第7話 ブリーフィングって響きはなんとなくカッコ良いけど、思い浮かぶのは男性用下着

「え、っと……に、任務って事は……えっ!? これから!? 誰かを殺しに行けってのか!?」



 あまりに急過ぎる展開に、僕は思わず転生の女神に聞き返した。

 女神は下に向けて手をかざすと、現れた小さな光の渦の中から例の赤い背表紙で飾られたブ厚い本を取り出しながら答える。



「うーん、ちょっといいですか、サトルさんっ! 『殺す』って単語をあまりに多用すると、表現的に選考委員の心象がよろしくありませんから、ここは『天界送り』って言うことにしませんか?」


「ンなもんどっちだって良いわぁっ! 何だよ『選考委員』って!? そんな『殺す』だの『殺人』だのでいちいち検閲みたいな真似事されてたら、今頃は刑事モノ2時間サスペンスドラマなんて駆逐されてるはずだっつーの! い、いや……そうじゃなくてだなぁ!?」



 にこやかにページを捲り始めた女神は、ふんふんと頷きながら本の中を覗き込んでいる。

 い、いくら何でも急すぎるだろ!

 自分から引き受けた任務とはいえ、人を殺害する準備なんてまるで出来ていない。

 と言うか、見ず知らずの人間を殺す覚悟などそう安易と出来る訳が無いのだが。

 そもそも……まだこの現代日本に帰ってきてから1時間も経ってないぞ!?

 僕がやった事と言えば、全裸で街中を練り歩いた挙句に万引きしてきただけだ。

 うーん、自分で言うのもなんだがホント最低の事しかしてねえわ!



「はいはいっ、よーく聞いて下さいね! 時刻は20時22分っ! 場所は、ここから2km離れたスーパー『入玉』の前にある交差点です!」


「え!? ちょ、ちょっと待って……! い、意外と近いけど、あと30分も無い!?」


「そこっ! 私語を挟まないっ! 標的ターゲットは……18歳の男子高校生です! 該当の時刻になったら、先に申し上げたスーパーの前にある横断歩道に飛び出してくるようなので、そこを上手に仕留めてください!」


「ちょおおおお待あああああ!? え、ええええ!? よ、よりによって!?」



 ツッコミを叱られてしまった僕は最後まで聞いてみたのだが……

 僕は盛大にため息を吐いた。

 思わず片手を額に乗せ、天を仰ぐ。



「ほぇ? サトルさん、どうしました?」


「いや、『どうしました?』じゃ無いだろ!? あのなぁ、お前は忘れてるのかも知れないけど、僕は今回お前の言った標的ターゲットと全く同じ、18歳の男子高校生の時に死んで、異世界へ行く事になったんだぞ!? 僕に、自分の手で僕と同じ境遇の人間を作れってのか!?」



 そう、標的として言い渡された『18歳の男子高校生』というのは、まさに僕が前々世でトラックに轢かれて命を落とし、異世界に行くハメになった年齢である。

 詰まるところ、天界の神様とやらは僕と全く同じ運命を辿る人間を送って来いと言っている訳だ。

 全く、冗談にも程がある。

 いくら何でも趣味が悪い。


 しかし、女神の返答は揺るぎないものだった。



「そうですっ! 私も慈悲深い女神の一人ですから、一応は上司に確認したんですよ? でも上司はあくまでもサトルさんにはこの任務を与えるようにと言っていましたっ! 『You can do it.』じゃなくて、『Just do it!』って言っておけと言われましたよ」


「『君ならできる』じゃなくて『いいからやれ』ってか!? 君んところの上司さん、残酷過ぎねぇか!? 何でそんな…………!」


「多分ですけど……サトルさんが本当に任務を遂行してくれる意思があるのか、見定めるつもりなんだと思いますよ」


「み、見定める? 僕を??」



 転生の女神はぱたむ、とブ厚い本を閉じると、珍しいくらいの真剣な表情で僕の顔を見つめてきた。

 正面から真っ直ぐ見る女神の顔は、透き通るような白い肌と大きな目で、とても可愛い。

 けど、その口から慈悲の言葉が出てくるなどと期待してはいけない。



「今回サトルさんが引き受けてくださった、『転生者候補』を『天界送り』にする任務なんて、天界広しと言えども前例なんて無いですからね。今まではたまたま死んでしまった方の魂を拾ってくるか、その人が自然に命を終えるまで待ってたんですよ」


「そ、そんな拾得物みたいな言い方するなよ……天界の連中は、人の命を何だと思ってんだ……」


「でもでもー、前者の場合は適正が低い方も相当いらっしゃって……『異世界に来てくれるかな!?』って聞いても、『いいともー!』って言ってくれない事が多いんですよぉ」


「念のため言っておくが、今の若い子にはそのネタもう通じねえぞ」


「そして後者の場合は、『出待ち』している間に危機に瀕している異世界の方が、先に滅んじゃうんですよ。サトルさんの例のように、この世界と他の世界は時間の流れが異なる場合がほとんどですからねぇ」


「人の命が終わる瞬間を『出待ち』って言うな! 不謹慎過ぎるだろ!?」



 真面目な顔をしながらも楽しそうに話す転生の女神の目の前で、僕はげんなりとした表情で肩を落とした。



「なのでっ! あらかじめ天界側が目星をつけていた適性の高い魂を、必要なときに送り届けてくれるというサトルさんの任務には、天界の最上層も大いに期待を寄せています! ですが、……一歩間違えればただの殺戮ジェノサイドになってしまいますし、そもそもサトルさんの精神が保てるのかという疑問も呈されています。天界は、この最初の任務でサトルさんが本当に依頼をこなせるのかどうかを見定めるつもりなんですよ〜」


「本当に人を殺せる奴なのか見極めるって、まるで殺し屋の新人歓迎会みたいじゃねえか……ち、ちなみに聞いておきたいんだけどさ」


「はいっ! 何ですかっ?」


「もし僕が本当に怖気付いて、殺……て、『天界送り』に失敗したり、途中で任務を放棄したりなんかしたらどうなるの? 記憶を消されるとか、そんな扱いが待ってるとか…………」


 

 僕は恐る恐る聞いてみた。

 いや、自分で選んだ道だ。

 最初から任務を放り出すつもりは無い。

 だが、天界の温情で再び転生した僕が何もかも放り出して逃げようとしたら、罰則なんかはあるのだろうか……?



「あっはっはー! やだなぁ、もー! サトルさんったらー! あははは、はは…………あー、それは聞かない方がいいと思います」


「いきなりド真面目な顔にならないでよ! 怖過ぎるだろ!?」


「天界は存在を隠避するためには手段を選びませんからねぇ……確実に言える事は、サトルさんがここまで私たち女神のことを知った上で逃げようとしたら、何が何でも捕まえに来ると思いますっ。天界との契約を反故にした人には、私でさえも『あーあー容赦ないなぁ』って思うような事してますよ。昔、とある有名な女神さんが『人の領分を越えた行いが招くものは死ではない、滅と知れ』って言って、天界流行語大賞をとってました、えへへへ」


「『えへへへ』じゃ無えだろ!? た、魂まで消しとばす気マンマンじゃねーかああああ!」



 ダメだ、これはもう絶対に後戻りできないヤツだ。

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