第5話 悲しいけど、これって女神の依頼なのよね

「は……? え、ちょ、待っ…………こ、殺すって?」



 希望を抱き、神々しい光に包まれる中、突如聞こえた物騒極まりない言葉。

 僕は再構築中の肉体の耳を疑い、思わず聞き返す。



「はいっ! 異世界を救う素質のある人々を転生させるため、サトルさんにはその人たちを死に追いやって頂──────」


「丁寧な言葉に言い換えてもダメェェ! そ、それってイコール殺すって事だよね!? 人生終わらせるって事だよね!!?」


「え? えぇ……その通りですけど?」



 キョトン、とした目で僕の顔を覗き込む女神。

 いやいやいやいやいやいや、そんな可愛いキョトン顔をしてもダメだ。

 ハッキリ聞こえた。

 し、死に追いやる?

 転生させるために?

 それって、僕にただ『殺人を犯して来い』って言ってるだけじゃないか!



「ちょっとおおお!? 罪なき人間の人生を何だと思ってるのォ!? そんな事したらダメじゃん! 第2の僕を生み出すだけじゃんん!?」


「ちょっと何言ってるか解らないですね」


「解れよ! そこは解ってくれよ!? 神の倫理観ってそんなモンなのか! だからお前らは、箱舟作らせて洪水とか発生させちゃうんだよおおお!!」



 先ほどまでの可愛らしい照れ顔から一転、一瞬にして心底めんどくさそうな表情に変わった転生の女神は、僕の文句を聞き流しながらも眼前に浮く本のページを最後まで書ききってしまった。

 ジュオッ、という謎の音とともに、肉が焼けたような臭いが漂って来る。

 あっ、これは肉体の鼻の構築が終わった証拠かな?

 ……って、そんな事はどうでもいい!!



「知ってると思うけど、現代の日本は立派な法律があってだな!? 人が人を殺せば捕まるんだよ! 異世界で魔物を殺したり、襲ってきた山賊を焼いたり埋めたりするのとは訳が違うんだよ!?」


「は、はい、知ってますよ……? (キョトン)」


「その『キョトン』を止めろォォ! 知ってた上で僕に他人を殺させるのかぁ!?」


「……ぶふっ! まったまたぁ~! サトルさんってば、そんな事言っちゃってぇ! さっきまで居た異世界でたくさんの生命を奪ってきたじゃないですか~! 今更そんな演技なんてしなくったっていいんですよぉ! あっははははは!」


「え、演技じゃねええええええええ! い、いや、魔物を殺しまくったのは事実だけど、そうじゃなくて……!!」


「あ、ちなみに私、5年間ずっと天使から報告を受けていたので、サトルさんが殺した命の数を記録してますよ? 参考までに申し上げますとぉ──────」


「あああああああああ!! ごめんなさいいいいい! 聞きたくない! それは聞かせないでください! 唐突に発揮される天界の恐ろしい情報把握能力!! きっと僕はその重みに耐えられなああああああああああい!!」



 僕は両手で耳を覆った。

 幾分かだが、今まで聞こえていた音が遠くなった気がする。

 あ、無事に耳まで再構築できたか……。


 だが、女神の声がそんな物理的遮蔽などおかまいなしに脳に響いて来る。

 こ、こいつ……念話で話してやがる!?



「まずゴブリンが121匹で〜、コボルトが259匹〜、オークは集落ごと潰したので絶滅ですね、1052匹。このうち、生まれてからまだ10年も経っていない幼い個体が365匹含まれていて~……スライムとか昆虫系の魔物も含めた数に至ってはトータルで108237……」


「いやああああ! やめてって! 言ったじゃん! 言ったじゃああああん!?」


「……といった具合ですから、今更人間を何人か殺したところで、大騒ぎするようなものではないですよ??」


「大騒ぎするよ! ダメだよ、同族を殺すのは!? 考えてもみなさいよ! もし僕の活躍が誰かの目に留まって、武勇伝とか伝記として『書籍化』されるぞってなった時に、絶対偉い人から怒られるだろ! そんな人を殺しまくるような物語、出版したあとクレームなんか付いたら、発刊してくれたところの紙に真っ赤な文字が並んじゃうでしょうがああ!」


「ゑ~? サトルさんはご存知無いでしょうけど、昨今の日本では、バラバラ死体になった人間を何度も蘇生させて戦わせる神官のマンガが出ているそうですし、生後6ヶ月の女の子を4つに分解してから再構築するゾンビゲームが流行ってるそうですよぉ? 別に人間が人間を殺める描写くらい普通ですって! それに、そのうち詳しく説明しますけど、これからサトルさんが行く次元はパラレルワールドの一種ですっ。サトルさんに殺される人も、そうじゃない人生を歩んでいる次元が存在してますから、気にしなくてもいいですよぉ!」



 こんな話をしている間も、女神はケラケラと笑いながら『またまた御冗談を』みたいなポーズをしている。

 こ、こいつ……もしかしたら、本当に本気で言っているのかもしれない。

 神々の人の命に対する重さっていうのは、その程度しかないのかも……。


 そう思った瞬間、僕はこの女神の思惑通りになっていいのかという背筋も凍るような疑問が頭に沸いた。

 僕が倒した冥界絶対魔王ジャベロニデンバンダリア様も、『傲慢ナ女神ニ踊ラサレタ人間』なんて言ってたくらいだし……。

 し、しかし『契約』を済ませてしまった今更、やっぱり止めますとはいかないだろうし……ぐおおおおお!



「あっ! そうそう、依頼を受けてくれたお礼として、先に加護を付与しちゃいましょう!」


「えっ!? あ、確か……さっき加護のオマケを付けてくれるって、言ったよな!?」


「もっちろんですよぉ! 私たち女神は、信徒には手厚い加護を授けるものなんですよ? えっへん!」


「信徒じゃないですけど、貰えるものは貰っておきます!」



 唐突に来た!

 加護を授かる儀式!

 殺る殺らないの話はひとまず置いておいて、まずはコレ、加護だっ!


 一応説明をしておくと、女神が授ける『加護』というものは、絶大な威力を発揮する。

 肉体に付与することで、その肉体が滅びるまで永遠に効果を発揮し続ける強化魔法のようなものだ。

 同じようなものに、悪魔が授ける『呪い』があって、そっちは『加護』より強力な反面、何かしらの代償が必要になるらしいのだが……まぁ僕は悪魔ではなく女神に拾われた身なので、その辺は割愛させて頂く。


 ポイントは先ほどのとおり、肉体が滅びるまで有効という点だ。

 極端な話、『肉体が滅びなくなる』という加護を付与されると、アラ簡単……不老不死のできあがりだ。

 でも5年前に聞いた話だと、とある異世界でこの『加護』を神々にやたらめったら付与された男がいたらしく、そいつはその世界を散々かきまわした挙句に神々まで殺してしまったらしいので、最近では加護の付与にキッツイ制限がといたとか。

 心底思う。

 余計な事をしやがって……。


 それから、ひとりの転生者に付与される加護は、通常ひとつ。

 英雄と称される貢献者でも、多くて3つまでになっちゃった、と女神が愚痴っていたのを覚えている。



「サトルさんは、神々の求めに応じて一度異世界を救ってくださった、正真正銘の英雄ですからね! 上の許可も貰ってますから、最大量の3つまで付けちゃいますよぉー!」


「ん? おい、ちょっと待て。元から3つ付けて良いって言われてたの? じゃあさっきのオマケって何の意味もな──────」


「勘のいい人間はキライですよっ! さぁ、サトルさん! 準備はいいですか!? 加護の受け方、覚えてますかー!?」


「え”!? いや、えっと……も、もしやまた同じ方法で!?」



 またもや騙されている気がするが、もうそんな事も言っていられない。

 加護付与の儀式は、一瞬で終わってしまう。



「いきまーす! おなかに力を入れてっ! 歯ァ食いしばってー!」


「んぎっ……!」


「おりゃっ! どりゃぁっ! そいやーーー!」



 そう叫びながら女神は、無防備に曝け出した僕の腹部に計3発の正拳突きを叩き込んだ。

 このっそい身体のどこにこんな力があるのかと言いたくなるほど、重すぎる拳が腹筋にめり込む。



「げほォォッ! いッ、一発じゃない、のかよッ……!? ゴッホゲホ!!」


「あれっ? 加護3つ付けるって、私言いましたよね!? 女神の話はちゃんと聞いてくださいよ!?」


「ヒュー……い、いや……1発につき……ヒュー……加護1個なんて……ヒュー……僕が知る訳無い、よね……」



 3発のうち1発は、腹筋のやや上、鳩尾みぞおちにクリティカルヒットした。

 息を上手く吸えない。

 あ、どうやら内臓の構築も順調のようだ……。

 実は5年前に異世界を救うために『女神の祝福』の加護を授かった際も、同じ方法で付与してもらった事がある。

 だがその時は、この女神がうっとりするくらいの女神スマイルで両手を広げて近付いてきたものだから、僕はてっきりハグでもして貰えるのかと思って完全無防備で身体を開いて待っていたのだ。

 そこに先ほどのような重すぎる正拳がブチ込まれたのだから、その被害ときたらもう……。


 今回はあらかじめ腹筋を張れたから良かったものの、殴打しなければ神々に愛されないなんて、このシステム絶対変えた方が良い。



「ゲホゴホ……そ、それで、今回僕は何の加護を貰ったのさ?」


「んっふっふー、今回のも凄いですよぉ……! これから日本に帰るサトルさんにとっては、最高に有益な加護です!!」


「ほ、ホントに? どんな加護を!?」


「それはですねぇ……なんとっ!!」



 女神は僕の顔にズビシッと指を突き付けると、自信満々に答えた。





「『隠蔽』、『凶器召喚』、そして『健康な肝臓』でーーーすっ!」


「ぐあああああああああああああああ!! 人間を殺させる気マンマンの加護だよおおおおおおおおお!」


「お、おぉぉ……こ、こんなに喜んで頂けるなんて……女神冥利に尽きますねぇ~……(しみじみ)」


「喜んでねえから! 絶望してっから! ……というか最後の『健康な肝臓』って何なんだよおおおお!?」


「えぇっ!? 文字通り一生病気にならない『健康な肝臓』で、大変貴重な加護ですよっ! 美味しくお酒が飲めますっ☆(しじみ)」


「そいつぁどうもおおおおおおおお!!」



 一瞬でも期待してしまった僕がバカだった。

 そうだよ、女神ってこんなヤツだよ。

 自分の気まぐれが、人間の一生を左右してしまうなんてこれっぽっちも思っていないんだ。

 まぁ、元々加護は転生者が任務の遂行の必要な援護を受けるためのものだから、間違ってはいないんだけどさ……。

 それに、最後に付与された『健康な肝臓』でちょっとだけ喜んでしまった自分を八つ裂きにしてやりたい。



「えっとぉー、『隠蔽』は誰にも見られていない状態でのみ発動可能な加護で、肉体から所持品まですべてを他人から見えない状態にできますっ! 服なども女神パワーで一緒に透明にできますから、着衣のまま仕様してOK! 間違っても全裸になって使わないでくださいね!」


「何の注意だよ」


「そしてぇー、『凶器召喚』はスゴイですよっ! 何と、心の中で念じるだけで、様々な武器を物質化できます! スプーンから宇宙戦艦まで! ただし、サトルさんがその手で直接触った事のあるものしか呼び出せません! 転生させる対象に出会ったときは、最適なものを思い浮かべて使ってください!」


「宇宙世紀かよ、てか触った事ねぇよ宇宙戦艦」


「そしてぇ! 『健康な肝臓』は────────」


「説明なんかいるかぁぁっ! つまり酒でも飲みながら人を殺して来いってことだろおお!?」



 にょきっと立ち上がる、女神の親指。



「おぉぉーっ! さすが2度目の転生ー! サトルさん、解ってるじゃないですかぁ!」


「まずその心底ムカつく親指をへし折るために、スライドドアがついたミニバンを召喚したいんだけど良いかな??」


「女神はスポーツタイプしか乗りませんので結構ですっ! ……おっと! 肉体マテリアルの構築も終わったみたいですよ!」



 こんな漫才みたいなやりとりをしているうちに、どうやら日本で暮らすための身体の構築が完了したらしい。

 ……って、あれ?

 たしか5年前に異世界へと転生する際は、いくつか外見の希望を聞いたうえで転生先の身体を用意してくれたような気がしたけど!?



「な、なぁ……外見のこと聞かれなかったと思うんだけど、構築終わっちゃったの……?」


「あ、スミマセン。そろそろ地球でアイドルグループ『San-Man』の番組が始まる時間なので、私が適当に作っちゃいましたぁ~」


「ふッッッッざけんなよお前ェェ! 今からでもいいから、その『San-Man』とやらの姿にしろっ! アイドルならきっとイケメンなんだろ!?」


「はぁぁ? 女の子にとって、『推し』とは唯一神ですよ? ふざけた事言わないでください、そんな事は絶対にお断りです」


「やめろォ! 真顔が怖いわっ! さっきまでの若輩アピールしまくってる幼な女神のフェイスはどうしたぁ!?」


「んもー! リアタイで見たいんですよぉ! 隠してある天界テレビを出したいから、そろそろ出て行ってくれませんかぁ!?」


「お前、同じ原理で飲み終わったあとの酒瓶をソコに隠してたのもバレてるからなぁ!」



 そわそわとしている女神は、僕の足元を指差しながら何かを唱え始めた。

 すると、何も無かったはずの場所に黒い穴がぽっかりと空き、女神の手元には『FLASH』と書かれたボタンが現れる。

 躊躇なくボタンを押すと、足元の穴は徐々に僕の身体を吸い込み始めた。



「はいっ、これでスッキリー☆」


「てめぇぇぇぇ! 人を便所に流すみたいなシステムを召喚するんじゃねえええ!」


「はいはい、とりあえずこの番組が終わったら一度連絡しますから! じゃあ、久しぶりの地球へいってらっしゃーい!」 


「くっそおおおおおおおおおおおお! やっと実現した地球への帰還……嬉しいはずなのに、嬉しくなあああああああああいっ!!」


 

 僕の身体はみるみるうちに見えない渦に巻き込まれ、穴へと落ちていった。

 もし天界に『お客様相談室』があるなら、この送り出し方には徹底的に文句を言ってやろうと心に誓った。

 でも、言ったところで改善なんてされないだろうな。

 お客様じゃなく、あっちが神様だし。 


 ジャーゴボゴボというあからさまな音とともに、僕の意識は暗闇へと落ちていった。



 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る