第14話 最後の2粒じゃ、持ってけ

 女神に慰められつつジェノサイダーの烙印を押された日から2日後──────

 僕が精神的に疲弊していたのが神々のいる天界まで伝わったのか、女神から突然『休暇』の知らせを言い渡された。



「サトルさんっ、今から地球時間で15日間は、サトルさんと転生候補者との接触はお休みになるそうですっ!」


「へっ? そ、そうなの? いや、この前は転生者の事を教えてくれたから、もう元気出たけど……」


「いいえっ! 私の上司である『未来をつかさどる運命の女神』は、サトルさんが10人もの転生者を1ヶ月という短期間で送ってくれた事に感謝していました! これはそのご褒美のようなものだそうですっ。思えば、サトルさんは異世界から帰ってきて初日から任務に就いて貰ってましたから、のんびりできてないですよね? 是非この機会に、ゆっくりしてくださーい!」



 ……などと言われたら、ありがたく休みを頂戴せざるを得ない。

 というか、天界の労働評価スゲェな。

 こなした仕事に対して、上司がちゃんと評価して特別休暇まで工面してくれるなんて。

 僕は言わば組織の末端からさらに仕事を請ける下請けみたいなものだろうに、なんつーホワイト上司&ホワイト職場だ……。

 あいつらが着ている神衣の白さは伊達じゃない。

 でも転生の女神は腹の中が真っ黒なのでトントンという事にしておこう。


 そんな訳で、僕は異世界から帰還して初めて日本を……まぁアパートのある関東周辺だけだが、見て回る機会を得た。


 しかしよわい十八にして前世を終えた僕は、免許もなければ車もない。

 女神から任務報酬として日本円を支給されているが、人間を殺して支給されたカネで豪遊する気になどなれない。

 このあたりはしっかり割り切らなきゃダメだと思いつつも、そう簡単に飲み込めるものではないんだよ。

 だが『隠蔽』の加護を使えば、電車は乗り放題だ。

 要するに、キセル乗車し放題!

 さらに衣類や雑貨品も手にした状態で『隠蔽』を使えば、装備品と見做されて一緒に透明になってくれる。

 つまり、万引きもし放題!

 ……ホントに僕、この物語が始まってから犯罪行為しかしていない気がするわ。


 と、言う訳で。

 熟考の結果、手元にあるお金は食費に充てる事にした。

 『隠蔽」で食材を拝借する事は可能だが、出来上がった状態の美味い料理をくすねるのには限度がある。

 となれば、食事だけはきちんとカネを払って手に入れる必要がある訳だ。

 僕は女神から受け取った報酬額のうち万札10枚程を例のマジックテープ式の財布に入れて、カバンに放り込んだ。



 まるまる2週間のバカンス。

 本来なら女神の薦めてくれた通り、体感5年ぶり実時間10年ぶりの現代をゆっくり見て回りたかったのだが……僕はこの休暇を、『凶器召喚』の加護で使用する武器調達のための旅行にすると決めた。

 今までの人生で僕が手に触れてきた『凶器』は、ハッキリ言ってそれほど多くない。

 それもそのはず、当時18歳まで何の変哲もない人生を歩んできた僕にとって、人を殺めるためのアレコレなど触る機会など無いに等しいからな!


 そんな訳で、僕はちょっと贅沢な食事をしつつ関東各地を回って『凶器』を集めてきた。

 思ったのは、『隠蔽』の加護は使い方によっては本当に便利だなという事。

 銃を探して陸上自衛隊の演習場なんかにも潜入して来たのだが、本当にバレない。

 『隠蔽』使用中は可視光はおろか赤外線なども透過してしまうようで、防犯センサーにも反応しなかった。

 どのスペクトルの光にも反応しなくなるのであれば、もしかして放射線なんかも回避できるんじゃないか?


 だが『使い方によっては』と言った意味もかなりある。

 まず転生した初日にあったように、赤外線センサー式の自動ドアが反応してくれない。

 そして僕自身の存在自体を消せる訳ではないので、人ごみで使うと透明になった僕に通行人が無遠慮にぶつかってくる。

 誰もいないはずの空間で何かにぶつかった人たちは、透明で見えないはずの僕の立ち位置を怪訝そうに見つめていた。

 『隠蔽』状態で駐車場の入り口なんかに立とうものなら超危険だ。

 誰もいないように見えてしまうものだから、車さえも容赦なく突っ込んでくるのだ。

 何かに接触してしまったが最後、ヘタをすると透明な「何か」がそこに居ることが容易にバレてしまいそうなので、こういった場所での使用には適さない。

 そして、体重や足跡が消せる訳ではないので、重量センサーがある場所や雨の日にはうまく姿を隠せない。

 雨に濡れても、僕に触れた水滴は瞬時に透明になってくれるので、いわゆる昔ながらの透明人間の暴き方は通用しない。

 だが足跡はダメだ。

 濡れたスニーカーから離れた水滴が、地面にぺたぺたと残ってしまう。

 乾いた地面に濡れた足跡だけが付いてゆく風景は、もはや完全にホラーだ。

 デス・スト●ンディングでこんなのを見た気がする。

 とにかく、簡単にバレてしまうのでダメだ。

 

 

 もし今後、雨の日に任務を言い渡された事を想定して準備しなきゃダメだなー、などと考えつつ関東近縁を巡った結果、それなりに有意義な休暇を過ごせた。

 そして14日目の午後……

 残り1日はゆっくり自室で休めるようにと早めに切り上げ、天界から貸し与えられた光熱費無料のボロアパートへ帰ってきた時



 事件が起こった。





 夕方6時。

 休暇旅行の帰り際にコンビニで夕飯の弁当を購入した僕は、2週間ぶりにアパートへと戻ってきた。

 錆び付いた階段を上り、重たすぎる鉄製の扉を開けて靴を脱ぐ。

 まだまだ全く思い入れなんて無いはずなのに、埃っぽいこの部屋が妙に懐かしく感じるのは何故だろうな。


 僕は背負っていたリュックを下ろし、手に下げていたコンビニの袋をちゃぶ台に置く。

 洗濯物をコインランドリーに持っていくのは明日以降にして、まずは飯でも食うか、と思った矢先…………



「お、おかえりなさいっ! サトルさん! お待ちしていました……!」


「おわっ!? ビックリした!」



 部屋に着くなり、四畳半の部屋の空中から転生の女神が現れた。

 相変わらず真っ白な神衣に、光り輝くポップな羽がパタパタと揺れている。

 が、何やらいつもと違う。

 どこか様子がおかしい。



「ど、どうしたの? お前がそんな顔して出てくるなんて、珍しいじゃないの?」



 転生の女神は、いつもなら僕の前に現れるときは決まって憎たらしいほどのスマイルを浮かべている。

 神々としての余裕なのか、ただ単に僕をおもちゃとして見ているだけなのかは解らないが、とにかく楽しそうにしている印象だった。

 でも、今日の女神は違う。

 眉を顰め、何やら困惑したような表情を浮かべてフワフワと浮いている有様だ。

 窓から差し込む夕日のせいで、何だかとても神妙そうに見える。


 そしてそれは気のせいではなかった。



「サトルさん、ごめんなさいっ。本来であれば今日を含めてあと2日間はお休みのはずだったんですけど……今から任務のお話をしても、いいですか……?」


「おぉっ? あ、うん、大丈夫だよ。お休みを貰えて、おかげでリフレッシュできたし……何かあったの?」


「うぅ……ホントすみません……」



 …………どうやらマジで緊急事態のようだ。

 この腹黒女神が僕に対して、開口一番『ごめんなさいっ』『すみません……』なんて言うなんて、天変地異の前触れか何かだ。

 明日は空からグングニルかトライデントが降ってくるかもしれない。

 というか、そんな事をされると僕まで一瞬で不安になっちゃうだろうが!

 絶好調の時も調子が掴めないけど、こんな元気のない女神も調子狂うなぁ!



「実は……サトルさんのお休みが終わった3日後に依頼をしようと思っていた任務が、急遽今日になってしまったんです……」


「へっ!? 今日っ!? い、今から、その……誰かを天界送りにするの!?」


「は、はい……帰ってきた直後なのに、繰り上げの任務になっちゃって、ホントにごめんなさい……」


「いやいや、それは大丈夫だよ。のんびりした旅行だったし、大して疲れてないから大丈夫……なんだけど、珍しく随分と急だね。確か前に──────」



 そう、たしか以前……女神は転生者候補との接触について、こんな事を言っていた。

 彼女の上司である『未来をつかさどる運命の女神』様は、異世界を救う能力を持った魂の人間が、いつ、どこで、転生の機会を得られるかを予知できるのだと言う。

 つまるところそれは、いつ、どこにいればそいつを殺害できるかというベストタイミングを予見できてしまうという恐ろしい女神パワーだ。

 転生の女神は、上司である運命の女神からその情報を得て僕に伝え、僕はその情報に従って転生者候補を天界送りに──────要は、殺害計画を立てて殺しに行く訳で。

 その予知能力の精度は凄まじく、先月行った転生者候補10人の殺害においてただの一度もたがえた事がない程だ。


 だが、今回はどうやらそうも行かなかったらしい。

 任務の遂行日が突然変わるなんて、初めての事だ。



「はい、通常なら上司である運命の女神の予知に誤差が生じる事はありえません。未来を決定付ける権限を持った女神の予知とは、すなわち変えようのない未来のはずだからです」


「あー、何だか良く解らないけど……今回はイレギュラーがあったって事?」


「そうなんですよぅ……本来であれば今から3日後の夜、ひとりの男子高校生を天界へと送って頂くはずだったのですが……」


「その上司女神さんの予見が外れて、今日になっちゃったって訳か。で? それは今日の何時いつなの? 余裕があるなら、せめて夕ご飯だけでも食べちゃいたいんだけど……」


「そ、それが……運命の女神が、予知がハズれた事にショックを受けて早退してしまったので、解らないんですぅぅ!」


「おぉい、待てェェェェ!? 何だその新人社員が仕事失敗して帰っちゃいました的な状況はァァァ!?」



 ホントいい加減にして欲しい!

 目の前にいる『転生の女神』でさえ800歳を超えてるロリババアなんだぞ!

 その上司の女神っつったら、余裕でナン万年も生きてるだろぉ!?

 そんな精神年齢がエゲツない事になりそうなくらい長生きの女神が、仕事でミスったからって無断早退してるんじゃないよ!!



「未来予知は『現在・過去・未来』を司る運命の女神たちの中でも、『未来』をつかさどる女神が唯一使える特殊能力のようなもので、それが今回ハズれた事がすっっっっごくショックだったみたいなんですよぅ……。上司の机の上に、こんなものが置いてありました」



 そう言って女神は、小さな石板のようなものを差し出した。

 金属なのか石材なのかも解らない、真っ黒な欠片の表面には、何やらルーン文字のような模様が浮かび上がっている。

 神々の記した文字なんて、本来ならこれだけでもビックリするくらいのヤバいアーティファクトなんだろうけど。

 うーん、読めん。



「ねぇこれ、何て書いてあるの?」


「はい、天界の文字で『もぅマヂ無理……ゎけゎかんなぃ。。。』って書いてありますっ」


「お前の上司、とんでもねぇギャルだな!? 僕ら人間って、そんな女神様に未来をつかさどられちゃってんの!?」


「今回のサトルさんの休暇をくれた時も、『ぉゃすみぃぃな。。ゥチも黄昏しちゃぉ」って言ってましたよ?」


「ダメええええええ! 神々が黄昏たそがれちゃダメぇぇぇええ! ラグナロク起きちゃうからあああああ!!」



 女神の職場って、マジでこんなノリなのか!?

 こういう女神に唯一無二の特殊能力を授けるのはホント良くないと思う!!



「……とまぁそんな事があって、どうやら上司が凹む原因となった転生者候補は、今夜現れるようなんですよっ! 場所は、この街の繁華街のどこか、という事までしか……」


「おいおいおい……今までに無いアバウトさだなぁ……。そんなんじゃ間違えて無関係の人間を殺しちゃうかもしれないし、やめておいた方がいいんじゃないの?」


「そうなんですけどぉ……別の部署からも『運命を狂わせる原因は何だったのか、ついでに調査をしろ』って指示が出されまして、私も今から残業なんですよぅ……!」



 女神は『はぁぁ……』と深いため息を吐きながら、心底不満そうな顔で俯いている。

 見たこともないくらいに、悲しそうな雰囲気だが……。

 えーと、確か今日は日曜日だな。

 こいつが凹んでるのは、きっとジェニーズのアイドルグループ『San-Man』の冠番組がリアタイで見られなくなるからだろう。

 慰めるだけ損な気がするから放っておこう。



「んもーーー! いきなり上からの指示で強制残業なんて、うちの部署じゃ絶対ありえないんですよぉ!? あいつら絶対、背中の羽がブラックに染まってますよ! 堕天してますよぉぉっ!」


「だぁぁぁ! うるさいな! とにかく事情は解ったから! 僕は繁華街に向かえばいいんだな!?」


「おぉ、おぉぉ……! あれ程までに任務に駄々をこねていたサトルさんが、自ら私たちのために任務に赴いてくれるとは……! 休暇を取ってもらった甲斐がありますねぇ……!」


「ひとの事をダメ社員みたいに言うなっ! それはそうと……ご飯食べる時間も無いのかな? 急いで行けって言うなら今すぐ出るけど、すぐに食べられる携帯食料みたいなものって無い?」



 『今日私が頂くのは、花椒ホアジャオ香る茄子と挽肉の四川風辛子味噌炒め丼です』ってなる予定だったのだが……どうやらそんなコンビニ弁当を食べさせてくれる雰囲気じゃなさそうだ。

 今すぐ任務へ行くのはやぶさかではないものの、何か食べておきたい。



「ふむ……サトルさん、もし空腹でしたら、いいものがありますよっ! 神々の世界で栽培されているこの『センマメ』という豆がありますので──────」


「よしOK、そいつはしまっておけ。もう二度と出すな。版権に大きく関わる。この世界が消えて無くなるわ」


「えぇぇ!? アンズ様という神様が作ってる、たった一粒ひとつぶで何日も食べなくてもいいくらいに栄養がある豆なんですよぉ!? 更にはいつのまにか傷を癒す効果も加──────」


「やめろォォオ! その豆は、もし僕が敵に蹴られて首の骨が折れて瀕死になった時、喉に押し込むために残しておけェェ!」



 結局、僕は何も口にできないままネオンの輝く繁華街へと走り出した。

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