第6話 全裸で登場が許されるのは州知事だけなんすよ
「全裸かよおおおおおっ! 帰還後いきなり全裸なのかよぉぉおおっ!!」
品性のかけらもない第一声で、ホント申し訳ない。
5年ぶりの帰還。
夜の河川敷。
全裸で佇む僕。
股間をすり抜けていく夜風が、心地良いぜ──────☆
…………だあぁぁぁぁぁぁあああっ!!
あのクソッタレ駄女神めええええええええええええええ!!
最悪の地球カムバックだよ、こん畜生め!!
いきなり全裸で放り出すって、どんな嫌がらせだよ!?
本当はもっと感動的に、ゆっくりと瞼を開いて遠景を眺めるようなカンジで始めたかったんだぞ!?
大体こういう場面転換があったら、まずは遠景の描写から入るのが普通だろ!?
5年の歳月を経て戻って来た日本の景色を見て、誰に聞かせるでもなくボソリと呟くセリフまで決めてたんだよ!
「あぁ……僕は帰ってきたのか……!」とか、「空気に混じった排ガスの臭いまでもが懐かしい……」とかさぁ!
だが何の冗談か、あの
おかげで僕は、元の世界へと帰ってきた風景を見て感想を述べる暇もなく、全裸を嘆く叫びを上げる事になってしまった。
い、いや……よく考えるとおかしいぞ……。
5年前、一度目の転生ののちに異世界へ到着したときは、少なくとも衣服の支給はあったハズだ。
視界の隅に目の病気かと不安を覚えるほどにチラつくステータスウィンドウに『E:ぬののふく』と表示されていたのをしっかりと覚えている。
これはもう間違いなく……転生の女神がアイドル番組見たさに服を用意するのを忘れたとしか考えられない。
ふざけやがって……あとで奴の推しを聞き出して、目の前でアクスタ叩き割ってやる。
「ね、ねぇ……今あっちから叫び声がしなかった……?」
「う、うん! 全裸がどうとかって……!」
そしてお約束のように、すぐさま聞こえてくる女性の声。
展開が早すぎる!
ダメだ! こんな全てをまろび出している僕を見てはダメだっっ!
いや、落ち着け僕。
放っておいても、全裸だ何だと言っている男の声に近寄ってくる女性などいないだろう。
などと楽観していたのだが……
「こんな夜の河川敷で全裸でいるなんて、きっと露出狂だわ! 録画モード!」
「私はオートフラッシュ連写モードでスタンバイ良くってよ! 炎上させましょう!」
あ、あれェ!?
ちょっと待てェ!
どうして全裸の男がいる可能性がある方向に向かってくるの、この子たち!?
こういう時、モブの女性は全裸の僕を見て叫び声を上げ、それを聞いた僕があたふたするものだろうが!
し、しかもあろう事か、録画までしようとしているッ……!?
僕がいない間に流れた10年という月日で、日本という国に何があったんだよ!?
というか『炎上させる』って何!?
灯油でもぶっかけて火をつけるつもりか!?
それとも僕が異世界に旅立っていた間、ついに日本人は火属性魔法でもブッ放せるようになったのかぁ!?
と、とにかくこのままではマズい。
さっそく女神より賜りし加護を頼ることになるとは……。
僕は思考の奥底に女神により刻まれた、加護発動の記憶に意識を集中させた。
「『隠蔽』ッ!!」
次の瞬間、僕の身体はまるでカップ麺の湯気が消えていくように景色に溶けてゆく。
透明になって消えてゆく一方、僕自信はまわりの景色はしっかりと見えている。
『虹彩や網膜まで透明になっているのに視力があるのは科学的におかしいでござるナァ〜、サトル氏〜』なんてツッコミは無しだ。
これは『女神パワー』。『パワーオブゴッデス』。アンダスタン??
「……あれぇぇ? 確かこのあたりから声がしたと思ったんだけどなぁ……」
「うーん? おかしいわね、空耳だったのかしら…………」
全裸の男がいることを期待して駆け寄って来た見知らぬ女性2人は、目当ての裸体が見当たらないことに肩を落として去って行った。
当の僕はといえば、彼女らから姿が見えないだけで、フル〇ンの状態で
幸いにして彼女らに視認される危機は免れたのだが、それでも僕が女性の前に全裸で居たことは紛れもない事実だ。
あぁ、帰還早々やっちまった。
この加護は非常に良くない。
新たな性癖に目覚めてしまいそうだ。
こころを強く持たなくては……。
ちなみに、女神により与えられた加護は使い方などは最初から頭に刻み込まれている。
どういう仕組みかは解らないが、どんな加護であっても使用法は理解済みのため、あの不親切極まりないコミュニケーション不足女神が相手でも問題ないのだ。
5年前、『女神の祝福』というアバウトな名前の加護を受けて異世界に降り立ったときも、自分に何ができるのかが容易に理解できたのはそのためだ。
炎上させる系の魔法が使えるであろう女性二人組が離れて行ったことで、僕はようやく辺りを見回す余裕ができた。
時刻は夜。
見上げればスーパー堤防工事の完了した土手の上に、煌々と明かりのついた四角い建物がズラリと並んでいる。
その並びに見覚えがあるのかと言われると、正直全く自信がない。
が、なんとなくここが異世界転生前に僕が暮らしていた地元だということは雰囲気で解った。
街の中央に利根川水系の河川が流れる、片田舎の街だ。
帰ってきた事を懐かしみたいところだったのだが…………
「クソ女神め……人を排泄物みたいに流しやがって……!」
異世界で5年もの間ずっと1人で旅をしていたものだから、こういう時についつい独り言を呟いてしまう癖がついてしまった。
誰が聞いている訳でもないので喋ろうが喋らなかろうが関係ないのだが、ずっとボソボソ独り言を言ってる自分というのも嫌なもんだ。
それに、『隠蔽』の加護は姿こそ消せるが足音や声などまでミュートできる訳ではない。
便利そうで意外と不便な加護だが、ここで文句を言っても仕方がない……気を付けなければ。
僕は気を引き締めてから、土手を上がって街の繁華街へと歩き出した。
全裸で。
5年ぶりに見る日本の街は、眩暈がするほど煌びやかだった。
どこか硫黄臭のする空気と、裸足でも何とか歩けてしまうアスファルトの歩道に文明を感じる。
至るところにゴミが落ちているものの、『王都に続く街道』などと謳っておきながらろくに整備もされていなかった異世界の道と比べれば雲泥の差だ。
四角い建物からは見るのも懐かしい日本語で書かれた看板がドカドカと突き出て、街はLEDの電飾だらけで光り輝いている。
僕が救った異世界は、照明と言えばランプくらいしか無かったものだからとにかく不便だった。
なにかの拍子で火が消えてしまった場合、異世界の連中は『点火』の魔法でラクラク火を付けられる世界だったのだが……そんな加護など女神から授かっていない僕は、自力でランプに火を点けることもできなかった。
おかげで誤って火を消してしまった際は毎回「火をつけてください」と誰かにお願いするハメになり、そのたびに笑いものにされるのが本当にイヤだった。
……あぁくそッ! 思い出すだけでもイライラする。
もっといっぱい魔物を残してくればよかったな!
……元勇者らしからぬ言葉が出てしまったが、とりあえずなんとか服を調達しなければ。
僕は、煌々と光の灯る街中を見渡す。
すると、『ユニシロ』という見覚えのあるアパレルチェーンの看板が目に入った。
『隠蔽』の加護で透明になったまま、僕は自動ドアに近付いた。
他の客が店から出て行くタイミングでドアをくぐる。
『隠蔽』は、科学的に言うと僕が反射するはずだった光を全て透過してしまう特性があるので、赤外線センサーも反応してくれないのだ。
誰にも見られていないながらも全裸で店内をうろつく僕は、紳士用の下着コーナーに辿り着いた。
通気性抜群の素材で作られた『エアリミックス』のトランクスを手に取ると…………周囲の通路に誰もいないのを確認し、素早く広げて足を通す。
手に持った瞬間は、他人から見ればまるで空中にフワフワと下着が浮いたような光景だったはずだ。
だが僕が足を通した瞬間から、真っ赤な色柄のトランクスは瞬時に透明になる。
股間を包むシルクのような肌触りが大変心地よい。
よしよし、思った通り。
『隠蔽』加護を使用したまま服を着れば、透明にして持ち出せるぞ。
ユニシロさんには申し訳無いが、ひとまずここで一着分の洋服を頂いていこう。
それにしても、この肌着は本当に着心地が良いな。
僕のいない10年間で、アパレルはここまで進化していたのか。
色や柄もかなりの数が揃っていて、選ぶのも楽しい。
どれ、靴下はちょっとオシャレな柄のを頂くか。
シャツは汚れが目立たないように暗い色のを……おっ、このTシャツ良いな!
ジャケットまで速乾素材になっているとは、素晴らしい。
ズボンは無難にストレートタイプの…………
「こらあぁぁぁぁっ!! 万引きは犯罪ですよーーーーっ!!!!」
「うわっひゃおうええええええええええええええごごごごごめんなさいいいいいい!!??」
突如、すぐ後ろから僕の犯罪行為を咎める大声が発せられた。
焼きシャケの皮がどうしても苦手で、けれど残してしまうことに罪悪感を覚えてしまう程に気弱な僕は、万引きが見つかったのだと思い奇声と同時に謝罪をぶっ放す。
…………いや、待てよ!?
僕は『隠蔽』の加護で姿を消しているはずでは!?
「んもーーーーっ! サトルさんっ、何やってるんですかぁ!? 念願叶って元の世界に帰ってきたと思ったら、全裸でぶらぶらさせたまま街中をぶらぶらしたうえ、挙げ句の果ては万引きですかっ!? 元勇者どころか、人間の風上にも置けませんねぇ!」
「やっぱりお前かああああああああっ!」
僕の汗だくになっている背中のすぐ後ろで、転生の女神がふわふわと浮遊していた。
口をへの字に曲げて、両手の握り拳を腰に当てぷんすかしている。
怒った顔も可愛いと言ってやるべきなのかもしれないが、僕はこいつに恨み言しか言えない身体になってしまった。
「はーまったく、情けないっ! この世界に戻ってきた目的が、そんな歪んだ性癖を満たすためだったなんて……!」
「違うわバカ女神ぃぃっ! 元はと言えばお前が僕を全裸で放り出したからこんな事するハメになったんでしょうがあああ!?」
「あ、ちなみに私の声は女神パワーで人類にミュート機能が働いていますが、サトルさんの声は今も周囲にバッチリ聞こえてるので注意してくださいねっ。『うわっひゃおうえー』とか、『全裸でハメた』とか丸聞こえですよ??」
「(誰もそんな隠語を連発した覚えはないわああぁぁぁっ!!)」(※瞬時に超小声)
ふと横を見ると、僕が不用意に発した悲鳴と怒声を聞きつけて、ユニシロの店員さんが中通路……小売業界用語で言うところの第3マグネットのエンドからこちらを覗いている。
隠語まで聞こえたとあって、男性従業員までワラワラと集まってきた。
このままでは、いくら『隠蔽』加護を使用していても接触によりバレる可能性がある。
僕は商品を拝借した事を心の中で謝りつつ、店員の横をすり抜けて外へ出た。
ふよふよと空中を漂う転生の女神とともに、街灯の少ない路地へと入る。
「はぁっ、はぁっ……あ、危うく見つかるところだっただろ! 約束通りすぐに来てくれたのはありがたいけどさ!? 次はもうちょっとマイルドに登場してくれない!?」
「ゑー? マイルドってよく解らないんですよねぇ……。例えばサトルさんが狭いバスルームで頭を洗ってるとき、次に目を開けた瞬間、鏡越しに私が映ってる……なんてのがいいですかー?」
「すみません、それをやられると僕はホントに耐えられないからマジでやめてくださいお願いします」
……も、もはや女神も心霊も変わらん。
ユニシロから飛び出し逃げこんだのは、大通りから住宅街へと続く小道。
僕は周囲に人が居ないことを確認してから『隠蔽』加護を解除した。
「うわっ! サトルさん、ユニシロのMサイズシールが付いたままですよ!? 女神的なセンスで言えばすっごくダサいんですけど、そんな状態で『隠蔽」を解いちゃって大丈夫ですかっ!?」
「安心しろ、これは人間の世界でも相当にダサい。だが僕は転生前に友人と渋谷に遊びに行ったとき、ずっとサイズシールを貼ったままである事に気付かずに遊び歩いた経験のある猛者だから大丈夫だ」
「それって大丈夫ではないのでは……? うぅ……今回の転生で、『ついてるよ』って言ってくれるご友人ができるといいですね……」
「そんな最下級の生物を見るような目で哀れむのは止めろォ! それより、どうして急に来たんだよ!? お前の言ってたアイドルの番組はどうした!?」
ドン引きし、『うへぇ』という声が漏れ出てきそうな顔をした女神に問い正す。
僕が転生後の打ち合わせもできないまま放り出されたのは、たしかこの女神がアイドル番組をリアタイで見たいからというフザけた理由で転生させたからだ。
「あぁ……『San-Man』の番組は、以前に『匂わせ』でムカついた女優がゲストで出ていたので見るのをやめました。録画はしたので、あとで視聴者プレゼント用のQRコードと応募キーワードだけ見返しますぅ」
「お、お前ホントに女神としてダメな事ばっかり言ってるよな……」
「そうですか? 人間の女性たちが使ってる掲示板に書かれてる言葉よりもよっぽど優しいと思いますけどねぇ…………あ、それよりサトルさんっ! 早速ですけど、任務ですよっ!」
「へぇっ!?」
どうでもいい話から一転、急に来た!
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