第23話 エピローグ
半年後 ────────
僕は大型トラックを運転していた。
時刻は午前8時10分。
道端の歩道では、これから学校に向かうであろう学生たちが徒歩や自転車で一方向へと向かっていくのが見える。
空は快晴。
夏の殺人的な日差しはなりを潜め、すっかり秋めいた気温になってきた。
こんな日は休暇をもらってゆっくり旅行しつつ『凶器』集めにでも行きたいところだが…………残念ながら、今日は朝から『任務』だ。
「おはよーございます、サトルさんっ! 昨夜の打ち合わせ通りの時間ですねっ!」
「おう、おはよーさん…………あっ! 今日の8時半からの朝番組に『San-Man』のメンバーが出るらしいけど、録画してきたか?」
「はいっ! えへへへ、録画はバッチリしてます! それに、サトルさんなら番組に間に合うようにちゃっちゃと終わらせてくれますよねっ?」
音もなく現れて、助手席に座っているのは、着ている神衣がちょっとだけ豪華になった転生の女神だ。
僕と一緒に転生者候補を『天界送り』にする業務が捗り、少し前に神々としてのランクが上がったらしい。
人間社会で言うところの、昇進みたいなもんなのかな?
袖や胸元にあしらわれていた金色のエングレーブが、すこーしだけ神々しい感じにグレードアップしている。
しかし、背中から生えているマンガのようなデザインの羽だけはいつも通りだ。
つい先ほどまでは運転席に僕1人しか居なかったのだが、いつもの『にゅるん』で出てきたようだ。
最初はこの唐突な登場も嫌なものだったが、今となっては毎回の事なので驚かない。
「いや〜、わっかんねぇぞ〜……? 僕の『天界送り』の作業自体は早く終わるかもしれないけどさぁ、性格がひん曲がってる転生候補者だったら、転生の手続きでモメるんじゃない?」
「うぅっ……サトルさん、そんな不吉なこと言わないでくださいよぅ……もー、先週の任務で送って頂いた女の人、大変だったんですからね! 転生先の容姿を決める段階になって、3時間もうだうだ言われて……」
「あーいるいる、そういうタイプ。でもさぁ、それはしょうがねぇよ……モン●ンの新作が出たときは、僕だってそれくらいキャラメイクに時間かけちゃうもん」
任務の話なのか、雑談なのかもわからない、たわいもない話をしながらハンドルを切る。
この半年間で、いつものこの大型トラックもそれなりに運転が慣れてきた。
シフト操作なんかもだいぶスムーズだ。
怪我をした左膝も、今ではすっかり元通り。
僕はアクセルペダルを踏み
目の前の赤信号を無視して、交差点を通り過ぎた。
「あ、そういえば唐突に思い出したんだけどさ、半年前に僕が倒した例のアイツ…………えぇと、名前何だったっけ……?」
「ほぇっ? 縛り上げて溶鉱炉に放り込んだマッチョマンですか?」
「違う違う」
「ゑー? じゃあ事故に見せかけて自宅ごとガス爆発で吹き飛ばしたニートさんですか??」
「違ーう、そいつらじゃなくて…………うーん、ホラ、あいつだよ。『亜空間で壁作る系』の転移者だった……あーダメだ、半年前に命懸けで戦ったってのに、もう名前すら忘れてら」
時速80キロで走り続けるトラック。
歩道にいる歩行者たちは、明らかに速度オーバーで走る僕の運転するトラックを不安げな目で凝視してくるが、問題ない。
任務遂行にはこれくらいの速度が必要なんで。
「あーっ! もしかして、『無許可転移者」だったトウヤさんの事を言ってますかっ?」
「あーーっ! そうそう、それ! トウヤだ! あーもう名前が出なくなってきたのはマズいな、オッサン化してるわぁ」
「サトルさんは転生直後からおっさんの顔になってますけどねっ! それで、そのトウヤさんがどうしたんですか?」
相変わらず遠慮がない、この女神。
転生の際におっさん顔になったのはお前のせいだろ、とツッコミを入れたいところだったが……それよりも聞きたい事があった。
「いや、アイツ結局あの後どうなったの? 僕が聞いても良いのであれば、どんな異世界に行ったのか気になっちゃってさ」
そう、あれから僕はずっと天界からの依頼を受けて『天界送り』の任務をこなす日々を送っている。
どうやら神々の世界では、異世界を救うための人材不足に常時悩まされているようで、僕のもとには今までと変わらず平均3日に1人くらいのペースで『天界送り』の依頼が舞い込んでくるようになった。
転生の女神は『Web小説のコンテストが近くなると、転生者候補の需要が高くなるんですよー』などと言っていたような気がするが、何のことかサッパリ解らなかったので聞き流した。
女神が言うには、こういう任務を依頼できる現地作業員はなかなかいないらしく、需要の数がそのまま僕の任務の数に直結してしまっているような状態だ。
天界のようなバックボーンに厚い信頼を寄せて頂いているのはありがたいが、そりゃもう大変で。
3日に1回のペースで毎回違う準備をしなきゃいけないもんだから、面倒くさいったらありゃしない。
だがそこは超絶ホワイト企業待遇の天界サマ。
働いた分の報酬はしっかり貰えるし、任務が続くとそれ以上の期間の休暇をくれるので、肉体的・精神的な負担はほとんど無い。
むしろ生活にメリハリがついて、朝の目覚めが良くなったくらいだ。
おかげで今日のように、比較的朝の早い時間から準備が必要な任務を言い渡されても、何も問題なく対応できるようになっている。
まぁ……人間を殺害することで健康維持するのはどうかと思うんだけど。
むしろ隣で若干まだ眠そうな顔をしている助手席の女神は、どこからともなく取り出した赤い背表紙のブ厚い本をぱらぱらと捲っている。
「あーなるほどぉ……あの任務は大変でしたもんねぇ。上司からサトルさんにお伝えする許可が出ているようですので、お伝えできますよっ。トウヤさんは転生手続きのときも、散々文句を言ってきて大変でした!」
「そうなの? ったく、厄介なやつだとは思ったけど、死んだあとも迷惑かけてたのかよ」
「こちらからの要求にいちいち文句を言うので、生焼けのオーク肉を無理矢理食べさせたあと、転生前に所持していたスキルは全て没収し、『女神の祝福』の加護だけ付与して放り出しましたっ」
「グッジョブだ、良くやった。あとで僕の手作り金メダルをげよう。アイツは高校生って言う割には言動が厨二臭かったからな……精神的に成長できる場所に転生できるといいんだけどなぁ」
「あ、上司も同じこと言ってましたので、ピッタリの異世界に転生してもらいましたっ」
「へぇ、どんな?」
時速100キロ。
目的地の交差点が見えてきた。
突入前の最中チェック、シートベルトよーし、エアバッグよーし。
「えぇと、サトルさんが倒した『ジャベなんとか』の2世が支配しちゃった異世界ですっ!」
「えぇぇぇぇっ!? 冥界絶対魔王ジャベロニデンバンダリアの……2世!? そ、そいつはまた…………」
驚きのあまり、トラックは若干蛇行する。
危ない、おしゃべりはしつつも任務には集中しなければ。
「陸地のおよそ95%くらいが支配された状態らしいので、そこから頑張ってもらうことにしましたっ!」
「うっへぇ……『ギ●ンの野望』よりハードモードで開始じゃん。でも、そっかそっか。うん、良いところに行ったね。あの世界は、精神的に成長できる、良い『職場』だと思うよ」
僕は懐かしさのあまり、口元に笑みを浮かべた。
そうか、彼は今──────異世界で頑張ってるのか。
「あー……あのさ、もし彼を効率よく働かせたいなら、ひとつ良い方法があるぜ」
「ほえっ? 何ですかっ?」
目標発見。
前方の横断歩道を、ひとりトボトボと歩いている。
茶髪のロングヘア、茶色いブレザーの女子、間違いない。
「……『もし魔王を倒せたら、元の世界に帰してやる』って伝えておくと良いよ。スッゲェ死に物狂いで頑張ると思うからさ!」
「ふふっ、それは良い事を聞きましたっ! さっそく伝えてきましょうかねぇ!」
僕がかつて歩んだ道を、僕が送った転生者が再び歩む事になるというのは、どこか感慨深いものがある。
たかだか2年の異世界生活で偉そうにしていたトウヤ君も、今回の転生でブロブフィッシュのような目になって帰ってきてくれるだろう。
もし彼が同じ時代に帰ってくる事が出来たなら……まぁ先輩として、酒くらいは奢ってやってもいいかな。
ただし、『加護』はすべて剥奪した状態で。
「じゃあ、サトルさんっ! いつも通り、よろしくお願いします! 先に戻りますねっ!」
「はいよ、んじゃ行ってみますか!」
光の尾を引きながら『にゅるん』と空中に消えた女神を見送り、運転席で1人になった僕はハンドルを握り締める。
時刻は8時14分。
『未来を司どる運命の女神』からの情報通りだ。
結局、転生候補者の情報で大騒ぎしたのは例のトウヤの一件だけだったなぁ。
今日までの半年もの間、チート能力を持った標的は奴を除いて一人もいなかった。
本当にあいつだけは、イレギュラーな存在だったんだろう。
まぁ、女神の言う『無許可転移者』がそんなゴロゴロ居ても嫌だしな。
僕の任務にも支障を来たすし、会わないで済むならそっちの方が良いに決まってる。
今日の任務も、もうすぐ終わりだ。
「おりゃあああああっ!!!!」
僕は、ふらふらと横断歩道へと出てきた少女に向かってトラックを突っ込ませた。
だが
「…………へっ!!??」
突如襲う違和感。
急激に速度を失っていくのを感じる。
少女を轢くはずだった大型トラックは、何故か横断歩道の直前で止まってしまった。
いや…………これは止まっているんじゃなくて
空中に浮いてるんじゃないか??
不安定な浮遊感に戸惑っていると、フロントガラス越しに横断歩道上にいる標的の少女と目が合った。
少女はやや俯き加減ではあるが、右手をトラックの前に突き出している。
まるで、彼女がこのトラックを止めたかのように。
…………………おぉっと。
参ったな。
これはもしかして、アレか?
綺麗な紫色をした目が、光ってますよ。
はいはい、『
「…………あなた…………だれ……? なぜ、私を……殺そうとするの……?」
ふらふらと力無い様子で歩いていたはずの少女の目に、猛烈な殺意が宿っているのを感じる。
長い髪の隙間から覗く表情は、背筋が凍るほどの恐ろしいものだ。
やっぱりか。
女神には悪いが、『San-Man』が出演する朝番組はあとで録画で見てもらう事にしよう。
「……『無許可転移者』じゃ仕方ないな……さぁて、ひと仕事してきますかぁ!」
僕は大型トラックのドアを蹴破って、少女の前に飛び降りたのだった。
まったく、どうかしてるぜ。
異世界へ転生する華々しい物語のすぐ隣で、異世界へと送ために人間を次々と殺す物語なんて。
まぁ、もしあなたの書く物語で転生する勇者が必要なら、気軽にお声がけください。
お仕事のご依頼は『転生の女神』経由でお願いします。
ー Fin ー
転生勇者を送る方だって、大変なんですよ!? ~異世界を救って帰って来た僕は、別の異世界を救うためにトラックに乗る~ 来我 春天(らいが しゅんてん) @Raiga_Syunten
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