第21話 人って怒りすぎると笑顔になるよね

 異世界のチート金属で作られた聖剣は、その大きさに比べて驚くほど軽い。

 ミスリルだかオリハルコンだか、そんな名前の金属で作られていると、現地に居たシワシワの爺さんが言っていた気もするが……うん、忘れた。

 瞬時に呼び出したそれを右手に持ち、肘から先の動きだけで一閃する。

 トウヤにも僕が剣のようなものを取り出したのが見えたようで、見えない壁を作り出すポーズを取りつつ飛び退すさる。

 しかし空間を超越する聖剣には、見えない壁も、物理的な距離も関係ない。


 空間が断裂する音が響く。



「ぐッ、ぐあああああああああああああッ!!??」



 数瞬後、およそ剣など届かない場所にいたはずのトウヤが大絶叫した。

 それもそのはず、僕に向けてかざしていたはずの彼の両手は、肘の部分で切り離されてしまっている。

 よーしよしよし、相変わらず見事な切れ味だ。

 聖剣の名は、伊達じゃない。



「え、な、なんでぇっ……!? ボク、壁……!? な、なあぁぁぁあぁぁっ!?」



 十分な距離をとり、見えない壁まで展開していたにも関わらず、肘から先の両腕を失った事に驚愕しているトウヤ。

 断面から血が滴り始めたのを見て、恐怖に顔を歪めている。

 さっきまでのスカした顔は見る影もない。


 確証は無いが……これでトウヤは『見えない壁』を作り出す事はできないはずだ。

 例えできたとしても、僕が聖剣を一振りすれば周囲の空間ごと破壊できる。

 ライフル弾を止め、大仏様の重量まで支える『見えない壁』であっても、時空まるごとぶった斬る『ディメンション・スラッシュ』の前では、その硬さなど豆腐と大差無い。

 いやあ、この聖剣が召喚できて良かった。

 左膝をやっちまった時はもうダメかと思ったが、ふと思い出したんだ。

 この身体に転生したあと、最初の『天界送り』のときに大型トラックが召喚できたことを。

 一度も転生したことの無い時に触れていたトラックが召喚できるなら、転生後に異世界で触れていた武器も召喚できるはずだ。

 その予想は見事に的中し、形勢逆転できた訳だ。


 あ〜、ようやく僕が主人公らしいムーブになってきたじゃない!

 この書き方じゃ、どっちが主人公なのか判りづらかったんだよ!

 僕の5年に渡る異世界での苦労は、無駄じゃ無かったな。

 僕は、自身の手垢がみっちり張り付いた聖剣の柄を見て息を吐いた。



 さぁて、と。

 僕は真っ直ぐにトウヤを睨みつけながら口を開いた。




「……トウヤ君、君はさっき『2年も異世界で戦ってた』って言ったけどさぁ」


「う、ひッ……!?」



 僕は聖剣を杖がわりにして立ち上がる。

 一瞬にして両手を失ったトウヤは、未だに状況を掴めずに狼狽しているようだ。

 左足は相変わらず痛い。

 もう一歩だって歩きたくない。

 だが、右手に握り直したこの聖剣があれば歩く必要などもう無い。

 僕はその場で呟き続ける。



「実はね……僕は5年も異世界で戦ってたんだよ。とある異世界を支配してしまった『冥界絶対魔王ジャベロニデンバンダリア』を倒して来いって言われて、不死身の身体だけ貰ったあとはポイっと放り出されてさ」



 うーん、何故か笑顔になってしまう。

 今の僕がコミカライズされたら、最高にサイコパスな感じで描かれそうだぞ。

 まぁ、もう終盤だし良いか。

 悪人ヅラにでも何でもしてください。



「君の倍以上の時間がかかって…。支援なんか何も貰えないままやり遂げて帰ってきたんだけど……こっちに来たら何故か10年も経過してるとか言われてさ…………もうヒドイったらありゃしないよ。大学進学はパーになるし、幼なじみは寝取られるし、帰る家も、友人も、家族も失ってさぁぁ……」


「ひ、ひぃぃぃいっ!?」



 苦労話をしているだけのはずなのに、腰を抜かしたトウヤは血だまりを作りながらずりずりと後退りを始めた。

 そんなに怖いか、僕の顔。



「そんな目に遭ってきたからさ、どうも君の言う異世界での苦労話が、いまいちピンとこないんだ。君なりの苦労はあったかもしれないけど、それでも僕からすれば、たかだか2年の異世界生活で偉そうにしてる君のその口ぶりが……………………」


「ひッ!?」



 聖剣、一閃。

 懸命に踏ん張っていたトウヤの足元の地面が消し飛んだ。



「ひああああああああああああああ!?」


「甘ったれてるようにしか聞こえないんだよおおおおおおコラアアアアアアアアアアア!!」



 次は、すぐ脇にあった街路樹が縦に割れる。

 メキメキと音を立てて倒れる樹木から逃れようと、トウヤは四つん這いになって逃げまくる。



「それに『帰ってきたら1分1秒も時間が進んで無かった』だとぉぉ!? ならそこからいくらだってやり直せるだろうがあああ! 僕が帰って来た時は10年も経ってたんだぞ!? 取り返しのつかない事だらけだっつーの!! それからお前が周りから避けられてるのは異世界のせいじゃなく、お前の性格がひん曲がってるからだあああ! そしてその読みにくいルビをなんとかしろっ! 意味の無さそうなグローブを外せっ! ひとの事をオッサンとか言ってんじゃねええええーーーーっっ!!」


「ああああっ!? うあああああああ!? うわあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!?」



 今まで我慢していたあれやこれやを、全てぶつけながらトウヤの周囲を切り刻んでいく。

 転がっていた電車の車両は真っ二つに折れ、6階建ての商業ビルは袈裟斬りにされて上層階が滑り落ちる。

 逃げようとしたトウヤの背後を地面ごと切断し、巨大な崖を作り追い詰める。

 いやぁ、ホントこの剣便利だわ。



「おらぁぁぁぁぁっ! 何とか言ったらどうなんだコラーーーーー!?」


「うあああああっ!? やめてェェェエエ!? お、お願いしますっ! た、たすっ、助けてくださいいぃっ! 何でもしますからァァ!!」」



 自分の両腕を切断した斬撃が、無限の射程で全方位から放たれる恐怖に耐えられず、トウヤはついに命乞いを始めた。

 肘から先が無くなった右腕をこちらに向けながら、必死の形相で訴えている。

 僕は聖剣を振るう手を一旦止め、トウヤの顔を直視た。



「はぁっ、はぁっ……! おいトウヤ君、今『何でもする』って言ったか?」


「……は、はいぃっ! 何でもしますッ!」



 顔の涙まみれにして、ぶるぶると震えるトウヤに向けて言い放つ。



「じゃあ……悪いんだけど、もう一度異世界を救ってきてくれない?」


「……………………へっ!?」


「戦う前に僕が言った、『僕はとある組織のエージェント』だっていうのは本当なんだよ。もともと僕たちがトウヤ君を探していたのは、異世界に送るためなんだから」


「ほ、本当だったのか……ボクはてっきり『組織オルガニザッツィオーネ』の言葉巧みな嘘だとばかり……!」


「もうイタリアごっこはどうでもいい。やるのか、やらねーのか、どっちなんだ、おぉコラ?」



 聖剣の切っ先を突き付けつつ、ちょっとイラついた感じで問いただす。

 はたから見たら、完全に僕のほうが悪役だろうな。

 でも『こんな役柄で立っている自分』がちょっとだけ好きになってしまっている自分がいる。

 元々そんな喧嘩っ早い人間じゃなかったハズなんだけど……転生は人を変えてしまいますね、文字通り。



「わ、解りましたァァア! 喜んでやらせて頂きます! で、でもその代わり……この腕を治してくださいッ! このままじゃ異世界でも戦えませんッ! し、死んじゃうから、早くぅぅぅっ!?」



 先ほどよりも出血がひどくなった両腕の断面を見せつけるように懇願するトウヤだっが…………



「えっ?」


「えっ?」



 僕はキョトンとした顔を返す。

 つられてトウヤもキョトン。



「あー、そうか。トウヤ君は『転移』しかした事ないから知らないのか」


「えっ?? えっ!!?」


「うんうん、大丈夫。異世界に行ってくれるなら、その手も治す必要なんて無いから」


「あ、あの、それって……どういう……!?」



 血がピュウピュウ噴き出している両手を震わせ、顔面を真っ青にしながらトウヤが聞き返す。

 いい加減長くなってきたし、もう説明は省略して終わらせよう。


 長いエンディング演出で許されるのは、小島○夫監督の作品だけだからな!



「行って来い異世界!! 『転生』する時は、女神の話をちゃんと最後まで聞くんだぞ!!」


「て、転生って……まさか……し、死っ……」



 輝き始める聖剣。

 歪む時空。

 僕は手向たむけの笑顔を浮かべながら、最後の一撃を放った。



「秘技、『ディメンション・スラーーーーーーッシュ』!!」


「ぎゃあああああああああああッ! わ、技名がダサいいいいいいいいいいいいッッ!!」


「何だとこの野郎おぉおおおおおおおおおおお!!??」



 亜空間に響き渡る轟音。

 聖剣の一振りによって脳天から股間まで真っ二つに切られたトウヤは


 最高にムカつく断末魔を叫びながら息絶えた。

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