第15話 きのこたけのこじゃなく、何が好きかで自分を語れよ
空は群青から漆黒へと変わりつつある午後7時。
この街で最も活気ある繁華街は、都会と比べられるほど賑わってはいないが、それでも見渡せば沢山の人間で溢れかえっている。
一時は感染症の流行で寂れつつあった街の中心部だが、最近になってまた新しい飲食店が出店するなどして活力を降り戻しつつあるらしい。
らしい、と言うのは僕はその時期に地球に居なかったからで。
僕が異世界にいた間、この街も色々変遷があったんだなぁと思いながら派手派手な看板の下を早足で歩く。
ただ、今日の僕はこの街を歩くにあたって居心地の悪さを感じている。
原因は、僕のすぐ横に居る。
「うーわー、こんな田舎の街でも、人間ってそこそこ数がいるんですねぇ……。さすが年中発情期の生物は繁殖力がすごいですねぇ」
「あのさ、お前だって仮にも女神なんだから、『人がいっぱいいますね』っていう表現ならもうちょっとこうオブラートに包んで言えないかね? あと田舎って言うな」
「あれっ? この街ってス●ーバッ●スコーヒーってありましたっけ?」
「それ以上はいけない。田舎の人間にとって、それはザラキに等しい死の呪文だ。覚えておけ」
転生の女神は僕のすぐ横でネオンの光源に負けないくらいピカピカ光りながら浮いている。
街中だと言うのに遠慮なくフワフワしているが、街ゆく人たちで彼女の存在に気付く人間は居ない。
どうやら女神パワーで僕の使う『隠蔽」と同じような状態になっているらしい。
「あっ、サトルさんから見ると普通に浮いているように見えるでしょうけど、私はいま存在次元を意図的にズラすことで、ほかの人たちには見えないようになっていますっ! 私に触れようとしてもすり抜けますので、おさわりは諦めてくださいねっ!」
「僕はそこまで節操ない人間じゃないし、飢えてないし、命知らずじゃないんでね! それより、ここからどうするんだ……!?」
僕らの視界には、文字通り数えきれないほどの人間が往来を行き来しているのが見えている。
習い事の帰りと思われる学生、仕事帰りのサラリーマン、これから飲み会に行くであろう若い人間たちのグループなどなど……。
まるで町中の人間たちが一斉にこの繁華街のある大通りに繰り出してきたかのような混雑っぷりである。
この中から、たった1人の人間を探して接触しろと言うのは無理がある。
こんな時の比喩表現でよく『砂漠の砂から1本の針を探すようなもの」なんて言うけど、針のほうがじっとしている分見つけやすいんじゃないかと思えるほどだ。
あまつさえ、その人間を見つけ出して天界送りに……つまるところブッ殺さなきゃならないのだからハードモードどころの騒ぎじゃない。
『間違って殺しちゃいました』では済まないだろうし……どうしたものか。
傍らで浮いている女神も、その辺は理解しているようで……行き交う人の波を凝視しながら、口をタコのように尖らせながら唸っている。
「うぅぅ〜むむ……困りましたねぇ……。私もさっさと見つけ出して帰りたいんですけど、これだけの数の人間がいるとどうにも……」
「女神の力でサーチとか出来ないの? 直接捜索できなくても、何か手がかりから探せるような能力とかさぁ」
「むむむむ……実はひとつだけあるのですが、正直申し上げてあまり使ってはいけない力なんですよ……! でも、これじゃそうも言っていられませんよね……!」
「うおっ!? マジでそういうのがあるのか!?」
僕は珍しく苦渋の決断をしようとしている女神に向き直った。
『これだけは……使いたくなかった……』みたいな表情で目を閉じている女神だったが、意を決したように銀色の目を見開くと、ふんすと鼻息をひとつ吐き出した。
「行きますっ……! 最終奥義ッ! 『上司にメール』ぅぅぅ!!」
「メール送るだけかよおおおおおおっ! っつーか、宛先は例の『未来を司る運命の女神』様か!? メールで聞けるなら最初からやっておけよ、もおおおおおおお!」
「な、何を言うんですかっ!? 上司は今日は凹んで早退してるんですよっ!? いわば就業時間外なんですから、そんな時間に仕事のメールなんて送ったら可哀想じゃないですかぁっ!!」
「お前ら天界の連中がビックリするくらいの超ホワイト企業なのはよーく解ったわ! でもさぁ! こういう時はさっさとメール1本くらい送れええええ!!」
「ひいっ! サ、サトルさん、何て事を……! あまりブラックな事を言ってると、羽が黒く染まって堕天しちゃいますよぉ!?」
「
と、ここまでツッコミ入れて気が付いた。
周囲を歩く人たちが、僕のことをまるで変人を見るかのような目でじろじろと見ている。
し、しまったぁぁぁあ!
会話相手の女神は僕だけに見える状態になっているが、僕自身は『隠蔽』の加護すら使っていない状態だった!
差し詰め僕は、何も無い虚空へ向かってひとりツッコミを入れている妄想癖のある人間に見えたに違いない!
こんな時、スマートフォンのひとつでもあれば電話しているフリでも出来たんだろうが、銀行口座はおろか今や戸籍すら失っている状態の僕ではそんなものを手に入れられる手段など無い。
これ以上怪しまれないよう、ひとまず周囲の人たちに愛想笑いを返しておく。
「あ、あはは、はははは……あ、いや、その、ね? ハハハ……」
「うぇぇ……サトルさん、急にどうしたんですか? そんな笑い方しなくてもサトルさんは元から気持ち悪いですよ?」
「お前はホンット! 本当そういうとこだよ! 女神なんてマジで偶像だわチクショウめがぁぁ!」
姿を消した女神へ我慢できずにツッコミを入れた僕を見た周囲の通行人たちは、僕に心底気の毒そうな視線を落としてから去っていった。
頭か心のどちらかがやられてしまった人間のように見えたんだろうね。
うん、もうそれで良いです。
そっとしておいてください。
そんなやりとりをしていると、女神の持っている赤い背表紙のブ厚い本がぺかぺかと光り始めた。
「おやっ! サトルさん、上司からメールが返ってきましたよ!」
「お前の持ってるその本、何でもできるのな……」
「んふふー、天界では広く使われているアイテムですっ。人間世界のタブレット端末みたいなものだと思ってください」
「その割には、ページをめくったりするのはすっごいアナログに見えるんだけど」
「おーやおや、サトルさん解ってないですねぇ。どれほど文明が発達しようとも、紙媒体って他には替え難い魅力があるものですよ?」
「わかりみが深い」
珍しく全肯定したくなる事を言いながら、女神は手を触れないまま本のページをぺらぺらとめくり始めた。
わかる。
どれだけデジタルが便利でも、漫画と小説とえっちい本は紙に限る。
でも紙媒体の魅力を語っておきながら、指でページを捲らないのはどうなのよ……とツッコミたくなる気持ちを抑えつつ待っていると……。
「ふおぉぉ……! これはありがたい! サトルさんっ、上司が今回の転生者候補の情報を送ってきてくれましたよっ! 上司はもうすぐお風呂に入るところだったそうですので、申し訳ない事をしましたねぇ」
「お礼の返信のときに『お手数かけてスンマセンと人間風情が言ってました』って付け加えといて! で、どうなんだ!? 今回の標的の特徴とかは!?」
食い入るように本のページを読みながら、ふんふんと頷く女神に問いただす。
「はいっ! えーとまずは……『手の指10本のうち、左手の中指だけ指紋が歪んでいる』らしいですっ!」
「そういうところを聞きたい訳じゃねえんだよおおおおおっ! 違うだろ!? もっとこう、まずは遠目から見て判断できそうな大きな特徴を教えてくれよぉ!?」
「ゑー? うーん、そうですねぇ、他には……あっ! ありましたよ、大きな特徴! 『左下第7永久歯が金歯になってる」だそうですっ!」
「見えねええええええ! 奥から2番目の永久歯なんて見えねえんだよおおおおおお!!」
わざとやってんのか、この駄女神は!
僕の全力に近いクレームを受けて、女神は通信機能付きブ厚い天界ブックをぺらぺら捲っていく。
「えぇとえぇと、他には……『好きな絵本はごんぎつね』『猫派』『たけのこの里』『マッチで火をつけるのは苦手』『HbA1c値は6.9とチョイ高め』、ですって!」
「……おいコラ、転生の女神おぉコルァ? フッザけてないでさっさと役立つ情報吐けや、ォオ?」
「うひぃっ!? サ、サトルさんっ、ガラが悪いですよ! そういうのは令和のこの時代に流行りませんよぉ!?」
次元の狭間に隠れているはずの女神の襟首をガシリと掴む。
人間、怒りが頂点に達すると次元さえも超越できるんですよ。
「お前なぁ……あまり時間かけてると、お前の大好きな『San-Man』が出演予定の歌番組が始まっちまうぞ!? いいのかコラァ!」
「うぅぅ、だ、だってえ! 上司からのメールが信じられないくらい長文なんですよぉ! お休みのところ、こんなに長いメール貰っちゃって申し訳ないじゃないですかぁ!」
「知るかぁぁぁっ! 例え長文でも、必要な情報を読み解く力を養えるのがウェブ小説だろうがぁぁぁ!!」
「な、何ですかそれぇぇ!? うぅぅ……そんな事言われても、ほかに載ってるのはぁ……」
半べそをかきながらページを捲り続ける女神だったが、横から覗き込んでみると女神の言う通り、信じられないほど長いルーン文字の文字列がびっしり並んでいる……。
た、確かにこんな大量の情報から必要なものを選べ言っていうのは、ちと酷だったか。
……というかこの上司女神からのメール、もしかしてデータをコピペして送っただけなんじゃ……。
上司である運命の女神様とやらは、この転生の女神に仕事を丸投げしたんじゃなかろうな。
そんな事に気付かず、転生の女神は書かれているであろう内容を読み上げる。
「うーん……『通学中の学校は青のブレザー』で、『灰色のチェック柄スラックス』、『赤色のネクタイ』と……?」
「おいおい、服装なんて日によって違うだろ……? それに、それって近所の学園の制服だろ? あっちの交差点に固まってる連中が皆そうじゃん。スゲェ数の生徒がいる学園なんだから、そんな特徴の奴は大量に──────」
ふと、その交差点の向こう側で信号待ちをしている学生集団に目をやる。
その中の、先頭に立っているひとりの男子生徒と目が合った。
「それから『茶髪のロン毛』で、『銀縁のメガネ』、『カバンに幼馴染みから貰った赤色のお守りを付けている』、『黒いグローブをいつも着用』……?」
「…………ほうほう、それで?」
僕はじっとこちらを見つめている、茶髪のロン毛で銀縁メガネをかけた黒いグローブをつけている少年を見ながら聞き返す。
「そして『声はまるで子●武人』、『今年のバレンタインチョコ獲得数は192個』、『学校でのあだ名は青葉シゲル』で………」
「…………へぇー、それからそれから?」
エアギターが得意そうな見た目の少年は、まるで周囲の風景から浮き出ているかのように不自然にこちらを見ている。
気のせいだろうか、偶然こちらを見ているにしては、僕の顔をまっすぐに見ているような……。
隣にいる女神が特徴を喋るたびに、眉間の皺を段々と深めながらこちらを睨んでいる。
あからさまに敵意を含めたその瞳が
「あっ、最後に『何故か目が赤く光る』って書いてありますよっ!!」
「間違いねー、アイツだわ」
血のように、赤く光るのが見えた。
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