第4話 もう戻れないあの頃、思い出は胸の中に Wow Wow

 ……い、今、何て?

 聞き間違い、か?



「え…………じ、10年、経って? …………えっ?」


「はい、10年ほど経ってますねぇ。サトルさんが救った異世界と、元居た地球とでは、時間は速度が違うので!」


「え"え"え"え"え"え"え"え"え"え"え"え"え"え"え"え"え"え"え"!!??」




 あまりの衝撃。

 僕は魂の奥底から驚愕の声を上げた。

 それは謎のエネルギー波となって、女神の用意した亜空間へと広がっていく。

 視界の隅に、女神パワーで隠されていた酒瓶のようなものがゴロリと転がるのが見えたが、今はそんな事はどうでもいい。

 掃除しろ。



「ひゃっ!? びびびビックリしたぁぁ! いきなりそんな負のエネルギーを込めた大声出さないでくださいよぅ!」


「ま、待てっ! いや待ってられるか! どういう事だ!? ぼ、僕が異世界で5年間必死に頑張ってた中、地球では10年が経っていたってのか……!?」


「うわっちょちょちょ、ち、近寄りすぎです! 落ち着いてくださーい! ゴッデス・ディスタンス! 女神におさわり禁止でーーーーす!?」


「お、落ち着けるかぁぁぁ!? こういうのは、時間や肉体まで元通りに戻って、失われたはずの時間をもう一度──────みたいな物語の展開がセオリーってもんだろうがああああ!!」



 僕は霊体のまま女神に突進し、その両肩をガッシリと掴んだ。

 力いっぱい肩を掴まれた女神は、びくりと身体を震わせる。

 あまりに想像していた結果と異なり、頭がうまく回らない。

 ショックを吐き出すべく、僕は女神をガクガクと揺すりながら叫び続けた。



「ウソだろ!? なぁ嘘だって言ってくれ! 『元の世界に帰れる』っていうのは、元通りじゃなくてホントにただ帰るだけだったってのかよおおおおおお!?」


「ひ、ひいいいいっ!? いやぁぁっ! や、やめてくださいいっ!? ひ、人と神の間に子供ができちゃううぅぅっ!? 順を追って話しますからぁぁぁぁぁっ!!」



 鬼の形相で迫っていたためか、転生の女神はその銀色の瞳からぽろぽろと涙を流してしまっていた。

 ぐわっ!

 い、いかんいかん……いくら気が動転していたとはいえ、乱暴なことをしてしまった……。

 転生の女神はパッと見て14、15歳くらいの金髪少女に羽が生えたような格好なので、そんな娘の身体を鷲掴みにしてガクガクさせてしまっては立派な事案だ。

 ちょっとだけ申し訳なくなってしまう。



「あ! ご、ごめん……! ちょ、ちょっと頭が追い付かなくて……頼む、せ、説明してくれ…………」


「うぅっ……ぐすっ……こ、こんな幼い女神に乱暴するなんて……! 魂に『婦女暴行前科』ってトガを刻んじゃいますからね!?」


「ハイ、ほんとすみません。反省してますんで、勘弁してください…………」



 「800歳のロリババアが何言ってんだ」という言葉が出かかったが、なんとか喉元で抑え込み謝罪した。

 転生の女神は涙目ながらも頬を膨らませ、口をへの字に曲げて抗議している。

 た、魂にトガを刻むって何だろう……。

 今後転生した時、どんな肉体でも『私は少女に乱暴したロリコンです』って口走るとか……?

 お、おっかねぇ……。



「えー、コホン……では聞いてくださいっ! まず先ほどの通り、地球ではあれから10年が経過してますっ。『契約』に基づきサトルさんの魂は地球に帰しますが、当時の時間に戻れる訳ではありませんっ!」


「えぇぇぇぇ……そ、そこを何とかならないかな? か、神様でしょ!? 時間くらい、こうチャチャーっと巻き戻せたり……」


「そんな事できるのは、私の上司である運命の三女神さん達くらいですよぉ! 私みたいなワカゾーのペーペーが、時間をいじれる訳無いじゃないですかっ!」


「そ、そんな…………」



 一縷の望みを賭けて聞いてはみたが……

 あぁ、ダメだ。

 これはもうダメだ。

 10年という月日は、戻せないことが決定事項らしい。




「続けますよー? えーと、サトルさんの身辺ですが、現地にいた後処理天使あとしょりてんしさんたちの報告によると…………」


「な、何だよ、『後処理天使』って……」


「人間界のヨゴレな仕事をする、末端の作業員天使がいるんですよ。えぇとぉ……まず大学ですが、サトルさんは事故に巻き込まれて死んでますので除籍になってますね!」


「えええええええええええええええええ!?」


「えぇーって、そりゃそうですよね……入居が決まってたアパートも退去になっていてー、死亡保険金も既にご両親に支払い済みのようです。えーと、『お父様はサトルさんの事故死がショックで認知症を発症し、現在は北関東にある老人ホームでサトルさんの保険金を使いながら入所中』……だそうです! それと『お母様はお父様の介護疲れで数年前から行方不明』ですって」


「あああああああああああああああああ!?」


「それからえーと、幼馴染のユウカさんですが、大学で知り合った『宇柵内 ・Lロンチャ・性男 (うざくない・L・さがお)』さんという茶髪の似合うナイスバルクなハーフ色黒マッチョさんとの間に子供を授かり結婚されていますね!」


「ぴぎゃああああああああああああああ!!!!」


「あ、ちなみにサトルさんのお墓と遺骨ですが……管理するご両親が前述のとおりのため墓地代が支払われなかったせいか、いつの間にか撤去になっていて、無縁仏扱いでどこに行っちゃったかわからないそうでーすっ!」


「骨すらも残ってなあああああああああい!!!!」




 がっくりと膝をつき、うなだれる。


 あ、あんまりだ……。

 これが……

 5年間、異世界で必死に生きてきた結果が……

 …………これなのか?



「ねぇ…………これ、元の世界に戻る意味、あると思う……?」


「え、えぇ~……? そういうコトは私に聞かれましてもねぇ……」



 言葉を濁す女神から視線を外し、ため息と共に目を閉じる。

 あまりのショックで、全身から力が抜けていくかのようだ。

 大きい。

 失ったものが、あまりに大きすぎる。

 せっかく合格した大学も行けず、両親は痴呆と行方不明、そして幼馴染のユウカは僕が不在のあいだに寝取られたなんて……。

 こんな有様の地球に、日本に……今更戻ったところで、何をすればいいと言うんだ。



「あ、あの、ちなみに……僕が魔王をブッ倒した世界に、また戻る事って出来るの……?」


「い、一応は可能ですけど〜……今度は業務委託外の転生になりますから、『女神の祝福』加護はつかないですよ? それでも良ければ……」


「いや、それはダメだ! 魔王の残党もゴロゴロいるし、加護もない状態であの世界に戻っても死ぬだけだろ!!」


「んもー! それはサトルさんが悪いんですよ!? ちゃんとザコの魔物とか、世界のすみっこの魔物拠点とかを潰さないから、そういうことになるんですよっ!」



 う”っ……。

 まるで反論できない。

 僕は魔王を倒して元の世界に帰りたい一心でいたため、魔王の城までの最短ルートにある魔物だけをブッ殺してきた。

 おかげで、世界のすみにあったような場末の魔物の砦などは立ち寄らずに放置してきてしまったのだ。

 魔王が倒れた今後も、そこに陣取っていた魔物たちはあの異世界で変わらず猛威を振るうに違いない。

 そんな中に女神の加護を失った僕が戻ったところで、有象無象の兵士よろしく熊っぽい魔物に食い殺されて終わるだけだ。


 呆然自失とは、この事か。

 目標に掲げてきたものが、一気に無価値になってしまった。

 これから先、僕は何をするために生きて行けばいいのか……何も浮かんでこない。


 異世界の冒険において、もっと仲間を大切にしていたら……。

 魔物の拠点を残らず潰して、真の平和をもたらす勇者であったら……。

 何もかもが自業自得過ぎて消えてしまいたいくらいだ。




 亜空間に訪れる沈黙。

 一通りの説明を聞いて何も喋れなくなってしまった僕に、見かねた女神は口を開いた。



「あの……サトルさん。どうせ元の世界に戻っても、そもそも元の肉体だって失われてるんですから、心機一転ですよ! せっかくの帰還ですし、完全に別人として過ごしてみてはいかがですかっ?」


「……別人として日本に帰るのは、まだいいさ。でもこのままじゃ、何を目標に生きて行けばいいのか解らないんだよ……」


「それなんですけどぉ……サトルさん。もしサトルさんさえ良ければ、また神々からの依頼を受けてみませんか……?」


「…………へっ?」



 唐突に聞こえた提案に、僕は勢いよく顔を上げた。

 『神々からの依頼』って……えっ?

 もしかして────────



「実は~、次の異世界を救う『転生者』を探してくれる人を募集していたんですよぉ! 素質がありそうな人間をこちらでリストアップしていますので、サトルさんにはそれらの人々にコンタクトして、異世界へと『送る』お手伝いをして欲しいんですっ!」


「い、異世界へ送る、手伝い……?」


「そうですっ! もし引き受けてくださるなら、これは立派な女神からの依頼になりますから、『女神の祝福』ほどの強力な加護ではないにしても、いくつか加護を付けられますよっ!」


「えっ!? に、日本に、ただの人間として帰るのに、加護を貰えるの!? そ、それってチートすぎない!?」



 正直、僕はただの人間として日本に帰ることばかりを想定していた。

 元の生活に戻れるなら、異世界で発揮したような加護などいらない、と思っていた。

 だが何もかも失った今では、ただの人間として元の世界に帰る意味を見出せない。


 しかし、もしも

 女神からの加護を授かった状態で日本に帰るなら──────!


 5年前、死ぬ直前に愛読していたweb小説のコミカライズ作品『異世界帰りの勇者マジヤバ』と同じく、凄まじい生活が送れるのでは……!?


 一気に目の光が戻った僕の顔を見て、転生の女神はニッコリとほほ笑んでいた。



「ふふふ~、サトルさんノリ気ですねぇ? 実はここに来る直前に、サトルさんなら引き受けてくれそうだな~と思って、上司の神たちに許可も貰ってあるんですよっ!」


「おぉ……!? おおおおおお!?」


「うっふっふ。もし、サトルさんさえ良ければ……このまま日本への転生手続きの『契約』に入っちゃおうと思うんですけど、どうですか?」



 先ほど閉じた赤い背表紙のブ厚い本を、女神は再び開いた。

 何も書かれていないまっさらなページが、まばゆい光を放って浮いている。

 僕はその光が、未来を照らす希望の光に見えて



 僕は大きな声で即答した。



「……やるっ!」



 『エナジーバーン』を放つ時のような、最大級の力を腹筋に込めて返事をする。

 両手の拳をギュっと握りしめ、僕は微笑みを浮かべた女神の瞳を見つめて答えた。



「やらせてくれ、その依頼! 何もない虚無な人生を送るより、何倍も楽しそうだぁっ!!」


「やったぁぁ! えへへ~、サトルさんならそう言ってくれると思いましたよぉ!」



 手のひらをポンと叩き、転生の女神は満面の笑みを浮かべた。



「いやー良かった! まさかお前からそんな提案をして貰えるとは! 最高! 転生の女神様! 仕事のデキる女神! かわいい!!」


「えっ!? え、えへへへへ……ちょっとぉ、サトルさんっ! そ、そんなホメても、加護のオマケくらいしかできませんよぉ~☆」


「いよっ! 希望をつかさどる女神! 最高神! かわいい!!」


「はぁう~……! て、照れちゃいますよぉ! むふふふ、もうやめてくださいぃ、サトルさぁん!」



 純白の神衣とは対照的に、耳まで真っ赤にした転生の女神様は身体をくねくねと曲げて喜んでいる。

 今更だけど、何でこの女神様はこんなに人間くさいんだろうか。

 いや、喜びのダンスを踊りたいのはこちらも同じだ。

 絶望しかないと思っていた矢先、また新たな加護を授かった上で日本に戻れるとは。

 そしてこれからは、神々のエージェントとして正体を隠しながら生活するのかも……。

 あぁ、エージェント……!

 カッコ良い響きだなぁ!


 「捨てる神あれば、拾う神あり」とは、こういう事を言うんだろうな!

 ……僕に関しては、どちらも同じ女神だったけど。

 あれ?

 そう考えると騙されているような気もするが……いや、やめよう。

 深く考えないことにする。



「えへへへ……じゃあ、転生の『契約』をしながら、任務の説明をしちゃいますねっ!」


「おうっ! 宜しく頼むぜ、女神様っ!!」



 いまだにニヤニヤしながら照れている女神は、先程開かれていた真っ白のページに手をかざし、何やら呪文のようなものを唱え始めた。

 すると、何もなかった紙面に光が走り、そこには僕に読めない文字がスラスラと書かれてゆく。

 同時に、フワフワとして頼りなかった僕の身体に……芯が通るような、力が入ってくる感覚が流れ込んできた。



「では! 『異世界の勇者』サトルさん! これより女神との契約を結びます! 一度締結すると破棄はできませんが、いいですかっ!?」


「はいっ! お願いします!!」



 あ~、そうそう、思い出した。

 5年前もこんなやり取りしたよ!

 こんな契約っぽいことをしながら、転生先で使う肉体を再構築していくんだよ、確か。

 元の肉体は朽ちてしまったらしいから、また作り直すんだろうな。

 もう絶対、二度と茶髪のロン毛にはしないからな。

 絶対だ。





 呪文の詠唱が終わると

 女神は、声高らかに宣言した。






「では、『契約』締結! サトルさん、あなたには元の世界に戻り、異世界を救う運命にある人間を『殺し』、神々の元へ送って頂きまーーーーす!!」



「……………………へっ?」



 再び、時間が止まった。

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