第22話 勝って笑ってハイ終了、では描写が足りない
極大の一撃により、濛々と舞う砂埃
戦いの終わった亜空間
トドメの『ディメンション・スラッシュ』の流れ弾が当たり、呼び出したまま放ったらかしにしている快速列車の車両がガラガラと音を立てて崩れ落ちていった。
よし、これで任務完了、一件落着
…………と、行きたいところだったのに…………
「だあああああ、くっそぉぉぉ!! 散々コケにされた腹いせに全力でぶった斬ってやったのに、最後の最後でムカつく言葉を残して死にやがってええええええチクショオおおおおおおおおお!!」
断末魔で技名をディスって息絶えたトウヤは、今や物言わぬ死体となって転がっている。
最後の瞬間にダメージを受けたのは僕の方だった……。
僕は聖剣を振り回し、地面に投げ出されたトウヤの死体に『ディメンション・スラッシュ』で何度も斬りかかる。
完全にオーバーキルだ。
「このっ! このぉっ! こんにゃろおおおおっ!! ヒトの技名をダサいとか言いやがってえええ! お前のイタリアかぶれのルビ無いと読めないような技名のほうがよっぽどダサいわボケェェェェェッ! おらああああああああああっ!」
周囲の真っ青なビルとともに、さっきまで人間の形をしていた肉塊がばっさばっさと叩き切られ『ミンチよりひでぇや』の状態になってゆく。
正真正銘の八つ当たりをしていた僕の目の前に、いつの間にやらすっかり身を隠していた転生の女神が『にゅるん』と現れた。
「お疲れ様でした、サト……うわっ!? サトルさん何やってるんですかっ、お腹空いてるんです?」
「違うわぁぁっ! 何てことを言い出すんだお前はっ! 僕が人肉を細切れにして食うとでも思ってんのかぁ!?」
「違うんですか? だってサトルさん、この前までいた異世界ではオークを殺したあと肉を焼いて食べて、びっくりするくらい嘔吐してたって報告を聞いてますけど……? 同じ二足歩行で知能がありそうな種族を平然と食べるって、なかなかの嗜好してますよね……」
「あ、あれは仕方なかったんだよぉ!? 街で買っておいた食料を持たせていた仲間のヤツが、谷に落ちて死んじゃったんだからさああああ!?」
いつものような、女神とのやりとり。
そこまで叫んで、僕たちは顔を見合わせてため息をつき
2人で笑い合った。
「……うふふっ! サトルさんっ、お疲れ様でしたっ! 今回は大変でしたねぇ~!」
「はあ〜あ! まったくだよ! 空腹でやる仕事じゃなかったっつーの!」
僕は持っていた聖剣を投げ捨て、その場にごろりと寝転がった。
「もう散々だった……『無許可転移者』だっけ? 天界の神様たちが連中をイヤがる理由がよ〜〜〜〜く解ったよ。確かに、あんなヤツが世間に隠れ住んでたら面倒くせーわ。今日みたいに、いざブッ殺さなきゃいけない時に苦労するしなぁ!」
今なら無限に愚痴が吐き出せそうだ。
だがこんな目に遭ったばかりだと言うのに、僕は女神に対し笑顔で会話をしている。
左足の膝は痛むし、身体のあちこちが擦り傷だらけでボロボロだ。
お気に入りのスニーカーも穴が空いてる。
ふと触ってみた髪も、携帯放射器が爆発した時の熱でチリチリになってしまっている。
満身創痍ってのは、こういう事を言うんだろうな。
「でも、そういうチート能力持ちの標的でさえも倒しちゃうんですから、サトルさんって異世界ひとつ救った勇者だけありますね〜!」
「いや、それを言ったら今回のトウヤだって、異世界を救ってきた勇者なんだろ?」
「天界的にはノーカウントですっ、民間の召喚転移でやった事は、サービスの対象外ですので!」
「社外製部品を一度でも使ったら修理してくれない家電メーカーみたいな事言うなよ……」
満面の笑顔を浮かべた女神とは対照的に、僕は引きつった笑顔で返す。
思えば、今回の戦いは『元勇者 vs 元勇者』のような構図だった訳か。
異能バトルと言えばカッコ良いが、こっちはただの雇われの殺し屋みたいなもんだしな……。
「でもまぁ、そうだな……あんなヤツを『天界送り』に出来たのは、こいつのおかげだな」
僕は、無造作に投げ捨てた聖剣を横目で見た。
数え切れないほどの敵を切り捨ててきたというのに、異世界のチート技術で加工された刃はちっとも鈍っていない。
「5年間、ずっと異世界で頑張ったからね。すっごい辛い思い出になりそうだったけど……今日になって、あれも無駄じゃなかったと思えたよ、ははは」
そう言いながら、僕は『凶器召喚』を解除した。
目の前の聖剣も、無造作に転がった電車も、大きく傾いたままビルに頭部をめり込ませていた大仏様も、まるで湯気にかき消えるように姿を消して行く。
そうして、数秒後には荒れ果てた青い亜空間の景色だけが残った。
シンプルになった景色を、転生の女神とともに眺める。
こんな広大な空間を作り出して、そこに誘い込んで戦うなんて……今にして思えば、トウヤの能力はかなり強力だった。
もしあいつが僕と会話などせず、僕だけこの亜空間に置き去りにしていたらと思うと恐ろしい。
こんな所に閉じ込められたらと思うと。
ああ、嫌だ嫌だ。
うん、そう……。
「あー、ところで転生の女神サマ。もしさっき倒したトウヤ君の魂に確認できるなら、お願いしたい事がひとつあるんだけど……」
「ほえっ? 何ですかっ?」
笑顔で振り返る女神に対し、僕は絶望感満載の目で返す。
「……どうやったら、この亜空間から出られるのか聞いてくれない?」
沈黙。
女神は「……あー」とでも言いたげな顔をして周りをキョロキョロと見回した。
そうなんだよ。
こういう特殊能力で作り出された空間って、フツーは術者がくたばれば自然に解除されるのがセオリーってもんだろ。
なのに、いつまで経っても解除されないんだよ!?
もしかなくても、これって僕、閉じ込められてるんじゃないの!?
しばらく考えたあと、転生の女神は空中でくるりと向き直り、笑顔で答えた。
「わ、わかりましたっ! 今からちょうど転生の手続きに入りますので、最初に聞いておきますねっ!」
「あ、待って。もしくはここで待つのも面倒だから、お前がいつも『にゅるん』って出たり消えたりしてるその空間を経由して脱出させてくれてもいいんだけど」
「ほへぇっ!? あっ、いやっ、そのぉぉ……」
びくりと肩を跳ねさせる転生の女神は、表情まで強張らせている。
「…………何だよ」
「えと、い、いくらサトルさんとはいえ、ここを通られるのはマズいと言いますか……ま、まだ散らかってますしぃ、それに男の人をそうホイホイ上げるのは女神的にはチョット……」
「そ、その穴の行き先ってお前の自宅の部屋なのかよっ!? どうせまた酒瓶が転がってるくらいだろ!? 構わないから入れさせろよ!」
「い、いやああぁぁ! ダメですぅぅっ! す、すぐに脱出方法聞いて来ますから! ちょっとだけガマンして待っていてくださいよぉぉっ!?」
「いいからホラ、入れさせろよ! 大丈夫、先っちょだけだから!!」
飛んで逃げようとする女神のスカートを鷲掴みにし、何とか引き摺り下ろそうと引っ張る。
幼い顔を真っ赤にして困惑する転生の女神だったが、僕を引き剥がそうとして顔を蹴ってきた。
むう、こうまでしてもスカートの中身が見えない。
破廉恥から女神を守る『
「ダ、ダメですってばあああっ! サトルさん、性欲と強さが比例する系の主人公なんですかっ!? 前に一度そういう物語を投稿サイトにアップして、削除されたのを忘れちゃったんですかぁぁっ!?」
「だああああ、くそっ! もういい、わかったよ! もしヤツが脱出方法を吐かなかった場合は、オークの肉をミディムレアに焼いて口に突っ込んで来いよ!」
「うええええっ! わ、わっかりましたぁぁぁ!」
目尻に涙を浮かべながら、キュルンと光を引いて女神は消えた。
それからしばらくの間は何も変化が無かったのだが……およそ10分ほどすると、僕が閉じ込められていた青い亜空間に変化が起きた。
まるで渦を巻くかのように景色が歪むと、徐々に元居た夜の繁華街に溶けるようにして戻っていく。
信号機や看板には色が戻り、空には薄っすらと星が見える。
大きな横断歩道を歩く人々も、すっかり元通りだ。
「やれやれ、これで本当に一件落着かな」
ぼそりと独り言を呟いた僕だったが────────
おかしい、視線を感じる。
顔を上げて見てみると、僕は交差点を行き交う人々に奇異の目で見られていた。
「うっ……い、いや、あの……これは……ハ、ハハハハ……」
し、しまった…………元の空間に戻る前に、『隠蔽』加護を使用しておけば良かった……。
今の僕は、まるで年甲斐もなく喧嘩をしてボロ負けしたおっさんのようだ。
そりゃ皆、そんな目で見るよね。
左膝の治療は……天界の労災制度に期待しよう。
ひとまずどこかトイレの個室にでも入って、『隠蔽』加護を使わなければ。
僕はたくさんの人が行き交うカラフルな光で溢れた街の中、ひどく痛む左足を引き摺りながらひとり自宅に向けて歩き始めたのだった。
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