第3話 どこに書いたのか忘れるようでは、それはメモとは言わない
背中から生えている羽根をコミカルな感じでパタパタしながら降りてくる様は、一見してとても可愛らしい。
だがこの風貌に騙されてはいけない。
こいつが他人の事など露ほども気に掛けないことは、この5年間で学習済みだ。
「でもぉ、何だかもったいない気もしますねぇ~、サトルさん。あのままあの世界で王都に凱旋すれば、サトルさんは英雄として祭り上げられたでしょうに~」
右手の人差し指を唇に当て、転生の女神は残念そうな顔を向けてくる。
「いいんだ……5年もあの異世界に居たけど、結局愛着は湧かなかったし。それにどっちかと言うと、僕は今最高にホームシックだ」
「ほぇ? ホームシック?」
「そうさ! 忘れたとは言わせないぞ! 約束だったよな!? 僕があの魔王を倒したら、元の世界に戻してくれるって!?」
この亜空間では、僕の姿は霊体のように頼りない感じでフワフワ浮いている。
それでも僕はありったけの力を籠め、転生の女神に詰め寄った。
「うわぁぁ……何と言うか、凄い必死ですねぇ……。眉間のシワがゲロやばですよ? あの異世界でもそんな顔して旅してたんですかぁ……?」
「うっさい! 何とでも言えっ! 僕は魔王を倒し、元の世界に戻ることだけを希望として5年間頑張って来たんだ! これは正式な契約だったはずだ!」
「も、もちろん覚えてますけどぉ……つい5分前に魔王を倒して、ついさっき身体を失ったばっかりだって言うのに、信じられないくらい元気ですねぇ」
「転生も! 2度目になると! こんなもんですよ! えぇ!」
僕の権幕に圧され、女神は若干ヒキつつも「はいはい」と応じている。
すると、目の前に手をかざしたかと思えば何やら魔法陣のような光が浮かび上がり、その中央からブ厚い本がせり出してきた。
そういえば5年前に異世界に転生するときもこんな本を取り出して、中に書いてあることを読み上げてた気がする。
もしかしてこの本は女神にとっての仕事用の手帳か何かか?
血のように赤い背表紙の本は、転生の女神の目の前に浮くと手も触れていないのにパラパラとページがめくれ始めた。
取り出したときは凄く神々しい感じがしたのに、書いてあるのは紙媒体とは……。
ヘンなところがアナログなんだな、神々って。
「え~と、ちょっと待ってくださいね〜……ん~、サトルさんってどこで捕獲したんだっけなぁ……」
「捕獲!? おい、今『捕獲』っつったか!?」
「うーんと……違う、このページじゃないなぁ……生前はこんなイケメンじゃなかったはずだし……」
「さっきからキミ、だいぶ失礼な独り言を喋ってない!?」
割と大き目な声でツッコんでいるはずなのだが、女神はまるで気にしていないように本を覗き込んでいる。
自らの手帳管理もできていないダメ社会人の見本のようだったが、ようやく目的のページを見つけたようで声を上げる。
「あっ! あったあった、ありました! そうだそうだ、思い出したー! サトルさんは本名じゃなくてアダ名でメモしてたんでした! あー良かった!」
「おい、その僕に付けたアダ名とやら、どんなものを付けたのか言ってみろ、おぉ?」
「天界の守秘事項なのでダメでーす。……えぇと、日時は、ふむふむ……場所は……よしっ!」
イケイケな目と、力強い掛け声。
ふんすっと鼻息を吐いた見た目だけは美しい転生の女神は、両手をグーにして頷いている。
そんな様子を見ていた僕は、霊体のままだというのにごくりと唾を飲み込んだ。
「……な、なぁ、僕は本当に帰れるのか? 元の世界……地球に、日本に帰れるのかっ!?」
ここにきて目標だった『元の世界への帰還』が現実味を帯びてきて、僕は興奮して震えてしまっていた。
霊体の今では存在しないはずの心臓が、自分の魂のなかでバクバク鳴っているのを感じる。
ぱたむ、とブ厚い本を閉じた転生の女神様は、閉じていた目をゆっくり開けて僕の顔を真っすぐに見つめてくる。
人間離れした銀色の瞳が、何故か今はとても神々しく見える。
「はいっ! もちろんですよー! 約束しましたもんね、『元の世界に帰す』って!」
「あ、あぁっ! 約束した! や、やったぁぁぁっ! これで何もかも元通りだぁぁぁっ!!」
僕は嬉しさのあまり、両手を突き上げて叫んだ。
あぁ、良かった。
本当に良かった。
努力は報われるというのは、こういう事を言うのか。
5年間、見知らぬ土地で頑張った甲斐があったというものだ。
これでもう、ウ○コ臭い街に入らなくて済む!
野宿して焚火をする時に『自称勇者のくせに着火の魔法も使えないんですかぁ? プークスクス』とか言われずに済む!
剣と魔法の世界から、電気と科学の世界へ戻れるんだぁぁっ!
「うん? もとどおり……ですか?」
よぉし、まずは大学生活のやり直しだ!
これからって時に転生させられたからな!
幼馴染のユウカは元気かなぁ?
奇跡的に同じ大学へ行ける事になったから、ずっと楽しみにしてたんだ。
「うーん……サトルさん? もしもーし? おーい?」
沢山バイトして、ゲームして、お酒も飲んでバカやって……!
最高に楽しいキャンパスライフを
「聞いてますかーー? うぉーい? ウーロン茶 (うざいロン毛の茶髪)さーん?」
「だあああああああああああ! 何だよもう、さっきからうるさいな! ヒトがようやく念願叶って感動してるって時に! あと、僕に付けたあだ名が解ったぞ! その名前で呼ぶのは
「あ、良かった~戻って来たぁ!
仕方ないなコイツは、みたいな顔をしてため息を吐いている女神の頬に1発ビンタを入れてやりたくなったが、ここでこいつの機嫌を損ねると元の世界に帰してもらえなくなる可能性もある。
心底ムカつく女神だが、ここは我慢ガマン……
などと、思っていた矢先
女神はとんでもないことを口にした。
「あの、何か勘違いしてるようですけど、元の世界に戻っても、現地時間では10年くらい経ってますよっ?」
「………………………………は?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます