他にも、瘴気の森と呼ばれるガス雲帯の中に存在する首都星や、十個の小さな恒星が、地球でいう所の月の様に惑星を取り囲んでいる首都星もあるのだとマナが説明すると、レイジの表情が驚愕に固定される。地球では考えられない事象だからだ。


「流石は異世界……」


 レイジはそう呟く。が、しつこい様だがこの世界に天の川銀河は存在しているし太陽系もちゃんとある。


「マナ姉様、リング後方よりエグマリヌ防衛艦が接近。通信を求めていますわ」

「繋いで頂戴」


 マイナがキーを操作すると、メインスクリーン下部に表示されたモニターに女性が現れる。


『こちらはエグマリヌ親衛艦隊旗艦マーガレット。貴船はハルデニアからの脱出船か?』

「ええ、そうよマーガレット。こちらは冒険者ギルド所属の『猫の目』。今カードを送信するわ」


 マナはマイナに視線を向けるとマイナは無言で頷きキーを操作する。


『確認した。その船に街の住民は乗せているのか?』

「いいえ、残念ながらそんな暇は無かったわ。何しろ、相手はあのゴブリン──」

『それならば既に報告を受けている。住民が乗っているのかいないのか確認しただけだ』

「あら、そう」


 言葉途中で遮られ、ちょっとムッとしながらマナは応える。


『貴船が最後か?』

「いいえ、後から『隻眼の鷹』が来るはずよ」

『了解した。王都に降りてゆっくりと休んでいるがいい。……ところで、その頭に乗っているアクセサリー大きな木はなんだ?』

「ハルデニアで切り落とそうと思っていたら襲撃を受けてそのままなだけよ」

『そうか。しかしそれでは港に入れん。他に用意させておくから管制に従え。あとはギルドで指示を仰ぐといい』

「分かったわ」


 マナがそう答えるとモニターは小さくなって消える。通信が切れたのだ。


「なんか、あまり感じの良い人じゃなかったですね」

「いつもああなのよ。私達冒険者を目の敵にしているみたい」

「なんでまた……」

「勝手に動くからじゃない? 今回の場合は住民を見殺しにした。とでも思っているのかもしれないわ」

「ハンッ、現場を知らないエリート様の考えそうな事だね」


 頭の後ろで手を組み、コンソールに脚を投げ出しているミーナが言う。フリフリと動かしている足からは少しばかり不機嫌な様子なのが伺えた。


「それで如何しますかお姉様? このままエグマリヌに降ります?」

「そうね……」


 マナは顎に手を添えて考える。今、マナ達にはこのまま王都に降下するか他の街に行くかの選択肢がある。王都に降りると万が一の時には脱出が困難になり、他の街に行くとまた襲撃があるかもしれない。国境を超えて他の星系に行くという選択もあるのだが、星系中心部からの移動は流石に厳しい。


「防衛艦隊の数は?」

「おおよそ四千ですわ」

「四千、か。それなら問題はなさそうね……」


 C級、D級、E級を寄せ集めただけの俄仕込みの混成艦隊であった先の戦闘とは違い、こちらは精練された正規軍だ。ゴブリンジェネラルを討伐するには十分過ぎるといえる。そしてなにより、マナには眼帯男との約束もある。


「エグマリヌに行きましょう。そこで船のメンテを行います」

「分かりましたわお姉様。それではエグマリヌケイヴに侵入を開始しますわ」

「エグマリヌケイヴ?」

「エグマリヌから一直線に伸びる影の事よ。そこが唯一安全な航行ルートなの」

「ちょっとでも航路を外れればジュワッといくから気をつけろよ」

「レジストフレイムがあってもですか……?」

「ここまで近付いちゃそんなの意味ねーよ」


 ミーナの言葉にレイジはゴクリと唾を飲む。願わくば、ジュワッ、ドロドローにはなりたくない。しっかりと操船して下さい。そんな意を込めてマイナを見つめた。そんなレイジの不安も実は意味がなかったりする。航路は惑星エグマリヌとほぼ同じ大きさで、限界空域にはブイが設置されている。そこを超えない限り溶けて失くなる様な事はないのだ。ただしケイヴ内での船外活動はオススメしない。



 マイナの操船によって唯一安全な航路、エグマリヌケイヴを進んでいく。ただでさえ大きい恒星は益々大きくなり、豆粒の様に小さかった王都はその地形までもが肉眼で見えるほどになっていた。


「これからどうするんです?」

「そうね。まずは鍛冶屋に行って上のデッカイのを取り除いてもらわないとね。それから冒険者ギルドで情報収集かな。最後に武器屋ね。この船に合う装備を見つけないと、防御は出来ても攻撃が出来ないんじゃお話にならないわ」

「なるほど」

「王都観光していても構わないわよ。って言いたい所だけど、レイジの装備もどうにかしないとね」

「装備ですか?」

「ええ、いつまでもそんな格好している訳にもいかないでしょ?」


 レイジの格好は大学から帰宅した時のままだ。シャツに若干鼻血の跡が残っている為に、それを取り除こうと○ンバが物陰から虎視眈々と狙っている事はレイジも知らない。


「ま。宇宙に投げ出されも構わないってんなら、別に買う必要は無ぇけどな」


 宇宙は様々な星間物質で溢れており、中には人体に悪影響を及ぼすものも存在している。マナ達が着ているのはVラインが厳しいただエロいだけのレオタードではなく、高度な機能が付いた宇宙服である。宇宙放射線などの有害物質から身体を守ってくれるだけでなく、生命維持装置によって約二時間の活動が可能。加えて、パワードスーツの様な身体強化機能も付いている。


「もし、生身で宇宙空間に飛ばされたらどうなるんですか?」

「そんなん死ぬに決まってるだろ?」

「ええ、死ぬわね」

「当然、死にますわ」

「ですよねー」


 生身で宇宙空間に投げ出されればどうなるか? 映画や小説の様に爆発したり凍ったり干からびたりはしない。約二分で窒息死。某国の宇宙局がそう回答している。


「じゃあ。すみませんが、どんなものが良いのか分からないのでご教授して下さると助かります」

「分かったわ。最後になるけどいいかしら?」

「はい。それで構いません」


 それじゃ。と、レイジは席を立ち、それを見たマナは目をパチクリさせる。


「どこへ行くの?」

「え? エアロック前で待機。ですよね?」

「ああ、今回はいいわ」

「え。いいんですか?」

「ええ。それに、降りる所見たかったんでしょ?」

「は、はい。それはもう!」


 映画やアニメの世界でなく、生で大気圏突入を今度こそ見れるとあって満面の笑みになる。レイジはやったぁ。とスキップを披露するくらい大喜びをし、マナ、ミーナ、マイナに子供ねー。と思われつつ、ルンルン気分で席へと戻ったのだった。

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